青の騎士ジークアクス物語 作:やりたかった……だけ!
やりたかった……だけ!
地球連邦とジオン公国。
この二つの国家は、原因も定かでない戦いを一年も続けていた。
はじめは局地戦が続いていたが、新兵だった俺が昇進する頃には戦線が拡大し、
二つの国家に属する人類の半数が戦火に巻き込まれ死んでいった。
俺は戦った。
最初は生まれ故郷のジオンのためと信じて戦った。
だが、戦いは長引くばかりで終わりがなかった。
俺は疲れた。
誰も彼もが疲れていた――……。
『ブラウン?』
「いや、何でもない」
コクピットに飛び込んでくる、ざらついた通信音声。
お肌の触れ合い――接触通信特有のノイズ混じりでもわかる可憐な声に、
俺は見えないんだから意味もないのに、慌てて首を振って答えた。
戦争は、七年も前の事だ。
だというのに、時々自分がまだ肩を黄色く塗られた
サラミスの主砲を食らって漂流する中、閉じ込められている間に見た夢じゃないかと思う事も。
もしかしたら、ビームサーベルの直撃を受けて死ぬ間際の夢なのかもしれない。
コクピットにいる事自体は、変わらないけれど。
薄暗いコクピットをぼんやりと照らす、ツィマッド社製のモニターの灯り。
全天周囲モニターに比べてひどく小さいモニターだが、元家電屋なだけあって解像度は良い。
そこに映るエアロックの室内灯が赤く変わる。
開閉時間はコロニー公社の記録に残らない五秒だけ。
俺は流体パルスアクセラレーターのスイッチを跳ね上げ、フットペダルを蹴り込んだ。
音もなく――真空だからだ――駆動音と共に――流体パルスが機体内を駆け巡る音――
機体が前に進む。コロニーの外、
浮遊感。
シートから浮かび上がる尻が、きつく締め上げたベルトによって強引に抑え込まれる。
慣れた感覚だ。
俺は慌てず、素早く複数のセンサーを切り替えながら、モノアイを上下左右に動かした。
十字形のスリットをターレットレンズが滑らかに動く。
動作確認と索敵を兼ねた操作。グポォンという馴染んだ音。
カメラ、レーダー、サーマル、ソナー。
目まぐるしく画面にフィルターがかかり、情報が書き換わる。
映像配信をするために、散布されたミノフスキー粒子の濃度は低い。
おかげでレーダーも問題なく――比較的だ――動くのは、
かつてほとんどレーダー使わなかった身としては違和感がある。
とはいえ、レーダーでは障害物の向こう側までは索敵できない。
デブリやらミラーやらが散らばったコロニーの近くでは、
あんまり頼りにならないのは相変わらずだ。
それになにせスペースランチもいる。
今まさに向こう側で試合開始のランプを灯しているのは、運営の船だ。
運営のランチをMSと誤認して攻撃したり、なんてのは避けたい。
つまり、いつも通りの有視界戦闘。
それよりも――……。
「落ち着け、あんまりAMBACをかけて動き回ると、それだけで位置がバレるぞ」
『ア、アンバ……!?』
横できょどきょどと慌てた様子で四方八方へ頭部を巡らせる、
俺がマニュピレーターを伸ばすと、まるで女の子そのもののようにビクンと白いMSが震えた。
生身の人間を相手にしているようで、この反応の生々しさには、慣れない。
『そ、そんなこと言ったって……敵、もういるんでしょ!?
相手が何処にいるかわかんないのに――――――……』
「だからだ。向こうも同じで、こっちが何処にいるのかわからない」
だけど……だからこそ、努めて声を落ち着かせて、ゆっくりと話しかける。
新兵を相手にする時と同じだ。
あの頃はみんな、俺とそう変わらない、ほとんど子供みたいな奴らだったけど。
俺も歳を食ったなって思う。ねえ、おやじさん?
「こういうときは、慌てたほうが負けるんだ。
こっちを見つけられなければ、焦れて向こうから突っ込んできてくれる。
スラスターを切って、ただの浮遊物のふりをしろ。
学校で水泳はやったことあるんだろう?
力を抜いて、プールで浮かぶような感じだ。わかるか?」
『わ、わかる。……わかった』
マニュピレーター越しにも、ふっと力が抜けたのがわかった。
ふわりと浮かび上がった白いMSは、そのまま揺蕩うように宇宙に浮かぶ。
そうだ、それで良い。
俺もゆっくりとマニュピレーターを離そうとした――その時だ。
別に閃きなんてものじゃあない。モニターにほんの僅か、きらめく輝点が映っただけだ。
スラスターの青白い噴射炎――……来る!
「一機……か?」
見慣れたモノアイ。
カラーリングこそ派手に塗装され、そこかしこにロールバーとスパイクが追加されているが、
嫌になるほど見慣れたシルエット、ドラムマガジン式のライフルを構えたゼロロク――ザクだ。
だからそこに違和感はない。
問題は、二機一組の
――いや、違う。
モニターに映る機影は、わずかにブレていた。
望遠で拡大したせいか? それともコンピューターの映像補正?
もちろん、そうじゃあない。
「……
俺は笑った。
この戦術が広まる前ならまだしも、今になって対MS戦で使うには、古い手だ。
そもそもジェットストリームアタックは対艦用の戦術だ。
機体数を誤認させ、一撃離脱攻撃を連続で繰り出す。
とっさに回避ができるMS相手には、それこそドムを使ったってそう上手く行くものではない。
できるのは、黒い三連星くらいのもので――……。
そして黒い三連星なら、そもそも複数機を相手に仕掛けたりはしないだろう。
別の角度から見れば、敵機の数はすぐにわかってしまうのだから。
何より、こっちは彼らから直々に薫陶を受けている――ほんの数分間だけだけれど。
「翔べッ!!」
『うんっ!!』
手が離れる刹那、弾むような明るい声がコクピットに響いて、ぶつりと途切れる。
同時にパッと白い閃光が尾を引き、流星が大きく弧を描いて"上"に消える。
俺もまたすかさずフットペダルを限界まで踏み込んだ。
流体パルスが機体内部を駆け巡り、ランドセルのバーニアが噴射される。
進むのは"前"だ。
明らかに敵は動揺したらしい。それともこっちに狙いを変えたか。迷ったか。
二機のザクがチグハグに大きく左右に揺れ、もう複数いる事が丸わかりだ。
――ド素人め!
先頭のザクが大慌てで機体を捻り、こっちにライフルを発射してくる。
俺は発砲炎を認めると、即座に左腕の盾を胸の――コクピットの前に掲げた。
コンピューターの合成した着弾音と、装甲板に金属塊が激突する反響音が同時に響き渡る。
空間戦用120mm低反動弾といえど、前進しながら連射すれば反作用で速度は落ちるものだ。
それはもちろん被弾しているこっちも同じだが、シールドの曲線で外に"流す"事ができる。
機体がグンとわずかに左へ傾ぐ、その勢いに逆らわず乗っかる。
流体パルスを極超音速で噴射させて上体を捻りながら、俺は右のトリッガーを弾いた。
轟音と共に、
ゾゴックの前腕を移植したアームパンチだ。
無理やり繋いだせいでストロークは短くなったが、それでも十分な威力、そして奇襲になる。
衝撃――肉体的にも精神的にも――に襲われたパイロットが前後不覚になる、その一瞬が重要。
突然前方の僚機が打ちのめされ後方に吹っ飛べば、ザク二機は玉突きを起こして宙を舞う。
MSの手足はAMBAC機動をやるために重要なバランサーともいえるものだが、
それだけに無茶苦茶に振り回されれば、正常な姿勢を取り戻すのにかなり苦労する。
おまけに二機分、絡み合ってしまえば――……。
『やああぁあああぁああぁ―――――――ッ!!』
ちかりと光った宇宙の彼方から、まっすぐ落ちてくる白い流星。
吹き飛ばされたザク二機の無秩序な機動に、完璧に狙いを定めて加速してくる。
不意にオデッサが蘇る。太陽の中から落ちてくる白い死神。
交差するようにヒートホークを叩きつける俺。
性能差、技量差、機位の差。命があったのは運が良かっただけ……。
記憶と違うのは、白いMSの方がヒートホークを振りかぶっているという点。
『―――――!?』
二機のザクは絡まったまま、文字通り手も足も出せずに、その頭部を切り落とされる。
同時、運営のランチから戦闘終了を示す発光信号が煌々と輝いた。
「ふぅ――……」
それが取り決めだ。
あの子は最初、長機って言葉に緊張したのかビビったのか、思い切り顔を強張らせていた。
『好きにやって良い。俺がフォローするって意味だ』
そう伝えたら、ほっとしたように息を吐いていたけれど。
「まったく、ニュータイプってやつは……!」
こっちが十ヶ月かけて必死に学んだことを、ほんの何時間であっさりと飛び越えてしまう。
アムロ・レイがマニュアルを片手にやったっていう話も、あながち本当かもしれない。
ニュータイプなら、みんなそんな事ができてしまうのか。
めちゃくちゃに吹き飛ぶザクの機動を予測して、一直線に機体を突っ込ませるような事も。
絡み合ったザク二機の頭部だけを、狙いすましたヒートホークの一撃で切り落とす事も。
オールドタイプである俺には、到底できやしない事だ。
「おい、どうした? 大丈夫か?」
『ッ、はぁっ――はあッ はッ ぁ、はァ……ッ はッ ……はッ』
呆然と天を振り仰いだような姿勢で漂う白いMS。
手で触れると、まるで全力で泳ぎ切った後のように荒い呼吸が聞こえてくる。
『か、勝った? 勝ったよね、勝った……!』
「ああ、勝った。軍警はともかく、ティターンズが来る前に、さっさと引き上げよう」
『うん……!』
また五秒だけ開いたエアロックを通り抜け、俺はコロニー地下通路に機体を滑り込ませた。
待機しているサムソントラックの荷台に用意されたMSケイジに機体を固定し、
コクピットハッチを開いてヘルメットを脱ぐと、コロニーらしい、
無味無臭に消毒された透明な空気が一気に押し寄せてくる。
同時に、精悍な顔つきの整備員、クエストがまっしぐらに駆け寄ってきた。
「軍曹、お疲れ様です!」
「軍曹はよしてくれ」
"あの子"の方にはルリア――クエストの妻だ――が走っている。
元従軍看護婦のルリアは、慣れた様子でメディカルチェックをしている。
何か体に不調があっても、ルリアなら見つけてくれるだろう。
俺は横目に二人の様子を見ながら、クエストが渡してくれたドリンクを一気に煽った。
「機体に問題は無かった。流体パルスアクセラレーターも、アームパンチも上々だ」
「それは良かった。ちょっと強引に繋ぎ合わせたんで、少し心配だったんですが……」
「その割には手慣れた様子だったじゃあないか」
「昔取った何とやらってやつですよ、軍曹」
またも軍曹と俺を呼んだクエストの顔が、不意に曇る。
その目線の先には、ルリアとわちゃわちゃ、ころころと表情を変えながら喋るあの子の姿。
「……あの子、すごいですね」
「ああ、私もそう思うよ。MS操縦、これで二度目……いや三度目か? とてもそうは思えない」
「ええ。でも、それだけじゃなくて――……」
ブラウンが何を言っているのか、その意味はわかっても、感覚は俺にはわからなかった。
クエストには、どこか神がかったところがある。だからあの子に、何かを感じるのだろう。
今も、あの子は何かふっと呼びかけられたように顔を上げて、こっちに目を向けている。
二人の間だけに通じる何か。あるいは彼女と白いヤツ、そして宇宙を繋ぐ何か。
それを人の革新と呼んで良いのかどうか。
ニュータイプ……と呼ぶ他ないのも、事実なのだけれど。
「無事に勝てたようで何よりだよ」
そんな風に物思いにふけっていたからだろう。
俺はサムソントラックの陰に隠れていたその男に、すぐ気づかなかった。
俺は首を振って答えた。
「そりゃあ、これで負けたら話にならない。……機体性能が段違いなんだ」
「機体性能だけが、MS戦闘のすべてじゃあない。赤い彗星もそう言ってただろう?」
俺達のマッチメイカー"サイクロプス"。
彼は、その通称通り右目を眼帯で覆った顔を、不気味に引きつらせた。
ケロイド状の火傷が痛々しく貼り付いているので分かりづらいが、どうやら笑ったようだった。
「そうは言っても、相手はただのザクだ」
「ただのザクにだって、負ける事はあるだろ?」
「だとしても、ドムやゲルググとは違う」
そしてドムに乗れたって喜んでたって、空挺降下中に死ぬヤツもいる。
ドムに乗れなくてくさくさしてた奴が生き延びて、ゲルググに乗り換えて死ぬ事だってある。
ドムやゲルググに乗るのだって勿体ないようなヤツだっているんだ。
俺は自分のMSを見上げた。
無骨な両腕、大振りな楕円形のシールド、角のない頭、十字型のスリット。
中世の騎士のようなフォルムをした、青く塗装された――――ギャン。
その隣に佇むのは、白いモビルスーツ。
数度垣間見た機体とは大きくフォルムが違うし、兜の前立てのようなアンテナも赤い。
だけど間違いなく、それはガンダムだった。
RX-78シリーズのセカンドロット、存在しないはずの――
事の発端は、先の戦争の末期、このサイド6のすぐ傍で起こった戦闘だ。
あれをTV局が実況生中継した。サイド6での視聴率は80%を越えたらしい。
なんでも、記録的な数字だそうだ。
MSとMSの戦闘は金になる――戦後、そう考える奴らが現れたのも無理はない。
最初に始めたのはジャンク屋たちだというヤツもいる。
連邦とジオンの帰還兵同士が結託して始めた八百長試合だというヤツもいる。
八百長試合にジャンク屋組合が目をつけて取り込んだのだというヤツも。
どっちにしろ、今ではマッチメイカーたちが取り仕切る、非合法、半ば公然の興行だ。
軍警は金で抱き込めたが、最近はティターンズのせいで前よりやりづらくなった。
それでも、相変わらず流行っている。
クランバトル、クラバト。
でも俺はこう呼ぶ方がしっくり来ている。
――バトリング。
「ブラウン!」
不意に声がかかった。
ルリアのもとを飛び出したあの子が、軽快に此方に駆けてくる。
ニット帽を脱ぐと、赤毛と共に年頃の少女特有の甘さが零れ、無味な空気に溶けていった。
ルビーレッドのパイロットスーツの胸を弾ませ、俺の前にきた彼女は、
年相応の顔に高揚、興奮の色を浮かべて、手を差し出してきた。
「勝ったよ! 私たちのロッテが!」
「ああ、まだ一勝だけだが、その一勝をできるヤツも少ないんだ。
――よくやった、マチュ」
「へへへ……っ」
テストの点を褒められた子供のようだ。
俺は彼女に少しだけその緩んだ表情を許して、それから続けていった。
「けど、だからって次も勝ちを狙って無茶をしようとするんじゃあないぞ。
無理は禁物だ。まずは自分が撃破されないことを優先して考えるんだ。
相手を一機落とした程度で勝った気になられちゃ困る。試合時間五分を生き延びれなければな」
「ぶー! おじさんさァ、ちょっと厳しくない?」
「おじさんはよせ。俺はまだ30にもなってないんだぞ?」
マチュは俺をジトッと睨んだ後、「ニャアンにも伝えよ!」と薄型の携帯端末を弄り始めた。
とてもその指裁きは俺の目が追いつけないような速度で、魔法のように文字が叩かれていく。
ニュータイプというのなら、この子達の世代は全員ニュータイプなのかもしれない。
そんな俺の様子を見て、サイクロプスがまた顔を不気味に引き攣らせていた。俺は肩を竦めた。
サイクロプス、ジョン・クエスト、ルリア。
これが俺達のバトリングチーム"ジークアクス"だ。
そして俺、フレデリック・ブラウンが、
なぜ
――アナベル・ガトーとエギーユ・デラーズを、殺すためだ。
●フレデリック・ブラウン
顔のタッチが変わりつつある
●アマテ・ユズリハ
かわいい
●ギャン
角を取っ払って前腕をゾゴックに変えて青く塗ってゲルググの盾を持たせたやつ
●9号機
あっちじゃなくてこっちなので見慣れたおっちゃんの顔