【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
なんとなく、床に降りる。
スグサが座っていた椅子を寄せて、ベッドから離れた位置に座る。
「じゃあ、あなたのことはなんて呼べばいいかしら?」
「サァ。ナントデモ」
それが一番困るのよ。
「じゃあいいわ。適当に思いついた名前で呼ぶわ」
コンコン、コン
「入るぞ」
入ってから言ってるわよ。
コップと水差しを持ってきたスグサが、もう一人を連れて入ってくる。
男二人はおらず、後ろの偽のスグサが扉を閉めた。
男は……一瞬、揺らいだ。
スグサは
「水」
「……アア、感謝スル」
「どういたしまして」
少し警戒した様子で注がれた水を口にする。
少し飲んで、二口目、三口目と、含む水分が多くなっていき、ついには飲み干した。
はあ、と、同時に飲み込んだ空気を戻す。
そのタイミングで、スグサは
「あの……」
「……ナンダ」
…………揺。
「っ、私のこと、わかりますか?」
意を決して、息を呑んで、発したスグサと同じ声。
こちらも緊張しているのか、声が揺れている。
向い側にいる男は
「……ワカラナイ」
……ふっ。
と、握られた手が解けた。
けど、視えているそれは、微かな動揺と、明らかな安堵。
「そう、ですか……」
「…ナンデソンナ顔ヲスル?」
「え、あ……ど、どんな顔してますか?」
自覚ないのっ?
体の力が抜けそうな一言に呆れた。
隣のスグサはむしろ力が入っている。
変な顔をして、笑いを堪えている。
変な顔。
「言イヨウガナイ。複雑ナ顔」
「複雑……そうですね。複雑です」
「……」
「なんでしょう。知っていて欲しかった。でも知らないでも欲しかった。知っていたら、見つけられた。知らなかったら、まだどこかで無事かもしれない」
だから、複雑、と。
微かな希望はどちらにもあって、でもどちらかでしかない。
どちらがいいかなんて選ぶのは難しい。
だから、喜ぶのか残念がるのか決めかねる。
もともと顔の変わらない子だったけど、この世界に来る前からそうなのかしら。
「では、お名前は?」
「勝手ニ呼べ」
「勝手に……」
困り顔で振り向く。
もちろん、目線は
「ご自由に?」
肩をすくめて放り出した。
より困った顔になった
その顔は本物じゃ見たことない……! え、もっと見たい。
願いは届かず男の方に向き直り、「えーっと」と呟く。
「何でもいいんですか?」
「アア」
「そうですか。では……イオラ、と」
「イオラ……?」
聞き慣れない言葉ね。
「私しか知らない世界の言葉で、とある石の名前です」
「石?」
「綺麗な石なんです」
なぜ石なのか。
そんなことを聞くほど野暮ではない。
男は繰り返し「イオラ」と呟く。
「イオラ……イオラ……」
「変、でしょうか?」
「……ワカラナイ。ガ、ソレデイイ」
いつぞやの誰かさんのように終始無表情で、感情なんて殆ど読めない。
けど、
言わないけど。
「弟子。本題、忘れるなよ」
「あ……ハイ」
タイミングを見計らっていたのだろう、スグサが声をかける。
やや慌てた
「明日。私たちはこの家を出ます。そして、イオラさんがいた……生まれたところに行ってきます」
「自分ガ、生マレタ所……」
「もしかしたら、イオラさんはそこで元に戻れるかもしれない。逆に元に戻れないかもしれない。私たちが行ったら、そこは……破壊するつもりです」
「……ソウ、カ……」
「イオラさんは、どうしたいですか?」
さらっと出た「破壊」という言葉。
それ以外の意味を持たない言葉。
もう誰がどこに行くのか話したのだろうか。
少なくとも
もしかしたら、ウーとロロも一緒かもしれない。
他の人間はそれぞれ割り振られる。
洗脳の鍵というのが鐘ならば、それが確認されている場所に分担されるだろう。
人手は確かに足りない。
学生が二人いるという時点でハンデといっても過言ではない。
何でもいいから使える手は使いたいのが本音だろう。
そしてそれが、イオラということ。
「自分、ハ……」
「来るのも来ないのも、イオラさんにお任せします。来ないのならここでお待ちいただきます。けど、来るなら……危険も伴います」
もちろん、必要な忠告よね。
脅しでもない。
必然。
「考えてみてください。夜にまた来ます」
深く頭を下げ、イオラから離れた。
スグサの元に寄って、二人で頷きあう。
何かを躱している二人に相当の嫉妬を抱くものの、見た目が『スグサ』だから文句は言えない。
バラファイを混ぜられた日から――