俺とサリアは島の反対側に到着すると、そこにはまるでプライベートビーチのような空間が広がっていた。
「島にこんなところがあるなんて……」
「俺も全く知らなかった……」
アセムも感嘆という表情をしているが、それもこれもエルシャの陰謀であるのは忘れていない。それを差し引いても凄い光景なのだ。
「ねぇアセム……少し聞いても良いかしら?」
「別に良いけどさ、なんかサリアと二人っきりだと毎回そっちが質問してこっちが答えるって流れなんだよな」
「し、仕方ないじゃない。だってアセムはこの世界の人間じゃないから私が知らない事だってあるかもしれないし……」
「つまりは知識の探求って事なのか?」
「はっきり言ったらそうなんだけど……」
サリアは自分で言いながらも、語尾が段々と低くなっている。どうやら彼女も彼女で気恥ずかしさがあるようだ。
「あー、分かったからそういう顔をするなよ。それで、何が聞きたいんだ?」
「……アンジュの事、どう思ってるの?」
「へ?」
アセムは突然アンジュの事を聞かれ素っ頓狂この上ない返事をしてしまった。
「ど、どうって……普通の戦友とかかな?」
「でもアンジュをいつも気にかけてるし、どうも友人とかそういうレベルじゃないから……」
「それは前にも言ったけど、俺とアンジュは境遇が似てるからな。多分それもあると……」
「ふーん……」
サリアは意味深な顔でこちらを見ている。すると
「」ピトッ
何の前触れも無く彼女はアセムの側にくっ付いた。アセムはいきなりの事で動揺するも、顔には出すまいと何時にないポーカーフェイスを決め込む。が、それでも心臓の鼓動はビブラートのように上がっていく。
「い、いきなり何を?」
「別に……ただしたかっただけよ……」
サリアは羞恥心を感じさせない言葉で言っているが、内心では自分らしくない大胆な行動にのたうち回りそうな気分である。
「ねぇ……アセム」
「ん?」
「少しだけ……私の身の上話に付き合ってくれない?」
「……いいよ。それでサリアが気の済むなら」
「ありがとう」
サリアはそう言うと今度は背中に回り、後ろからハグしてきた。アセムは大きいとは言い難いが、それでも少女の胸が背中に当てられ、またも心臓の脈動が速まるのを自分で感じとる。
「私、産まれて物心付く頃からアルゼナルに居たの」
アセムはいきなりの真剣な話に今までの雑念を一時的に捨て去った。
「このサリアって名前も、その時私を育ててくれた人が言ってただけで、ホントの名前は知らないの」
「……でも、アルゼナルにはアンジュみたいな人間もいるんだろ?」
「数は少ないけどね。それにアンジュみたいな十五、六年も隠されてくるなんて殆どない」
「へぇー……」
その時、アセムは直接顔を見てはいなかったが、それでもサリアがどこか悲しげな表情をしていることが感じ取れた。
「私、ホントは恐いのよ……この名前がホントに両親が付けてくれた名前の一部なのか、私にホントの両親は居るのか、両親は私がここに連れてこられるまで愛してくれたのかって……」
「……」
「ねぇアセム、人を愛することってどういう事なのかしら……」
正直、アセムは言葉がだせなかった。本来ノーマと言えど今は子供だ。同い年ぐらいで言うのもなんだが、サリアのような少女は物心付いた時から自分達が生きてはいけない存在と言われ、ドラゴンを倒すことだけが生きてる存在証明だと洗脳されてきたのだ。
だが、そんな少女達は両親から愛されるという、ごく当たり前の事をされなかった。させられなかったのだ。それにより愛するという感情を分からないでいるのだ。
だが、それ以上にアセムはサリアの次の言葉に息を飲む事になった。
「ノーマである私達が、誰かを愛して良いのか……」
アセムにはただ固まる他がなかった。この世界に居てはいけないと洗脳されたノーマの少女達、ただ『マナ』が使えないだけで貶され、虐げられる。明らかにどこかが狂っていた。ただその狂った歪みによって、彼女達は心の奥底に恐怖が根付き、やがて野蛮な行動に出てしまう。まるで差別することが前提になったような世界、それがここなのだ。
「……サリアはどう思うんだ?」
「……分からないわよ。でも分かっちゃったら自分が自分である確証が無くなっちゃう」
「それが普通なんじゃないかな」
サリアは意味が分からないようで首を傾げる。
「俺の家は、俺が十歳になる少し前から父さんが殆ど帰って来なかった。母さんは居たけど、父親の愛情ってのはその頃から貰ってなかった。まぁ実際のところ、父さんは俺が見えない場所で俺のために頑張ってくれてたけど……」
「あのフリットさんが?」
「うん。あのときの少し前に司令部のリーダーになったから、どうしても家族を優先できなかったんだ」
「ふーん……」
「それに俺じゃないけどゼハートは幼い頃に両親がすぐに亡くなったみたいで、兄弟と……育ての親?と一緒に過ごしてたんだ」
「え!!」
「といってもゼハート自身は後ろ暗い過去なんてどうでも良いって言ってたから、多分育ての親だった人から愛して貰えたんだ」
サリアは何が言いたいのかと聞きたげな表情でこちらを見つめる。
「つまりは、愛するだのしないだの考える方が間違ってるってこと。サリアだって誰かの為になりたいって思った事があるだろ?」
「ええ……それはもちろんだけど」
「もし愛してなかったりしたらさ、そういうことを考えない機械になっちゃう。けど俺らは人間だから誰かを守りたい、愛したい、役に立ちたいって思えるんだよ」
「……なんか哲学みたいね」
「そういうもんだろ」
俺の言葉を聞いたサリアはどこか納得したような、それでいてしていないような微妙な表情になった。と、ここで嫌なプレッシャーが後ろから発せられてるのを感じた。
「……少し離れてくれないか?」
「え?どうして?」
「その……当たってるし……、後ろからの視線が恐い」
確認はしてないが、恐らくアンジュの視線に間違いない。『Xラウンダー』じゃないが直感的に分かる。
「分かっててやってるのよ。それにアンジュのことなら大丈夫よ」
「なんで?」
「これを提案したのがエルシャだからよ」
俺はその言葉の意味が分からなかったが、突然アンジュの恐ろしい視線が無くなった。そしてなぜか島の鳥達が一斉に飛び立った。
「エルシャって端から見たらほのぼのふんわり系の娘なんだけど、実際はドSが裸足で逃げ去っても尚追いかける程の鬼なのよ」
「へ、へぇ……」
「前にゾーラ隊長があの娘を一度だけ部屋にお持ち帰りしたとき、隊長の話だとムチは使う、見た目からありえない暴言で弄る、しかもキレたら
「……それ聞いたらアンジュの方が大変なんじゃ」
実際アンジュがそんなことになったら目も当てられない。
「大丈夫よ。スイッチ入んなければエルシャは普通だから。まぁ入ったら入ったでも男が四人も居るみたいだしなんとかなるわよ」
「ちなみにスイッチ入ったとして、
「まぁ悪くて廃人、よくて
「……」
俺ら二人の間に無言の空気が流れ、いないはずのカラスの鳴き声が空を谺した。
~アンジュside~
「……なんでエルシャがここに居るのよ?」
私は開口そうそうにそう呟いた。ちなみにタスクはエルシャが居住区のある方を教えた為にここにはいない。が、私はなぜかエルシャに正座させられていた。
「だってアンジュちゃんの事だから、サリアちゃんの事を
そう、私はタスクと集合場所へ向かうために一緒に行動していた。そして偶々海岸の近くに辿り着くとそこで見たのは『アセムに対して背中からハグしているサリア』の姿だった。当然、意中の相手が別の女……それも同じ感情を持ってるサリアと一緒に居るだけで本当は
冷静に考えれば私は一週間近くも
そしてタスクが止めようと声をかけたその瞬間、誰も居なかったはずの右側の肩を目の前にいるエルシャに掴んだ。それからは目の前の通りで、私とエルシャは浜辺から数キロ離れた森のなかにいるのだ。
「私はそんなすぐに襲撃なんてしないわ」
「あら?ゼハート君の話だとタスク君に銃撃したそうじゃない?彼、貴女とタスクの鬼ごっこの最初を見てたそうよ?」
内心でゼハートに文句を言うが見られたものは仕方がない。
「あれはタスクが……」
そこで私は口を閉じた。なぜならエルシャは笑っているのだ。それもいつもの母性的なそれではなく、女王のような、それでいて黒いオーラを纏った死神のような恐ろしい笑みだった。
「タスク君が、何?」
エルシャはやさしく聞いているのだろうが、逆にそれが不気味に思えて仕方がなかった。そして左手にはどこから取り出したのか、昔の競馬というもので使う小型のムチが握られていた。
「あ……あ……」
「ねぇアンジュちゃん、これって何か分かるわよね?」
「あ……」
私は恐怖で声にもならなかった。逃げたかったが足に力が入らない。蛇に睨まれた蛙とはこういう事だと悟った瞬間だった。
そこからの記憶はなかった。思い出そうとすると、なぜか体の震えが止まらなかった。そして目を覚ました時には、なぜかエルシャの肌が艶やかになっていたように見えた。
……一言言わせてください。どうしてこうなった!!普通に書いてる筈なのに、なぜだ!!