【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第5話

 割り込んできた声に振り向くことはしなかった。

 投げられた言葉だけで、絶対、あたしたちを非難する言葉だと思ったから。

 振り向く余裕もない。

 けれどそんな心情なんてお構いなしに、セン(声の主)は言葉を繋げる。

 

 

「なんでアンタに話せなかったと思ってんの? アンタがナオっちの双子だからだよ。そうやって生まれてしまった以上、死んでも変わらない関係性だ。それをなしにすることなんてできない。生まれの親と切り離せないように、『生まれた』ことは変えられない」

 

 

 わかってる。

 綺麗ごとを言っている自覚もある。

 それでも。

 無理でも。

 変えられなくても。

 あたしがそうなりたい。

 そのための努力ぐらい、してもいいじゃない。

 無駄かどうかなんて、やってみてからじゃないとわからないじゃない。

 

 

「わかった気になるなよ。自己満足。アンタは物語の読み手にでもなったつもりか? 自分以外の人間がどういう経験をしてどういう考えをしているかなんて、普通は当人にしかわからない。読み手がいれば俯瞰で知ることはできる。けど、アンタは現状の問題で登場人物だ。都合の悪いことは知らされないよう手を回される側なんだよ。それを覆すならば、いっそ死んで、神様にでもなってみるー?」

 

「うるさい!!」

 

 

 うるさいうるさいうるさい!!!

 

 

「なんで! 他人のセンにそんなことまで言われなきゃいけないの!? 力になりたいって思うのはそんなにダメなこと!? 例え双子で! 姉弟で! 変えられない事実だからって! あたしはどれだけで諦めたくない! 何十人! 何百人! 何千何万人といる人間の中で唯一の血の繋がった姉弟だよ!? 生まれる前の、あたしたちの意思を介さないで起きた奇跡なんだよ! それを全部! 全部全部悪いことに繋げようとしないでよ!!」

 

 

 センの生まれを聞いた。

 初めて聞いた。

 センが言ったように、いくら仲良くなったって知らないことは当然ある。

 言いたくないことも当然あるよね。

 抱え込むぐらいなら言ってほしいと思うけど、それはあたしの我儘か。

 仲がいいからこそ言えないこと。

 関係が遠いからこそ言えること。

 『言いたいときに言える関係』。

 そんな単純じゃないよね。

 全身から魔力が溢れる。

 コントロールが効かなくなる。

 ……もう、いいや。と、思ってる自分がいる。

 

 

「ら、ライラ……」

「ライラ! 落ち着け!」

 

 

 おち、つ……けない。

 

 

「っ!」

「あはは、ぶつけなよ。オレたちの主張は相容れない。ぶつかるしかできないよ」

 

 

 ぶつけさせる気だ。

 何か狙いがある。

 そうじゃないとそんなこと言わない。

 何なら死にたいのかもしれない。

 ナオが失敗したから、別の手段を取ろうとしているのかもしれない。

 

 

「う……ぁ……」

「ライラ、ライラっ、お、おちつこ? ねぇ、僕の声聞いて……?」

「……ナ、オ……」

「うん、僕だよ。ナオだよ」

「…………ごめ、ね」

 

 

 ごめんね。

 

 

「ぅ、ああああぁぁぁぁああああああああーーっ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめん、ナオ……」

「大丈夫、大丈夫だよ、あったってないよ」

「ほんとに……?」

「うん。僕も、先生も。センも……かすっただけだよ。ちゃんと生きてる」

 

 

 あたしは、あたしの魔力をコントロールしきれなかった。

 いつかのナオの時みたいに、技にもならず、ただの魔力を放っただけの。

 放った、といっても、どこに何に向けてなんてない、子どもがわめいているようなもの。

 それでもセンにかすったということは、あたしの中の何かは、センに当てたかったんだと思う。

 それはたぶん、皆わかってる。

 

 

「二人とも、怪我は?」

 

 

 先生が重そうな体を引きずってきた。

 

 

「僕は大丈夫」

「あたし……疲れてる」

「魔力切れだな」

 

 

 全身がもうほとんど動かない。

 ナオがあたしを支えてくれてるけど、ナオがいなきゃ横たわってる。

 

 

「ライラっちー」

 

 

 遠くから呼ばれた。

 その呼び方をする人は、一人しかいない。

 

 

「かすらせるぐらいなら殺してくれてよかったのにー」

 

 

 右腕に掠ったのだろう。

 拘束していた鎖はボロボロで、血まみれの腕が掲げられている。

 手に付けていた武器も、小指以外はほとんど崩れて跡形もない。

 胴体と左手は変わらず拘束されている。

 動きのある右手だけではもう反撃は難しいと思う。

 

 

「あたしは殺したくないよ」

「わかってないなぁー。殺されても生き還れるんだよー?」

「……それでも、『殺した』事実は変わらないよ。『生まれた』事実と同じように」

「……ま、それもそうか。それが嫌なら仕方がないね」

 

 

 掲げられた腕。

 掌を顔に乗せた。

 少しして。

 

 

「じゃ、自分でやるしかないね」

「っ! くそ!!!」

 

 

 先生の焦りは届かず。

 武器を……鉤を、額に刺した。

 

 

「傷は浅い! これならまだ……」

「残念でしたー。もう毒は入ったよー」

 

 

 改めて抑えた右腕だけど、もう用はないというように脱力し、素直に拘束されている。

 額から血が流れている。

 湧き水のように、少しずつ。

 そこに毒は注がれたという。

 

 

「少しだけ時間があるから教えたげるよ。オレの『毒』は遅効性。けど濃度を変えることができる。動きを止めたいときはほんの少量。量次第ではドーピングみたいに扱える。オレとしてはそれが奥の手だった。けど、所詮は毒。大量に使えばもちろん……ごほっ」

 

 

 言葉を言い切らずに、センは血を吐いた。

 毒を治す方法は、あたしたちは知らない。

 

 

「見てるだけしか、できないね。それが普通、なん、だよ。片方が寄って、きたところで、逃げるか、背を、向け……られるか。寄られた側は、頼り方を……知らないん、だよ。自分で、どうに、か、する、しかな、い」

 

 

 息を上げながら、伝えてくる。

 怒りは沸かない。

 怒る元気がないっていうのもあるけれど、あたしの知らないことを教えて呉れようとしているから。

 差し伸べた手を取らなかった人の言葉を、教えてくれているから。

 

 

「『言えば応えてくれる』、なんて、いうのは……夢物語だ。聞く、耳を、持っている相手だか、ら、こそできる、御伽噺(おとぎばなし)。……オレたちは、聞く耳を、持って、ない人を相手に……目的を、成したかった。聞こうとしないなら、聞かせるまで」

「……だから、洗脳したの?」

「そ」

 

 

 それはつまり、受け入れられないとわかっているから、洗脳したということ。

 否定されることだって、わかってやったんだ。センも、ナオも。

 

 

「それが普通になれば、罪悪感なんてなくなるって……思ったんだ」

 

 

 ナオが誰にでもなく呟く。

 罪悪感はあっても、そっちの道に進んだ。

 罪悪感は言い訳にはならない。

 そうわかっているからこそ、その表情なんだよね。

 

 

「ごほっ」

 

 

 水分を含んだ咳が聞こえる。

 顔を向けて、センの顔まわりが赤くなっているのが微かに見えた。

 先生が近くにいる。

 毒を使ったことによる出血だからか、迂闊に拭いてあげることもできない。

 表情は、言わずもがな。

 

 

「ちな、みに……オレは諦めたわけじゃ、ないよ……。どうせ、計画がうまく、いけば、っはぁ、生き還れるんだから……」

「……お前を生き還らせるって契約でもしてんのか?」

「いいや、してないよ……。けど、そうなったらそれまで。……そこまで逆恨みは、しない」

 

 

 声が小さくなっていく。

 それはつまり、その時との距離が狭まっているということだろう。

 言いたいことは言った。

 言い合った。

 それでも分かり合えないのなら、もう言うことは……限られている。

 

 

「セン」

「ん?」

「楽しかったよ」

「……あ、そ」

 

 

 …………。

 沈黙した。

 あたしも、ナオも。

 先生も。

 ……センも。

 

 

「ナオ」

「……っ、なに?」

「キレイに、してあげて」

「……うん」

 

 

 ナオは顔と腕を擦り合わせてから、私を地面に横たわらせた。

 センの元へ駆ける。

 先生は鎖を解く。

 あたしは、血塗れで、土だらけのセンを水の魔法でキレイにしているのを横目に見ていた。

 

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

 

 

 センの体を木の影に寝かせ、木を背もたれにしたあたしと、ナオと先生は円を作っている。

 結界の中は静かなものだけど、外はどうなっているだろうか。

 もしかしたら取り囲まれているかもしれない。

 迂闊には出れない。

 さてどうしよう。

 

 

「先に確認しておくが……ナオ」

「!」

「お前、こっち(・・・)でいいんだな?」

 

 

 あたしも思った。

 ≪回想の香≫で眠らせて、起きてからと言うもの。

 センと約束した通り殺そうとしたものの、あたしたちに対抗して戦おうとしていない。

 たしかに「戦えない」とは言っていたけれど、それがあたしたちに『協力する』と言う意味ではないだろう。

 というか、それの確認だと思う。

 

 

「…うん。僕は、先生やライラのやること……手伝う」

「それなら、どうしてそうなったかまで話してもらおうか。話次第では拘束する。俺は蘇りに意欲的ではない。が。蘇りの魔法と周知の仕方が気に食わない以上は、センたちに敵対するつもりだからな」

 

 

 先生はナオのことを信用していない。

 そりゃそうだ。ナオは元々反対勢力に加担してて、寝て起きたら寝返った。

 (はた)から見たら中途半端な存在なのだから。

 戸惑い、困惑、怯え。

 いろんな色を混ぜた表情を、あたしは読み取った。

 それらをぐちゃぐちゃに混ぜて、押し固めて落ち着いたところで、ポツリと話し出した。

 

 

「……眠らされた時、じじの夢をみた。僕に「そのままでいい」って言ってくれてた時の夢。それだけ……」

「それだけか? 何か思ったんだろ?」

 

 

「……「何も変わらなくていい。一生懸命生きてる。それだけで、『ナオ』は十分立派な人間だ。そのままでいろ。そのまま生きて、やりたいことをやるんだ」、って。

 

 それで……起きて、最期に話したことを思い出した。

 「ナオ、強くなったか?」、って聞いてきたんだ。

 僕は……強くない僕を支えてくれる人が……じじにいてほしかった。

 いなくなっちゃうなんて、信じたくなかった。

 けど、僕は「うん」って答えた。

 じじは、「安心した」って言ってくれた。

 

 僕、後悔したんだ。嘘ついちゃった、って。

 僕は強くない。強くないから嘘を吐いた。嘘を吐くほど、弱い人間なんだ。

 弱いから、じじに会いたくなった。

 

 けど。けどね……。

 もう一度会ったら、強くない僕を見せちゃう。

 強くなったと思って安心してくれたじじを、悲しませちゃうかもしれない。

 

 そう考えたら……会っちゃいけない。

 僕は強いままでいなきゃいけないんだって思ったんだ」

 

 

「……だから?」

「だから……僕はじじがいなくても大丈夫、って思うことにした。『強くなったから大丈夫』なんじゃない。『大丈夫なように強くなる』」

 

 

 それは。

 世界で一番、弱気な決意表明だった。

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