【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
―――――……
「『痛み』って言うのは、体の防御反応なんです」
「防御反応?」
「はい。体に痛みがあるとき、それは体自身が「気を付けて」「休んで」と言っているということ。その痛みを聞けるのは本人だけなので、医療者としては我慢せず言って欲しいんですけどね」
「へーえ。あたしだったら少しの痛みなら我慢しちゃうなあ。こんなのへっちゃらだーって!」
「少しぐらいならいいんですけどね。けど、痛みが増してきたりしたときは行ってください。『痛む』ということは『異常』なんです。『異常』を放置していると、取り返しがつかなくなることもありますから」
「はーい! ヒスイせんせー!」
―――――……
ヒスイが以前言ってた。
あたしの手は痛い。
痛いけど、痛くない。
『特性』のおかげだけど、これもよくはないんだろうな。
あとでヒスイに怒られちゃうな。
……怒ったら怖いかなぁ。
でも。
でもね、ヒスイ。
センも、ずっと痛かったんだよ。
痛くて苦しくて辛くて、ずっと『異常』だったんだよ。
『異常』が『通常』で、それが『普通』になっちゃったんだと思うんだ。
痛みがわからないままは、よくないよね。
センの身体にも、心にも。
だから、今だけはごめんね。
あたしは自分の『痛み』を『痛くないことにして』、センに『痛み』を感じてもらうから。
センを睨む。
少しだけたじろいだ。
けれどすぐに睨み返してきて、臨戦態勢をとる。
「てかさぁ。なんでそんな動けんの? 一番最初に食らったライラっちが一番最初に動けなくなるはずなのに。その血の量も。足元に水溜りになってんじゃーん」
「ん? なんで?」
「だからぁ、毒。回ってるはずなんだけど?」
どく、どく、どく。
……あ、心臓の音じゃなくて、毒か。
「さっき眩暈はしたよ?」
「眩暈程度かよ。ライラっちって何、鈍感なの?」
「あ、あーーーうん。近い、かな。特性は『鈍麻』だよ」
「いや、鈍感と鈍麻は別じゃねー?」
「え、そうなの?」
……んー、わかんない!
「とりあえず! 『鈍麻』だから怪我の痛みなんてわからないし! たぶん毒が体に回っててもわからないのかも!」
「そんなわけあるかっ! 致死量ではないけど、センセみたいに動けなくなるはずなのになぁー」
「そっかー! おりゃ!」
「軽々と蹴ってきていやんなるねー」
上半身を下げながら振り上げた足は軽々と躱される。
開いた横腹に鉤が迫ってくる。
上半身でバランスを取りながら反対の足を蹴り上げる。
鉤を弾いて、同時にその力のまま体を半回転。
両足で立ち直す。
毒って言うのが引っ掛かる。
先生が動けないのも、あたしがふらついたのも、センの毒のせいだったんだ。
たぶん
センも同じように傷つけてたけど、もしかしたら耐性があるのか、『特性』なのか。
『特性』ならほかにも何かあるのかもしれない。
「まだまだぁ!」
「あーはいはい。オレもちょっとテンション上がってきたよー! あはははっ!」
双方が双方に向かって駆ける。
センが片手を振り上げて、間合いに入る直前で急ブレーキをかける。
タイミングを合わせて飛び上り、背後に回る。
お互いに背中合わせの状態。
振り向きざまに拳を握って、背中に叩き込む!
……と思ったら、センの身体が沈む。
足の力を抜いて躱された!
伸ばされた腕が、体を翻したセンの爪の範囲内だ……!
「ぐぁ!!!」
「ふぇ!?」
地面から、突如として飛び出てきた鎖が、何度も何度も地面とセンの身体を回り、何重にもしてセンを地面に縫い付ける。
大の字に、複雑に縛られ、センは動けず声を上げる。
「くっそおぉぉぉぉぉおおおお!! 放せ!!! くそがあぁぁあああ!!!」
状況と、まるでセンではないような豹変ぶりもあわせて開いた口が塞がらない。
何とか動く首と舌グネグネと動かしているけれど、鎖で覆われた胴体や四肢はびくともしない。
「ようやく拘束できたな……」
「せんせぇー!!」
気怠そうに、けれどしっかりと両足で歩み寄ってきた先生。
片腕から延びる鎖は端が見えない。
「大丈夫!?」
「おお。なんとか動けるぜ。気分は悪いがな」
「センの毒だって……」
「だと思ったぜ。お前は平気なのか?」
「うん。大丈夫! たぶん、センの武器に毒が塗ってあったかだと思うんだよね」
「だろうな。だから腕まで鎖で止めたんだ」
「だああぁぁぁああくそっ!! くそ! くそ! くそおおぉぉぉおおおお!!!」
「……コイツ、どうした? こんな奴だったか?」
「うん……さっきから、なんだよね」
やっぱり、先生もセンの変わりようにはびっくりしてる。
よく見れば目は血走ってるし、最初にやりとりしてる時よりも興奮してる。
状況の生か、叫び散らかしては唾液が口の端から漏れてきてるし。
……なんていうか。
「イッちゃってんなぁ……」
「先生……どうにかならない?」
見ていたくないよ、こんな状態のセン……。
「俺には何とも。何でこうなったのかすら……いや、センが自分にも傷をつけてたのはこういうことか?」
「でも、毒でしょ?」
「詳しいことはわからん。けど、俺が傷をつけた『後』に自分にもつける理由はないだろ。『前』なら俺を信用させるためだったろうが。なのに『後』に付けたってことは、なんか理由があるんだろう」
「う……うん?」
「まあいい。とりあえずセンは俺が抑えてるから、ナオを連れてきてくれ」
「あ、わかった!」
ナオっ!
ナオの居る方に、勢いよく振り向いた。
センは抑えた。
あとはナオを説得するか、抑えるかすれば、今度こそ鐘の所に行ける!
そう思った。
パンッ
ぁえ?
何の音?
武器を構えたナオを見て、そう考えた。
何かが弾けたような音だった。
その音を皮切りに、ナオは武器に添えた顔をずらし、あたしを見てる。
その顔は一言で言えば『驚愕』。
なんでそんな顔するの?
先生は……後ろにいるはずだからどんな様子かわからないや。
身体が後ろに引っ張られる。
誰かにひかれてる?
……ううん、違った。
アタシの身体が後ろに飛ばされたんだ……なんで?
「ぁたっ!」
「ライラ!!」
尻もちをついて、ようやく声が出たと、音が聞こえたと認識した。
先生が叫ぶ。
後ろから支えられる。
耳が痛い。
「くそっ! 耳に当たったか!」
「え……みみ……?」
「まだ特性が効いたままだな……そのままでいた方がいいかもしれないな。パニックになるなよ」
先生が服の袖をちぎって当ててくれる。
目の端に移ったのは、一瞬で赤く染まった白かったシャツ。
この痛みはつまり、撃たれて当たったってことかな。
傷口を押さえられても、圧迫感しか感じない。
不思議。
耳って外側が削れても聞こえなくなるわけじゃないんだね。
武器の特性のおかげで、怪我をしても痛くない。
左頭部も両手も血だらけなのに痛くない。変なの。
頭をぎゅっと抑えられながら、あたしは前を見た。
「なお……」
「ライラにあてちゃった……ご、ごめんね……」
右耳に集中して、ナオの小さすぎる声を何とか聞き取る。
驚いていたのは当てる気がなかったからなんだね。
じゃあ、誰に当てようとしたの?
あたしの後ろにいたのは、先生と、セン。
「なんで、撃ったの……?」
「……センが、言ってたんだ。「オレが荒れた状態で捕まったら殺してー」って」
「センが……? なんで、そんな……いや、でも、え? 状況もわからずに、掴まってたら殺せって……え? え、ちょ、なんで? なんでそんな……」
「荒れた状態、っていうのが、センの『とっておき』なんだって。その状態で掴まってたらもう手がないから……そんな状態で掴まってるぐらいなら、死んだほうがましだって……。僕に、頼んでくれたんだ」
荒れた状態が、とっておき……。
センのあの凶暴化した状態はセンの秘策だったのか。
それを押さえられたってことは、こっちの勝ち同然とも言えるということ。
負けるくらいなら死んだ方が、とか、そういうことなのかな。
それでも、それでも!
その言葉を鵜吞みにしてセンを殺そうとするなんて!
「助けようとか!! 思わなかったの!!?」
「……っ! 僕には無理だよ!!」
へ?
「ぼ、ぼくに……僕一人に、二人と戦う力なんてないよ……センと二人だったらまだ何とか出来たかもしれないけど……僕だけじゃ……そんなことできないよ……」
……。
言葉が、出ない。
戦いたいわけじゃない。
戦わないで済むのならその方が良い。
ナオと……もちろんセンとも、戦いたいわけじゃなかったから。
けれど、なんだろう。
あたしは何を考えているんだろう。
ナオとセンは仲間だった。
センはナオに、もしもに備えて最期を託した。
ナオはセンの最期の願いを叶えようとした。
ナオは戦うことを諦めた。
『一人じゃ無理』だから。
センは戦おうとした。勝つ自信があったのか、自信はなくとも叶えたかったからなのか。
センが戦闘不能になったから、ナオは諦めた。
ナオは一人で戦うことを、選ばなかった。
「せんせい……はなして」
耳元を抑えていた手が離れる。
その代わりに自分の手で抑えて、体を起こして、歩く。
戦意を失っているナオは、悲鳴をあげながら武器を胸元に持ち上げる。
銃は構えないと意味がないよ。
そんなこと、ナオが一番わかってるはずだよ。
「ナオ……どうして、こんなことしたの?」
「だって……センが、そうしてって」
「うぅん、そうじゃない。この、戦いに参加した理由だよ」
「それは……」
黙る。その間も歩く。
土を踏む音と、センの唸り声が聞こえる。
けれど、ナオはずっと黙ってる。
この質問は、ナオが答えてくれないとわからないよ?
あっという間に目の前に来た。
土で汚れたナオは、体を小さく振るわせて、あたしから視線を逸らす。
あたしの影でより小さく見える双子の弟のナオ。
考えていることは、わからない。
しゃがんで、目線の高さを揃える。
それでもこちらを見ようとしない。
体の震えは止まらない。
体は動いているのに、口は動こうとしない。
右手を伸ばす。
身体がより一層、大きく震えた。
銃は、ナオの右頬に添えられている。
開いている左の襟首を引っ掴んだ。
「答えて!!!」
顔を思い切り寄せて、想いきり叫んだ。
前髪で隠れてた目が大きく見開かれて、潤んだ。
あたしの目に映るナオの顔は、ひどく怯えていて。
けれどナオの瞳に映るあたしの顔は、ひどく悲しそうで。
同じ顔なのに、随分違う。
双子でも、違う時は違うものだよね。
「……じじが、しんじゃった」
「……そうだね」
「家でも、学校でも、弱い奴って言われてた僕を……じじだけは、それでいいって言ってくれた……じじだけは、僕に「男なのに」とか、「強くなれ」って言わなかった……」
「うん、そうだね」
「誰も、たすけてくれない……じじがいなきゃ、僕は……僕でいられない……」
「そんなことない。ナオはナオだよ。あたしの弟。あたしにも話せなかったこと、じじには話せたんだね。これからは、あたしがじじの代わりになる。なるようにする。辛いときは話してよ。強くなれなんて言わないから」
涙を流し、鼻水を垂らし、嗚咽を漏らしながら、ようやく話してくれた。
双子という比較対象がすぐそばにいる以上、どうしても比べられやすい。
それはもちろんあたしも同じだけど、同じだからこそ、分かり合えるものがあると思う。
じじという『他人』がいてくれたからこそ、話せた部分があるんだと思う。
これからは、あたしが一番近くて、遠くにいる『他人』になるように頑張るから。
「くはっ! ばっかみてー」