【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
頭が重い。
くらくらしてきた。
あたしの知らない世界の話。
あたしの周りの世界ではなかった話。
今身近な人から聞いただけでも、現実味はあるような、ないような。
あたしが知らなかっただけで、世界中で色々な感情を持ちながら、色々な人生を送ってる。
自分より辛そうな人生を聞いて、自分は恵まれていたのだと知る。
それまでは、あたしだって辛いときを過ごしてきたから、『恵まれている』とは思わなかったけど。
失うか、比較することで、自分の立場をようやく客観視できた。
「そうか……わかった」
先生の静かな声が、話の終わりを告げる。
天井を見上げて寝っ転がったままのセンは、両足を大きく振り上げて、反動で上半身を起こす。
先生の告げたことを否定するでもなく、肯定するでもなく、ただただにっこりと笑った。
「じゃあ、邪魔しないでくれるー?」
「いいや。お前目線で言えば俺はお前の邪魔をする」
「えー? なんもわかってくれてないじゃーん」
よっこらせ、と。
立てた片膝を押さえ、ゆっくりと立ち上がる。
学校で悪戯したときにでも言いそうなやりとり。
けれど、雰囲気は殺伐としていて、まるで「勘違いするな」と針で刺されている様な。
ぐっと上に伸び、息を吐きながら両手を下ろす。
そしてそのまま、近づいてくる。
「んまーいいけどねー。邪魔するなら排除するまで。戦って勝って、反論できないようにするまでだよー」
あたしの前にいる先生の前に立つ。
殺気を漂わせて。上半身を折って、先生と顔を近づける。
先生は立ち上がらない。
なぜだろう。
立たなきゃ危ないのはあたしでもわかる。
……違う。
立ち上がらない理由もわかる。
立ち上がれないんだ。
先生の背中が小刻みに震える。
恐怖ではないことは、背中が語っている。
冷や汗でシャツが貼りついてる。
透けた背中は筋肉が浮き出てて、力を込めているのがわかる。
足や床に下ろした手は、背中よりももっとわかりやすく力が込められている。
立ちたいのに、立てないんだ。
「ま、口では何とでも言えるでしょ? けど動けない。悔しいねーセンセッ」
「……一応、こうなることも想定はしていたさ」
「そー? 負け惜しみだか何だか知らないけど、動けてなきゃ意味ないよねー。ねーねー?」
先生の立てた膝を、センが足で小突く。
動けないことをわかってやってるんだろう。
いじめっ子のような行動に、あたしの頭に血が登っていく。
「セン! なんでそんなことするの!」
「えー? 逆にナンデそんなに怒んのー?」
へらへらしてる姿こそいつものことだけど、今日ほどイライラしたことはないかもしれない。
先生だよ?
知ってる人だよ?
お世話になった人だよ?
お世話になってない知らない人ならいいのかってなるわけじゃないけど!
けど!
普通に人にすることじゃないよ!
「ま、オハナシはオシマイ。オレがしたいのは親への報復。ナオっちを巻き込むのは……」
先生の横を通り、私の横を通り過ぎる。
あたしの後ろのナオを担ぎ上げた。
そしてさらに、後ろに下がっていく。
「ナオっちが、俺と一緒で、この世界に絶望してたからね」
……え。
「じゃ、ばいばーい」
≪大地は我らを食す≫
背後から聞こえる別れの挨拶と、魔法名。
今となっては懐かしく感じる、体全体で感じる浮遊感。
なんで体が動かないのか。
たぶん、センにつけられた傷。
それを受けてから痺れたり、感覚がおかしくなった。先生もそうだった。
センが動けるのは……まあ、センの武器だもんね。
ナオ……。
ナオは。
何を考えてたの……?
「ぅえっ?」
「≪転移≫」
先生の鎖が体に巻き付いた。
それと同時に、先生が≪転移≫と唱える。
転移は最上級魔法。
あたしはまだ使えない。
今みたいに落ちながらだともっと難しい。
だからみんな、大体の場合は魔法陣や魔石を使うのだけど。
「……はあ……なんとかなった」
「せ、先生すごいね!? ≪転移≫使えたんだ!」
「得意じゃねぇよ。体が動かないぶん、集中できてただけだ。次は無理」
「そっか……でも先生! ありがとう!」
「おう」
転移先は、センたちが正面にいるけれど、表情がなんとかわかるぐらいの距離感。
魔法で起こされた地割れはあたしたちの足元だけだったから、ここまでは届いていない。
まさか避けられると思ってなかったみたいだけど、焦っている様子はない。
口笛を吹いている。
……ナオを起こそうとしてる。
「ライラ」
「うん?」
「もう、アイツら……特にセンとは話すのを諦めろ。戦いに集中するんだ」
……うん。
先生の言ってること、わかるよ。
「センは、報復するためにしか生きてない。生きる目的がそれではっきりしちゃってるんなら、他人がどうこう言ってもしょうがないと思う」
そこまで深く考えたことはなかったけど、話し方から感じたよ。
それが『生きがい』なんだろうね。
「あたしは正しくないと思う。けど、それを否定することはしない! だから、否定はしないけど止めるよ!」
「……ま、そうだな」
「ナオはまだ話してないからね! そっちはそこからだよ! よーし! ぶん殴るぞー!」
「おー、頼もしいことだ。……お前、動けるのか」
……ん?
「うーーーーん、うん!」
ジャンプ。
パンチ。
蹴り。
うん、できる!
「……俺は動けるようになるまでもう少し時間がかかる。それまでは援護に徹する」
「わかった! あたしももー遠慮せずに行くよー! 『特性』使うから、先生も遠慮しないでね!」
「あいよ」
「いってきまーーーす!!!」
よーいどん!
の構えから一直線に駆け出す。
目的地のセンは焦った顔をして、「あれ? なんで普通に走れんの?」って口を動かしてる。
小脇に抱えたナオをぺちぺちとったいて起こそうとする。
けれど夢現で、まだナオは戦える状態ではなさそう。
乱雑にナオを地面に寝かせて、センは両手の
あたしも両手のグローブをぎゅっと握る。
「
「
攻撃重視のあたしの拳と、守備重視のセンの鉤が交わる。
土属性で堅牢な盾を殴っている感覚がする。
それでもこっちは火力と手数で畳みかける。
それを簡単に弾いて、流して、否される。
けど!
だからなんだ!
もっと手数を増やせばいい!!
もっともっと威力を上げればいい!!
自分のことなんか考えるな!!
『特性』発動!!
一瞬の光を放ったグローブ。
一連の流れのまま。
両足を踏ん張って、腰から捻って、肩を大きく振って。
拳を強く握って、放った。
「うっどわぁああ!!?」
あたしの体感で、今までの連撃百発分!
それぐらいの重さを込めた一発だ!
「いってぇ……なんだ……いきなり重くなった?」
「へっへーん! まだまだ行くもんね!」
「チッ。≪踏み固められた大地の頑強さを知れ≫!」
土属性の防御力アップの魔法……!
センの戦い方はやっぱりアーマタスのスタイルなんだ!
魔法で戦うよりかは武力行使!
攻撃も防御も、魔法はサポートが多いかもしれない……!
それなら私にだって分がある!!
「センの!! ばか! ばか! ばかぁ!!」
「ぐぁ!! なんだよ! なんで素早いまんまで重くなってんだよ!!」
「内緒だよおばか!!」
魔法で強固にされた鉤で防御されるけど、それを叩き潰す勢いで攻撃する。
殴って、殴って、殴って。
たまにセンの身体にヒットするけど、そちらも身体強化されてる分、固い。
人の身体を殴る感覚は好きじゃない。
けれどそうも言ってられない。
「センの過去! 初めて聞いたよ! ずっと、ずっとずっと! 報復のこと考えてたのっ!?」
「あぁ!? ああそうだよ! この学校に転校してきたのだって! 計画に必要なヒスイっちを監視するためだ!」
「おばか! 報復したって! 何が変わるわけでもないのに!!」
「ああ変わらねぇよ! 変化が欲しいわけじゃねえからな!! オレはオレが満足するためにやるだけだ! それ以外はいらないね!!」
「おばかぁぁあああ!!!」
「ぅあっわっがっ、たっくよぉ!!」
興奮のままに殴り続けて、一発のスピードが上がる。
重さや威力は変わらないままでさばききれなくなったセンは、武器ではなく体で受け止め始めた。
立て続けに食らったことでリセットを兼ねたのか、弾く力に渾身の力を籠め、あたしとの距離を開く。
「ライラっちがなんと言おうが! オレは! オレが! オレのためだけにやるって決めたんだ! 誰にどんなことを言われようが! 思われようが! 知ったこっちゃねぇ!! それだけオレの中では重要なことなんだよ!!」
「大事なことだって言うのはすっごくわかってる! けど! それをやるにしても! それはセンとご両親の問題でしょ!? ナオや周りの人まで巻き込んでるのはよくないよ!!」
「オレのためだ。仕方ない」
「……しかた、ない?」
センは……自分のためならどれだけの人を巻き込もうが……良いって思ってるの?
「……セン、さ。あたしの家の療養院の地下で、ヒスイが地下に一人で残ろうとしたとき、止めてたでしょう?」
叫び声のような怒鳴りあいとは全く違う声が出る。
それに応えるようにして、センも、静かに答える。
「ああ、あったねー」
「あの時、センは仲間想いな人なんだなと思ったよ」
「……あっそー」
「そんな人が、周りを関係なしに巻き込んで、平気とは思えないよ」
何か裏があるんじゃないか。
あってほしい。
そう願っての言葉だった。
今はもう、手を伸ばしても届かない位置にいる。
けど、向こうも伸ばしてくれたら、もしかしたら届くかもしれない。
そんな、僅かな希望を抱く距離。
目には見えない手を、伸ばしてみる。
「ねぇ、セン。報復を応援することはできないけど、別の方法がないか考えようよ。もう死んじゃった人を生き還らせるのは……あってほしいけど、やっちゃいけないことだよ」
なぜ、と聞かれたら……うまく言葉にはできない。
それが自然で、摂理で、普通だからとしか言えない。
誰が決めて、いつから、どうしてそうなったのかはわからない。
けれど、そうあってきたのだから、そうなのだ。
それが『命』ってものなんだ。
死んでしまえば、戻らない。
戻らないから、いつ死んでしまうかわからないから、『今』を必死に生きなきゃいけない。
来ると思っている『後』は、来るとは限らないんだから。
大きなため息を吐いて、目の前の人が「あのさぁ」と話し出す。
「あの時は、ヒスイっちには死なれたら困るってだけ。オレの計画に必要な材料だったから。んで、報復に変わる方法? どうせ案ないんでしょー? あったとして、オレが納得して満足するのは『報復』だけ。それ以外はむしろ望んでないからぁー」
「……そ、っかぁ……」
止めることもできない。
仲良く出来てたと思ったけど、それさえも、センの計画に必要な『ヒスイ』の近くにあたしたちがいたからなのかな。
センの言動は嘘ばかりだ。
いや。
むしろ『センの計画のため』だけに生きているのだとしたら、これ以上ないほどに正直者なのか。
んー、むずかしいことは、よくわからないや。
「わかった!! じゃあもう止めない!」
「お?」
「けど! 止める!!」
「おお? ん? どゆこと?」
「センの計画は止めないよ! けどやってほしくないから! 物理的にセンの行動を止める!!」
「その手で? なんか垂れてっけどダイジョウブ? 威力強すぎると思ったら、ほんとに身を削ってんだねー」
グローブの中の手をぐっと握る。
湿ってる。
血だ。
握りすぎて。
殴りすぎて。
打ち付け過ぎて。
グローブ越しでも手はボロボロ。
骨も折れてたりするかもしれない。
けど、痛くない。
痛くないよ。
痛みなんて感じない!!!
痛くなければ、怪我をしてても今までと同じ以上の威力を出せるから!!