【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
第1話 死者を使った実験は成功した
「成功……成功だ!!」
大人数による大声の大合唱が起こる。
そこはとある城の地下にある、日の光と人目のない寒気のする場所。集中して研究に取り組むにはうってつけの場所だ。
地下の特に開けた場所で、中央を避けて集まる白衣を着た人々は、ぱっと見では数えられないほどに集まっている。
その避けられた場所は、床にこの国の特殊な文字と線が描かれている。そしてそれは鈍くも激しく光り輝き、中央に横たえられた人型を照らしている。
閉じられていた瞼は徐々に開かれていく。
周囲の光を映さない瞳は赤く彩られるも、まるで『それ』はガラス細工のよう。
大衆の白衣とは一点違う、腕に腕章をつけた男が光を途切らせながら『それ』に近づく。
「立て」
立ち上がる。
「回れ」
回る。
「跪け」
跪く。
「指の骨を折れ」
折る。
「頭を上げろ」
上げる。
蹴り上げられる。
男は口をきかず、表情を変えず、肯定も否定も疑問も示さない、まるで人形の『それ』の顔を渾身の力で蹴り上げた。
身体が浮いたことで位置をずらし、倒れ込んだ『それ』は、眼窩と指を赤く腫らしている。
「確認は済んだ。検体番号より『五番』と呼称する」
「はっ!」
「これより『五番』は来るべき戦いに備え、バケモノを殲滅させる兵器として扱うこととする」
「承知しました!」
幾人もの声が重なり、分厚い声が地下室に響く。
腕章をつけた男は一人、歪な笑みを浮かべながら呟く。
「人間は進化する。乗り越えられない壁なんてないのだ。たとえそれが『普遍の死』であっても、我らが叡智を持ってすれば凌駕できる! そしてそれは。すでに死んでしまったものでさえも蘇らせる可能性を秘めている。死ぬことはない。死んでも蘇る。死を恐れることのない夢のような現実。そんな世界はもうすぐそこだ!」
歓喜と狂喜が混ざった声が飛び交う中、床に寝たままの『五番』は、周囲には見えないように腕で顔を隠したまま、小さく舌を打った。
―――――……
空が青い。
蝶のような白く輝く生き物が金色の鱗粉を振りまいて、青と白と金のコントラストが視界に広がっている。
草原から見上げる空はどこまでも続いているようだが、視線をずらせば建物が見えてくる。
空が狭いわけではなく、その建物が大きいんだ。大きすぎる。
その建物の名前は、フローレンタム・ヴァーヴァム城。
この国、フローレンタムの中心地に位置したとってもとっても立派な王城だ。
庭も立派。
さっきは草原って言ったけど別名は庭である。
草原並みの広さを有した敷地っていうまあなんとも一般とは遠い場所だ。
その敷地内にいる私はというと、場違いな一般人。
許可はもらってるけど。
あーでも一般人とは少し違うな。
言い直すと、少し変わった一般の生物だ。
『少し変わった』とか、『生物』とか、その理由については最近ようやく受け入れてきたので、冷静になって思い起こしてみようと思う。
―――――……
パリン。
と、瓶が割れたのは、鈍い光が上がってから数年後のこと。
『五番』と書かれた瓶だった。
「緊急事態だ! 騎士団に連絡しろ!」
誰かが声を上げる。
水とともに冷たい床に投げ出された私は痛みで意識を取り戻す。
「ぃっ……」
声が出なくて痛くて寒くて、寒くて痛かった。
「おい、今動かなかったか?」
「何を言ってるんだ! そんなわけないだろ!」
意識はあったけど頭はぼーっとしてて、音は拾えるのに意味が理解できるほどではなかった。
夢の中のような、興味も関心もない舞台を見せつけられているようだった。
力が入らなくて起き上がれなくて。
床に体全体が接していて熱を奪われていた。
バタバタと音、というか振動ぐらいは感じ取っていたと思う。
「騎士団の者だ。何があった」
「突然瓶が割れたんです! 危険な生物兵器です、これで拘束をお願いします!」
「手錠か? 準備がいいな。承知した」
影がかかって視界が薄暗くなって、何かが自分の近くに来たことが分かった。
体が動かないから、見上げて確認することはできなかったけど。
ぐ、っと腕を捕まれる。
「ぃっ、た」
「ん、喋ったか?」
「なんだって!?」
辺りがザワつく。
だけどそれよりも、関節の向きも構わず無理やり立たされて、痛かった。
それ思い出して痛みを感じた場所を触る。
もう痛くはないが、当時を考えると少し恐怖を思い出す。
強い力を向けられることはとても怖かった。
痛みで思わず呻いたら、離れた場所から声が上がる。
「なんてことだ……早く拘束してください! これはすごいことだ!」
「お、おぉ、承知した」
「ぅえっ」
両腕を後ろに回され、強く捕まれる。
そのまま背中を押され、両脇を抱えられてフラフラの足で歩かされる。
歩くというか、吊り上げられて運ばれているような状態だったと思う。
「人型、なのか? 地下牢に繋いでおく。その後に説明を頼む」
「はい。騎士団長と、魔術師団長にも同席をお願いしたいのでお声掛けをお願いします」
「そんなに大事なのか?」
「それはもう! 陛下にもお伝えしなければならないでしょう!」
「なんと……!」
この時の私は痛みで周りのことに気を向けられる状況じゃなかったし、事態の大きさを象徴する言葉なんてわからなかった。
―――――…
ガシャン
と、重い金属音が響く。
体は木製の寝台に座らされたからまだ対応としては優しかったと思う。
私の両手首は金属製の頑丈なもので拘束中。
足は自由だけど力が出ないので結局は不自由だ。
当時はまだ羞恥心は抱けるほどではなかったと思うけど、裸のままだから動かなくてよかったと思う。
瓶の中にいたときは水分に浸っていたので、体は濡れて冷えていた。
寒さは感じていたのに、寝台の上に畳んで置かれていた毛布を手に取ることもしない程度には、自分の状況もわかっていなかった。
ひとまずやることというか、やろうと思ったことは、声を出すことだった。
「……ぁー」
見張りのような人が、やはり驚いた顔をする。
私が声を出すと毎度驚かれた。
「声は出せるようだね」
音が聞こえた。
「こんにちは。僕の言葉がわかるかな?」
牢の柵越しに柔らかく笑う男性が声をかけてくる。
声は出さずに小さく頷くと、満足そうに向こうも頷く。
「うんうん。いいね」
男性の後ろの人たちの顔は強張っていて対照的だった。
声をかけてきた人の手元から、がちゃりと音がする。
「おいで。今から君の話をしてもらいたいんだ」
牢の扉が開けられ、手を差し出される。
暗くて寒くかった。
頭がしっかりしていたわけではないから不安感は大きくはなかったけど、この人、魔術師団長のアオイさんの話し方と優しい手が逆光で輝いて見えた。
少しひんやりした細い指に、ガリガリの私の指を乗せる。
優しく手を引かれて手首の鎖が音を立てる。
屈みながら牢から出た。
アオイさんは優しく手を引いてくれて、上着を着せてくれた。
……あ、この時私裸見られたのか。
………………あーーーーー……。
……うん。やめよ。続けよう。
「少し歩くけど大丈夫かな? 辛かったら抱えるよ?」
言葉の意味を理解するのに少し間隔が空いて、頭を振る。
歩くのが辛いのは確かだが、抱えてもらうのは気が引けた。
決心しながら石の階段をのぼる。
周囲が明るくなって、床が石からカーペットになって足元が冷たくなくなった。
出入り口に数人の鎧やローブを着た人たちが何人かいる。
「服も用意しないとね。体も冷えているようだ。温かい飲み物を用意しよう」
と、優しい声色をしたこの人は近くにいた人に声をかける。
声をかけられた人は私たちから離れていった。
手を引かれ、先に行った人を追うように廊下をゆっくり移動する。
前にも後ろにも何人かがついており、なんか仰々しい。
「声は出せるようだけど、喋れるかい?」
「……っ、ぁ」
「まだ難しいかな。無理しないでいいよ」
喉が張り付いているようだった。
声を出そうとすると喉が絞まる。
言葉を出せないことというか、気持ちを伝えられないことがとてももどかしかった。
黙ったまま移動すること数分、扉の前に立ち止まる。
私の手を支える手と反対の手で扉を叩いて、
「アオイです。入ります」
扉が開かれて、中に入る。
広い部屋。
煌びやかな置物。
大きな家具。
甘くていい香り。
ローテーブルの周りに座る人が三人。
「本当に連れてきたのか……」
一人の男性は頭を抱えた。
「話は通じるし、大人しい子だよ。手錠もしているし、ひとまず話を聞かなきゃだろう?」
「過信はしないでください」
「大丈夫だよ。保険はかけてある」
アオイさんとメガネをかけた女性が話している。
魔術師団、副団長のロタエさん。
知的な雰囲気の女性で、タイトなロングワンピースに細やかな刺繍、ローブを着ていた。
姿勢が良くてスタイルがいいのが座っていてもわかる。
歩いて頭にも血が回ったからか、この頃から話している内容も理解できるようになってきていた。
「こっちだよ。紅茶を飲んで温まろう」
「ずっと飲食はしていないのでしょう? 紅茶よりもまずは白湯のほうが良いのではないですか?」
「そうなのかい?」
「そうです」
手を引かれながら幅の広いソファーに促されて座る。
ロタエさんから色のない、湯気のたった水分が入ったティーカップをさし出される。
「白湯の後に紅茶をお出しします。少しずつ飲んでください」
小さくお辞儀しながら受け取る。
ティーカップで手も温めながら、少しずつ口の中に含んで、喉に流していく。
咽そうになってもなんとか堪えて、半分ぐらい飲んだ。
……まじまじと見つめられている。
「本当に大人しいな……」
正面のソファー座る鎧を着た人が警戒を隠さない表情で呟いた。
騎士団長のカミルさん。
金色の髪を刈り上げて、同じ色の顎鬚を短く切りそろえた中年ぐらいのおじさん。
後から聞いた話では、この時の私の印象はいわゆる『借りてきた猫』と思っていたそうだ。
いつ暴れるか警戒していたそうで。
ロタエさんは無表情で見ていたのだそう。
無表情で、しかし警戒はしていたのだと聞いた。
それとは正反対に、私の隣のアオイさんは笑顔で警戒心もなさそうだったと。
それでより自分が警戒したそうで。
また別の、誕生日席に座る、今まで一度も話していないマントを羽織った人が口を開いた。
「喋れるのか?」
ここ、フローレンタム国の王太子、コウ・ゼ・フローレンタム殿下。
私を見ながらだから、私に問うてくる。
喉をさすりながら、少し上を向く。
「……っ、ぁ、あー。」
あ、出た。
「うん。良さそうだ」
アオイさんが隣で頷く。
「今から君自身のことをわかる限りで教えてほしい。話すのが辛くなったら言ってね」
「は、い」
知っていること、といっても。
「名、前は、わかりませ、っ。言葉、は、わかり、ます。ここは、どこ、なんでしょ、ぅ」
当時はそう答えるのが精いっぱいだった。
私の問いに殿下が答えてくれた。
「ここはフローレンタムという国。その中心に立つ王城だ」
馴染みがない言葉だな、と思った。
もっと言えば、城の中やアオイさんたちの服装、兵士、牢屋なども見覚えもなければ現実味すらもなかった。
違和感しか感じていなかった。
さらに違和感のあるセリフが放たれた。
「君は我が国の有力な兵力として軍に在籍しているんだ」
私は兵士だったらしい。
「研究者たちが数年前に君と他十数人を連れてきた。その頃は動きはしたが、人形のように無表情でほとんど無反応だった」
今から数年前の話から始まる、周囲から見た私は、殺人人形だったようだ。
いわゆる戦争で、私と同じような表情をした男女数人。
当然のように強力な広範囲魔法を使用して、敵を威嚇し、掃討したらしい。
記憶はない。
疚しさもない。
罪悪感もない。
それは、今でも一緒。
「研究者の一人が「今まで以上に役に立つ兵器を開発した」と嬉々として語っていたな。確かに戦闘では凄まじかったが」
「僕は君たちの様子を見ていたが、確かに凄まじかったよ。僕なんて足元にも及ばないほどだ」
「団長ともあろう方がそんなことを軽々しく言わないでください」
当時から団長、副団長だった三人は当時の私のことも知っていた。
だからカミルさんやロタエさんは警戒していたのだと思う。
「僕も自分の力量は正しく理解しているつもりだけどね。それほどまでにすごかったんだよ。ただし、その頃の君の様子は今と全く違うものだ。あれは『殺戮人形』と呼べるだろうね」
「さつりく、にんぎょう……」
言い得て妙。
今の私ならば納得する。
後から調べた戦争の資料では、敵の大半を屠ったのは私の使った魔法なのだそう。
幾重もの叫び声が周囲の空気を震わすも、表情は一切変わらず、何も考えず、何も感じていないような様だったよう。
まさに『殺戮人形』。
それ以上でもそれ以下でも、それ以外でもない。
まさにそのときの私を表した言葉だった。
「ひどい言い方をしてごめんね。君の反応が知りたかったんだ」
「はんのぅ」
「君は今、僕の言葉で傷ついてしまっただろう。微かだけど表情に出ている。人形ではありえない反応を示したんだ」
確かに本当に人形ならば、淡々と受け止めていただろうな。
「人形ではありえない反応だとしても、人間としては落ち着きすぎていると思うが?」
「私も、そう、思います。けど、実感……も、記憶も、ないの、で」
「そうか」
聞いてきたカミルさんの警戒度合いは、少しばかり会話をした程度では変わらなかった。
まあすぐには安心できなかったよね。
殿下もいたし。
なにより『殺戮人形』だなんて言われていたモノが目の前にいたら。
私としては、そんな話を聞いても落ち込んではいなかった。
けど感情の起伏も少なかったから、人によってはショックを受けているように見えていたかもしれない。
「じゃあほとんど何もわからない、ということだね」
「はい」
「では陛下には私からそのように報告しよう」
「よろしくお願いします。殿下」
「ではあなたは着替えと、シャワーも済ませましょう。このあと謁見していただくことになります」
「えっけん……」
「拘束は外せません。なので、洗体は他の者を呼びますので」
王様に会うのに私も身なりを整えなければならない。
話しているときはアオイさんが着せてくれたローブだけで、一見ワンピースのような状態だった。
けれど体、特に裸足で歩いていたからやや汚れていて、もしかしたら薬品や体臭がしていたのかもしれない。
恥ずかしい。
私はアオイさんに連れられて続き部屋のシャワールームへ案内された。
アオイさんはシャワールームの手前でメイドさんらしき人たちに声をかける。
男性だし、さすがに入ってはこなかった。
メイドさんたちに洗われるのは恥ずかしいが、拘束されている以上しょうがない。
シャワーの暖かさのせいか、夢心地でこの時でさえも現実味がなかった。
いったいどうして私はここにいるのだろう。
私は本当に人を殺していたのか。
本当に私に人を殺す力があるのだろうか。
されるがままのまま、答えのない問いが頭の中を占めていた。