【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
「っ!?」
発声による衝撃波。
見れても意味のない音の攻撃。
頭を揺らすほどの音が判断を鈍らせる。
目の前に迫る、黒く、大きい影。
「……あ」
目は閉じなかった。
閉じなかったのに。
見えていたはずなのに。
「逃げろ」という指令出すことができなかった。
景色を見ているだけ。
まさかビー・フォーさんが迫ってきていても、
見切りの効果で、振り上げたこぶしが迫ってくるのがわかる。
それと同時に、口が動くのが見える。
「
「ヤラセナイ」
っ。
「イオラさんっ!」
「クッ……」
両腕を揃え、拳を一心に受け止める。
私が避けられなかったから。
イオラさんの身体とビー・フォーさんの拳がぶつかった瞬間、またも衝撃波が部屋全体に巻き起こる。
一陣の風とも取れるそれが、威力を物語る。
「ほう! 儂の渾身の一撃を全身とはいえ受け止めるか!! 貴様、見どころあるぞ!」
「チッ……ウル、サイ……ッ」
力比べ。
耐えてはいるが、イオラさんは段々体勢を崩してきている。
そう長くは持たない。
狙うは、頭部。
「≪隔絶された水槽≫」
「っ!?」
「ハッ……、馬鹿力ガ」
頭の身を水槽で囲う。
突然息が途絶え、泡を吹いて視界を途切れさせた。
死からも抜けたのだろう、イオラさんは力比べから抜け出し、荒れた息を整える。
「っ、避けて!」
細かい泡を吹きながら、気配を追ってきた。
「なっ、なっ」
「命知ラズカ……」
なんだそれ……。
頭は水槽で囲まれたまま、目を閉じたまま、呼吸を塞がれたまま。
頭が真四角状態のまま、蹴ってきた。
足の方が射程が長いし、おおよその気配で狙うことができる。
冷静だ。
「……っ」
耐えられなくなって、≪水槽≫を消す。
「あぁ……? なんだ、貴様。なぜやめた?」
イオラさんも真顔のまま、私を見る。
ビー・フォーさんと同じことを思って、問いたいのだろう。
「私は……殺せませんから」
正直に言えば、「わけのわからないことを」と顔で語られる。
「私は殺しません。今はこういう状況だから危険な状態にはさせてしまいますが、絶対に殺しません」
「な、にを、甘えたことを!! これは戦いだ! 殺し合いだ! 自分の主義・主張を貫くための! 戦争だ!!! 儂を殺さずにどうにかできるとでも思っておるのか!!」
「不愉快だ!」と地団駄を踏む。
衝撃が体を揺らすが、心は揺るがない。
イオラさんに目を配る。
伝わるかはわからないが、手を出さないでほしいと。
今だけ。
少しだけ。
一対一で。
「『自分の主義・主張』を貫くための戦い。その通りです。だから、私は『殺さない』主義を貫くために、あなたを殺しません」
「やって……みろおおおおおおおおおお!!!!」
≪
≪
怒りのままにより早くなったビー・フォーさんの拳を見切る。
上から振り下ろされる。
胴体の下に潜り込むように躱してしゃがむ。
後ろへ転がり、両足をビー・フォーさんの骨盤へ添える。
「ふっ」
両足を突き上げた。
その頃には腕は床を抉ろうと体が前屈みになっていて。
つまりそれは、体重を前方へのせていて。
骨盤を蹴り上げたことで、ビー・フォーさんの身体は背中から倒れるようにバランスを崩す。
「ぬんっ!!!」
片腕一本を軸に、倒れた胴体を両足を先について踏ん張る、ブリッジ。
「柔らかいな」
思わず声が漏れた。
ブリッジの体勢で着いた足を、ばねのように弾いて振り下ろされる。
体を捻って起き上がる。
間一髪で足が降ってきた。
床が抉れる。
突き刺さった爪先だけで体を起こした。
右手で左腕を捕まれ、つるし上げられる。
「ぐ」
「捕まえたぞ!!」
痛い。
けど、まだ大丈夫。
右足で頭部を目掛けて蹴る。
「ふん!」
左手で掴まれる。
掴まれると思った。
予想通り。
両手を塞いだ。
「引きちぎってやる」
左手と右足を捕まれ、真横に引き伸ばされる。
痛い痛い痛い。
「う……っあ」
いっそのこと一思いにやってくれと思うぐらい、じっくりと伸ばされる。
嫌な性格してる……。
意識が飛びそうになるけれど。
右手で隠し持っていた武器を、腕に刺した。
「ぬ?」
「……っ、≪奪え≫」
「ぬ、ぬぬぬぅぅぅううううう!!?」
武器。針。特性は『吸収』。
闇属性や、スグサさんが常日頃からやっていること。
針の端についた鈴が鳴る。
私の腕を掴むビー・フォーさんの自慢の腕が、みるみるやせ細り、骨と皮だけになっていく。
「はぁ!!!」
「うわっ」
何を感じ取ったか、直上に投げ飛ばされた。
腕がやせ細ったおかげで刺した穴が緩み、針は握られたまま。
そして反射的に対応できない私を、イオラさんが搔っ攫うように空中で抱き留める。
ビー・フォーさんと距離を開けて着地。
すぐに下ろされた。
「ぬ……ふ、くそ……!」
痛みが、あるのだろうか。
玉のような汗が垂れて、ビー・フォーさんの足元が湿る。
私を掴んでいた右腕は垂らされ、肘から指先にかけて骨と皮だけになっている。
出血はない。血管は浮き出ている。
肘から肩や他の胴体の部分は筋肉隆々だというのに。
「何をした!!?」
怒声が飛んで来た。
髪が後ろへ流された。
血走った目が私を捕らえる。
「吸収しました。細胞を」
細胞、という言葉はこの世界に存在するのだろうか。
存在するとして、体も細胞でできているという情報は受け入れられるのだろうか。
知識の違いがどれだけ通用するのだろう。
私が知っているだけで。
それを正しく説明できたとして。
どうやって信じてくれるのだろう。
私と接してくれている人はある程度は信じてくれているかもしれない。
それは無条件で。
私の言ったことではなく、『私』を信じてくれただけ。
『言葉』や『知識』や『情報』ではない。
私の発したものに力はない。
そうなったら。
私はむしろ、『私』を信じていない人の方がありがたく思う。
『言葉』の粗を探し、『知識』の欠点を見つけ、『情報』を引き出そうとする。
そうして納得もしくは説得できればいいんだ。
そうして討論が出来上がる。
「あなたが長年鍛えた筋肉……幻覚なようなので実際はどうかはわかりませんが、それを構成しているものを吸い取りました」
吸い取る。
ということは、欠損するということ。
ホローテがどの程度の回復をするかわからないが、今のところは切断された部分を接着するというところを見た。
なら、接着する細胞自体がなければ、回復しないのでは?
細胞自体を回復するのだろうか。
という疑問からの『細胞を吸い取る』という手段。
そもそも、ホローテは水で構成されている生き物に見えた。
それなら接着できるのはなんとなくわかる。
水だもの。
水と水が切れてもくっつくもの。
じゃあ、水自体がなければ?
増えるのか?
水辺に棲んでいたホローテ。
水に浸かって、水を補充していたとしたら?
傷が治った時、『再生』だと言った。
けど今の状況。
筋細胞が戻らないのなら少し違う。
失ったものが戻らないなら『再生』ではない。
「あなたの体は『治癒』。傷や病が治るだけ。失ったものは戻らない。欠損は治らない。この世界では『再生』と呼べる代物かもしれませんが、私からしたら切って繋げただけ。切り傷限定。ただ、それだけ」
一度失った命が戻っているのにね。
たんたん。
たんたんと。
考えながら話して、はてさてどれだけ理解してくれたのか。
知識や情報の差は言葉の意味も変えるというのを目の当たりにした。
それが、『異世界』ということ。
「なので、貴方の腕は元には戻らないでしょう。すべては吸い取れてはいないと思います。けれど、今までのような力は出ないでしょうし、物も持てるか微妙なところではないでしょうか」
殆ど筋肉のついていない腕。
垂らされてはいないものの、不自然に揺れている。
腕を支えられる程の筋肉すらもなくなったのだろう。
「ぐ……ぬ……!」
手を握る。
肘を曲げる。
関節運動はできるだろう。
けれど、込められる力は大幅に変わったはず。
「二の腕の筋肉はそのままですが、そのまま殴らないことをお勧めします。腕の力はあっても前腕にはない。骨に直接衝撃が来るでしょうし、最悪、耐えきれませんよ」
ここらへんはもう脅し。
正直、二の腕だけ筋肉が多く、前腕はやせ細っている人って見たことがない。
予測は立てたが、果たしてどうなるのか。
「ぬ……ぐ、く……ふ、は、はっはっは……ぬぁーっはっはっはっは!!!」
突如。
腕だけではなく体全体を震わせた。
身を屈めてどうしたのかと思いきや、背中を大きく反らせて、天井目掛けて笑い声をあげる。
「なるほど!!! わからん!!! それが異世界の知識か!!! やはり貴様! 導師になってみてはどうか!! 儂についてみるがよい!!」
「えぇ……遠慮します」
「許さん!! 面白そうだ、やれ!!」
え。
拒否権ないの?
「無茶苦茶ダナ」
「本当に」
傍若無人?
唯我独尊?
……無茶苦茶かな。
「欠損しても、サイボウがなくなったとしても、体を乗り換えて鍛えれば元に戻る! それだけだろう!」
「まあ、そうですね。素晴らしい前向きです。私の仕事相手にはなかなかいなかったですね」
「よし。貴様の導師としての腕は新しい体で試してやろう!!」
「いややりませんて」
この人、勝手すぎる。
奮える右手も使って、再度構える。
終わらせる気はないのか。
負けを認めてくれない限りは、この戦いは終わらない。
私は殺す気はないから、負けを認めさせないといけない。
また、細胞を吸うか。
左手。
下肢。
……いやだなあ。
『奪う』ことはできたけど、『戻す』ことは私にはできないのに。
『奪う』ことすら嫌なのに、何度もするのはより辛い。
仕方なしに構える。
と。
肩を叩かれた。
「……イオラさん?」
私の前に、黙ったままのイオラさんが進んでいく。
数歩進んだところで戦闘態勢をとった。
その位置にいられると、私は動きにくいのだが。
「モウ一発入レタダロウ。オ前ハ鐘ヲ」
「え、いや、でも」
「シッカリ殴リタイノナラ後ニシロ。モウ他ノ場所デハ破壊サレテイルカモシレナイ。アトハ、オ前ガ、オ前ニシカ出来ナイコトヲヤルダケダ」
私にしかできないこと。
私がやるべきこと。
「……行ってきます」
「ココハ繋ゴウ」
繋ぐ。
いい言葉だなあ。
相手が相手だし、不安はある。
けど、ここはお願いするしかない。
背中を向ける。
ビー・フォーさんの静止の声が聞こえる。
けど、構わずに飛び上った。
鐘までは仕切りはなくて、飛び上ればすぐに到着する。
といっても、魔法を使わないと届かないぐらいの高さだけど。
「逃がさんぞ!!!」
「引ッ込メ」
「ぬおぉ!?」
私の後を追って、手を伸ばして飛び上ってきたビー・フォーさん。
イオラさんは体の内に入ってその腕を持ち、一本背負いの要領で床に叩き落とした。
危険な方法。
だけど。
「ありがとうございます」
頭についた耳がピクリと動いて、そのまま降りていった。
どっちかというと……かわいい反応だった。