【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
【魔法と武力】第1話―― ヒスイ視点
全速力ではなさそうだが、それなりの速度で走る。
建物の中には誰もいないかのように誰ともすれ違わない。
それこそ、≪目移らせ≫はいらなかったのではないかと思うほどに。
そういう人がいなさそうな道を選んでいる様子でもなく。
主要として使いそうな広い通路。
何度も通る大きい扉。
大きすぎるシャンデリア。
広々とした階段。通るたびに目新しくて、情報量が多くなる。
それでも人はいない。
幸か不幸か。
鐘があるのはこの建物の最上階。
地下からの最上階だから、ひたすらに階段を登る。
けれど階段も同じところに連なっている構造ではなくて、随時平行移動が必要。
その間も足音も気配もなくて。
絶対。
何かある。
確信めいた何かを感じながら進むこと、何千歩と移動してきた。
前を進むイレンさんが、神秘的に開かれた広場の天井を見上げる。
「あ……あれが」
鐘だ。
中々見ることがない角度だが、お寺や境界にありそうな形の、大きい鐘。
あれが落ちてきたら死ぬなあ。
大きさは近くにないのではっきりとはわからないが、私が両手を広げてもさらに大きいと思う。
「さて、どうしよう」
イレンさんはこの場で立ち止まってしまった。
つまり道案内はここまで。
≪自由な風は不自由を求める≫と≪意思の伝達は許可制なり≫が継続しているため、結局発言の自由もなければ足の自由もない。
出来るのは……舌を噛み切って死のうとする、ぐらいかな。
その様子はないけれど。
「ようやく来たか。待って居ったぞ、魔術師」
聞き覚えのある声が、広い空間に木霊する。
反射的に声のした方を見れば、影が三……いや、二つ。
片方の影は特に何もコメントすることはない。
ただローブを被っているだけで情報がないともいう。
けれど、もう一つの影は、大きすぎて二人分かと思ってしまった。
そして、その声の主は、二人分の影の持ち主。
「あなたが……なぜここに?」
「何を疑問に思う。二つの国が関わっていて、もう一つの国は関わっていないというのか? 国の名のように頭の中は花畑か」
カッカッカッ。
豪気な笑い声がうるさいほどに響き渡る。
ああ、嫌だなあ。
この人がこの場にいるなんて。
……待ち構えているなんて。
「ビー・フォーさん。私がこの国に連れて来られた時も、アーマタスとしては計画通りだったんですか?」
「そうだ。研究に必要な材料だったからな。儂の役目は貴様を消耗させることだ」
「それにしては殺す勢いだったような気がしますが」
「カッカッ! そのつまりでやらんと、魔法の頂きに至った者の相手として失礼だろう!」
なるほど。
少なからず察してはいたが、この人は良くも悪くも強い人が好きなんだ。
「さあ、かまえろおおおおおぉぉぉおおお!!!」
「いやだから、早いんですって! イレンさん!」
「んんーっ」
構える間もなく飛び掛かってきた。
たぶん、この人としては戯れだろう。
高く跳びあがって、両足で着地するように床を踏みぬかんとする。
……この場は特別なのか、ビー・フォーさんの鍛え上げられた両足でも抜けはしなかった。
大分頑丈なようだ。
どんな魔法を使っても、大丈夫な気がする。
「イレンさん、無事ですか?」
こくこくこく、と激しく首を振る。
イレンさんの腕をひいて着地点から逃げたが、この人がこの場にいるのは正直よろしくないなぁ。
「壁の隅にいてください。くれぐれも、部屋から出ないように」
「貴様は手を出す出ないぞ。そっちの陰気な奴もだ!」
言い方は違えど、私もビー・フォーさんも一対一で挑もうとしている。
それがどういう結末になるかはわからない。
武術大会では何とか私が逃げ越したが、あれは勝利とは言えない気もするし。
それこそ、本当に今度こそ、殺し合いになるか。
「あなたはなぜ、この研究に協力しているのですか?」
「それを聞いてどうする!!」
脚力自慢か、足を床にたたきつける。
代償の石の破片が宙を舞う。
「ほぉら!! 来い!!」
「ひぃやっ」
火を纏った拳が、石を殴ってこちらに寄こしてくる。
なんとか風を感じることで避けるけれど、なんか、近づいてきて……
「る!?」
殴りながらこっち来てた……!
え、やだちょっと困る。
いやでもそうだよね、周りの破片を投げ飛ばしたらそりゃあ移動するよね……!
飛んでくる破片がどんどん数を増していく。
距離が近くなる分、打撃の間隔も短くなってるんだ。
けど、私は交わすので精一杯……。
けど、なんとかしなくちゃいけない。
「……≪
敢えての詠唱ありの、初級魔法。
普段は詠唱なんてしなくても出せるけれど、今ばかりは威力が欲しかった。
難しいことは考えないで済む初級魔法だから、ほとんど唱えるだけでなんとかなる。後は馬鹿力並みの魔力さえあれば。
一つ懸念があるのは、風の魔法を使う際に目を閉じてしまったこと。
目を開けると、予想通り。
私を中心にして風が台風のように巻き起こり、浮いていた石の破片を飛ばしきった。
しかし、ビー・フォーさんがいないのも、予想通り。
「……っ、どこ」
「探すころにはもう遅いぞ、魔術師いいぃぃぃいっっ!!!」
「っ、がはっ」
左後ろ……下……死角……!
いつもの通りに目元を隠していた左側の死角から、脇腹に重い一発を受けた。
唾液が飛び散った。
口の中が鉄の味がする。
錆。血だ。
唾液に見えたものも血が混ざっていたかもしれない。
攻撃を受けた場所は脇腹。
ギリギリ肋骨がある。
折れたかな。
折れても何もできないけど。
息苦しくなければ……まだいい。
息を止め、風の魔法で上方へ逃げる。
壁にくっついて、息を整えて、ビー・フォーさんを見る。
肘打ちされたのか。
そう思わせる体勢のまま、目線だけで私を追っていた。
追えただろうに。
余裕を感じさせる。
『強者』だということを余裕ぶることでアピールしてくる。
「はっ、はーっ、ふー……っ」
息をしだすとより痛みが増してくる。
やっぱり肋骨、折れたかヒビ入ったかしたかな。
いたくても逃げられない。
逃げるわけにはいかない。
この場でやらなければいけないことがあるんだから。
今更逃げられない。
ビー・フォーさんを置いといて鐘だけ壊せればいいのだけど、そうもいかないよなあ。
距離が離れているものの、余裕そうに小さく笑っていそうな声と表情は、なぜかよく聞こえる。
……悔しい。
「柄じゃ……ないんだけど、なあ」
思わず声に出た。
驚いた。
昔の自分をあまり覚えていないけれど、≪回想の香≫を使うことでなんとなくの人物像は思い浮かんでる。
けれど、今の私は『ヒスイ』なので、どうしても自分のことながら別人として見てしまう。
だから、だからこそ。
自分の『人柄』を知っていそうな発言をしたことに、驚いた。
そして言ってしまえば。
音として聞いてしまえば。
理解してしまえば。
そこからは、早くもなるだろう。
「死なないでくださいねーっ」
「む? むむムゥ!!!?」
魔法を練って、蹴った。
壁を。
そして、人を。
両腕をクロスして顔の横に添え、私の横蹴りを防がれた。
使った魔法は火の身体強化魔法。筋出力を向上させる。
いつもは風の魔法で移動速度を向上していたけれど、蹴っ飛ばす力が強くなれば移動速度も補える。
てか、早いだけじゃこの人には勝てないよね。
「反応はっや」
「カッカッカー!!! よぉし!! どんどん来い!!」
身体強化魔法でも文句はないらしい。
むしろ受け入れは良好な気もしているが、まあ来いと言うならいくしかないだろう。
クロスした両腕を弾くように開き、私をも弾く。
タイミングを合わせて自ら体を引けば、今度は向こう側寄ってきた。
両腕を組んで振りかぶる。
「
バク転。
かつ、速度アップ。
着地後、前進。
二回転。
「
足を相手の肩めがけて蹴る。
「あ」
蹴ろうとした。
ら。
反対側の手で掴まれた
「甘いわぁ!!」
足を掴まれて動けない。
目の前から人の頭ほどの拳が迫ってくる。
「
「っ! なかなかの強度だ!! どれだけ耐えるか!!!」
両手で顔を守る私と。
掴んだ足を離さず、片手で私をタコ殴りにしてくるビー・フォーさん。
土の身体強化魔法のおかげで、全身が痛みを感じにくいほどに頑強になった。
けれど。
「ひっ……っ」
「はっはぁ! どうしたどうした! か弱い女子のような声を出しよって! 怖いなら一思いに
「っ、う……」
怖いよ。
怖いさ。
殴られてるんだから、怖いに決まってる。
そもそも私は戦いなんてやってない。
武術の記憶もない。
なのになぜか。
どうしてか。
この世界に来て戦わなければいけなくなった。
なんで私なの?
なんで戦わなきゃいけないの?
なんで殴られなきゃいけないの?
なんで静かに暮らさせてくれないの?
なんで私はここにいるの?
なんで私が選ばれてしまったの?
なんで私しか自我を取り戻してないの?
なんで。
なんでなんでなんで。
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
な ん で ?
「
言いたいはずの言葉が言えず、口から洩れた息が宙に浮く。私に『現実』を突きつける拳の風圧で掻き消える。
痛みを感じる。
受けるだけしかできない。魔力を絶やさないことしかできない。
私は劣化しにくいサンドバックか。
……あはっ。
「≪怠惰を嫌う傲慢の溜息≫」
「むんっ!?」
上空からの風が、私を押さえつけてくる。
手首から先だけに突然荷重が加わったことで、ビー・フォーさんはバランスを崩す。足を離すまではしてくれなかったので、≪溜息≫が消えるのと同時に、掴まれている足と反対の足で蹴って拘束を解く。
もう、遠慮しない。
「魔術師ぃ!! ようやくやる気になっ――」
「≪神風牢獄≫」
遠慮、しないから。
「≪大地の嘆き≫」
≪牢獄≫の中央……ビー・フォーさんがいるであろう閉鎖空間に向かって、土砂を流れ込ませる魔力の反応はあった。つまり、あの中で攻撃を受けているはず。
数秒間、土砂が流れ込み、乳白色の≪牢獄≫は土気色になる。
風と土を同時に周囲へ弾いた。
「……無事ですか」
僅かながら。体が擦れていたり、土で汚れたりしているものの。その屈強な肉体の持ち主はしっかりと自身の太い二本の足で立っていた。
こちらに……私に、数日ぶりの食事だと言わんばかりの、狩猟本能を剥き出しにした良い笑顔を見せつけながら。
「そうだ……いいぞぉ……魔術師は得意な魔術で来いぃぃい! 不得手な肉弾戦などつまらんぞおぉぉ」
「……私は、スグサさんではありませんよ」
「そんなものどうでもいいわ。魔術師は魔術師。本分を忘れるな。強みを生かせ! 不得手に挑むな! 得手に持ち込んでこそ本来の力を発揮する!!」
「否定はしませんが、肯定もしません」
「そうか! 相容れんな!! ならば強き者の主張こそが正しいとしよう!!」
「……どちらが正しいとも言っていませんが」
「ごちゃごちゃとうっさいわ!! 強き者こそ正義! 弱き者は悪だ! 強者の発言こそ真理!! 弱者の発言は
「……よくわかりませんが、強い人が好きということはわかりました」
この人は強さが全て。ただ、それだけなんだ。