【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
「罰ゲームを付けようか」
「罰ゲーム、ですか」
「殺し合いではないからね。勝敗がついたら、また仲良くしようよ。罰ゲームはそうだな。シンプルに『相手の言うことを聞く』ってことにしよう」
「わかりました」
数秒の、間。
同時に地面を蹴った。
走りながらタクトを振るう。
宙に浮いていた火の玉がタイミングをずらしながらロタエにめがけて飛んでいく。
視界にとらえているロタエは鎌を大きく振りかぶる。
「特性」
一言。呟いて。
鎌を器用に操って、彼女自身もまるで操り人形のようなよくわからない動きをして。降り注ぐ火の玉を鎌で切り刻んでいく。
刻んだ火の玉は音もたてず、色を失うように消えていく。
大小合わせて百五十。
タイミングはずらしていた。
けれどいとも簡単にかわし、消されていく。
「相変わらず、うらやましい限りだね」
返答はない。
さっきの話の後だから、武器のことでさえも「自分の力ではない」と思っているのだろうか。
武器は自分の存在があってこそ。
それを使いこなすのも自分。
そんなこともわからないロタエではないはずなのに。
「……っ」
唇を噛んだ。
血の味が口の中に充満する。
今、僕の顔どうなってるんだろうなあ。
魯多恵みたいなポーカーフェイスに憧れるよ、本当。
「ロタエ」ではないはず。
なんて、どの口が言っているんだろう。
これだけ近くにいて、長く一緒にいて、知った気になってた。
僕の知ってるロタエは所詮、ロタエの一部分。
それこそ今この状況が、ロタエのことを知った気になっていたと物語っているじゃないか。
砂埃が舞う。
ロタエが膝を着く。
「これは……」
「そう、スグサ様がやったやつだよ。もしかしてトラウマ?」
「……いいえ」
風が吹き上げる。
思わず目を覆い隠す。
身の危険を感じてすぐに視界を戻した。
けれど、なぜだ。
なめられてるのかな?
空中に浮かぶロタエが、いつもの冷ややかな顔でこちらを眺めている。
「貴方相手なら、攻略可能です」
「……しびれるね」
仮にも僕が団長で、君は副団長なんだけどなあ。
こんなやりとりもなんとなく嬉しいと感じる。真剣勝負なのに。
「よく晴れてるね」
≪
「っ!」
目くらましに使ってもロ多恵ほどの実力者は視界を失わない。
けれど少しの好きで大丈夫。
「
ロタエの足元が抉られるように沈んでいく。
予想通り。
……ロタエはすぐに対処する。
「
鎌の柄を、空中にできた暗闇に目掛けて差し込む。
「いっ!!?」
その瞬間、僕の太ももの裏を突く鋭い痛み。
暗闇……黒い靄から見覚えのある棒状のものが飛び出し、太ももを突いている。
ロタエは力を緩めないまま、むしろより力を籠め、その反動で≪招待状≫から抜け出して見せた。
「ったはっ!」
「≪夜空に浮かぶ泡沫≫」
「!」
水の壁に阻まれる。
水についているはずなのン未定稿があるという不思議な感覚。
球体だからバランスをとるのが意外と大変……。
「≪草木と星々の狂恋≫」
地面から生えた複数の蔓や木の根が水泡に絡みつく。
圧によって弾けさせれば、脱出成功。
「≪
「うっわぁ!!」
木の根ごと切り刻まれるかと思ったよ!?
いや、うん、なんていうか。
わかってはいたんだけど……。
「ロタエ、本気だね……?」
「? そう言ったと思いますが」
いや、うん。そうだね。
『本気で』命を取りに来てる。
『殺し合いじゃない』と言ったのだけど、それは僕の都合だったのかなぁ。
「……団長は」
「ん?」
「本気ではないのですか?」
ギロり。と睨まれる。
普段とそんなに違いのある表情ではないのだけど……こう、凄みというものが増していて、かつ属性の影響なのかひんやりしていて、暖かめな僕としてはなかなかにキツイ。
「本気だよ。だいぶ。本当に」
「それにしてはいつもと大差ないようですが」
「いつも本気だからだよ」
……睨まれている状況は同じだけれど、いうなれば『疑いの眼』というものに変わってしまった。
うーん、ロタエも僕と同じだったんだね。
「僕はいつでも本気だよ。ふざけていることなんて一度もない。真面目にふざけているだけ。もちろん、時と場はしっかり考えてるし」
ロタエも僕のことを、半分も把握できていなかったね。
まあ、半分程度でもわかっていてくれたならすごいことだけど。
世の中は主観か客観だ。
『本人』である以上、考えることはおおよそ主観でしかない。
客観というものは他人がいてこそ成り立つものだ。
「僕はいつでも大真面目。この戦いに対する姿勢も。ロタエ、君に対する思いもだ」
「思い……」
「君は僕を殺したいのかい? それとも、自分を殺したいのかい? 死んだほうを生き残ったほうに合わせるのかい? それはずいぶん勝手だ。主観ではなく自己中心的だ。自分だけならいざ知らず、誰かを巻き込むならちゃんと許可をえなければ」
「……私は私をやり直せれば」
「いやいや。僕と同等になりたかったんだろう? つまりすでに僕を巻き込んでいる。よって、僕に許可を取らなきゃね」
「許可……」
屁理屈で理不尽だろう。
納得のいかない顔をしている。
その反応は正しいよ。
だって君は、『君』が『別の人間』になりたいと言ったんだ。
君の望む『別の人間』は『平民の男性』であっても決して『
僕に許可を取る必要はない。
「でも、僕もタダで許可を出すつもりはないよ。だからこその罰ゲームさ」
「はぁ……」
「君は僕に『許可』を求める。それでは僕は、君に何かを求めることができる」
「はぁ。何でしょう」
「この戦いが終わったら、結婚しようか」
「……」
「……」
「……けっ」
「こん」
「……」
「……」
待って。
なんで黙ったまま鎌を引くの。
「真面目に言ってるんだけどなぁー」
「今の状況で真面目に言えるセリフではありませんよ」
「断られない状況になっちゃったらいうしかないでしょう」
「……私が断らないと?」
「うん」
「なぜ?」
「だって僕が勝つし」
風を切る音が聞こえ
「たあっぶなぁ!!! さすがに鎌投げるのはダメじゃない!?」
「テガスベリマシタ」
「はっはっはー。ロタエでも片言で冗談言うんだねー。新しい一面だ」
投げられた鎌はすでにロタエの片手に戻っている。
『世遊び』で回収したんだろう。
思い切り投げたからか、戦闘態勢は一旦解かれている。
そんなに嫌?
「いい提案だと思うけどなあ。僕と結婚すれば、とりあえずは平民になれるよ」
特に表情は変わらない。
ポーカーフェイスは健在だ。
本人には言ってないけど、僕は
友達としても、同僚としても、人としても。
だからこそのプロポーズ。
苗字の身分としては僕の方が下だけど、魔術師団長という肩書きがある。
彼女は平民になることを望んでいる。
性別を変えることはできないけれど、性別が変わったところで魔法の力の差は変わらない。
その証明が、最高位魔術師のスグサ・ロッド様だ。
彼女は仮にも女性で、没した今もなお、あの人を超える魔術師は僕を含めていないとさえ言われている。
名前からしても平民だし。
だから、気にすることはないんだよ。
ロタエ。
「いい提案だと思うけど、どう? 夫婦になったらそれこそ対等だ。性別も、階級も関係なし。一人とひとりの人間だよ」
もう一つ、この条件を出した理由とすれば、ロタエが本当に洗脳にかかってしまったのか、という疑いから。
実は演技なんじゃないか。
実は潜入なんじゃないか。
実は思いつきなんじゃないか。
実はなんとなくなんじゃないか。
希望なのか理想なのか疑惑なのか。
それを明らかにしたかった。
僕よりもしっかり真面目なロタエが、戦闘中に天を仰ぐ。
表情どころか顔も見えなくなってしまったが、なぜだか、気持ちはわかるような。
「……そうですね」
風に乗って届いた声に、手応えを感じる。
「お断りします」
「……あれ?」
あれれ?
「まずは」
鎌を地面に突き刺した。
直前の発言に気を取られて反応が遅れたが、あれは僕にとってあまり良くない予備動作。
全身に魔力を込める。
「決着をつけたいです。」
「
「
一面が黒に包まれる。
ロタエはどこか。
シオンは……マリーは……。
自分に異変はない。
けれど暗闇過ぎて確証もない。
痛みや痺れ、違和感、冷え、熱も特にない。
どこからか何かが来るはずだ。
使用者の音すらも吸い込むこの魔法は、相手がどこにいるかもわからない。
逆に自分が音や光を出せば居場所が明らかになってしまう。
動けない。
動けば、
「!」
ふくらはぎに痛みが走った。
来た。
「殺しませんよ。殺しあいじゃありませんからね」
わかっててくれて嬉しいよ。
「ぅわっ! っ、た、いっ!? くっ!」
基本は四肢を狙って、時折体感を狙って鋭い刃が不規則に切り裂いていく。
刃が光って「来る」というのはわかるけど、わかったころにはもうすでに切り裂かれた後。気付く前に対処しないといけない。
けれど、そこはやはり、魔術師副団長。
攻撃の仕方に規則性はもちろんなくて、変な癖というのもない。
つまり、やりにくいことこの上ない。
「っ……はっ……」
数分。
頭がぐらついた。
支えきれなくて、膝をついた。
音がたったが場所がわかってしまっているのならばもう隠す意味もない。
「は……っ、厄介だなぁ……」
闇属性の特級魔法。
≪盲目の神父が闇夜を駆ける≫。
暗闇というフィールドを作り上げて、相手を一方的にいたぶることができる魔法。
一番の情報量を誇る視覚を封じられてしまっている分、不安感に陥りやすい。
この魔法に対しては耐えることが推奨される。
特級魔法ということもあり、魔法の持続自体が難しいからだ。
ロタエなら三分でも保てばいいほどなんだけど……。
それとは別に、より早く破るには発動者を倒すしかない。
ちなみに、光や火という光源となるものを唐突に発動して目くらましをすることに意味はない。
なぜなら――
「……あ」
暗闇が晴れて視界が眩しくなっていく。
魔法の持続が途切れた。
目を光に慣らしながら闇が引いて行く方向を追う。
その先には鎌を地面に突き刺している姿のロタエ。
暗闇になる前とは違い、脱力……いや、疲労で体を支えきれないほどになっている。
ここまで疲れているロタエは初めて見る。
「ふっ……ふぅっ……は、ぁ……」
呼吸が荒い。
疲労困憊どころではないのは、僕のことを見る余裕もない所から察する。
僕は流血だらけだけど、これじゃあどっちが勝っているのかわからない。
「すごいね……十分《じゅっぷん》は保った……?」
「そん、な……い、てま、せん……なな……ぐ、ら……い」
「いや、十分《じゅうぶん》、でしょ。詠唱も、なかったし……?」
「だいぶ……無理……しま、した」
身体を支えきれなくて、二人とも地面にへたり込んだ。
ようやく顔を上げたロタエの黄色かったはずの瞳は、黒くなっていた。