【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第4話

 監禁から解放され、外に出た人間はどれだけ喜ぶだろうか。

 外に出ることは許されず、けれど敷居の外からは楽しそうな声がたくさん聞こえる。

 結界に守られた村はたいそう平和で安心だっただろう。

 それが、自分たちが殺した人間が産み落とした幼子の犠牲の上に成り立っていることなど、全員がわかっていたはずなのに。

 ベローズは無機質な顔のまま、もちろん同情などせずに言い放つ。

 

 

「大人になりきっていないあいつ(・・・)は意気揚々と奈落の底へ飛び込んで、絶望しただろうな」

 

 

 一言一句訂正せず、しかし同意を示す言動もしなかった。

 けれどそれはつまり同意ということ。

 表現とはなんと難しいものか。

 

 

「魔法陣の代わりに魔石を持つ条件で選択肢が与えられた。室内か、結界内か。結果は二つ返事で後者だ」

 

 

 自我を持ち、コントロールも可能となった。

 そこで危険視するのは反抗だ。

 扱いやすいままとするには機嫌を損ねないこと。

 過度な自由奔放な振る舞いや反抗を示した際、拘束できること。

 その二つを満たせるならばと選択肢が与えられた。

 

 

「自身の親のことも覚えていないだろう。けれど食事は与えられ、外出の自由のみを封じられた子ども。ようやく憧れの外に出られ、喜びに満ちた気分だったろうな。しかし、待っていたのは腫れ物を見て見ぬふりする冷たい視線だ」

 

 

 そりゃそうだ。

 村人を死にそうな目に追いやった存在。

 実際死んだやつもいたかもしれない。

 目の敵にするのも当然だ。

 ましてや隔離していた危険人物が自由を得る。

 警戒しないはずがない。

 

 

「冷たい視線の中でも唯一、優しさを持っているものがいた。そう思っていた」

 

 

 自我を得て、自由も得た。

 世話役はお役御免だ。

 

 

「嬉々とした目で世話役を見て、絶望したそうだ。怯え切った嫌悪の目。男を支える見目麗しい女人。今まで自分が接していた男は本当にそいつかと疑った」

「……ずいぶんあいつ(・・・)の心情にも詳しく話すじゃねーか」

「直接聞いたからな」

「実験の時にか」

「ああ。うわ言のように呟いていたよ。興味深かったので本にもまとめたさ」

「悪趣味な野郎だ」

「貴様が『興味』を否定するか」

「誉め言葉だ」

 

 

 悪態の応酬は溜息でケリをつけた。

 記憶をさかのぼるように目線をあげたベローズは、口角を上げながら語り続ける。

 

 

「腫物どころか針の上で寝食をするようなものだ。生きた心地はむしろ、隔離されていたころの方があったかもしれないな」

「辛さの閾値は他を知らないと変化しないからな」

「そうだ。だから、逃げた」

 

 

 耐えられなくなったあいつ(・・・)は逃げた。

 どうやって?

 そんなの簡単だ。

 

 魔力を暴走させた。

 

 

「自身の闇属性の魔法を意図的に暴走させたようだ。コントロールしたうえで暴走させるとは恐れ入ったよ。恐怖心もあったろうが、それよりも苦痛が勝ったと言うことだ」

「何年耐えたかはわからんが、そんな状態で生活していれば摩滅もするさ。心が限界だったんだろう、頼りにするはず(モノ)はいない。頼りにしていた世話役(モノ)はいるのにいない。手が届きそうで届かない苦痛は知る人ぞ知る」

「……貴様が言うと腹立たしいな」

「ま、私様は手に入れてきたからな」

 

 

 大体のものは。

 そう付け加えるのはやめた。

 私様にだってできなかったことは実はある。

 素直に言えばいいのに言わないのは、私様を目の敵にしているベローズの悔しそうな顔が見たかったからだ。

 そうそうその顔。

 

 

「ふん……」

「んで、村人は? 無事だったんだろ?」

「ああ。いたとして瀕死程度だ。空気と魔力を奪われ、村人に動けるものはいなかった。結界へと還元されていた魔力も突然の大容量に耐えきれず、内側から破壊された。その隙をついてあいつ(・・・)は逃げ出してきたのだそうだ」

「それで死のうとして、死ぬほど辛い目に遭わされたか」

 

 

 笑えねえ。

 

 

「まさか、生きていたとはな」

あいつ(・・・)に施した実験は成功したってわかってんだろ。人間とバラファイの合成。相反属性の共存。魂の知覚・操作」

「ああ。貴重なサンプルだった。しかし言うことを聞かないので廃棄しようとしたら逃げられたんだ。まあ、人間嫌いだったので変なことをするとは思っていなかったので追わなかったが……まさか貴様と縁があったとは」

「ま、半分当たりだな」

 

 

 半分、と訝しげに問うてくる。

 

 

「私様はお前たちの研究を見張ってた。だからシクが逃げたのも知ってたんだよ」

「な……」

「逃げたアイツを保護した。もちろん反発はされたが、アイツの力でも私様には敵わない」

 

 

 それが最強で最高位たる私様だ。

 一般人、合成された人間にだって負ける要素はない。

 ……さっきは油断したけど、負けてねーし。

 

 

「相変わらず……規格外で傲慢な奴だ……!」

「相当の評価だろ。出来すぎる奴の謙遜は嫌味だ」

 

 

 悔しいながらも同意したように表情が和らいだ。

 と思ったら。

 

 

「貴様の謙遜は吐き気がする」

 

 

 吐かせてやろうかおいこらテメェ。

 ……あとで殴る。

 

 

「シクのことはおおよそわかった。あとはーー」

「!?」

 

 

 胸ぐらを掴んで立たせる。

 突然のことに驚きを隠せていない、汚ねぇ顔。

 焦りからか汗が滲んでいる。

 小さく悲鳴をあげたのを聞いても何も思わない。

 

 

「ウロロスの実験。お前ふざけてんの?」

 

 

 おや。と。

 自分でも少し驚くくらいの低い声が出た。

 間近にあるベローズは顔面を鳥肌立たせる。

 

 

「な……、あ……」

「ウロロスの実験はまだ続けてんのか? 最初はライーバと混ぜただろう。それを処分したのか」

「……そう、だ」

「っはあああぁぁぁぁぁぁああっ!」

「うわっ!?」

「ひどい怠慢だ! 結果・考察が甘い! せっかくの成果を自分で無駄にするとは!」

 

 

 呆れた。

 呆れ果てた。

 底をついた。

 ベローズを軽く突き飛ばす。

 軽ーくやったのに、ベローズは尻餅をついて元の体勢に逆戻り。

 何が何だかわからない。

 そう言う顔をしている。

 

 

「どういうことだ……!? あいつらは割合が難しすぎて分化しても同体に戻らないか、液状になってしまっていたはずだ……!」

「ウロロス自体、実験に使える個体が少ないしなあ。早々に見切りをつけたか」

「そうだ。だが最近になって新たな方法が確立された……。だからそれを試そうと……!」

「ああ。ヒスイが学校に行くきっかけになったり、私様の家の前で痛めつけてくれた奴な。実は、お前の実験はな……」

 

 

 しゃがむ。

 ベローズと目線を合わせる。

 子どもに言い聞かせるように、優しい表情と優しい声を心がける。

 にっこりと笑って。

 頭に手を伸ばし、撫でながら。

 

 

 

「成功してたんだよ」

 

 

 

 は。

 口の形はそう語る。

 そうだよなあ。ショックだよなあ。

 まさか、実験初期にすでに終わりが見えていて。

 しかし結果は自らの手で廃棄しようとしていて。

 でもそれに気付かず目の敵に指摘され。

 さらには可能性の低い賭けをしてでも命を繋いで研究を繋いで。

 意味を理解するのに頭がおいついていないのか、とてつもなく反応が薄い。

 気にする必要もないが。

 

 

「ウロロスとライーバの合成。ウロロスは自身の複製を子として一個体から分離する。ライーバは同一形状で無限増殖。その二つの特性を掛け合わせようとしたんだろ。個人の複製を作り上げて、体のスペアにしようとした」

「……あ、ああ……」

「そもそも生存形態が違うだろ。ウロロスは暑さに強かった。けれどライーバは暑さに弱い。寒さに対しては真逆。かつ、成長の有無。てかそもそも、意志を持つ者同士や違う個体同士を同一にすれば、当然拒絶反応も出るし、馴染むまでに時間がかかる。それもどれくらいかかるかなんて、今までやってる奴がいないんだからわからない。どれだけの期間、状態観察をしていたのか知らんが、もっと長い目で見なければいけなかったんだ」

「そんな……はず、は……」

「なぜそんなことにも気づかなかったのか、教えてやろうか」

 

 

 その時見上げてきた瞳は、輝いていた。

 何か理由があるのか。

 それは何が原因なんだ。

 自分に非があるとは思っていない、責任転嫁の目。

 何をどうしてそんなに勘違いするのか。

 いや、その考えあってこその失敗だったのか。

 

 

「お前が怠惰だからだ。大方、何か成功したか順調にいっていたかで調子に乗ってたんだろ。無敵感? 自分の過剰評価? 「自分にできないことなんてない」「自分のすることは全て正しい」とか思ってたんじゃないか?」

 

 

 薄ら笑いのまま固まる。

 追い討ちのつもりはないが、同じ研究者として、不備をおこなったこいつを許すつもりはない。

 その不備のせいで、シクも、他の人間や魔獣も……弟子も巻き込まれてんだから。

 

 

「確かに為せればすごいことだよ。死ぬのは不変。突然でも苦しんだ末でもある。残される側も残した側も、未練が全くないなんて言い切れるかは定かじゃない。人間は欲の深い生き物だしな。だが、死者蘇生、転生のためにどれだけ失敗してんだよ。成功に失敗はつきものではあるが、取り返しのつかない『死』を他に強制してる時点で本末転倒。ただの人殺しだ」

 

 

 固まったまま、何も言わなくなってしまった。

 なぜそうなったのか。

 言わなくなってしまったことじゃない。

 なぜそんな、無謀にも近い研究を行なったかだ。

 私様に頼ってきた時点で難易度の高いものだと言う自覚はあったのだろう。

 それを焚き付けたのは私様かもしれないが、そもそもの発端はなんだ?

 

 

「お前は何がしたかったんだ?」

 

 

 問うた。

 ベローズの瞳に私様が映る。

 焦点の合わない目が、虚空を見つめる。

 そしてようやく、音がした。

 

 

「…………人を……治したかった……」

 

 

 ゆっくり理解する。

 ああ、こいつは、私様と同じだったのだ。

 この世界にない、『治癒』という奇跡。

 魔法に頼りきりな私様たちは、他の術を知りたがらなかった。

 全て魔法ありき。

 そして謎の心理が働いていた。

 『死んだ人間は埋葬するのみ』

 なぜ死んだ。

 体の中で何が起こっていた。

 そういう原因究明を怠っていた。

 人間の……私様たちの怠慢。

 私様もベローズのことは言えないな。

 

 ……突如。

 床が揺れた。

 

 

「助ケニ来マしタぞー! ベローズ殿!」

 

 

 場にそぐわない陽気な声。

 伴奏のように響き渡る、粗暴な足音。

 上階の奥から聞こえる。

 そちらを向けば、何時ぞやに見た丸い生き物が転がってきた。

 だが。

 丸いものの後ろの方が気になる。

 多種多様の形態。

 発する言葉は人語ではない。

 異臭もする。

 顔が歪む。

 化け物……人と魔獣の合成。

 

 

「在庫処分祭……かツテの『先の戦い』ノ再現デスぞぉー!」

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