【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第7話

 母様。お母さん。この国の王妃様。

 さっきもコウ殿下が呟いていたけど、この国の王妃様は不在だ。

 聞いたことはないけど、国学、つまり歴史を習っていた時に聞いた。

 

 王妃様は、第三王子を産んだ時に亡くなってしまったらしい。

 もともとそんなに体が弱いわけでも、心配事があったわけでもない。

 カエ殿下のときも、コウ殿下も、暗算で問題がなかった。

 けれど、シオンの時は状況が違ったらしい。

 出産時は長時間。

 なかなか出てこない子。

 母体の体力も落ち、意識が遠のいていく。

 それに反して多くなる出血。

 医療が発展していないということは、出産時の死亡率も高い。

 王妃様は、出産時に亡くなった。

 三人目の我が子を、抱きしめることもなく。

 周囲が悲しみに暮れる中、現実を突きつけるような産声だけが響いていたらしい。

 

 

「母上はシオンの誕生を心待ちにしていた。産みたかったんだ。シオンを恨んじゃいない。それは俺が保証する」

「……俺もにいさ、兄上の言葉を信じています。だから責任は感じては……いません」

 

 

 座ったままだが、全身に力がこもっているのがわかる。

 対して言葉は怪しく尻すぼみ。

 自我を持っていないとしても、自分がきっかけで母親が死んだ。

 そしてそれは、国学として語り継がれている。

 ……シオンとしては、傷を抉られ続けているのだろうか。

 だから、長期休暇でも寮にいたのだろうか。

 

 

「それに関して言えば。亡くなった父上は、母上のことをとても愛していました」

「……えー? あの面倒くさがりが?」

「はい。子の俺たちから見ても溺愛していたんですよ。あのように面倒くさがってしまうようになったのは、それこそ母上が亡くなってからです」

 

 

 亡くなっているとはいえ王様に対する言葉なのか疑問だが、そこはまあスグサさんなのでスルーされた。

 けれど私は、スグサさんが抱いた疑問に賛同する。

 初対面で、異世界から召喚された私のことでさえも『我関せず』の態度をとっていたのだから。

 随分無責任な態度だったと今でも思う。

 今の話を聞いて、納得はしないけど、理解はした。

 愛していた人が亡くなったことによる、喪失感からくる無気力さ。

 王様ならば、例え妻が亡くなったとしてもやらなければいけないことは多いだろう。

 国として悲しんでいたとしても、手続きや国交に関することはやらなければならない。

 それが、国のトップだからだ。

 

 

「俺としては正直、無気力なまま……投げやりな態度のまま、王座にいることに疑問を持っていました。語弊があるかもしれませんが、退いてほしかった。静かに、受け入れる時間を持ってほしかった。まさか、亡くなってしまうとは思わなかったが……」

 

 

 隣に座るコウ殿下も、シオンと同じように悔やんでいる。

 敢えて言わずとも、表情はそう言っている。

 親子だから、親子だからこそ、受け入れてほしかったのだろう。

 

 

「それじゃ、それが王サマの研究を推す理由だったのかもな」

 

 

 静かに聞いていたスグサさんが、静かに口を開いた。

 

 

「王サマも生き返らせたかったんじゃないのか? 奥サンのこと」

「……え……」

「……いや、そんな。……まさか」

 

 

 二人の身体が、別の意味で強張る。

 けれど、腑に落ちた私は体の力が抜けた。

 フローレンタムのお城で行われていた研究。

 それはもちろん、国や王族が許可していたからだ。

 許可するのは、何かしらの理由があるから。

 それが、王妃様の、蘇生。

 だけど――

 

 

「ま、王サマが死んだんじゃ、どうなるかだな」

「そう……そうですよ。父上も亡くなってしまったのですから、母上の蘇生なんて……。兄上はまさか、望んでいないでしょうし……」

 

 

 見るからに狼狽えている。

 私が召喚されたときも、直接は関わっていないのに謝ってくれた。

 まさか、自身の身内の願いのために私が……前の世界での私の人生が使われていたなんて。

 責任感が強いコウ殿下からしたら理解の範疇を超えているかもしれない。

 それよりも。

 ぼそりと呟いた「どうだかな」という声の方が私は気になった。

 聞きたかったが、スグサさんの方を見た瞬間に目が合い、制された。

 

 

「話がずれたが、洗脳と思われる状況についてだ」

 

 

 テーブルをトントンと叩き、話を中断する。

 今は時間がないのだと。

 

 

「女魔術師がかかるほどだ。それなりに強い洗脳魔法だろう。国中にということも考えると相当規模の大きい魔法か、複数の媒体のようなものがあるんだろう」

「媒体?」

「定期でも不定期でも、自動で魔法を発動する仕掛けをしたもの。それはフローレンタムだけではなく、アーマタスにもレルギオにもあるはずだ。同じものである可能性が高い。心当たりは? 特に弟子」

「えっ」

 

 

 突然の名指しに体が震える。

 

 

「最近アーマタスにもレルギオにも行ったの、お前ぐらいじゃないか?」

「そうだな。あそこは基本閉鎖的だから。実は俺も行ったことがない」

「え、コウ殿下も? んー……なんだろう」

 

 

 そう遠くないはずなのに、はるか遠い記憶のように感じるほど、記憶は薄い。

 それでも思い出さなければならない。

 必死に町並みや人、建物を思い出す。

 三国に共通したもの……。

 

 

「…………あ」

「お?」

「……あ、あ、あった、かも。鐘ですよ、学校やお城にあったやつ。アーマタスの競技場でも鳴っていましたし、レルギオの建物にもありました」

 

 

 城でも学校でも新調されていた鐘。

 あれならば国中に響き渡るし、定時で鳴る仕掛けができる。

 同じものかはわからないけど、私にはそれしか思いつかない。

 

 

「そうか……あれは父上の指示で変更になったものだ。以前の鐘も大分古くなっていたし、疑問には思わなかったが……」

「フォリウム学院のも同じ理由です。王城の鐘も切り替わったので、同じタイミングになるなんて珍しいなと思っていました」

 

 

 点が繋がっていく。

 繋がって線になり、「もしかしたら」と思う物が、実は関係があったのだと知る。

 それほどまでに、研究は実は私たちの見えないところで生き続けていて、私たちの生活に手を伸ばし、浸食していた。

 まるで、病魔のように。

 

 

「可能性はあるな。なら、それをぶっ壊すのが一番手っ取り早い」

「スグサ様。本当に壊しちゃって大丈夫ですか? 壊したから解ける、ってものでもないですよね?」

「そうだな」

 

 

 アオイさんの懸念はもっともだ。

 人の性格は積み上げてできるものだ。

 思い出や、周りの人からの影響。

 そういう地道に積み重なったものでできるもの。

 だから洗脳も、鐘が鳴るごとにより深く、気付かないうちに変化していったのだと考える。

 

 

「上書きなら時間をかける必要があるだろう。だが、今回は元に戻す行為だ。それなら、お前の得意分野じゃないか? 弟子」

「私、ですか」

 

 

 何度目かのにやり。

 その笑顔が示すことを、私はすぐに理解した。

 今まで私が持っていても使わなかったもの。

 それを、今回ようやく使うということ。

 

 

「うまくいきますかね」

「うまくいくようにやれ」

 

 

 何と無茶な。

 と思っても、スグサさんがそう言うのなら、できるのだろうか。

 それだけ自信を持っているようだし、その自信過剰につられて、私もできると思ってしまう。

 この人の影響力は絶大だ。

 たとえ死んでしまっている人だとしても、それは変わりがない。

 

 

「レルギオにある鐘を使う。だからそれ以外の鐘は邪魔だ」

「では、フローレンタムやアーマタスにある鐘を破壊すると」

「そうだ。それらは協力願えるんですか? 王子サマ」

「……ああ。やろう」

 

 

 一瞬考え、けれどすぐに力強い頷きとともに返事をしたコウ殿下。

 迷いのない返答をしたけれど、大丈夫だろうか。

 その考えに至った数人のために応えるよう、コウ殿下は立ち上がり、全員を見回す。

 

 

「鐘が思考異常の原因ならば、それは遅かれ少なかれ撤去する必要がある。だが、この鐘による思考異常が戦争の引き金になっているならば、早いに越したことはないだろう。時を待つことはせず、行動に移すべきだと考える。皆。手伝ってほしい」

 

 

 そう。

 「死んだ人が蘇る」なんて夢のようなこと、あったらどれだけ嬉しいだろう。

 「怪我をしても他の体に移れれば大丈夫」なんて考えにもなれる。

 怪我でも病気でも、「死んだほうがましだった」なんて、苦しむこともない。

 けれど、そんな夢のような話、私の居た魔法のない世界では難しかった。

 魔法のあるこの世界でも行われていなかった。

 倫理的にもあり得ないことだった。

 もし世界的に不思議じゃないことならば「そうなんだ」で済んだ話だろう。

 それまでに積み重ねられた歴史で、それが普通になったのだから。

 だけど、この世界では違う。

 この世界でも、普通は死者は蘇らない。

 そんな思考を、常識を、強引に捻じ曲げたのがあの鐘だ。

 洗脳するということは、「考えが変わることは相当遠いこと。難しいこと」とわかっているからやっている。

 悪いとわかっていることをやっている。

 それは当然ながら、よろしくない。

 

 

「コウ殿下」

 

 

 静かに、立ち上がる。

 体の横で力強く握られた拳。

 親族が、人を良くない方法で操っている。

 そんな状況、まっとうな人ならまっとうなほど、苦しい現実だ。

 それを物語っている、握り拳だ。

 

 

「私は私のできることをします」

「アオイ・ベイトももちろん、尽力しますよ。カミルとロタエも、助けたいですしね」

「コウくん。わたくしも、お手伝いさせていただきます」

「俺もこの国の王子です。兄上には到底追いつけませんが、できることからやりますよ」

 

 

 意志表明は起立動作。

 そんな取り決めをした記憶はないが、わかりやすいことこの上ない。

 みんながみんな、緊張の色を見せながらもしっかりと立ち上がる。

 両足で。もしくは、テーブルを支えにして。

 必ずしも、足だけでなくていい。

 むしろ足でなくてもいい。

 できるように、やりやすいように、やればいい。

 

 

「あ、あたし……」

 

 

 一人。

 立ち上がらなくても無理のない子が、座ったまま震える声を漏らす。

 ライラさんは言ってしまえばただの学生だ。

 貴族ではあるが。魔法を学んではいるが。

 親族が戦争に参加しようとしてはいるが。

 だから、参加できないとなっても不思議ではない。

 ……と、思っていたけれど。

 上がった頭。

 見える顔。

 そこには、決して引くつもりはないという強い意志。

 

 

「ナオを助けたい!! 弟だもの!! 来るなと言われても行きますよ!!」

 

 

 一番勢いよく、力強い参加表明。

 笑う場面ではないけれど、ちょっと笑いそうになった。

 いつも通りの、元気なライラさんだったから。

 

 

「……じゃあ、全員参加ということで。じゃ、誰がどこに行くかを発表しまーす」

「……え? スグサさん、もう決めてたんですか?」

「ああ。全員道連れだ。人が足りんからな」

「……相変わらず、勝手だなあ」

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