【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第10話

 なんとなく、床に降りる。

 スグサが座っていた椅子を寄せて、ベッドから離れた位置に座る。

 ()を気にする様子もなく、ただ手を見つめているだけの男は、キャストが混ざっているせいもあって儚く見える。

 

 

「じゃあ、あなたのことはなんて呼べばいいかしら?」

「サァ。ナントデモ」

 

 

 それが一番困るのよ。

 

 

「じゃあいいわ。適当に思いついた名前で呼ぶわ」

 

 

 コンコン、コン

 

 

「入るぞ」

 

 

 入ってから言ってるわよ。

 コップと水差しを持ってきたスグサが、もう一人を連れて入ってくる。

 男二人はおらず、後ろの偽のスグサが扉を閉めた。

 男は……一瞬、揺らいだ。

 スグサは()に目線を送ってから、ベッドの男を見やる。

 

 

「水」

「……アア、感謝スル」

「どういたしまして」

 

 

 少し警戒した様子で注がれた水を口にする。

 少し飲んで、二口目、三口目と、含む水分が多くなっていき、ついには飲み干した。

 はあ、と、同時に飲み込んだ空気を戻す。

 そのタイミングで、スグサは()の隣まで下がり、代わりにヒスイ(ニセモノ)がベッドに寄る。

 

 

「あの……」

「……ナンダ」

 

 

 …………揺。

 

 

「っ、私のこと、わかりますか?」

 

 

 意を決して、息を呑んで、発したスグサと同じ声。

 こちらも緊張しているのか、声が揺れている。

 ()からは顔は見えないけど、下ろされた手は強く握られている。

 向い側にいる男はヒスイ(ニセモノ)を見上げた。

 

 

「……ワカラナイ」

 

 

 ……ふっ。

 

 と、握られた手が解けた。

 ()には手だけでは察することはできない。

 けど、視えているそれは、微かな動揺と、明らかな安堵。

 

 

「そう、ですか……」

「…ナンデソンナ顔ヲスル?」

「え、あ……ど、どんな顔してますか?」

 

 

 自覚ないのっ?

 体の力が抜けそうな一言に呆れた。

 隣のスグサはむしろ力が入っている。

 変な顔をして、笑いを堪えている。

 変な顔。

 

 

「言イヨウガナイ。複雑ナ顔」

「複雑……そうですね。複雑です」

「……」

「なんでしょう。知っていて欲しかった。でも知らないでも欲しかった。知っていたら、見つけられた。知らなかったら、まだどこかで無事かもしれない」

 

 

 だから、複雑、と。

 微かな希望はどちらにもあって、でもどちらかでしかない。

 どちらがいいかなんて選ぶのは難しい。

 だから、喜ぶのか残念がるのか決めかねる。

 もともと顔の変わらない子だったけど、この世界に来る前からそうなのかしら。

 

 

「では、お名前は?」

「勝手ニ呼べ」

「勝手に……」

 

 

 困り顔で振り向く。

 もちろん、目線は()ではなくスグサの方。

 

 

「ご自由に?」

 

 

 肩をすくめて放り出した。

 より困った顔になったヒスイ(ニセモノ)

 その顔は本物じゃ見たことない……! え、もっと見たい。

 願いは届かず男の方に向き直り、「えーっと」と呟く。

 

 

「何でもいいんですか?」

「アア」

「そうですか。では……イオラ、と」

「イオラ……?」

 

 

 聞き慣れない言葉ね。

 ヒスイ(ニセモノ)の世界の言葉かしら?

 

 

「私しか知らない世界の言葉で、とある石の名前です」

「石?」

「綺麗な石なんです」

 

 

 なぜ石なのか。

 そんなことを聞くほど野暮ではない。

 男は繰り返し「イオラ」と呟く。

 

 

「イオラ……イオラ……」

「変、でしょうか?」

「……ワカラナイ。ガ、ソレデイイ」

 

 

 いつぞやの誰かさんのように終始無表情で、感情なんて殆ど読めない。

 けど、()にだけわかるそれは、微かな変化が出ていた。

 言わないけど。

 

 

「弟子。本題、忘れるなよ」

「あ……ハイ」

 

 

 タイミングを見計らっていたのだろう、スグサが声をかける。

 やや慌てたヒスイ(ニセモノ)は咳払いをして、イオラに向かって背筋を伸ばす。

 

 

「明日。私たちはこの家を出ます。そして、イオラさんがいた……生まれたところに行ってきます」

「自分ガ、生マレタ所……」

「もしかしたら、イオラさんはそこで元に戻れるかもしれない。逆に元に戻れないかもしれない。私たちが行ったら、そこは……破壊するつもりです」

「……ソウ、カ……」

「イオラさんは、どうしたいですか?」

 

 

 さらっと出た「破壊」という言葉。

 それ以外の意味を持たない言葉。

 ()がいない間に、どれだけの話をしたのだろう。

 もう誰がどこに行くのか話したのだろうか。

 少なくとも()はスグサと行く。

 ヒスイ(ニセモノ)も一緒だろう。

 もしかしたら、ウーとロロも一緒かもしれない。

 他の人間はそれぞれ割り振られる。

 洗脳の鍵というのが鐘ならば、それが確認されている場所に分担されるだろう。

 人手は確かに足りない。

 学生が二人いるという時点でハンデといっても過言ではない。

 何でもいいから使える手は使いたいのが本音だろう。

 そしてそれが、イオラということ。

 

 

「自分、ハ……」

「来るのも来ないのも、イオラさんにお任せします。来ないのならここでお待ちいただきます。けど、来るなら……危険も伴います」

 

 

 もちろん、必要な忠告よね。

 脅しでもない。

 必然。

 

 

「考えてみてください。夜にまた来ます」

 

 

 深く頭を下げ、イオラから離れた。

 スグサの元に寄って、二人で頷きあう。

 何かを躱している二人に相当の嫉妬を抱くものの、見た目が『スグサ』だから文句は言えない。

 

 

 ()は口を挟まない。人間同士の問題だもの。

 ()は、もう、人間じゃない。

 

 

 バラファイを混ぜられた日から――

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