【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第10話

「初めに瓶を割ったのは、スグサさんですか?」

 

 

 目を見開く。

 目が皿になる。

 驚いた。

 こいつからこの疑問をぶつけられるとは思わなかった。

 見くびっていた。

 

 驚いて抜けていた顔面の筋肉が、ゆっくりと力を取り戻す。

 表情が作れない。口角が吊り上がるのがわかる。

 

 いやいや。

 嬉しいことだ。

 嬉しい誤算だなあ。

 

 

「ふふ、いいや。違う。私様は何もやっていない」

「そうでしたか。すみません」

「いや、いい。やったのは私様じゃないが、私様の関係者がやったんだろうな」

「……なんで、わかるんですか?」

 

 

 んー。

 まあここまでは期待しすぎか。

 自分でも瓶が割れた瞬間のことは記憶が曖昧だろうに、気付いただけ良しとしよう。

 

 

「それはいずれ話すさ」

 

 

 少なくとも今は話す必要はない。

 いずれは話すが、その時はあいつはどういう反応するかなあ。

 ヒスイは表情は相変わらず変わらない。

 興味がないわけではなさそうだが、焦燥や切迫はないようだ。

 ちらっと、意識の外の様子を確認。

 まだ誰も来る気配はないようだ。

 

 

「他にも聞きたいことあるか? お前からの質問ならなるべく答えてやるよ」

「いいんですか?」

「ああ。気に入った奴にはとことん甘いんだ、私様は。それにまだ誰も来なさそうだし、暇潰しだ」

 

 

 床としては不安な足場に浮いているように座る。

 つられて同じ顔のヒスイも目の前におずおずと座る。

 胡坐と正座で膝を向かい合わせ、有意義な時間を刻んだ。

 

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

 

 

「む」

 

 

 幾らかの時間が経った頃、意識の外に変化が出た。

 

 

「どうかしたんですか?」

「ちょっと待ってろ」

 

 

 私様の意識を体に戻す。

 ヒスイの部屋が視界に広がる。

 目の前の扉を凝視すると、次第に聞こえる荒い足音。

 さらに駆けている複数人の足音。

 

 バンッ

 

 目の前の扉は勢いよく、耳障りな大音を立てて開かれる。

 思わず耳を塞ぐなり目を顰めるなりしたいところだが、それは今は賢明ではないだろう。

 扉から入ってきた白衣の男は。

 それはもう不機嫌そうな顔で、問答無用で部屋に踏み入る。

 ヒスイを見習い超真顔で、涼しい顔をしておこう。

 こいつらの言う『人形』とは、こういうことだろう。

 前だけを向いた私様……こいつからしたらヒスイにの横に立った白衣の男は、黙って見下ろしてくる。

 

 

「……フン」

 

 

 がっ、と。

 髪を鷲掴みにされる。

 さすがに痛い。

 

 

「やめろ!」

 

 

 王子サマが開け放たれた扉から入ってくるよりも一寸早く、床に投げ捨てられた。

 

 

「……っ」

 

 

 さすがに表情を変えてしまったが、長すぎる髪が幸いして表情は見えなさそうだ。

 

 

「……あぁ、よかった」

 

 

 研究員の男がようやく口を開く。

 表情は見えないが、さっき見た表情とは雰囲気の違う声色から、今は機嫌がいいようだ。

 こいつの顔は覚えがある。

 ヒスイのことを『殺戮人形』と言って、研究に関わっている奴だ。

 

 

「ベローズ所長!! どういうことだ!」

「殿下ともあろう方が、人形のことでそんなに気をかけてはいけませんよ」

 

 

 コツコツと、入ってきた時とは全く違う、軽い靴音を立てて扉へ向かっているようだ。

 

 

「私は心配していたんですよ」

「心配……?」

「ええ。ウロロスがスグサ・ロッドを探していたのに、人形が立ち会うことで大人しくなった。そこで人形は自分のことを『スグサ・ロッドという人間』だと思い込んでしまうんじゃないかってね。投げ捨ててみればまさに『人形』そのものだ。安心しました。となるとあの時の反応は何か不具合でしょうか。ああ、早く調査させて頂きたいのですがねぇ」

 

 

 殿下が全く見せてくださらないから、と拗ねたように言っても全く可愛くはないぞ。

 つまりこいつは何か。

 私様の持ち物のトラブルに、私様……正しくはヒスイが関わったと知って、下手な勘が働いたか?

 嫌だねえこういう奴。

 

 

「殿下のようなお優しい人間と関わって、人間のような勘違いが起こっていないようで安心しました。ちゃんと『人形』で」

 

 

 勘違いするなよ、と念を押してきやがった。

 快感を覚えるくらい胸クソ悪いな。

 アンタが一番ヒスイを人間扱いしているようだと言ってやりたいと思った私様だが、この場はなんとか我慢してやろう。

 当のサイエンティストは、マッドな一言を残し、足音は遠のいていく。

 

 

「ヒスイ!」

 

 

 部屋に入ってきた王子サマに優しく抱き起こされる。

 さすが。様になってるーう。

 後ろからさっき見かけた三人も顔を出す。

 勢ぞろいだな。

 

 

「無事か!?」

「めっちゃいてぇ」

 

 

 思いっ切り顔をしかめながら言い放ったら、四人は目を見張った。

 そういう反応すると思った。

 ぶはっとついつい吹き出してしまった。

 

 

「え、あ、ああ、スグサ殿か……?」

「あーそうそう。まだ私様なんですわ」

 

 

 あー、いい反応するなあ皆様方。

 

 

「あーあ、面白い。ウーもロロも、落ち着けって」

 

 

 机の方を見れば、小ぶりな蛇が二匹。

 ウーとロロだ。

 蛇らしく、獲物を狙うとき静かに気配を殺し、物陰から隙を伺っていた。

 伺いながら、沸々と怒りにも似た殺気をできる限り身に抑えている。

 まあ私様が止めてしまったから、それのやり場を失ってしまったのだが。

 二匹を見てわずかに身体を強張らせた四人だが、そんなことは気にとめずとも良い。

 よっこらせと体を起こし、さっきまで座っていた一人掛けのソファーに深く腰掛ける。

 

 

「そうそう、ベローズだったな。今度は忘れないようにしておこう」

「ベローズが、何か?」

「いやいやこっちの話ですよ。王子サマにお話しするほどのことではありませんよ。たぶん」

 

 

 いやーやってくれたな。

 どんな因果かねぇ。

 

 

「……いずれ、必要があれば話していただきたい」

「もちろん」

 

 

 今は話す気がないということを察していただけたようだ。

 とても良い。スムーズだ。

 

 

 王子サマが立っているのに私様が座っているのはどうにも体裁がよろしくないと、座ることを推奨する。

 王子サマと騎士、魔術師二人がそれぞれ腰掛ける。

 

 さあ。

 有意義な時間の続きだ。

 ……だが、話し合いに入る前に、確認事項がまず一つ。

 

 

「ここの結界はどうなってる?」

 

               

 赤髪の魔術師に問う。

 城のことだが、王子サマより魔術師の方が詳しいだろう。

 期待通り、間髪容れずに答える。

 

 

「ヒスイちゃんが使用すると決まったときから、元々の部屋の結界に加えて≪花の囁き≫を使いました。一日ごとに魔力を供給しています」

 

 

 ふむ。

 光の、ということは、さっきの保管庫で使用した魔法とは別物だ。

 魔法石に込めた魔法で結界を張り、効果が切れないように都度補充していると。

 ≪花の囁き≫ならまあいいだろうが、念には念を入れるか。

 

 

 

 足で床をトン、と踏めば、新たに魔法が発動する。

 見た目には変化がないが、ここにいる四人は気付いたようだ。

 

 

  光属性魔法 ≪嵐の渦中に花の囁き≫

 

 

 何かを保護するものではなく、ただ音漏れと気配を遮断する魔法。

 赤髪が使った同じ魔法のさらに内側に、範囲を狭めて使用する。

 魔法を使ったときに異質な魔力は感じなかったから盗聴はないだろう。

 元々の部屋の結界は防御に関するものだから上掛けは必要なし。

 

 

「うわぁ……見せつけてくれますね」

「精進しろよ、若造。私様がやったんだから、これ以上の安心はないだろ?」

「……あれ……魔法、普通に使えてます?」

「手枷ならとっくに壊れたぞ」

「うわぁこっわ」

 

 

 ウーとロロを止めるときに使った≪影取鬼≫で手枷は割れ、砂になった。

 あの程度じゃあ上級以上は防げない。

 私様だからなおのことだ。

 

 赤髪も魔法の線は悪くないが、私様と比べたらみんな凡人だ。

 その凡人の中でも城仕えの赤髪は特に優秀な方だ。

 将来に期待。

 やや困り顔の赤髪はいいとして、そろそろ本題に行こう。

 王子サマも同じことを思ったようで、身体を乗り出してくる。

 

 

「さて。では、さっそくだがいくつか伺いたいのだが、よろしいか?」

「内容によりますね。物によっては答えられませんが、どうぞ」

「今ヒスイはどうしている?」

 

 

 またヒスイかよ。

 大事にされてるなぁ。

 

 

「さっきまで話してました。体調は見ての通り変わりないですよ」

 

 

 見ての通りっていっても話してるのは私様だけど。

 私様が無事ならヒスイも無事ということでご理解頂きたい。

 

 

「ちなみに今も話聞いてます。「聞いてますよ」だってよ」

「そうか。それならよかった。ヒスイもよく聞いていてくれ」

 

 

 だってよ。

 

 ―― わかりました

 

 

 なんか。

 脳内で会話しながら外でも会話って面白いようなめんどくさいような……。

 こんがらがりはしないが……。

 んー、しょうがないか。

 

 

「続けよう。スグサ殿」

「はいはい」

「貴方は今、どういった存在だ」

 

 

 なんともまあ、曖昧な聞き方だな。

 

 

「……と、言いますと」

「そのままの問いだ。なんと問えば良いのか迷ったんだが、これしか思いつかなかった。スグサ殿がわかっている範囲で、俺たちにも教えて頂きたい」

 

 

 曖昧な聞き方されると、どこまで話すか迷うから嫌なんだよなぁ。

 こいつらが求めている物以上のことも言ってしまいそう。

 

 …………ああ、そうか。

 王子サマはそれが狙いか?

 

 

「便利な聞き方ですね?」

「だろう。多用している」

 

 

 にひ、と、まあ悪いことで笑うお人だ。

 うん、この人も気に入った。

 コウ殿下ね。

 

 

「いいでしょう。答えますよ。まあ承知の上かとは思いますが、他言はお勧めしません」

「わかっている」

 

 

 他のお三方も頷いたり、真剣な目でこちらを見ていたり。

 王子サマのお人柄についてくる人だ。

 信用しても大丈夫だろう。

 

 

「では結論から。私様はスグサ・ロッドの『記憶』。そのものです」

 

 

 と述べたはいいものの。

 さすがに抽象的か。

 全員、顔は意表を突かれたようになっている。

 クールな女魔術師もおっさん騎士も意味を捉えかねたらしい。

 

 

「もう少し詳しく言います。質問は最後にまとめて」

 

 

 生前の私様は、私様自身の体を媒体として記憶の保存を行った。

 本来『記憶』とは脳に蓄積されるものは当然だが、私様は脳にあった『記憶』を『体』にコピーしたというだけのこと。

 よく言うでしょ?

 頭は忘れてても体や心は覚えてるって。

 もちろん一般人には使えないであろう魔法なので方法は省略。

 そしてそれはもちろん理由があってのこと。

 今はもうすでに死んだ身というのはご承知の通り。

 しかし私様は随分長いこと『天才』と言われていましてね。

 ああ、自慢ではないですよ、事実です。

 ヒスイには先に話しましたが、実は私様はヒスイがこの世界に来るきっかけとなった『歴代の力の再現』という研究に誘われていましてね。

 ……もちろん参加してませんよ。興味ないんで。

 その内容が英雄だったり優秀だった者たちを蘇らせるっていうんなら。

 私様が死んだ時は研究の素体となるだろうと思ったわけですよ。

 

 だから私様は、自分が研究によって生き返らせられた時のために、体に記憶を残して好き勝手やらせないようにと思ってたんですよ。

 

 私様の体を許可なく好き勝手に使ってんじゃねーぞと脅すつもりだったんですが。

 ヒスイやその周りが思いの外面白そうなんで、私様はもう少し引っ込んでてやろうと思ってます。

 そうそう王子サマとかね。

 ちょっと後で手合わせしましょうよ、みんなで。

 まあでも。

 目を覚ましたタイミングは遅すぎたぐらいでしたが、そこは誤算でしたね。

 

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