「はぁ…………」
日本領経済都市『トウキョウ』、その中にある基地で司令官兼参謀である黒木場=L=零は目の前に重なる山のような書類にため息を着いていた。
別に彼自身は書類仕事が嫌いなわけではない。むしろ体力が人並みに無く、KMFの操作も可も不可もなく、得意なのは頭を使う作業という点から見ても、彼自身は適材適所だと自覚しているし、そもそもの性に合っている。
だが、そんな彼でも今回の量はため息を着かずには要られなかった。
いつもは5~60枚程度の書類が今回に限ってその数倍、500は下らない程の量がそこにはあった。一部を部下に任せてもこれなのだから、全部を数えるのすら恐ろしい。
「全く……厄介な事をしてくれたものだな。ドラゴン達は」
零は仕方なく書類の束に目を着けていく。そのどれもが今回の『ミスルギ皇国テロ及びドラゴンにおける被害報告』といったようなものばかりだ。損耗したKMFや備品の報告書、『ミスルギ皇国』難民救済についての稟議書、そして今回の騒動における黒の騎士団の死傷者とその家族に対する保証等々、どれもこれもが早期提出しなければならないものばかりだ。
「零様、紅茶を用意いたしました」
「ん、すまない」
何の気なしに秘書官から入れてもらった紅茶を口に含む。香りもさることながら調度良い風味が口のなかに広がる。
「腕を上げたな『ジェレミア』」
「いえ、まだ先代のような腕はありませんよ」
そういって秘書官……ジェレミア・ゴッドバルト14世は深々と頭を下げる。祖先の頃から黒木場家……もとい黒の騎士団と縁ある家の当主であり、彼の筆頭執事兼筆頭秘書官である彼は幼なじみ兼親友兼悪友のシナノとカザマの次に信頼している人物である。
事実秘書官としての能力は高く、零の書類仕事のペースに唯一追随できる程の正確さとスピードを持つ。同じ零の秘書官であるシナノの大先輩であり、彼女自身も彼に師事を受けているくらいだ。
「ところで零様、『ミスルギ皇国支部』のロイ司令から通信が入っておりますが」
「すぐに回せ」
かしこまりました、そういうとジェレミアはマナではなく壁に取り付けられたスイッチを押す。すると部屋の中が暗転し、友人の姿をした立体ホログラムが浮かび上がる。
『よう零、そっちに送った書類は届いたか』
「久しぶりだなロイ、おかげさまで今日から暫くは徹夜になりそうだな。できるなら早めにシナノとカザマをこっちに戻してほしいくらいだな」
互いに皮肉を良いながら笑顔で答える。
「それで、お前が面倒な立体映像通信をしてまで連絡するとは何のようだ?」
『あぁ。『アルゼナル』にKMFに使われる装甲用の素材を大量に送ってもらいたい。なるべく早めに、だ』
「なるほど、転移者達の機体の補修のためか」
『あぁ。厳密な書類はまた後で送るが、少なくともパラメイル用の素材じゃかなり質が落ちるらしくてな。それでパラメイル以上の装甲耐久値を持つKMFなら』
「多少なりとも向上する……ということか?」
『そういう事。さすが黒の騎士団本部参謀官様ってところか』
ロイは弄るような笑みで答えるが、それを受ける零の顔はかなり険しかった。
「お前の言いたいことも分からないでもないが……確かに彼らは書類や名義上は黒の騎士団の一員で、アルゼナルに出向という形にはなっている。だが、だからといってホイホイと資材を遅れるほど俺達も裕福な訳ではない。それはお前も知ってるだろ」
『そりゃそうなんだがな、それでもお前さん的にはアイツらに……ひいては『アルゼナル』に残ってもらわなきゃいけないんだろ?』
「それは……確かに我々の掲げる『リベルタス』にはアルゼナルの戦力は必要不可欠だ。だがそれとこれとは…………」
『全く、お前さんもそうだが、その黒木場家の血統は何か?堅物は遺伝なのか?』
ロイは呆れながら笑っている。が、それは零にとっては不愉快極まりないものだった。
「私とて堅物にはなりたくないよ。だが参謀官なんて役職に就いてると簡単に物事を考えられないものなんだよ」
『そうかい、ま、そういう訳だから資材については頼んだぜ。もう運ぶ奴は送っちまったしそろそろ到着するからよ』
「だから……っておい!!何を勝手に物事を進めているんだ!!まだ私達が話はじめてから数十分と経っていないのに……まさかロイ、貴様大分前に此方へと向かわせたな!!」
『さぁな?そういう訳だからよろしく頼むぜ、そんじゃな』
「おい!!話はまだ……」
その瞬間向こうから一方的に回線を切られ、私は部屋でジェレミアと二人で呆然と固まる他が無かった。
「…………零様、如何なさいますか?」
「…………もう既に送られてきてるんだ、仕方ない」
私は管理部の方へ連絡し、ロイに頼まれた物を受注する。そして会議の時間のため先にジェレミアを退出させると、俺は机に置いてあった写真を眺める。
(『ユウ』さん……俺達は力を付けました。十年前のあの日、俺達には力がなかったから……ですが今は違います)
そして写真から目を離して席を立った。そして壁にかけておいたマントを被り、机の中にしまっていたマスクを取り出した。
(私はまだ先代や祖先のような知識も策略もありません。ですが私には現当主として、そして…………黒の騎士団参謀官『ゼロ』として、この世界を変えて見せます)
私は心の中に誓い、部屋の外から出るのだった。