【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
……。
言葉が出ない。
これが。
こんな考え方をする奴が。
同じ人間なのか?
人間が、人間を、『スペア』とする。
個を大事にしているのかしていないのかわからない。頭が追いつかない。
元々ロアは権力至上主義というか、立場を重んじるというか、貴族であることを振りかざしている奴だった。
それは俺にも刃を向けていたからよく知っている。
貴族が王族に。
とだけ見ればロアは重罪だ。
けれどそうならなかったのは、こいつの父親が俺の父親、つまり国王の右腕であったから。
父親は俺を嫌っている。
嫌っている子がどうなろうと、父親自身にはどうでもいいことだったから。
そもそも、ロアとしては気に入らなかったのだろう。
陛下に認められていない俺が、ロアより上の立場であったことが。
同い年。
水と土と光と全て同じ属性持っているのに、階級が違うだけで対応が違うことに。
「僕の方がすごいのに」。
絡まれるたび、子どもの喚き声を聞いている気分だった。
「『貴族だけの世界』、ね。
「僕は先々まで考えているんだ。優秀な人材を亡くすのは惜しい。そんなことわかっているだろ? この研究はそういう意図があったのだから」
ああ、そういえばそうだったな。
そもそもは『貴族』ではなく『優秀な人間』ともっと広義だったと思うが……それは志す人間の主張の違いか。
振り向いて、背後に両手両足をそろえて立つ女に問う。
こいつらの繋がりはなんなのかと。
「マリーも賛同してるのか?」
「わたくしは平民や貴族などには拘りませんわ。わたくしはわたくしの家族を取り戻したいだけですの」
「家族? お前、両親とこの国に来たんだろう?」
「あの方達はユーカントリリー教の信者たちですわ。わたくしの親代わりになっていただきました。両親は亡くなっていますから」
目を見張った。
マリーも、親を亡くしている……?
「事故ですわ。
馬車が土砂崩れに巻き込まれてしまいましたの。後から調べたら、その道は本当は閉鎖されていたのに、看板が建てられていなかった。管理者は「人が通ると思わなかった」と申しましたわ。ずいぶん都合のいいいいわけだとは思いませんか?
たしかに人通りは少なかった。わざわざ許可をとるほどの道でもない。たまたま雨が続いて、土砂崩れのリスクが高かったその日。その日も「どうせ誰も通らないだろう」と勝手に判断したのです。通る可能性も少なからずあったのに……。
その怠慢のせいで、わたくしの両親は土砂崩れに巻き込まれて亡くなってしまった……。他人の勝手で奪われたわたくしたちの人生。なぜわたくしたちがそんな不幸を背負わねばならないんですの?」
目を潤ませ……いや、涙を流しながら語るその姿は、本当に家族を想って泣いている人間の姿だと思った。
他を知らないが、本当に心の底から思った。
だからこそ、続いた言葉には背筋が凍りかけた。
「わたくしたちは何も悪いことをしていません。なのに、怠慢を働いたその人はのうのうと生きていました。おかしい。オカシイ。おかしイオかシいおカシイ……! わたくしたちは正しく生きていた! 恥ずかしいことも! 後ろめたいことも何もなかった! 誠実に生きていたのに……なんで他人に命を奪われることになってしまったの!? ……。誠実な人間は、誠実な人生を生きる権利がある。誰にも奪わせない」
「その通りだマリー。貴族の働きこそ『誠実』と呼べるだろう。我々は人間がよりよく生きられるように活動しているのだから」
「ええ、誠実な人間がいる世界はより良い世界になりますわ」
……俺は、家族というものがよくわかならない。
コウ兄上は好きだ。
色々教えてくれて、優しいし、正してくれるし、真剣に俺と向き合ってくれる。
カト兄上は……よくわからない。
俺は城では部屋に閉じこもっていたし、カト兄上は公務で忙しそうにしていたし。
国外に行っていたこともあったから、実のところほとんど話したことがない。
父上は、陛下だ。
親というより『国王』『陛下』と読んだ方がしっくりくる。
それぐらいの、その程度の関係。
だから、マリーの言う『家族愛』は全ては理解できない。
が。
コウ兄上に絞ったことと考えれば……。
「たしかに、許せないなぁ」
コウ兄上が誰かの不手際で死んでしまったとしたら。
俺はもちろん、そいつを恨んで憎んで、殺してしまいたくなるだろう。
「ですわよね!」
ぱっと花が咲いたように、朝露のような涙を弾いて笑顔を向ける。
演技だったのではないかと言う表情の変わり方だ。
それを見ている俺は冷めた目をしているだろうけど。
「大事な家族……いいえ、家族でなくとも、大事な人を亡くすのはとてもとても悲しいこと。それをご理解いただけて嬉しいですわ。シオン様の大事な方とはどなた? コウ殿下? ヒスイさん? ナオさんやライラさん? 誰でも大丈夫ですのよ。その方々が亡くなっても大丈夫。生き還る手段はもう整っています。ね? 素晴らしいでしょう? こんな無駄な争いはやめて、是非ともわたくしたちに協力してくださいな」
「そうだな。『
二人が両手を差し出す。
「さぁ」と。
「仲間にしてやろう」と。
俺は少しの間、その手を見つめて。
手を、取った。
両手を引かれ、腕は外を向く。
体は前を向き、晴れやかな空が少し近くなった。
まるで、今までの暗闇から抜け出したように。
まるで、何かが吹っ切れたように。
まるで、これから新しいことが出来そうな予感。
そう感じさせる、一連の流れ。
マリーとロアが手をつなぎ、三人は一つの輪になった。
「頑張りましょう。わたくしたちの素敵な未来のために」
「人間として素晴らしい存在となるために」
「俺は……」
両の手を、強く握る。
「俺は、死ぬことを選ぶ」
「!?」
二人が驚愕の表情を浮かべ、距離を取ろうとする。
そんなことはもちろん予想していた俺は、二人の手を絶対に放すつもりはない。
水属性持ちは水関連では早々死なないが、衰弱させることはできる。
それで十分。
たとえ俺が死んでも――
「ぅわ!?」
魔力を感じなくなった。
微かに聞こえた魔法名は、闇属性の最上級魔法だ。
この女……属性文だけでそのレベルの魔法を使えるのか……!
「驚かせないでくださいまし。ついつい魔法を使ってしまいましたわ」
慎ましく笑う様子に憤りよりも焦りを覚える。
今のは魔法を食らう虫だ。
魔法を食って魔力に分解し、効力を失わせる魔法……。
分解速度は込めた魔力の差……単純な話、力量差による。
一瞬で食い尽くされた……!
強いとは思っていたが、まさかすぎる。
マリーは……同じ年代では国のトップを争える……!
「全く……こんな野蛮な奴が王子だなんて。貴族の中でも人選が必要だな」
「死んでしまっても生き還れはしますけれど、その頃にはこの世界がどうなっているかわかりません。できることならしっかり見届けて、かつ準備をしたうえで実行に移したいですわ」
余裕そうな姿。
悔しさを滲ませる俺のことは惨めに見えていることだろう。
歯がきしむ音を立てると、目の端に赤い何かが現れた。
「……アオイ」
「あら。お帰りなさいませ、魔術師団長さま?」
所々、服が汚れ、擦り切れ、疲労が見え隠れする。
顔はいつものような人懐っこい笑顔を浮かべておらず、おそらくは初めて見たかもしれない、怒り。
「やあ。シオン。こちらの状況はどうだい?」
見てわかるだろう、と言ってやりたくなる。
悔しさなんて二の次で、俺が不利であるということはこいつにならわかるはずだった。
それでも、聞いてきた。マリーやロアを無視して。
「おい、平民。頭が高いにもほどがあるだろう。魔術師団長だろうが何だろうが、立場の自覚と表明は最低限の礼儀だ」
ロアが噛み付く。
俺やマリーの横をすり抜け、アオイに詰め寄る。
それでも、アオイはロアに脇目を振らず、俺に目を向けたまま。
「こっちを向け!」
襟首をつかんで、ロアより背の高いアオイの顔を引き寄せた。
ようやくロアを見たであろうアオイは、低く、囁く。
「ロア・ウ・ドロー様。私は今、王族であるシオン様の安否を確認しております。シオン様より下級である貴方様のことは後ほどお伺いいたしますので」
「下級……だと!?」
「何か間違いがありますでしょうか……ああ、お伺いしなくても、とてもお元気そうですね」
あはは、と。
いつものように笑っているようで、目が全く笑っていない。
アオイのことはそこまで知っているわけではないにしろ、この数日の間と比べても別人のようにしか思えない。
向こうで、何があったんだ……?
「シオンー? 平気かい?」
「あ、あぁ」
首を捻り、今度こそ軽い口調で訪ねてきた声に咄嗟に反応した。
襟首は掴まれたままだから、よくわからない体勢になっている。
さっきは俺のことを王族だって明言したくせにこの口調。
俺はいいんだが、器用な奴だな。
「そっかそっか。よかったー。じゃあ、こっちも早く終わらせて、ロタエを迎えに行こう」
「あら。ロタエさんは無事なのですね。『死ぬ気で』という指示を出したのですけれど」
ぴくりと体が震える。
アオイの身体。
一瞬で変わった表情を目の当たりにした俺は、それによって体が縮こまった。
「確かに、無茶はしていたよ。けど君程度の魔法じゃあ、うちの副団長は完全には操れないんだよ」
「あらあら。そうでしたか。わたくしの力不足は耳が痛いですわ。ですが、さすがは魔術師団副団長。そして団長様。とても貴重な人材。ぜひ貴方様も、わたくしたちに協力してくださいまし」
「マリー。こいつは貴族じゃない。『スペア』だ」
「あら、そうですの? ですが、とても優秀な方なのは肩書が物語っておりますわよね……そうですわ! ロタエさんの転生先に、この方のお体を拝借いたしましょう! 平民で男性、そして強さも申し分ないのですから、完璧ですわ!」
「あぁー……」
テンションが高まっていくマリーに対し、アオイは見るからにテンションを下げて全身の力も抜き去っていく。
すると自然に、襟首をつかみ上げるロアの負担が増えていく。
大の男の体重を、十代そこらの男が片手で支えるのは無理そうだ。
ロアは両手で襟首を持ち直す。
次の、瞬間。
「久しぶりに、お腹が熱くなってきたなあ。吐きそう」
≪土に還れ、地上の暴君≫