【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第4話

「コウくん! 乗ってください!」

 

 

 いつの間にか召喚していた魔獣・フェーに飛び乗る。

 さっきの光でもう気付くものもいるだろう。

 身を隠した方が良いかもしれないが、もうすでに戦闘は始まっている。

 スグサ殿の結界魔法はそんな簡単に破られるものではないだろうが、限界は来る。

 誰かのところに戦力が固まって結界を壊されてしまえば、その中の人物は危険に晒される。

 なるべく同時に結界を展開させ、戦力を分散させたい。

 

 

「撃てー!」

 

「!」

「フェー!」

 

 

 やはりか!

 地上から聞こえる掛け声。

 火属性に対する水属性の魔法が飛んでくる。

 クザ先生の掛け声で、下からの攻撃を器用に躱す。

 しかし、多勢に無勢。

 城は目の前にあるのに、数が多すぎて思うように近寄れない。

 

 

「……時間がありません。コウくん」

「はい?」

「風の属性魔法が使えましたね?」

「はい」

「では、飛ばします」

「……はい?」

「フェー!」

 

 

 高らかと鳥の鳴き声が響き渡る。

 大きな翼で扇ぎ、攻撃を一掃、中断させる。

 そうして向かう先は、天。

 

 

「……っ!」

 

 

 声も出せないほどの風圧。

 フェーの体にしがみついていないと振り落とされそうだ。

 目を開けることもままならなかったが、次第に、瞼が開いてくる。

 そして見えたのは、城さえも見下すほどの高さ。

 この高さで移動できれば攻撃も受けないかもしれない。

 が、それはそれで空中戦の可能性もある。

 そして戦力の分散と考えれば、外での足止め役が必要。

 空中戦という限られた戦力を足止めするより、誰でも行える地上戦に持ち込む方が効率的だ。

 では、なぜここまで上がってきたのか。

 

 

「コウくん、準備を」

「……先生。地上の相手は、おそらく……」

「大丈夫。わかっています。手合わせとなっても手加減しないようにします」

「……ご武運を」

「ありがとう。殿下も、ご武運を」

 

 

 今は戦だ。笑うべきではない。

 しかし、相手の無事を祈る時ぐらい、いいだろう。

 魔力を練る。風の魔力。

 そして、フェーの体から軽く跳んで、落ちる。

 城に背を向ける。

 

 

「≪おいでませ≫」

 

 

 召喚に使う扇子を口元に添えて、唱えた。

 雄叫びをあげる、メレオン。

 発光する体は、まだ暗い世界の中で、唯一、辺りを照らしてくれる。

 その光に目掛けて、魔法を放つ。

 

 

(ナル)初級魔法(トゥワン)!」

 

 

 メレオンの技、反射の力を借りて、俺は城の方角へ飛ばされていく。

 ほぼ水平移動から勢いが消えていき、次第に降下していく。

 しかしもともとが十分な高さだ。

 これなら最上階付近の王座の間にすぐ辿り着ける。

 問題は着いてからだ。

 あの人は一人でいるだろうか。人嫌いだから可能性はあるが……。

 城の人間を手にかけることは、なるべくしたくないのだが……。

 

 

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

 

 

 コウくん、無事に着いてください。

 落ち続けるメレオンを送還し、コウくんの無事を祈る。

 しかしその時間も数秒。

 わたくしはわたくしで、やることがあるのだから。

 フェーの背を軽く叩く。

 翼を大きく羽ばたかせ、今度は真下に急降下の準備に入る。

 体にしがみつき、風圧に備える。

 

 落下。

 

 フェーにしがみつくのに、力がどんどん入っていく。

 しかしそれでも剥がされてしまうのではと不安になる。

 それだけの衝撃を受けながら、耐える。

 耐えて耐えて、フェーが一声鳴いた。

 はっとして、送還。

 地面に着く直前に送還したために、勢いだけが残って土埃が舞う。

 周囲にいた人たちの叫び声が聞こえる。

 支えを失ったわたくしは宙に浮き、体制を立て直してから着地した。

 即座にメレオンを召喚する。

 光り輝く体は周囲の警戒を煽る。

 もちろん、わたくしに注意を向けるためでもあるし、眩しすぎる体で目眩しの役割もある。

 さすがは騎士団に魔術師団。

 立て直すのも早い。

 武器を構えて囲まれている。

 

 わたくしの目的の人が……来た。

 いつもの通り、笑って挨拶しましょう。

 

 

 

「こんばんは、カミルくん」

「拘束する。抵抗してくれるな」

 

 

 噛み合わない。

 理解はしてくれていると思いたいが、今までよりも若干掠れた声に、不安が膨らむ。

 甲冑をかぶっていて、どんな顔をして言っているのかがわからない。

 あなたの心が、わからないわ。

 

 

「ねえ、カミルくん。抵抗しないから、少し話を聞かせて?」

「無駄口を聞くつもりはない」

 

 

 ガシャ、と、重い一歩を踏み出してくる。

 拘束するなら自分の手で、ということだろうか。

 それともただの警戒か。

 わたくしの力量を測ってのことなら、あなたはわたくしをよくわかっている。

 わたくしは、あなたに、酷いことをしたくない。

 

 

「そう。なら、死ぬわ」

 

 

 けれど、自分相手にならできる。

 重い一歩は、踏み出したまま地面に縫いつけられたかのように留まる。

 (どよ)めきはない。

 それはもう、この人たちにとっては当然だろう。

 対抗勢力であるし、『たとえ死んでも生き返らせればいい』のだから。

 ……けど、足を止めてくれたということは。

 カミルくんにとっては、わたくしは『死んでほしくない』存在なのね。

 

 

「ねえ、教えて? あなたは息子を蘇らせたいのよね?」

「……ああ」

「あの子の魂はどうするの?」

「故人である個人の魂を選別する魔法はすでに完成している」

「そう。なら、体は?」

 

 

 話す前に、甲冑を取ってもらえばよかった。

 どんな顔をしているのか。

 どんな目をしているのか。

 口調だけでは、伝わりきれないものがある。

 だからこそ、わたくしは最大限伝えることができる。

 

 

「俺の体を依り代にする」

 

 

 ……。

 息が、止まってる。

 空気も、時間も、止まったみたい。

 この人は……。

 

 

「カミルくん……」

 

 

 手から武器が落ちる。

 魔力の配給が途切れ、メレオンは消える。

 足は進む。

 力なく、地面を擦りながら、最愛の人に近づいていく。

 わたくしの意思は、なに?

 どうしたい?

 目と鼻の先のカミルくんに辿り着くまでに、考えなきゃ。

 どうしたい?

 どうしたい?

 夫?

 息子?

 家族?

 わたくしは?

 

 

「カミルくん……」

 

 

 甲冑に触れる。

 武器を落としたわたくしは、もうただの一介の老婆。

 警戒心は薄らいでいるのがわかる。

 

 

「勝手なこと、しないで」

 

 

 手首に巻きつけた、細く長い髪の毛。

 反対側は、落としてただけでは消えない武器の扇子。

 髪の毛で一緒に巻きつけていた魔石が、発動する。

 

 最強で最高の魔術師の、結界魔法。

 

 少し、夫婦二人で話し合いましょう?

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

(ナル)初級魔法(トゥワン)っ」

 

 

 パリンッ!

 城の外壁……窓から中に入った。

 窓を割る音は想像よりも響き渡り、いずれここにも人が来るだろう。

 だが、これも想定外だが、そもそもの人がいない。

 なぜだ?

 ここはもう謁見の間の近くだぞ?

 見張りがいないなんて普通じゃ考えられない。

 しかし、その考えを裏切る静けさ。

 灯りの蝋燭こそついているものの、それが作る人の影は俺のものだけ。

 気配はない。

 風の魔法でも、動きはない。

 

 

「好都合……と考えるには、油断が過ぎるだろうな」

 

 

 あの人なら「ラッキー」とか言いそうだが。

 国王……兄がいる方に背を向けて進む。

 人の気配は絶えず警戒。

 足音は立てない。

 矛盾して廊下のど真ん中を歩く。

 逆に考えれば、ここに人の気配がないのは良いことではない。

 他のみんなのところに人が多くいるということだ。

 俺は良くても、周りが良くない。

 ならば、と。

 足音を気にせずに走る。

 早々にこちらの用事を終わらせて、助けに行かなければ……!

 

 

「っ!」

 

 

 人の気配…!

 咄嗟に廊下の出っ張った部分に隠れる。

 前方から静かに歩いてくる。

 兵士……にしては足音は軽い。

 女性にしては音の感覚が広い。

 背は高い。

 聞き覚えは……ある。

 この状況で、情けは無用の長物。せ

 めて気を失わせて、一刻も早く……!

 

 

「出てきなさい」

 

 

 剣に手を添えたところで、聞き覚えのある声が廊下に木霊する。

 俺の元にも届いた音は、生まれた時から聴いている。

 直近で聴いたのは……戦の話をしていた頃だ。

 手を下ろす。

 息を吸って、吐いた。

 肩の力は抜かない。

 完全に気を許してはならない。

 この人は。

 

 

「来ると思っていたぞ。コウ」

 

 

 国王陛下(兄上)は、敵なのだから。

 

 

「そう睨むな。少し話でもしようと出迎えたのだから」

「……俺がここを通ることがわかっていたのですか?」

「ああ。わかっていた」

 

 

 なぜ。

 それは当然湧き出る疑問。

 だが、今はそれを聴いている暇はない……!

 

 

「実はな。コウたちの中にスパイがいるんだ」

「!?」

 

 

 可能性はなくは、ない。

 疑いたくはないが、情報が漏れたということは十分考えられることだ。

 となると誰が、となるが。

 

 

「だから、どうしました?」

「……どうということはない。だが、いいのか? この間も、誰かがそのスパイによって危険に晒されているかもしれないぞ? だれか、得体の知れないやつが混ざっていないか?」

 

 

 得体の知れないやつなら、いるにはいる。

 だがそれは、そいつ自身も自身のことがわかっていない。

 それを確かめに行った。

 もし、そいつがスパイなら……。

 ……ヒスイ……!

 

 

「……いや。大丈夫でしょう」

「ほう?」

 

 

 浮かんだ顔は、笑っていた。

 あいつはこっちの世界に来た最初、全くと言って表情が変わってなかった。

 真顔で、無表情。

 声も淡々としていて、感情の読み取りにくい奴だった。

 だからこそ、俺たちが気持ちを表に出していこうと話をしたのが懐かしい。

 もう一年も経つのか。

 いや、一年しか経っていないのか。

 ヒスイの世界ではこの世界の倍はかかっているらしいが、長いような短いような。

 ……。

 

 

「一人、気になる奴はいます。けれど、もし本当にそいつがあなた方のスパイだったとしても、構いません」

「なぜ? 死んでもしょうがないと思うか? ああ、死んでも生き返らせるか?」

「まさか。心配は心配ですよ。俺はアイツが好きですから」

 

 

 気だるげな眼が見開かれた。

 まさかこの場で他人への告白を聞かされるとは思っていなかっただろう。

 俺もまさか、本人に言う前に他人へ言うとは思っていなかったが。

 だが、この人は、アイツを嫁にすると言った。

 

 

「貴方がヒスイを嫁にすると言ったのですから、まさかヒスイを殺すよう指示するとは思えません」

「……ああ。そうか。失態だな」

 

 

 兄上の開かれた瞼は引き寄せあい、視界を閉じて何度か頷く。

 咀嚼。吟味。

 そして嚥下する。

 さながら過去の自分の発言を味わったのだろう。

 

 

「まさか、ライバルになるとは思わなかったな」

 

 

 ふっと笑う姿は、懐かしさも感じさせる。

 懐かしいが、もう、その時の人ではない。

 

 

「そこをどいていただく前に、一つ確認したいことがあります」

「ここをどくつもりはないが、できる限り答えようとは思う」

「なぜ、ヒスイに求婚を?」

 

 

 この話の流れからなら予想していただろう。

 特に驚く様子もなく、一つ頷いた。

 そして指を一本立てる。

 

 

「一つ。見た目が美しい」

 

 

 二本。

 

 

「二つ。スグサ・ロッドは平民ではあるが、皆が知る英雄だ。貴族たちも彼女なら文句はないだろう」

 

 

 三本。

 

 

「三つ。死んでいる。つまり人間ではない」

 

 

 四本。

 

 

「四つ。死んでいる。これから『死者蘇生』を積極的に行っていくのに、象徴なりえる」

 

 

 五本。

 

 

「五つ。死んでいる。つまり不倫ではない」

「……は?」

 

 

 最後……なんて言った?

 そう顔に書いてあったのだろう。

 特に表情も顔色も変えることなく、指を立てた手を平然と下ろす。

 

 

「儂は不倫なんてしないぞ?」

「……いや、いやいやいや! 兄上は何を言っているんですか!? 不倫をしないのはまあもちろんですが、そもそも結婚していないのにその台詞は支離滅裂というか……」

「ん、ああそうか、そこからか」

「え……」

 

 

 ふわっ、とか、にこっ、とか。

 そういう感じではない。にや、でもないし、くすっ、でもない。

 言うなれば、くしゃ。

 歳のいった、皺のよった笑い方に見えた。

 

 

「儂は、コウの父だ」

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