【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
「なっ!?」
土に沈み、アオイの襟首を掴んだままのロアも引き摺り込まれた。
土属性持ちだからどうにかなるだろうが、両腕を肩まで地面に突き刺し、自然と両足を折って地面に突っ伏した姿勢……見る人からすれば滑稽と思うだろう。
「……ぷっ」
あ、やべ。
「っ!! シオンっ! 貴様あああああ!!」
まじでやべえ。顔を真っ赤にして大絶叫。
恥ずかしさからなのか怒りで頭に血が上ったからなのか……けど、どちらにしても、その姿で叫ばれたところでそこまでの迫力はない。
「くそ! くそ! なぜだ! なぜ抜けない!?」
「あらあら、何をなさってますの?」
地面に突っ伏す……いや、ひれ伏した姿勢で体を捩る。
どういうわけか腕が抜けないようだ。
あきれたマリーが寄っていき、体を引っ張るが。
「だめですわね」
早々に諦めていた。
「土が固い。貴方の力では団長様が固めた土は崩せないということですわね。水で緩めてはいかがでしょう」
「あ、ああ」
マリーが離れ、ロアは自分の周囲の土を湿らせていく。
緩み、泥になったことによって腕が少しずつ動いている。
「よし! って、ぅわっ!」
余程嬉しかったのか、両腕を勢いよく抜いたロアはぬかるんでいた泥に足を取られ、後ろ向きに倒れた。
飛び散る泥。
背中や腕は当然として、顔や前面もまるで斑点模様のようにロアを彩った。
「ウ・ドロー家のご子息は泥遊びがお好きとは……年甲斐もないご趣味ですね」
「アオイ!」
いつの間にやら。
土の中に消えたと思っていたアオイは背後にいて、肩に手を乗せられる。
反対の手には、音楽で使う
「足場が悪いと動きにくいでしょう。乾かしましょうか」
≪熱波は駆け抜け道を焦がす≫
俺にはわからない位置から、二人めがけて強い風が吹きつけている。
そう見えるだけで実際はどれほどの物かはわからない。
けれどマリーの髪は水平に浮き、ロアの足元は水分が飛んで色が変わっていく。
初めて見せた、眉根を寄せたマリーの顔。
どこからともなく取り出したハンドベルを大きく振るう。
甲高い音が、熱波を切り裂く。
「っ!?」
「アオイっ? どうしたんだ……?」
「……ああ、あの子が、洗脳の元凶なんですね」
冷や汗が垂れている。
魔法も動きも止めたアオイ。
聞いているのか聞いていないのかわからない独り言。
反対に、マリーは涼しい顔に戻って、小さく笑う。
「ふふ、乾かすにしては少々熱すぎましてよ。髪が痛んでしまいます」
「おや、それは失礼。女性の髪は繊細だということを忘れていたよ」
「あらあら、配慮の足りない男性は女性には不人気ですのよ?」
「ご心配なく。僕にはもう心に決めた人がいるので」
えっ。
「ふふふ、恋のお話、素敵ですわ。わたくしも一人の女性として、ぜひともお話しをお伺いしたいですわね」
「いやー僕恥ずかしがりやなんで、年頃の女性と話すのって緊張しちゃってだめなんですよぉー。あーでも、その人に妬いてもらうために利用させてもらおうかな?」
「あら、利用だなんて……それに人を試すことはあまりよろしくないかと思いますわよ?」
「よく言うよ」
≪明線≫
≪冥線≫
低く切り替わった声を皮切りに、白と黒に輝く光が交差する。
絶妙な位置と角度でぶつかり合った光は、どちらに届くでもなく折れ曲がり、時には天に、時には地面に突き刺さる。
一瞬でのやり取りに息を飲む。
そして、魔術師団長と張り合う反応速度、魔法の発動速度のマリーに目を疑う。
「君、ほんとに学生? 魔術師団に入れるよ」
「……女性に年齢を聞くのはマナー違反では?」
「うーん、気になるなあ、その答えるまでの間。もしかしてだいぶサバ呼んでる?」
「ご想像にお任せします」
……なんか、ひやひやする会話だな。
このやり取りを未だに俺を挟んで行われているというのがまた
と、思っていたら。
小さな声で名を呼ばれた。
「マリーという少女、結構手強そうです。少し離れていてくれますか」
「あ、ああ」
「ウ・ドロー家のご子息が動くかもしれませんので、注意してください」
「わかった。そっちは俺が引き受ける」
「助かります。正直、マリーが思いのほか手練れで、よそ見しているとやられそうです」
改めて、マリーの評価が上昇する。
良い方にも、悪い方にも。
良い方は、同級生に魔術師団長が認めるほどの力を持つ者がいるということ。
悪い方は……今は敵で、出来の実力を認めなければいけないということ。
「敵ながら
……今も『同級生』と言っている俺を、割り切らないといけないな。
アオイから横に距離を取り、深呼吸する。
大きく吸って、吐いて。
吸って、吐いて。
全身の血流を感じ、気を引き締める。
大きい声で『同級生』の名前を呼んだ。
「ロア!」
明らかに体を揺らした。
そして、俺を見た。
睨みつけている。
目の敵、親の仇のような、鋭い目つき。
何をしたわけじゃない。
……いや、ロアからしたら、ロアよりも高い位で生まれた時点で『何かした』と言われるかもしれないが。
「俺はお前の考えを認めない! だが、真っ向から否定するつもりもない! 俺は王族なんてクソだと思ってるからな!」
「ぶはっ!」
……アオイが噴き出した。まあいいけど。
「俺と勝負しろ! 俺に勝ったら『王族』という称号をくれてやる! お前のやりたいようにやればいい!」
王族の称号をくれてやるなんて、まあ何を言っているんだと我ながら思う。
けれど、本当に欲している者にとっては甘言極まりないようで。
それこそ、俺たちは男兄弟だけだから、婿入りしてなんてこともできないし。
俺のこの言葉は、願ったり叶ったりだろう。
「面白い。ならシオン、第三王子というのは気になるが、この際しょうがない。貴様を殺して俺はお前の立場を手に入れる!」
「やってみろよ! 殺せるもんならな!」
誘えば来る。
何に例えるでもないが、素直で宜しいことだ。
自分の欲に素直。
言ってしまえばそれだけのロア。
方向性が俺には理解できなかった。
俺の方に歩み寄ってくるロアに背を向け、走り出す。
追ってくる足音がする。
アオイとすれ違うと「気をつけて」と声を掛けられた。
目線はマリーに向いたまま。
アオイ程の者がと言うべきか、アオイだからこそなのか。
どちらにしろマリーに対しての油断もとい余裕はないようだ。
反射的に「お前もな」と返した。
弱い立場の俺が。
どの口で言っているんだと自嘲気味に笑う。
なんにせよ笑ったことで、少し気分は高揚してきた。
ロアと戦うのは何度目だろう。
学院に入ってから数えられないほどに戦ってきた。
その度にヒイラギ先生や色んな人を巻き込んだ。
今日は、先生や他の人間はいない。
俺が死ねば、これが最後だ。
「いつまで移動する気だっ?」
「っ、ってぇな!」
「ずっと逃げているからだ。いい加減、もういいだろう?」
「……ま、そうか」
操られた土に足を取られ、転んだ。
振り返れば距離をとったロアがいる。
その向こうはもう、アオイたちの姿は見えなくなっていて。
砂埃が立っているような、いないような。
十分に距離は取れていた。
考え事に没頭しすぎた。
ここはもう、戦いの場だ。
「よし、やろうか」
立ち上がって、魔力を練る。
すでに魔法を発動していたロアは待ちくたびれていたよう。
土の玉を自身の周りに浮遊させて、いつものように意地の悪い顔をしている。
土で来るなら、土で返してやる……!
「
「
互いの中央で打ち付け合う土玉。
各所で弾けあって砂埃が舞う。
ロアの元に届く前に打ち合わされる。
逆に向こうの攻撃も俺には届いていない。
それが拮抗ではないのは俺だからわかる。
俺の土玉をあえて狙い撃っている。
余裕ぶってムカつく……!
「……くそぉ!!」
数を増やしても。
増やしても増やしても軽く対抗してくる。
発動スピードはロアの方が早くて、中間地点でぶつかっていたのに、次第に自分の目の前に迫ってきている。
まだ距離はある。
けれど土埃に混ざって砂が飛んできて視界が悪くなってきた。
目に砂が入っても目を閉じない。
涙で霞んだ眼を、乾いていないふりをして見開き続ける。
「スマートじゃないな。やっぱろり、君は貴族の上に立つ器ではない」
「根拠が自分勝手……うわっ!」
反論しようとした好きを狙われて、足元に目掛けて土玉が放たれた。
両目を襲う砂埃に視界を奪われる。
「ほら、泥遊びが好きなら、砂遊びも好きなんじゃないのか?」
「っ!
至近距離から聞こえた、ロアの声。
反射的に使った魔法で、自分の周りに土の壁を作る。
所詮、初級魔法。
破るのは簡単だ。
「≪地下からの怒号は天をも貫く≫」
「っ!」
真横から破ってくると思った。
けれど、違った。
真下から発動された水の柱に空へ突き上げられる。
束の間の浮遊。
足元が安定しない。
地面から嫌な顔で笑っているロアがいる。
ムカつく。
「……
「! ……ふぅん」
知ったように言いやがって……前みたいなことにはしねぇよ!
「≪隔絶された水槽≫!」
身構えたロアを横目に、自分を≪水槽≫で包む。
もちろん息は吸っておいた。
俺は自分で作った水の監獄に囚われ、外から攻撃されたとしても水で緩和できるように対応。
そして、落ちた。
「……へぇ。そう来るんだ」
なんか言ったようだが、水で音は殆ど聞き取れなかった。
弾けた水のおかげで落下によるダメージは少ない。狙い通りだ。
「はぁ……はっ、あ……はぁ……」
「もうそんなに息を切らせちゃって……大丈夫かい? 鍛錬が足りないんじゃないか? いつも部屋に引きこもっているからだよ。たまには僕のように家族に稽古をつけてもらったり……ああ、ごめんね? 君には優しく接してくれる家族はいなかったね? あははははは!」
「……っ、勝手に妄想してんじゃねーよ!」
いないわけじゃない!
コウ兄上は自分のことで忙しい。
カト兄上は国外にいて、かつオレでさえも近くに行くといい顔をしなかった。
唯一コウ兄上のことだけを可愛がっていた。
……同じ兄弟なのに、なぜこうも違うのかと悩んだ時期もあった。
だが、悩んだところでこの人のことは理解できないとあきらめていた。
父上は……もはや今更だ。
好かれたいとも思わない。
興味を示してほしいとも思わない。
……今更、どんな顔をして話せばいいのかも、わからない。
「別に、家族に恵まれなくたっていい」
「ふん、強がりめ。言えばいいじゃないか。「さみしかったよぉ」って」
大笑いしているロアに、冷めた目線を向ける。
何が面白いのか、心底ワカラナイ。
「……さみしい、ね。昔はそう思ったさ」
「そうだろう。貴族や王族は血の繋がりを重んじる。優秀な人材というのは受け継がれていくからだ。君も難儀な性格をしている。強がってないで、泣いて乞えばよかったんだ。「お母さんを殺してしまってごめんなさい。生き還らせるために協力するから、その暁に許してください」って」
「……マリーにも言ったが、
好きじゃないけど、わかる。
好きじゃないなりに気にしてきたからな。
胸元の石を掴む。
憧れの兄上に合わせて作った剣を手に、剣先を天に向ける。
「俺は誰に許しも乞わない! その代わり俺からも何も乞わない! 俺が何をした!? 何を罪というんだ! 生まれたことが罪か!? 前世からの咎だとでもいうのか! 前世なんか知るか! 今の俺には関係ない! 運でそうなってしまったことに『今の俺』は関係ない! 俺に当たるな! 俺に押し付けるな! 俺のせいにするな! うんざりだ!!!」
俺はどんな境遇であろうとも、『今の俺』として正々堂々と生きてやる!