【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第2話―― スグサ視点

 強い奴は、なぜ強くなったのか、どうして強いのか、『未知(よくわからない)』。

 

 

「やり直そう。賢者殿」

 

 

 口角を引き締める。

 全力で魔力を練った。

 その時。

 ≪玩具箱≫が割れ、傷だらけのシクが落ちてきた。

 

 

「……シク!!」

 

 

 理解に時間がかかった。

 わかっていても、体が動こうとしなかった。

 想定外すぎるほどのことが起こると人間はそうなる。

 理解を拒んだ。

 自由落下してくるシクを、急いで抱き留める。

 

 

「す、ぐ……さ……」

 

 

 息はある。

 意識もある。

 全身傷だらけ。

 切り刻まれ、擦り切れ、打ち付けられた痕。

 出血して血が滲んでいる。

 大きい傷はないがひどく衰弱している。

 

 

「……休んでろ」

 

 

 聞くのはあと……いや、聞かなくていい。

 シクは決して弱くない。

 当然だ。

 私様の近くにいる奴に弱い奴はいない。

 そのシクがこんなにもやられるというのは見たことがない。

 『記憶』である私様に覚えがないのだから本当にないのだ。

 弱り切って呼吸の浅いシクに衝撃を与えないよう、静かに床に降り立つ。

 無機質な床は怪我人を休ませるには酷な環境だが、今ばかりは致し方ない。

 ≪虚無≫はシクが自由に出入りできるわけではないし。暗いし。

 出入り口付近の壁にもたれ掛からせる。

 表情は険しい。

 眉根を寄せ、冷や汗を垂らし、耐えるように小さく呻き声を漏らす。

 針を刺して、痛みを吸収する。

 

 

「……あり、がと」

「おう」

 

 

 顔を上げる気力はないようだが、しっかりと呟いた。

 そしてシクから離れようとすると、服の裾を捕まれる。

 

 

「どうした」

「……たまし、の……こえ……が……」

「……ああ、なるほどな」

 

 

 うん。

 なるほどなるほど。

 シクに対して背を向けていた体を戻し、しゃがんで、視線を合わせる。

 頭を撫でた。

 

 

「お前には酷だったな。よく耐えた。ありがとう」

 

 

 無反応のシクに今度こそ背中を向け、今か今かと待ちかねたように静かに仁王立ちしている賢者と大魔術師を見据える。

 賢者と呼ばれたじじいは容貌魁偉(ようぼうかいい)

 蓄えた髭の役割は何だろうか。

 大魔術師と呼ばれたローブは正体不明。

 顔も見えなければ、性別もわからない。

 賢者と比べると小柄さが際立つくらい。

 小柄すぎて子どもの可能性もある。

 だが、そんなものはもうどうでもいい。

 

 

「粛々と進めよう」

 

 

 ぱちん、と指を鳴らす。

 床に浮かぶ黒い影がぞわりと波打ち、影の主の足へと這い上がる。

 

 

「≪(イル)初級魔法(トゥワン)≫」

 

 

 大魔術師が影を払う。

 目くらましも兼ねたのだろう、隣の賢者が踏み込んだ。

 ぱちん、と指を鳴らす。

 

 

  ≪見上げろ、それが力の差だ≫

 

 

 地面が天井までせりあがる。

 賢者の姿が見えなくなった。

 

 

「こっちは立ち入り禁止だ」

 

 

 真横に転移。

 手を向ける。

 「あっち行け」と言うように壁と水平に吹っ飛ばした。

 シクが休んでるんだ。

 壁にちょっかいは出させない。

 そのためには私様が離れるべきだ。

 奥に佇む大魔術師の方に歩く。

 真横から賢者が殴りかかる。

 

 

  ≪(イズ)身体強化(サーズ)

  ≪(アム)身体強化(サーズ)

 

 

 拳を見切り、腕を持って勢いのまま四分の三回転。

 向かう予定だった大魔術師の方へ投げ飛ばす。

 

 

(ナル)初級魔法(サーズ)

 

 

 風のクッションで大魔術師と賢者はぶつかることはなく、もちろん無傷。

 私様はとりあえず歩く。

 大魔術師と賢者は魔力を練り始める。

 

 

(アム)・最上級魔法《ナエト》 ≪闇夜を照らす不死鳥は大地を焦がす≫」

(イル)・最上級魔法《ナエト》 ≪輝く星々は互いを(とぼ)る≫」

 

 

 家何軒分ぐらいの大きさだろうと思うぐらいの燃えた鳥と、多数の光の交戦が乱反射しながら私様の方に向かってくる。

 どちらも最上級魔法《ナエト》。

 けれど、最上級魔法《ナエト》。

 

 

「私様に最上級魔法(ナエト)とか」

 

 

 思わず深あぁぁぁいため息が出る。

 なめてんのか?

 いや、なめてはないか。

 特級魔法(レヴン)は普通の奴じゃあそう簡単に発動できないんだったな。

 ぼーっとながめながら、指をぱちんと鳴らす。

 気分屋なもんで、今回は魔法名を唱えてやろう。

 

 

(アル)初級魔法(トゥワン)

 

 

 魔法で発生させた土で、鳥も光線も閉じ込めた。

 土の影で反射を続けているだろう光を弱め、空気を遮断して火を弱める。

 初級魔法(トゥワン)に使う魔力量ではない程の魔力を込め、ぶ厚い土で包み上げた。

 勢いが死ぬまでは土ごと進行方向に移動させ、結局留まったのは私様の目の前で。

 ぴたりと止まってからは、ボロボロと土が崩れ落ちる。

 その状況を見て反応を示すのはベローズだけか。

 口の中乾きそうなほど開けっぱなしにしている。

 大魔術師と賢者は……うん。無反応。

 

 

「待っててやるから特級魔法(レヴン)でこいよ」

 

 

 挑発してみた。

 油断しているわけではない。

 しっかり向かい合ってやるつもりだ。

 

 

「っ! 『二番』! 『三番』! やれぇ!!」

「――――。(デス)特級魔法(レヴン) ≪神々に愛されたそれは傲慢と強欲の化身と化す≫」

「――――。(イズ)特級魔法(レヴン) ≪悪魔に注がれた水瓶は蒸気を発し周囲を凍てつかせる≫」

 

 

 大魔術師は天井から光り輝く物体を文字通り降臨させた。

 どこか人の形が三つあるようにも見えるそれは、真ん中の一人が何かを突き出し、黒くどろどろとしたものを垂らしてくる。

 確か、触れたら融けるだか消えるだか。

 賢者は手に持てる程度の水瓶を投げつける。

 割れた瞬間、喉を焼くほどの熱気と空気を凍らせる冷気が同時に噴出する魔法。

 どちらも広範囲の攻撃。

 触れたらアウト。

 むしろ発動されたらアウトなモノ。

 シクの身体にもよろしくなさそうなものを選んでくれたな。

 私様が煽った結果ではあるが。

 力の差を見せつけてやろう。

 

 

「お前らはわかってないな」

 

 

 右手を目線の高さまで上げた。

 どちらの魔法もとても強い魔法だ。

 蘇りを望まれるほどの存在が使った魔法なのだから、一般人がやっと出した魔法よりも相当な代物だろう。

 いや、少し語弊があるな。

 一般人に特級(レヴン)は使えない。

 特級(レヴン)が使えている時点で一般人ではない。

 

 

「強い魔法は確かに強い。強い魔法を使えるお前らも強い。だが――」

 

 

 掌を上に向け、親指と中指を寄せる。

 

 

「――私様はさらに強い」

 

 

 

 

 パチン

 

 軽快なステップでも踏んでいるような高い音が空間を支配する。

 音が鳴った瞬間。

 その場のだれもが髪は煽られ、瞼は閉じられ、守るように身を固くする。

 室内では起こるはずのない……いや、起こるにしても全長があるはずの突風が巻き起こったからだ。

 その突風は、天の人と黒い粘液、割っても割らなくてもアウトな瓶のどちらもを、天井を突き抜けては空高くに消えていった。

 散り散りというのか。

 ぱらぱらというのか。

 すかすかというのか。

 爆散とか四散とかいうのか。

 とりあえずそんな感じで、よろしくないものはどこかへ飛んで行った。

 空が青いな。

 もう朝か。

 

 

「な……な……」

 

 

 新鮮な空気を取り込んでいるときに、なにやら不安げな、不穏を感じさせる喘ぎが耳に届く。

 

 

「なんだ……今のは……何があった……どういう、は?」

 

 

 壁にもたれかかりながらずいぶん偉そうに困惑しているようだ。

 なにも変なことはしていない。

 みんなご存じの魔法を使っただけだ。

 なぜこんなにも困惑するのか。

 それはつまり、認識不足である。

 

 

「考察してみろよ。ほれ、何が見えた?」

 

 

 ただで答えをやるほど優しい私様ではない。

 考えられることは考えてもらわないとな。

 相当呆けているのか、私様の言いざまに睨むことも不快を露わにすることもせず、ただただ一点を見つめたままつぶやき始めた。

 

 

「突風……風? 直上に突き上げるあの威力……まさか≪風祭(かざまつり)≫? いや、それにしては周囲への影響がなさすぎる……。一方向へのということならば≪行く手を譲らぬ見えざる手≫か……? いや、いやいやいやっ、どちらも威力がおかしい……! よくて上級魔法(フィフォ)では特級魔法(レヴン)に対抗することなどできるはずがない!!」

「おーおーよく考えろよぉー。考えることで人間は進化するぞー」

「黙れ!!!」

 

 

 睨まれた。

 おまけに叫ばれた。

 応援しただけなのに。

 一人ぶつぶつと考察を続けているベローズ。

 その他の二人は……さすがに身を守ったのか、距離をとって壁沿いに移動していた。

 一見意思はなさそうにも見えたが、危険察知能力は存在しているようだな。

 今は向こうも動く気はなさそうだ。

 警戒はしているが、魔力を練る様子はない。

 隙さえ見せなければ今のところは大丈夫だろう。

 ということで、≪力の差≫である土壁は消す。

 背後にいるシクは顔をあげられるぐらいには回復したようで、私様を力のない目で見上げてくる。

 

 

「気分はどうだ?」

 

 

 背中を受けたまま問う。

 蘇生者たちに対してあからさまに『隙なんてありません』のアピールだ。

 

 

「なんとかよ。……ねぇ、スグサ」

「ん?」

「あの『人形』……たちの魂、帰してあげられないかしら」

「ほう」

 

 

 珍しいこともあるもんだ。

 基本私様にしか興味がないはずのシクが、今さっき会ったばっかで攻撃してきたはずの相手を気に掛けるとは。

 詳しく聞きたい。

 そう背中で語った。

 

 

「結果の中でね、声を聴いたの。子どもの声……「かえりたい」って」

「へぇ」

 

 

 「スグサのことはなんでもわかる」と豪語していたシクは、まあ怖いぐらいにその言葉の通りに私様の意思を読みとってくれた。

 え、めっちゃ楽なんだが。

 まあそれは置いといて。

 その言葉がたまたま出た言葉の可能性も考慮しつつ、さてさてどうするか。

 正直、今のところはそれを叶えてやる方法はある。

 だが……まあ正直なところ、「帰ってどうなる?」という話だ。

 これは弟子がぼやいていたことだ。

 あいつが言うには、こちらの世界の日数は向こうの世界の倍はあるらしい。

 つまり、この世界で過ごした一年は向こうでは二年が経過しているということ。

 魂のない抜け殻の体が、二年間、どうしているか。

 それだけならまだいい。

 日数じゃなくて時間のほうは検討のしようがない。

 こちらの一年が向こうでは一日でした、とか最高に都合のいいことになればいいが。

 逆にこっちの一日が向こうの一年という可能性だってある。

 嬉しくない考えだとしたら、単純計算、向こうでは六百年が経過していることになる。

 

 さて、そんな不確定なところに帰りたいか?

 帰ったとしてどうなっているかわからない。

 知り合いはいないかもしれない。

 親も兄弟も生きているかどうか。

 ……死んだものと扱われているかもしれないしなあ。

 

 そもそも体はあるのか?

 あったらどうなっているんだ?

 弟子曰く、長いこと動かしていない体というのは、関節は動かなくなって、筋肉は衰えて、内臓機能も落ちるとかなんとか。

 

 そして考えなければならない。

 体がもうない場合。

 元の世界に帰った魂はどこへ行くのか。

 

 これが、無責任な自己満足で『転生魔法』をうみだし、他人を巻き込んだ結果だ。

 さあ。

 そんなものを確認せずに「ばいばーい」なんてことは、さすがにできない。

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