私にとって、デシル兄さんは唯一の兄弟であった。歳が離れてはいたが、同じ『Xラウンダー』どうしだったからどこにいても互いの場所が分かった。実の両親が居ない、孤児院暮らしの私は好き勝手する兄を止める役として幼いながらいつも苦労していた。
だが、それはイゼルカント様に会うまでだった。元々私達があの方の親友の息子だった為か、それともあの方が救えなかった実の息子と影を重ねたのか、どちらにせよその日から運命が変わり始めた。そしてそれは私と兄さんの絆が崩れるきっかけだったのかもしれない。
引き取られて暫くして、兄さんは『ヤーク・ドレ』っていう人達と、宇宙戦争の際に使用された軍事要塞『アンバット』に行くこととなった。当時『Xラウンダー』の人間が少なかった事もあり、また能力がトップクラスだった事もあって兄さんはイゼルカント様から『ゼダス』を与えられた。兄は無邪気に喜んでいた。
元々兄さんは好戦的で、戦いをゲームだと感じてる節があった。それでも兄弟の情は忘れておらず、『アンバット』で与えられた私室から3日に1回は連絡をくれた。常に笑っていて、私が『マーズレイ』にかかってないか心配して、時に敵をどういう風に落としたか身ぶり手振りで教えてくれる。
そしてある時から全く連絡が来なくなった。おかしいと思ってイゼルカント様に聞いてみると、私は声を失った。『アンバット』が落とされ、兄さんは宇宙を漂流してた所を生き残った仲間に救われて、火星コロニーの病院に搬送されているそうだ。
そして私は驚かされた。兄さんを倒したのは同じ『Xラウンダー』ということに。
その時からだった。私と兄さんの運命が大きく狂い始めたのは。火星に戻ってきた兄さんはかなり重症で、お見舞いに行こうとしても面会謝絶が続き、会えるようになったのは二ヶ月後だった。
兄さんは変わってしまった。あんなに無邪気で私のことを気遣ってくれた兄さんは、事あるごとに兄さんを倒したという『フリット』という名を呪詛のように呟き、いつも笑顔だった表情から笑みが消えて、変わりに憎しみと恨みに支配された、そんな表情になっていた。
それから程なく私はヴェイガンの士官学校に主席で入学し、MSの運用や整備など様々な事に取り組んだ。その頃だった。兄が宇宙を漂流するきっかけが、なにも関係のない一般人の少女を……それも捨て駒のように扱ったからだと技術部の人間から聞いたのは。
それから数十年後、士官学校を卒業し、コールドスリープを経て私は18歳になった。兄さんは30代を過ぎて尚、地球連邦軍司令官となった『フリット・アスノ』のことを恨み続けていた。といっても数年前にコールドスリープに入っており、時間経過は恐らく10年程度しか経っていないので仕方ない。
そしてコールドスリープから目覚めてすぐに与えられた使命、それがガンダムの捜索だった。その任務でアセムやロマリーと出会えた。たった一年だったが、火星にいた十数年の生活よりも濃厚で、もし使命が無ければ二人や友人達とどんな生活ができていたのか、そんな事を考えるときもあった。
そして使命を果たし、ヴェイガンの船に戻ってもその思いは消えることはなかった。むしろその事が頭の隅から離れず、新たなガンダムのパイロットであるアセムを殺すのに躊躇させてしまった。そのせいで兄さんから叱責され、さらには数多くの仲間を失わせてしまった。
そして兄さんと共に出撃した『ビッグリング攻防戦』で、私と兄さんの絆は崩れ去ってしまった。フリット・アスノに対する復讐心という悪魔にばかり取り付かれ、昔のような優しさは微塵もなく、狂気に満ちてしまっていた。
そして『ノートラム攻防戦』で私は兄さんに待機するように命令した。だが案の定それを真っ向からはね除け、兄さんは無断で出撃した。だから私はアセムに兄さんを殺させた。そのはずだった。それは確かに『ダウネス』の中で私自身も確認した。目の前で殺したはずだったのだ。
そして、その現況ともいえる兄さんは、額に大きな傷を負い、記憶を全て失って目の前に現れた。
「兄さん……」
私のその言葉が聞こえていたのかは分からないが、一瞬だけ、だが確かに数日前に見た兄さんの虚無にまみれたような眼がこちらに向けられた。
「お前は……俺を知っているのか?」
まるで本当に記憶のないとでもいう抑揚のないその声は、最後に会ったあの日と変わらず、だがどこか違和感を感じさせた。
「ゼハート……」
「……」
アセムの言葉にすら反応できず、私は固まっていた。
「もう一度聞く……お前は……俺の事を知っているのか?」
「……なら聞くが、貴方はどうしてここにいるのか分かるんですか?」
私は逆に質問し返すと、兄さんは押さえて呻きだした。
「わからない……。ただ俺が気付いた時……何かが爆発したような……そしてそのまま空から落ちてた。赤い戦闘機の人に助けてもらわなかったら……俺は……」
「赤い……戦闘機?」
私は訳が分からずここの司令官に目を向けると、
「ええ。先程は話さなかったが、パイロットスーツを着た……多分二人と同年代ぐらいの青年が近くにいたぜ。まぁそいつはなんかを追いかけるとかいってどっかに行っちまったけどな」
「へぇ……てことはもう一人転移者がいるんですか?」
「かもしれないな。マナ中心のこの世界でパイロットスーツなんて着ているのは我々やノーマの少女たちだけだろう」
私はアセムの言葉を当然と目を向けずに返す。
「もっとも、ノーマのパイロットスーツは色々と露出が多すぎて歩き回れるようなものではないがな」
「まぁ……胸とかお腹とか出てるしな……」
アセムはそう答えながら少しだけ顔を赤くしている。
「……変な気を起こすなよ?」
「起こす前に俺が殺されるよ!!」
アセムは軽くキレながらつっこみ、兄さんは何が何やら分からずにおろおろとしている。
「お、おい……」
「あー、とりあえず貴方は私たちと一緒に行動してもらう。そうすれば記憶はいずれ戻るだろう」
私は適当に兄さんへそう言った。が、アセムはありえないように目を見開き、私の肩を掴んで後を向いた。
(なに言ってんだよ!!ゼハート、お前こいつをアルゼナルに連れていったらどうなるのか分かるのか!!)
(しかしあとどうしろと言うのだ!!カザマ達に知り合いと言った手前、一緒に連れていかないなんて言えるか!!)
(だったらここでしばらく預けてもらうとかあるだろ!!もし父さんとこの人が出会ったら基地崩壊どころの話じゃ済まないぞ!!)
アセムの言うことももっともで、もしフリットさんと兄さんが出会ってしまったら、それこそ無抵抗の兄さんに対してMSを使って撃ち殺すなんてこともしかねない。
(……)
(そうなったら俺でも止めらんないんだぞ!!)
(……その時はその時で考えよう)
(現実逃避!?現実主義者のゼハートが!?)
(ならお前ならどうすると言うのだ!!)
私たちは数分に渡って議論を重ねるが、結局兄さんを連れていくことになった。だが、この事が結果的に吉となるのは、まだ私たちにとっては知らないことだった。
ゼハートの事に関してはオリジナルの部分が多数ありますので、ご了承ください。