【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
「おや……?」
センの親の話って、聞いたことがない。
知っているのは、家出というか勘当同然に国ごと飛び出してきて、今は寮で生活しているということ。
あたしたちが家や親族の話をしても、センは特に反応したりはしなかった。
聞くきっかけもなかったし、ちらっとも聞いたことはない。
「編入試験の時の資料では、産みの親とは死別。育ての親の家から飛び出してきたんだったか」
先生は試験の監督もやっていたし、自分のクラスの数人の編入生についてなら把握していたみたい。
そっか、死別と家出、だったんだ……。
じゃあ蘇らせたいって言うのは、産みの親の方?
「まあねー。でも違うよー」
「何が違うってんだ」
「死別は本当だけど、育ての親なんていない。書類に書いたのはユーカントリリー教の奴ら。親がいないと後々面倒だと思って適当にあてがったんだよ」
あはは、騙されたー。って。
簡単に言う。
そんな笑い事じゃないのに、そんな、明るく言わないでよ。
「なんで……なんでそこまでしてっ……何がやりたいの? なんでナオまで巻き込むの? センは何がしたいの!?」
感情のままに、勢い任せに叫ぶ。
なぜだか息が苦しい。
一瞬だけ驚いた表情になったセンは、丸くした目をスッと切れ長に細めて、静かに囁く。
「知りたいなら教えてあげるよー? 条件はあるけど」
「条件……? 何?」
「センセ。ちょっとオレに切られてよ」
!?
今度はあたしと先生が目を丸くする。
この状況で「切られて」なんて、そう簡単に了承できるわけがない。
それも話をしてもらう条件になるなんて……何を考えているの?
怪訝な顔になっているだろうあたしたちとは対照的に、へらへらと笑っているセンは手に付けた
「傷が少しでもつけばいいんで」
「それで了承すると思ってんのか?」
「了承しなくてもいいっすよ。話さないだけなんで」
聞きたいなら傷をつけさせろ。と。
話しを聞くだけなら必要のない条件だ。
話を聞かないならば。
なぜ話を聞くのに傷が必要なのか。
なぜ先生だけなのか。
なにがあるのか。
わかんないままで了承することはできない。
あたしでも了承しにくい。
しにくいだけで、気にはなるから「いいよ」って言っちゃうけど。
あたしならの話。
「……いいぜ」
「いいの!?」
「なんでお前が突っ込むんだよ。……気になるだろ、お前も。俺も気になるんだよ」
呆れたように溜息を吐いて、先生は顔を上げてゆっくり歩き出す。
センの方に向かって進むペースは遅いと感じるほど。
時間を稼いでいるのかもしれない。
怖いのかもしれない。
それでも進む。
進みながら、背中を向けながら、あたしか、もしくはセンに語りかける。
「俺は特に生き還りたいとは思わねーし、生き還らせたい奴もいない。だから知りたいんだよ。なんでこんなに必死なのか。そいつがここまでする上に自分の生徒だっていうんなら、そいつのことを知ってやらねーと先生なんてやってられねーだろ」
……いつも見る怠そうな先生はどこにいったのか。
不自然に伸びた背中が、いつもより大きく、力強く見える。
「俺がどうなってもいいのか」って言ってたのって別人だったのかな?
「これを受け入れてくれれば、オレのことがもう少しわかると思うよー」
「いいね。それだけでも賭ける価値はあるな」
挑戦的な物言いの後、センの武器の先端が先生の顔に傷をつけた。
顔にしたのは、「この後にまた動き回るときにハンデにならないため」だと言った。
まだこのあとも動き回るほどの戦いをするのか、と。
痺れてきた体を何とか両手で支える。
座っているのもやっとなのに……まだやるの……?
「んじゃオレも」
サクッ、とか、スパッ、とか。
そういう感じに勢いよく自分の顔に一本の赤い筋を描いた。
これで、ナオを除く三人が同じように顔に傷をつけた。
こんなオソロイ、嬉しくない。
「んじゃあ語ろうか。センセも座って座ってー」
その場に胡坐を組んで談笑会でも始めるように明るいトーンで声をかける。
先生は少し距離を開けて。
あたしの方に少しだけ寄りつつ背中を向けて座る。
すぐ動けるようにだろうか、片膝を立てた状態。
据わったことに満足したのか、センは一つ大きく頷いてから言葉を紡ぐ。
「オレには妹がいた。体が弱くて、よく体を熱くして寝込んでた。生まれた国が
アーマタスでは力が全て。
病気なんて言い訳で、どんな体調でも万全の状態でいられるよう、体調が悪いなら悪いなりの運動メニューや戦闘スタイルを確立しろっていう教えがあった。
オレたちの両親はビー・フォーを目指すような『武官』にはなれなかったけど、『導師』としてはすっげー優秀だった。
だからこそ、その子どもが優秀な『武官』もしくは『導師』になることをきたいされていたんだよ。
オレと妹はその期待の犠牲になった。
まだ甘えたい盛りの子どもだぜ?
アーマタスでもさすがに子どもの内は親に甘えさせる家庭が普通だ。
愛情持って育てて、成長に合わせて国の文化を教えていくもんだった。
けど、それに気づいたのは親が死んでからだ。
大人がやるような訓練メニューを子ども用に改造して、寝てても食べてても風呂に入ってても訓練だとでも言うように強要してきた。
生きている時間全てが訓練だってね。
親らしいことなんて殆どしてなかった。
それだけ賞賛に酔ってたんだよ、産んだ親は。
『武官』になれなかったけれど『導師』としてはビー・フォーみたいな扱いをされる。
嬉しかったんだろうねー。
……そんなオレたちは、オレから見れば『優秀だと賞賛に酔った愚かな導師』でい続けるために捧げられた『生贄の子ども』だった。
例えばそうだなあ。
五日間食い続けて、国の外周を五日間走る。そしたら十日間の絶食。その後、また食う。そしてまた走る。また絶食。
別のだと、三日間眠らずに過ごす。寝そうになったら叩き起される。何をするでもなく、ずっと起きてなきゃいけないんだ。そしたら一日寝る。そしてまた三日間眠らずに過ごす。永遠と繰り返す。
なんのためだと思う?
精神力だって。欲や本能に打ち勝って鍛えられるモノだって言ってたよ。発達段階の子どもならではの、今後肉体を鍛えるために必要な、強靭な精神力を手に入れるためだって。
これ、ライラっちやれる? あはは、勢いよく首振りすぎ。センセは? ……まあ、センセとか
オレたちはこれを三歳の時からやらされた。
何度も意識飛ばしたし、何度も倒れたし、何度も死にかけたよ。それでもギリギリで生きた。生かされた。
別にオレが生きたくて粘ったわけじゃないよ?
そういうギリギリのところを見極めるのが上手い奴らだったんだ。残念なことにね。だから極限まで痛めつけられて、救われて、地獄に引き戻される。
そう、ここは地獄なんだよ。生き地獄。だから死んだ方が楽なんだ。あいつらがオレたちを地獄に引きずり出したのに、何勝手に離脱してんの?
ホントむかつくよなぁ。勝手に産んどいて、勝手に生かして、勝手に死んで。あいつらの欲望を叶えさせるための道具じゃねえんだよこっちはよぉ……くははっ!」
座ったままの、後ろに着いた手が結界の床を抉りそうなほど。
実際はそんなことはできないから、床に向けられた力は爪を捲り、センの指先は真っ赤に染まっている。
怖い。
そう感じたのは、その手のことだけじゃない。
ずっと。
ずっとずっと。
話している間ずっと、笑顔だったから。
「ああ……今思い出してもにやけが止まらないやー。絶食で骨が浮いて、体に肉なんてなくて、歩けないから地面をずり這いで。近くまで来れても声を出すのもままならなくて。そんなオレを、アイツらはなんて言ったと思う!? はいライラっち!」
「ふぇ!? え、えっと……だ、「大丈夫?」、とか?」
「話聞いててそれなら天才だね」
褒められてない。
それは確かだよね。
けど、あたしには本当に……それぐらいしかわからない。
というより、それ以外の言葉をかけられない。
小さい子がお腹を空かせてすり寄ってきて、自分を見上げてきて。
心配、するよね。それが自分の子だとしてもそうじゃないとしても、そんな状態で、じゃあむしろなんて声をかけるの?
かける声すらなく行動する、っていうのが答えならとさえ思う。
でも、あたしは、一つ思い違いをしていた。
その状況を作ったのは、センの『実の両親』だ。
「正解はぁー……「何も言わない」、でしたぁー」
「何も? 何も言わないで、どうしたの……?」
「どーもこーもないよ。何も言わない。見て、「生きてるな、よし」。それだけ。それもオレに言われたわけじゃなくて、観察してる目がそう言ってただけだからね」
「え……」
……そんな。
そんな親が、いるのか……。
あたしやナオの両親は、比較的自由にさせてくれてた。
位が高いわけではない。
決して裕福でもないけど、明日の食事に迷うことはなかった。
療養院に寄付を沢山くれた人がいて、そのおかげで療養院は綺麗になって。
それで評判も広まって、今では二軒目を建てるか今のところを増設するかって話が出てるぐらい。
経営が安定すれば、まわりまわってあたしたちの食卓も潤う。
それは、幸せなことだったんだ。
知らない家庭。
知らなかった世界。
知ってしまった現実。
眩暈がしてくる。
「……いいもうととは」
……?
……先生の声が、重なってる……?
耳を叩く。
センの声は「あーいもうとねー」とはっきり聞こえた。
気のせいかな。
「死んだよ」
鮮明だった。
はっきり聞こえてしまった。
「オレも妹も親の指導が始まったのは三つの時。オレは一人目だったからか、妹が最初に受けた指導よりかは大分甘かったと思う。オレは良くも悪くも実験体だったんだよ。オレが大丈夫だったから妹にはもっとハードにした結果。死んじゃった、ってね」
血に染まった指先を恥ずかしげもなく晒し、両の掌を天に向けて肩を竦める。
何の効果音か、「ちゃんちゃん」と言いながら後ろへごろんと倒れこんだ。
胡坐をかいていた足を放り投げて、床に大の字に寝そべる。
今が戦いの最中だということを忘れてしまいそうな、無防備な姿。
けれど動く気にはなれない。
……否。
動けない。
「だからさー。オレはアイツらを生き還らせて、死ぬ寸前まで追い詰めて、でも死なせない。そんなことをしてやりたいと思うんだよね。オレがやられたことだよ。あいつらが嫌がっても、そんなの関係ない。自分たちが俺たちにしたことだ。文句を言う権利はない。自害しようがまた生き還らせてやる。絶対に逃がさねえ」
「復讐、ってことか。妹を生き還らせて一緒に暮らそうとかは考えねえのか? その方がまだ同情しやすいんだがな」
「はっ! 同情なんていらないよーセンセっ。同情するぐらいなら邪魔しないでくれってー。それに、妹を蘇らせるとか、絶対あり得ないね」
「理由は?」
「言ったろ。ここは『地獄』だ。妹を『地獄』に連れ戻そうとするのは、アイツらと同類だ。オレはアイツらに同じ目にあわせてやりたいと考えてはいるが、同類になるのはゴメンだよ」