【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
「なら、貴方には言葉で語るより、力で示した方が良いんですね」
「理解が遅い!!!」
はい、すいません。
思わず謝ってしまったが、内心に留めた。
こうなってしまえば、もう言葉は必要ない。
二人してやや前屈み。
相手の出方を見る。
品定めするような顔はお互いしていない。
するのは、相手の行動を読むこと。
そういう意味では向こうの方が慣れているだろう。
単純な戦闘経験は比べ物にならない。
私は戦いに関することは、基礎に毛が生えたようなものだ。
「……………………っは」
息を、忘れてた。
吸った瞬間に、目の前の景色から何かが欠ける。
「っ! ≪女神の抱よ――」
「遅い!!」
「ぅんっ!?」
顔面を捕まれ、呪文を中断された。
そのまま一周、二週と振り回され、放り投げられる。
空中……焦るな。
焦るな。
「受けてみろ!!」
「嫌です」
≪
≪
「せぇええいやああああああああ!!!」
怒涛の突き。
手足をすべて使ってきて、まさかここが空中だとは思えないほど。
水属性の身体強化による見切りと、自分の周囲に漂う泡によるセンサー的な補助がないと、私はとっくに床へ叩きつけられているだろう。
体中がハチの巣になっていること間違いなし。
けれど、そうはならないために死に物狂いで避ける。
無論、空中で。
「ほぉらほぉらほぉらほぉらほぉらぁ!!!」
「しつ、こい!」
≪
「ぬぅ!?」
≪草木と星々の狂恋≫
「ぬぁ!!」
床を突き抜けて、いくつかの太い木の根が天井高くまで伸びる。
道中にビー・フォーさんを巻き込みながら、絡み合いながら伸びて、伸びて、天井に根を張る。
手足を絡み取られ、胸元から上しか表面上に出ていないのに。
声の張り上げぐあいは何も変わらない。
「はーっ! 面白くなってきたのぉ!!」
声とともに炎が上がる。
そうか。この人、火属性も持っているのか。
魔法を使わないんじゃなくて、場面を選んで使う。
状況に応じて。
メインが武力ってだけ。
空中でも攻撃できたのは、風の魔法を使っていたから。
現に今も、木の根から脱出して浮いてるし。
「あわよくば梯子にしようと思ってたのに」
「カッカッカッ!! 残念だったな!!」
「ええ、本当に」
時間を取られそう。
急がなきゃいけないのは重々承知。
けれど、どうしても。
決心がつかない。
――もしもの時は――
……敵側のローブの人は……入り口から離れた位置にいる。
……しょうがない。
「『対象の背任行為を確認』」
「む?」
「『先払いした
独り言ではない。
これを確かに聞いた一人が、来た道を逆走する。
私を気にしていたビー・フォーさんは一拍置いて、はっとした表情で下を見る。
「あやつか!」
そう。
あの人です。
私をここまで連れてきてくれたイレンさんには、≪依頼≫が二つ適応されていた。
一つは、スグサさんによる『道案内』の依頼。
もう一つは、私による『見届け』の依頼。
『見届け』というのは行ってしまえば『保険』。
私がしっかり鐘にアクションを起こすところを、目視するという内容。
けれどその実。
イレギュラーがあった場合に魔法を解き、スグサさんの元へ一直線に帰るためのもの。
だから『保険』。
スグサさんはどこまでわかっていたのだろう。
誰かが待ち受けていること?
ビー・フォーさんがいること?
誰であれ、私が誰かを傷つけるのを躊躇うこと?
躊躇って、結果、自分一人じゃどうしようもなくなること?
ま、わからないけど。
「手出しはさせませんよ」
目的のためには手段を選んでいられない。
スグサさんからもらった石を、イレンさんが走りぬけた場所に落とす。
発動されたのは≪悪魔の玩具箱≫。
外からの物理攻撃と、中からの魔法攻撃両方に対抗できる結界系の魔法。
安直な名前がスグサさんらしい。
何かを閉じ込めるための使い方ではない。
ただビー・フォーさんからの攻撃を妨害するという贅沢な使い方。
これなら――
「……カッ!」
……大丈夫、と思ったけど。
嫌な笑い方をする。
「さっきから言っている。甘すぎると」
ぞわ。
背筋に嫌な気配を感じた。
思わずイレンさんを見る。
結界に阻まれて姿は見えないが、魔力の気配は追える。
……なぜ。
「……ふたつ……?」
イレンさんしかいないはず。
もう一人は誰?
何?
今度ははっとさせられて、出口と反対側を見る。
そこにいたはずのローブの人物が、いない。
「!」
嫌な予感は、つまりそういうこと。
イレンさんを殺させるわけにはいかない。
その人が、ではなく、私やみんなの計画がくるってしまう。
私はビー・フォーさんには勝てないかもしれない。
少しでも勝率を上げるには、イレンさんにスグサさんの元へ行ってもらうことが重要。
行けば、何かがあったと察してくれるから。
「イレンさんっ」
「手出しはさせんぞ」
「あぐっ」
立ちはだかる巨躯は大きく。
ぶ厚く。
憎たらしい。
私が行く方向を読まれていた。
だから、彼の広げた手に自ら首を差し出し、縊り殺されようとしてしまっている。
「く……ぁ……」
「余計な気を回してくれるな。儂と魔術師の試合に余計な水差しは、いらんよなぁ?」
ああ、気持ち悪い笑顔だ。
こっちは首を絞められて苦しい顔しかできないというのに。
視界はビー・フォーさんしか映らず、なんとか気配を探る。
イレンさんの後ろに、影。
「ぁっ!」
声が出せない。
腕が外れない。
探るしかできない。
意識の向こう側の複数の気配は。
……重なった。
重なったまま、近づいてくる。
「ぐぬっ!? なんだ!!?」
「……ぁ……」
重なったのは、三つ目の気配。
一つの気配を置き去りに、二つの気配はビー・フォーさん越しにいる。
閉じかける瞼をこじ開け、霞む目で状況を見る。
巨体の後ろには黒いローブ。
そして、白い頭と、獣の耳。
「離セ」
「な……で……」
縦長の瞳孔が細くなり、目つきを鋭く睨む。
下から上へ伸ばされた腕に、ドロリと薄い、ほんのり赤っぽい何かが伝っている。
その人のか、ローブの人のか、目の前の人のか。
少なくとも、たぶん、助けに来てくれた。
ルタ……いや、イオラさん。
「ふん、加勢か。邪魔をするでないわい!」
「随分固イ体ダ。多少、傷ツクコトハショウガナイナ」
「聞き取りにくいの……ぉぉおおお!?」
突然、ビー・フォーさんが苦しみだす。
同時に首を掴む手が緩み、イオラさんが空中を蹴って私を攫った。
「ゴホッ……はっ、けほっ」
「無事カ?」
「大事ないです」
「ソウカ」
かなりの高さだったのだが、自然落下して、軽やかに着地する。
抱えられた私でさえもその衝撃はほとんど受けず、体のしなやかさに驚く。
なんとなく、猫みたいだと思った。耳もそうだけど。
「イレンさん、は」
「行ッタ」
魔法の効力で止まることは許されない。
そのまま突き進んだのだろう。
イオラさんが来てくれてよかった……。
あのままでは、イレンさんは黒いローブの人に殺され、私も縊り殺されていたかもしれない。
一番最悪のパターンは免れた。
「ビー・フォーさんは……」
見上げる。
「グウウゥゥウアァァァァアアッ!!!」
空中に浮いたままの二人は、腹に黒く輝く剣のようなものを突き刺されながら、片方は悶え、片方はぐったりとしている。
「あれは……なに?」
「≪強欲の剣≫。自分ガ使ッタ、闇ノ魔法」
あの殴っても蹴られても平気そうな人が、剣を刺されただけで苦しんでいる。
……いや。語弊があるかな。
人は普通、剣を刺されただけでもだえ苦しむだろう。
けれど、あの人のその様子を意外だと思ってしまうほど、あの人は打たれ強く、叫び声をあげるほどの攻撃には見えない。
そして、違和感がある。
「あの剣は何ですか? なぜあんなにも苦しむの?」
「≪剣≫ハ刺シタモノカラ出テクルモノヲ吸ウ。何ヲ吸ウカハ使用者ガ選ベル」
「……スグサさんの武器みたいですね」
「ソウナノカ」
イオラさんはスグサさんの武器については知らないのか。
けれど、たぶん似たようなものだ。
そもそもあの人は、魔力を髪に貯めこむ……つまり、自然と取り入れた魔力を髪に集めている。
取り入れる、つまり『吸収』することについてはもう無意識化でもできるんだと思う。
そしてあの武器だから。たぶん、間違いない。
私の武器は、そのスグサさんの武器に加えてのものだろう。
「く、カ、カ……いいぞ……お前も仲間に入れてやろう……!!!」
滝のような汗を垂れ流しながら、ビー・フォーさんは手を高らかに掲げる。
そして、勢いよく振り落とし、黒いローブの人と、自身の腹の間にある≪剣≫を圧し折った。
魔法の剣、折れるんだ。
「邪魔だァアッッ!!」
ローブをひっつかみ、斜め後方へ振り落とす。
仲間のはず、なのに。
その人も抵抗せず、声を上げず、床に埃を巻き散らしながら叩きつけられても。
何もアクションを起こさない。
あの人もあの人で何なのだろう。
「オカシイ」
「え?」
「アイツ。血ガ出テイナイ」
見上げ続けるイオラさん。
その目線の先には一人しかいない。
血が出ていない、というのは、まさしくその人のことで。
生きている人間ならば違ないとおかしいもので。
さっきはイオラさんの腕に赤いものが見えた気がしたのだけれど、やっぱり血にしては薄すぎて。
ビー・フォーさんの腹に刺さっていた≪剣≫は跡形もなく霧散した。
貫通していたはずの傷口は、周囲の皮膚がうぞうぞと動き、互いを求めあうように寄り、塞がっていく。
「……え」
「治ッタ……?」
治った。
敵でなければ……いや、生き物ならば、これ以上嬉しいことはないだろう。
この世界に治癒魔法はない。ないはずだった。
けれど、治った。
なぜ……?
「ハァァアアアア。さすがのこれは、儂でも歯を食いしばる得体のしれない気味の悪さよ」
……。
違和感。
「それは、治癒ですか? 別の何かですか?」
「ほう。なぜそう思う」
「この世界には『治癒魔法』がないのですから、「得体が知れない」ものだったり「気味の悪い」という感想が出てもしょうがないでしょう。けれど、それを『治癒』と呼ぶには……『治す』というより、『戻す』とか『細胞を作り直す』という表現の方があっている光景でした」
「小童の感想文か。それが『治癒』でないならばこれは何だと思うのだ、魔術師」
適した言葉を探す。
『治癒』でなければ何なのか。
「『再生』。私の知りうる知識では、ホローテのようなものでしょうか」
「カッ!! 頭が回るなぁ!! それを戦いにも活かせればよいのだがな!」
当たったついでに、もう一つ確認しよう。
「あなたは……『蘇生者』ですか?」
「カーァッカッカッカ!!! キレ者め!! いい導師になるやもしれんな!!!」
―――――……