【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
ぱちん、と一鳴らし。
≪玩具箱≫を解除して、立ったままの……教祖代理の姿を久々に拝む。
こいつはこいつで泣きはらした顔をしている。
瞼が腫れ、涙の痕が残って、なんていうか、すげー汚い。
「おお! 教祖様! 解放してくださるのですね!」
「うるせえ」
≪自由な風は不自由を求める≫
≪意思の伝達は許可制なり≫
体の自由と発言の自由を奪う。
静かにしてくれさえすればそれでよかったが、解放した瞬間がうるさすぎた。
自業自得だ。
直立状態で風に拘束されたそいつを、風の魔法を使って浮かせる。
二階から下ろし、目の前まで来させる。
イレンの額に触れ、魔力を練る。
「『足の自由は解いてやる。この建物にある鐘の所まで案内しろ。発言および背くことはいかなる理由でも許さない』」
≪先払いされた傲慢な依頼≫
闇の魔法で、イレンの行動を指定する。
遂行されるまで自死はできない。
『先払い』に当たるのは、足の自由。
これでこいつは逃げるという手段をとることができる。
ま、逃げられると言っても、体は拘束されてるがな。
弟子も、殺せはしなくても拘束・結界系の魔法なら使える。
逃げようとするのは現実的ではない。
「……うわぁ」
「嬉しそうに見えますね」
目を輝かせて泣いてる。
え、待ってキモイ。
喜んでんの?
は?
やだ。
「
……「も」、なんだよ。
指くわえて羨ましそうにしないでくれよ。
さすがにきちぃ。
視線の当たる箇所をガリガリと掻く。
苦笑いの弟子を見て、こいつはまともな方で良かったと思った。
「んじゃ、行ってこい。気を付けてな」
「行ってきます。必ず戻ってきます」
「おう」
≪目移らせ≫
魔法をかけた私様には認知できる、弟子とイレン。
声も出さずに力強く頷いた。
それに対し手をひらひらと仰いだ。
背中を向けた二人が部屋を出るのを見届け、私様はベローズを見る。
「あれ。いねえ」
上にいたはずのそいつがいない。
魔力を探れば……あ、なんだ。
「歩いてダイジョーブか?」
降りてきたそいつに、心配の欠片もない言葉をかける。
壁にもたれ掛かりながら姿を現したベローズは、顔面蒼白で、見るからに大丈夫そうではない。
けれど、体を起こして歩くということに加え、睨む余力ぐらいはあるそうだ。
「貴様……さっきのは……」
「あれが、私様の『全属性』の種明かしだ」
世の中にはあまり伝わっていない、私様の情報。
何故伝わっていないかは簡単。
隠されていたからだ。
「私様が生まれついたとき、属性は風と闇だけだった。お前と似たようなものだよ」
二つの属性というのは悪いことではない。
鍛える属性が絞れるのはよいことだ。
けれどそれだけでは足りなかった。
他の属性の使用感。
どんな魔法が使えるのか。
使いたい属性があるのに使えない葛藤。
その悔しさを拭いさるにはどうしたらいいか。
「体感した通りだ。私様は、自分が持ちえない属性の魔力を風で操作して、闇の特性の『吸収』で取り込んだ。後天的に属性を得た」
「こう、てんてき……そんなことが」
「ありえない」と思うだろう。
そう思ったらそいつはそこまでの存在だったんだ。
世の中の人間は同調心理が働きすぎる。
みんながこうしているから。
そう言っているから。
そう伝わっているから。
だからなんだ?
本当にそうか?
みんなはいつからそうしている?
そう言っている?
そう伝わっている?
当時はそうで。
今はどうなんだ。
存在自体は自然と進化していくもんだ。
日々の積み重ねは『進化』と同義だ。
できることもできないこと、わかったことも、わからないということがわかるということも、全て『進化』だ。
『進化』し続けているんなら、それに合わせて知識も
「お前も闇属性を持っているのなら、私様のように全属性を得られるぞ。喜べ、私様に近づけるんだ。この、近づきたくても離れていく憎くもアコガレであるスグサ・ロッド様にだ」
「おいで」とも言わんばかりに両手を広げてやった。
そうしたら、眉間の皺をより深くさせ、親の敵というか人類の仇でも見るかのような目になった。
おかしいなあ。
「……だれが、貴様なんかに、憧れなんてものを……!」
「「なんか」と言われたのは久しぶりだー。まあでも、これでわかったろ。私様のような奴は、属性と、本人の意志さえあれば作れる。魔力の量だってそうだ。魔力をどんどん取り込んで容量を増やしていけばいい。私様だって髪に貯めこんでいるしな」
わざわざ言わないとわからないのか。
お前でさえも。
わからないこと。知らないこと。
『未知』なものは知ろうとしないと。
そうして道を踏み外しちゃあわけないな。
「なぜ、それを世に出さなかった」
「……この方法は風属性と闇属性が優遇される。風があれば魔力の流れを操作ができ、闇属性があれば膨大な魔力と属性が手に入る。しかし、どちらも持ってない奴だっているだろう」
そこばかりは生まれの運だ。
無属性を除いた六種類の属性の内、何を手に入れられるかわからない。
貴族か平民かであるように。
赤子が『間抜け』と呼ばれるかどうかは、生まれてみないことにはわからないし、生まれたとしてやり直せるものでもない。
「「風属性があるから」「闇属性がないから」とかで差別する未来が見えるだろ。私様はそんな状況をつくりたいわけではない」
世に出さなかったからこそ、属性の優劣や差別はない。
そればかりは、『未知』を知ろうとしなかった人間たちが正しかったと思う。
「差別……差別だと……!? そんなもの後でどうとでもなる! そんなものは言い訳だ! 貴様は人類の進化の機会を意図的に消し去ったのだ! 貴様の怠慢だ!!」
壁に凭れているからこそ、ある力を全て『叫び』に使うことができている。
顔面蒼白も、発汗もこの短時間では変わりがない。
それでも立って、ついでに叫んでいられるということは、少なからず回復しているのだろう。
それでも、話す元い叫ぶ以外は出来なさそうだが。
「ま、なんとでも。私様の研究であり実績だ。どうしようと私様の勝手だろ」
やれやれ、と。
そんなことは研究者でなくても知っていそうなことだ。
それが人類のためになるとしてもならないとしても、どうするかは勝手のはず。
『進化』自体に興味はない。
私様は自分に起こったことがどれだけ調べてもわからない『未知』だったから、自分なりに調べただけだから。
その結果、その後の研究にも役立って、世間に広まったというだけ。
自己顕示欲や自己承認欲求がないわけではない。
それよりもリスクをとったというだけだ。
「くそ……貴様のような身勝手で……私の研究は……」
「おいおい。お前が『身勝手』とか言うんじゃねーよ。上の奴らに謝れ」
二階で大人しくしているように見えるそいつらを見る。
果たして原型はどんな人間だったのか。
わかる奴もわからない奴もいる。
顔が半壊している者。
上半身しかない者。
下半身しかない者。
四肢が複数ある者。
眼球が抜けている者。
舌が垂れ下がっている者。
言葉にならない音を発し続けている者。
ひたすら浅い呼吸を繰り返している者。
微かでも人間らしい部分が残っている奴ら。
それ以外は、人間の部分がほとんど残っていない奴ら。
果たしてどれだけのものを混ぜられ、どれだけのものを砕かれたのか。
共通しているのは、全員何かを訴えているということだけ。
悲しいかな。
私様にはそれを察することはできない。
「さて。私様からはもうほとんどないな。お前の番だ」
くるりと後ろを向き、棒立ちでいるそいつ。
昔の弟子のような無表情の瞳の奥に、いくつか灯る、光のようなもの。
返事はなく、足を動かす。
私様とすれ違い、シクのそばで私様が振り向いても見える背中は進み続ける。
辿り着いたのは、目的の人物の、目と鼻の距離。
「オ前が、ウミノオヤ、カ」
小さい、しかし、強い声。
籠っている感情を察することはできない無機質な発音。
何を聞きたいのか、話したいのか、聞いてはいなかった。
果たして何だろうか。
「自分ヲ、知ッテイルカ」
「……キャストを人体と合成し、内蔵可能な魂の個数を計測した被検体」
「自分ハ捨テラレテイタト聞イタ。用済ミカ?」
「捨てられていたのなら、そうだろう」
「指示ヲ出シタノハ貴様デハナイノカ」
「私は総括だ。在庫や材料の廃棄について各部署に任せている」
「自分ノヨウニ生キ残ッタ奴は……」
「さてな。廃棄でなければ、自然に放っているから可能性はあるのではないか? 同時にギルドに討伐依頼も出しているから、既に完了しているかもしれないがな」
「……自分ハ、何ダ」
聞きたいことが的を得ない。
現状の把握。
湧いて出た疑問の消化。
そんなものだろうか。
コイツの思考は誰のものかもわからない。
色々な記憶や感情が混在しているのかもしれない。
それだけの数の魂が一つに宿っている。
それを、まともな精神状況で対処できるとは、到底思えない。
嵐の前の静けさ、かもしれない。
それを知ってか知らずか。
一つ大きくため息を吐いたベローズは、言葉すらも投げ捨てた。
「貴様は使い捨てで用済みの被検体。それ以外の何物でもない」
ザワリ。
一度に多数の魔力が発生したような、処理しきれない気持ちの悪い感覚が肌を撫でる。
その発生源は考えずともわかる。
そいつは、私様に背を向けたまま、多方に向けて魔力を発し続けている。
いや、これは意図的ではない。
「ハ、ハ……ハッ」
暴走だ。
肩での呼吸。
冷や汗。
手にこもる力。
背面からではそれしかわからないが、表情からはもっと異様な光景が広がっているだろう。
さっきベローズが魔法石で強制した魔法の時や鳥かごでも思ったが、混ざりモノは総じて魔力が多い。
同じ混ざりモノであるイオラも例外ではなく、私様ほどではないにしろ複数人分の魔力を持っている。
さて。
どう鎮めるか。
「全く。手間のかかる子」
おっと。
お前がやってくれるとは。
どういう風の吹き回しだ?
「スグサの言いたいことは手に取るようにわかるわ」
「げ」
「今はスグサのことに関わる事態なの。そんなときに変な時間を取らせたくないわ」
この後の
え、そんなものあったの? とは言わなかったが。
睨まれたから言わずとも手に取るようにわかってしまったようだ。
シクはどこまでも自分主体というか、私様主体というか。
笑ってしまうぐらい素直な奴だ。
コイツも、幸せになってほしいんだけどなぁ。
「ほぅら。落ち着かないと苦しいわよ」
「ガッ、ハ。……ウ……ク」
「……静かにしてなさい」
シクがこの場から手を伸ばしただけでできることと言えば、魂を操作することだけだろう。
もはやイオラのコントローラーとなったシクは、慣れた手つきでイオラを苦しめ、静まらせる。
ベローズの前で蹲り、発する気持ち悪い魔力も薄れた。
そのタイミングで、私様が手を伸ばす。
「もういいだろ」
イオラを回収。
一時的に抜かれた魂はシクの手によって戻され、荒れた呼吸を必死に直そうとしている。
「満足か?」
「……アア。モウ、イイ」
「ならお前は弟子を追え。アイツのやること手伝え」
投げやりな言葉だった。
それに対し、重要な任務を与えた。
そうやってこなすかはコイツ次第だ。
「そう簡単に……行かせるものか!!!」