【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
「儂は、コウの父だ」
……さて。
言葉は理解した。
意味は理解できない。
いや。
できないことはない。
そんな難しい言葉ではない。
理解しようと思えばできる。
ただ、したくないだけ。
見た目は兄上だ。
第一王子。
カト・ゼ・フローレンタム。
しかし、思い出してみれば。
口調や一人称、もろもろの発言は、父の発言として考えると……しっくりきてしまう。
「……どういう、ことですか」
頭ではわかっていても、受け止めたくはない現実が、自分の発言をコントロールしてくる。
「どういうこと」かなんて、ヒスイとずっと一緒に過ごしてきたんだから、わからないわけがないのに。
「わかっているのだろう」
ああ、わかっている。
わかりたくなくても。
通路のど真ん中。
自分と、自分より少し年上の青年。実の兄でさえも、面と向かって正面に立ち会って、両手を痛いほど握りこむなんてこと、なかったのに。
どうして身内を目の前にして、こんなにも冷や汗が出て来るのか。
「儂は死んだ。死んで、カトの体をもらい受けた」
……そう、だよな。
そうだよな。
そうでしかないよな。
「いくつかお聞きしたいのですが」
「よかろう」
「なぜ、亡くなったのですか?」
「準備が整ったからだ」
「準備、とは」
「儂の魂をカトの体に移す準備だ」
「……兄上を、殺したのですか?」
「いいや」
「え……」
「あいつは、殺さずに魂を抜き取った」
頭が、追いつかない。
「あいつは人間が嫌いだろう。儂らでいう、『
「……それで……魂を……」
「あいつは喜んでいたぞ。人を捨て、別の生き物になれることを」
なぜ。
なぜそんなにも、人間が嫌いになってしまったのだろうか。
感情が湧き、煮詰まる。
身内に、こんなにも追い詰められ、転生も望む存在がいた。
それを喜び、体は実の父親によって再利用される。
……この気持ちは、なんだ。
悔しいのか。
悲しいのか。
怒っているのか。
恐れているのか。
嫌悪しているのか。
後悔しているのか。
「……わかりません」
腰に刺した、剣に手をかける。
「ほう」
「ですが、わかりたいと思う。あなた方のしていることを許すつもりはありませんが、知って、その上で、否定します」
「知らぬ状態で、『否定する』と断言するとは。無様だな」
「なんとでも。私……俺は、兄上が何を想っていたのかも知ることはできませんでした。しかし、あなたの想いなら、まだわかる」
「儂の、想いか」
「はい。あなたには、わざわざ兄上の体を使ってまで、生き還る必要があったのでしょう? 何がしたいのか。一戦交えてから、教えてください」
柄を持って、剣身を引き抜く。
この日のために、剣の腕を磨いてきたわけじゃない。
この日のために、苦手な魔法を学んできたわけじゃない。
この日のために、父や兄の背を見て、追ってきたわけじゃない。
でも。
しかし。
だけど。
今日、今まで培ってきたものを。
「お覚悟」
片足を前に出し、足を前後に開く。
両手で持った剣を顔の横に構える。
父であり、兄であり、国王は、首から下げた五つの宝石の内、一際大きい石……魔石に触れ、身の丈ほどの杖を持つ。
父は魔法が得意だった。
最高位魔術師ほどではないにしろ、三つの属性を極めていた。
皮肉を言うなら、怠惰なこの人らしい。
「≪
ポツリ、呟き。
上段の構えのまま駆ける。
杖で一つ床を叩き、迎え撃つのは風の刃。
風で速度が倍増されたから、判断が遅れれば刃に突っ込んでしまう。
しかし、そう来るのはわかっている。
刃が目の前に迫る直前、天井近くまで高く跳ぶ。
国王の背後に背中合わせで着地し、一度斜め後方へ高く跳んだ。
……間に合った。
跳ぶ前にいた場所の床から、細かい木の根が何かを探している様にうねっている。
天井に足を付け、真下にいる国王に向かって剣を突き出した。
「……フン」
「クッ!」
杖を掲げ、剣と交わる。
杖には風の魔法が纏わせてあって、刃をガタガタと揺らされる。
魔法さえなければ叩き折れてしまう程度の太さなのに。
全体重をかけても、圧される……!
「くっ、ア!!」
風の勢いで弾かれた。
一歩も動いていない国王を中心に、俺が位置を入れ替えただけ。
いや。
背後に木の根が蠢いているから、実際挟まれたようなものだ。
両足を広げ、顔を横に、目線は国王に向ける。
耳は国王と木の根に向ける。
多少荒んだ呼吸を整える。
「……手加減ですか?」
こちらを見る目は、それこそ虫を見ていた目。
光は宿らず、感情を出さず、俺も……映さず。
「いいや。思い出していただけだ」
「思い出す……?」
「戦いとは、どのようなものだったかな、と。安心しろ。もう大丈夫だ」
この人は、十五年以上もまともに魔法を使っていなかったはず。
ましてや体は別人のもの。
そもそもの魔法の使い方こそわかっているとして、もう十五年ほどのブランクを克服したというのか。
緊張を解くな。
気配を探れ。
あの人は。
全ての属性を使う。
「≪
国王の手首の宝石が黒く光る。
短く唱えられた瞬間、光は靄となり、通路を黒く覆う。
「ちっ」
舌を鳴らす。
視界を塞がれるのは危険だ。
見えなければ、攻撃が四方から飛んでくることを許したようなもの。
「≪
自分を中心に、外へ向かって風を起こす。
≪
これで視界を晴らす……!
後方にあった根も切断することができた。
しかし、国王がいない。
いない。
見えない。
「……!」
前方へ駆けだした。
俺がもともといた方だから、目的の場所とは逆方向。
走り出して、一秒あったかなかったか。
俺がいた場所の床が、崩れ落ちた。
崩壊が収まる範囲が不明だから、様子を見ながら走る。
普通に走って飛び越えることは到底無理な程度まで広がってしまった。
「……くそ」
崩れた床の先を見れば、国王が刻んだ根に腰を掛けて、さらには足を組んでいた。
「よく気付いた」
「お褒めにお預かり、光栄です」
精一杯の皮肉。
しかしそれすらも見透かした国王は、真顔のまま眉一つ動かさずに頬杖をつく。
「なぜわかった?」
「微かに、魔力が流れたのを感じました」
「そうか。風の」
体に身体強化を施しているおかげもあって、風の特性の『空気の流れを読む』ことには長けている。
上手い人ほどそれを悟らせないが、今の状態でやっとわかる程度にしか流れを作らない。
流れを作らなければ、戦闘が始まってからの不意打ちだってできる。
この人の魔法は、本当に上手い。
「≪目移らせ≫は上手くいったが、やはり属性を切り替える際は難点だな」
「小さい頃から、そう聞いています」
この人が最後に魔法を使ったのは、俺がまだ片手程度の年齢の時。
まさかその次に魔法を使っている姿を見るのが兄の姿でなんて、誰が予想しただろうか。
溜息と上がった息が混ざる。
ブランクを感じさせない。
しかし、違和感でしかない。
「さあ、どうする。お前の目的はこの先の鐘だろう。儂は行かせるつもりはない。勝たなければ、通れぬぞ」
そんなこと……わかってる。
走りこんで上がった息はとうに整った。
「押し通ります」
剣を低く構え、今度は崩壊した方に向かって駆けだす。
風の魔法を相乗して、より早く。
国王は杖を構える。
俺は床を蹴る。
両サイドの壁を蹴り、天井を蹴り、上下左右に視線を動かす。
穴を通り過ぎたところで立ち上がった国王の後ろに回る。
低く身を屈めて、柄を強く握る。
体を捻りながら、剣を振りぬく。
流し目でこちらを向いた国王は、その手に持つ杖を振り出そうとする。
「うおおおおぉぉぉぉ!!」
「安直な……っ」
≪
剣身が光り輝く。
考えていた俺と、考えていなかった国王。
突然の光に、片方は両目を強く閉じた。
向こうの魔法で、光ってすぐに剣は押し返された。
その拍子に俺は、国王に背を向けることとなり、すぐに姿勢を整える。
「くっ」
今までとは違い、小さく呻きながら両目を覆うのは目の前の国王。
光の位置的にも強く光を浴びたのか、体をふらつかせている。
柄にもない大声を上げて、これがやっとだ。
「っ、行かせるか!」
「ぅあ!!? かはっ!? ≪
見えていないはずの国王は、杖を大きく振り回し、手当たり次第に魔法を使ってくる。
何とか風の魔法で攻撃を防ごうとするも、俺の死に物狂いの初級魔法では穴が大きくて攻撃がすり抜けてくる。
強風が体のバランスを崩しにかかり、俺の魔法のコントロールを奪う。
広範囲に広がる火の散弾。
天井から降ってくる鋭く細かい氷柱。
床から這い出てくる木の根で縛り上げられる。
「い……ぅ……」
片腕だけ垂れ下げた状態で、木の根でできた大木に貼り付けられる。
攻撃を受けたせいで血が流れ、全身が痛い。
痛くて意識が飛ばない。
ここまで痛いのは……いつぶりだろうか。
「はは……捕まえたぞ。もう、お前はその場から動けんだろう」
魔法を連発している内に視界が戻りかけたようで、開き切らない目をこちらに向けてくる。
眉間と鼻に皺が寄って……ああ、親の顔のようだ。
「……じつの、息子、に、対して……よく、ここま、で……できます、ね」
締めつけと、痛みと、苦しみと、悲しみと、怒りと。
息をするのがやっとの状態でも、言葉にせずにはいられなかった。
父親。
だから。
「儂の願いのためだからな」
「願い……」
「そうだ。お前たちも喜ぶだろうと思っていたのだがな」
「俺たち、も……?」
「母は恋しいだろう?」
視界が、揺れた。
「母。王妃。儂の愛した女。まさか望んだ子を産んで、命を奪われてしまうとは。愛するかもわからない者に、儂が愛した者を奪われるとは!! ああ、可哀想に。今度こそ……今度こそ! 儂とお前で。二人で!! 人生をやり直そうではないか!!!」