【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第4話

 ―――――……

 

 

 

 

「医術師。ライーバ出せ」

「はい?」

 

 

 唐突に言われた、出撃の前日の夜。

 みんなにそれぞれの魔石を持たせ、わたくしにもあるのだろうかと内心楽しみにしていたときだった。

 くれるどころか、たかられた。

 

 

「いいから」

 

 

 理由も言わずに急かされる。

 疑問には思うが抵抗はない。

 それは、この人が伝記で伝えられた人で、今までのやりとりがあって、手合わせして。

 そして、この世界でただ一つの境遇を持つヒスイさんと共に一年を過ごした人だから。

 

 

「≪おいでませ≫」

 

 

 足元にぽよん、と現れた。

 水色半透明のライーバ。

 メレやフェーほど意思疎通は図れない。

 何をするでもなくそこに居座る。

 スグサ様はその場にしゃがみ、ライーバを至近距離で観察する。

 その姿を見ていると。

 ライーバに手を伸ばし。

 

 

「!?」

「つめてー」

 

 

 手を突っ込んだ。

 ライーバ自体に攻撃能力はほとんどない。

 毒を持つわけでもないから、手を入れたところですぐの危険はない。

 けれど、召喚契約を交わしていることによって、ライーバの『焦り』の感情が伝わってくる。

 

 

「す、スグサ様、突然何を……」

「中の温度は一定なのか?」

 

 

 無視。

 ……この人……勝手すぎる。

 

 

「……外気の影響をうけます。凍り付いてしまうほどの寒さや、蒸発するほどの暑い気候や地域では活動できません」

 

 

 属性では水のライーバは、その体ももちろん水。

 だから凍ったり、熱によって蒸発してしまうし、気体化しなくても動きは鈍くなってしまう。

 ちなみに。

 気体になったライーバは上空で冷やされ、新しいライーバとして地上に降ってくるらしい。

 

 

「……なら。お前にはこれをやる」

 

 

 やる、と言った言葉の割に、何も差し出してはくださらない。

 首を掲げれば、ライーバから抜き取った腕で、その指で、方向をしめす。

 そちらを見れば、赤い石を身に宿したライーバがいた。

 

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

 

 

「……わたくしを、ころすのね」

 

 

 思わず呟いてしまった、その言葉は。

 カミルくんよりも。誰よりも。

 私に重くのしかかった。

 後ろに回していた腕を、剣の動きに合わせて前に持ってくる。

 手に持っていた手のひら程度のライーバ。

 小さくても体は粘着性を持つ。

 胴体と腕の間に潜り込ませたライーバは、体に向かってくる剣の動きを固定する。

 

 

「くっ……」

 

 

 固定する範囲は広くなる。

 胴体と腕だけだったところは、手首まで。

 反対の肩まで。腰まで。粘り気のあるそれが、屈強な体を飲み込んでいく。

 

 

「フェー」

 

 

 嘴が、まともに動けなくなったカミルくんを咥える。

 降りたって、優しくカミルくんを離した。

 わたくしもフェーから降りて、同じ高さに立つ。

 

 

「≪帰られませ≫」

 

 

 フェーが消える。

 私に戦う意思はもうほとんどないのだと、そう伝えたくて。

 大剣まで飲み込まれて、さらには助けられて、戦う気力も削がれて欲しい。

 

 

「まだ、終わらんぞ」

 

 

 削がれていて、ほしかった。

 

 

「……あなたの願いは、そんなにも強いのね」

「俺のためでもあれば……クザのためでも、ある」

「っ! そんなもの! わたくしは一度も望んでない!」

「……なら、いい。俺だけの、望みだ」

 

 

 こんなにも伝わらない。

 こんなにも伝わってこない。

 二人の子を亡くして、同じ気持ちを抱いて、一番分かり合える立場のはずなのに。

 涙が頬を伝う。

 それを見ているはずなのに、カミルくんは何かを言うどころか、動かせる足を大きく開いて近づいてくる。

 

 

「まだ……やるの……」

「ああ。俺はまだ戦える」

「その格好で……?」

「魔法が使えないわけじゃない。それに、息子(あいつ)のためだ」

 

 

 あの子の、ため……。

 

 

「ほんと、わからずや」

 

 

 あの子がそれを望んでいるんじゃない。

 あなたがただ、そう望んでいると思いたいだけよ。

 

 

「ウーくん」

 

 

 

   はぁーいっ

 

 

 

 どこからともなく聞こえた、無邪気な子どもの元気な返事。

 その声に聞き覚えがあったのか、何か予感がしたのか。

 カミルくんは歩みを止めて、その声の出どころを探ろうと周囲を見回す。

 しかし、その動きもぎこちなく、動けなくなっていく。

 カミル君の周囲は冷気を纏い、白い息を吐く。

 

 

「一回。冷静になりましょう」

「なにを……っ」

「あなた、忘れっぽくなったり、痩せちゃったり。自分で大丈夫と思ってるの? 医術師(わたくし)がその変化に気づかないとでも思った?」

「なん、だ……なぜ……」

 

 

 何が起こっているのか。

 カミルくんの体を抑えていたライーバが凍っていく。

 関節を凍らせてしまえば、氷が割れない限りは動けない。

 ライーバの流動体の時よりも重量はあり、また、質量的にも増えた。

 解くのは容易ではない。

 

 

「クー。これでいいっ?」

 

 

 ひょっこりとカミルくんの背中側から顔を出した幼児。

 人の体を氷漬けにすると言う魔法を使ったとは思えない笑顔。

 さすがは、スグサ様の子飼いの子。

 

 

「……ウロロス……」

「スグサ様からの助け舟です。フェーの体で流動体になったウーくんには、ライーバの中に潜んでもらいました。フェーがいなくなったことで熱が冷めて、ウーくんは今の体に戻ったの」

 

 

 ライーバには保温の石を持たせていたので、フェーの近くでも気体にならずに済んだ。

 ライーバとウーくんは同じ流動体でも別々の生き物。

 紛れはしても、混ざることはない。

 ≪漂う結氷≫によって凍った、水の体を持つライーバ。

 それによって自由がきかないカミルくん。

 ウロロスという魔獣に背後を取られて、身動きが取れないでしょう。

 

 

「わたくしたちは助けられなかった。なぜ死んでしまったのかはわからない。けれど、少なくともあなたが殺したわけじゃないのよ? そこを履き違えてはダメ。責めることも、犠牲になってもダメよ。あの子が……わたくし達の子が、こうなることを望んでいるとでも思うの?」

 

 

 パキパキ。と。

 人間らしからぬ音がカミルくんから聞こえて来る。

 体に纏わり付く氷はどんどん広がっていき、もう足は動かせない。

 頭の位置も動かせない。指も動かない。

 このまま凍れば、最悪、命も危ういだろう。

 それは予想していた事。

 こんなこと、したくなかった。

 ひんやりとした体に触れる。

 

 

「あなたは何がしたいの? あの子は貴方に言われてアーマタスに行ったわけじゃないし、帰ってくることを拒んだわけでもない。ただ、貴方に近づきたかっただけなのよ。気付けなかったということが罪なら、わたくしにだってその罪を償う権利はある」

 

 

 口までは凍っていない。

 だから、何か言いたければ答えてほしい。

 けれど、口は。

 白い息を吐くだけ。

 

 

「わたくしも一緒に償う。お願い。わたくしを一人にしないで……」

 

 

 氷って冷たい胸板に額を付ける。

 抱きしめ返してはくれない。

 冷たくて、額も、胸も、痛い。

 もう、完全に凍ってしまう。

 何も言ってくれない。

 そう思った。

 

 

「……に」

「え?」

 

 

「……楽に、なりたかった。くるしかった……」

 

 

 舌の根が、凍り付いた。

 表情は、無。

 最後の言葉の意味は、きっと、ほとんど正しく、伝わっている。

 

 

「ずっと、辛かったわね……」

 

 

 それは、わたくしもよ。

 どうして、あの子を助けられなかったのか。

 どうして、あの子は亡くなってしまったのか。

 どうして、この世界に治癒魔法は存在しないのか。

 どうして、わたくしたちは戦わなければならなかったのか。

 魔法という万能な力がありながら、助けたい人を助けられない。

 助けたくても、助けられない。

 目の前の人を、助けたいのに。

 

 

「なんて、無力なのかしら」

 

 

 わたくしの息も、冷気に当てられて白くなり、消えていく。

 それは、わたくしの願望が叶わない、消えていく願いだと言われているようで。

 とても、とてもとても。虚しい。

 

 

「くー?」

「……ウーくん。助けてくれて、ありがとうね」

 

 

 カミル君の背後から、肩から降りて足元から顔を出す。

 少し困り顔のウー君が、駆け足でわたくしの元へ走ってくる。

 ああ、こんなに小さかった時が、息子にもあったわね。

 お顔はそんなに似てはいないけれど、似通った時期があると言うだけで、とても懐かしく、悲しくなる。

 

 

「ないてるの?」

「うぅん、泣いてないわよ」

「そう? あのねあのね、きいてー?」

「どうしたの?」

「いわれたとおりに、こおり、つくったけど、なかさむいよね」

「……そうねぇ」

「だから、ぼくのかしてあげたんだよ? ぼく、やさしー?」

 

 

 首元に光る赤い石がない。

 あれはウー君たちが、スグサ様が帰ってくると信じて待ち、眠っていられるような魔法がかけられた魔石と聞いている。

 それが、ない。

 

 

「うー、くん。その石には、ど、んな、魔法が、かか、て、いたの?」

 

 

 声が震える。

 寒さではなく。

 

 氷漬けにしてしまった以上、カミルくん自身は無事ではないと思っていた。

 人間が氷漬けにされて、どれだけ保っていられるのか。

 命は無事でも、四肢は、どうなのか。

 騎士の怪我は重い。

 ただの捻挫でさえも、甘くは見られない。

 けれど。

 もしかしたら。

 魔法によっては。

 

 

「えっとねー。すーはねぇ、ほおんとねむり、っていってたよっ」

 

 

 保温と、眠り。

 じゃあ、じゃあ……。

 

 

「そう……そうなのね……。カミルくんは、眠っているだけなのね……」

 

 

 氷の中で、寝心地は悪いでしょうけれど。

 保温で、温かいまま、どんな夢を見ているのかしら。

 後悔や、思い出。

 少しでも、わたくしのことを思いながら、眠ってくれているかしら。

 カミルくんと、わたくしと……グララスと。

 三人家族で過ごしたことを。

 楽しかったことを、思い出してくれていたら。

 起きたら、一緒に話せるといいわね。

 

 

「う……っ……」

 

 

 声には出さず、心のうちに留めた。

 けれど、目からはこらえきれないほどの量の涙が溢れてきて、どっちにしろ、声は出せなかった。

 声を出したら、大泣きしてしまう。

 目の前で狼狽えるウーくんを抱きしめた。

 ごめんねと、少しだけこのままでいさせてほしいと伝えて。

 静かに。

 小さな手を背中に回して、ぽんぽんと叩いてくれる。

 それがまた泣けてきて、涙は留まることを知らなかった。

 頭の片隅で、早く泣き終えて、コウくんのところへ行かなくちゃ、と気持ちを急かして。

 抱きしめる手に、力がこもっていった。

 

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

 

 

「んじゃ、行ってこい。気を付けてな」

「行ってきます。必ず戻ってきます」

「おう」

 

 

  ≪目移らせ≫

 

 

 私たちには何も変わりがないようで、実は周囲の人たちからしたら私たちが消えたように見えていることだろう。

 隣で沈黙したままのイレンさんの手綱を握り、私は出口へと走る。

 ≪自由な風は不自由を求める≫と。

 ≪意思の伝達は許可制なり≫と。

 ≪先払いされた傲慢な依頼≫。

 合計三つの魔法を施された教祖代理のイレンさんは、抵抗の意思を見せることなく私についてくる。

 部屋を出てからは私の前を進み、魔法の効果の通りに道案内してくれるようだ。

 というか、あのスグサさんへの妄信してる様子。

 もしかしたら魔法に頼らなくても教えてくれたんじゃないかな?

 もしそうなら……。

 スグサさんは「気持ち悪っ」って言いそうだなあ。

 

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