【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第3話

 飛び上がって、もうあっという間に鐘の真下へ。

 私の魔法も上達したなあ。

 スグサさんはもう一緒の体じゃないのに。

 平らな床に着地する。

 風が吹いて、髪がふんわりと宙を舞う。

 私の何十倍も大きい鐘。

 レルギオという国そのものと言っても過言ではないこのお城。

 その範囲だけに響かせるには大きすぎる。

 この鐘が主軸なのだろう。

 他の国に設置された鐘は補助的な役割。

 そうスグサさんが言っていた。

 この鐘を壊せば、半分以上は無効化されたも同然。

 けれどその前にやることがある。

 国を超えた、この世界に響かせる音量を持つこの子に、鈴の音を響かせてもらう。

 

 

「その前に……」

 

 

 外を向く。

 まずは、フローレンタム。

 

 

   ≪手を伸ばしても届かない瞼の距離≫

 

 

 私の視界が高速に進んでいるように変化する。

 適当なところで止め、知った街並み、風景を確認。

 私が一年過ごした、フローレンタム。

 もう朝になってちらほら人が起き始めている。

 そう思ってた。

 私の知っている朝の様子ではなかった。

 物々しさ。

 数日しか不在にしていなかったのに、まるで災害でも起きる前のような雰囲気。

 窓は補強され、屋台や店の外の商品は片付けられ、武装した人がいて。

 一般人……平民はいなかった。

 

 ああ、これが、私たちがしたことか。

 

 平穏が、なくなっている。

 きっと、みんな、家の中で警戒しているんだ。

 私たちが起こした戦いの余波が来ないことを願って。

 三国すべてで動いているから、どこに逃げられるものでもなく。

 もともとの計画なら、戦いまでもう少し猶予があった。

 けれど、それを私たちがなくした。家で、震えているのだろう。

 ……罪悪感。

 奪う必要のないものを奪った。

 

 

「みんなは悪くない。誰が悪いなんて、考えなくていい」

 

 

 綺麗ごとかもしれない。

 そう内心思って、でも言葉に出すぐらいには、錯綜? 葛藤?

 混乱している。

 

 そうだよ。

 結局、私も研究者たちと一緒だ。

『そのほうがいいと思ったから』。

 それだけで、みんなの生活に手を出している。

 巻き込んでいる。

 

 

「……ふー……」

 

 

 謝りたくなってきた。

 何を?

 巻き込んで?

 私が巻き込んだ。

 私たちが巻き込んだ。

 それは確かにそう。

 

 けど。だけど。

 そもそもを考えよう。

 

 なぜこうなった?

 誰がこうした?

 こうする必要はあった?

 整合性はある?

 このままでいいの?

 よくないならなぜ?

 

 

「……うん。よし。やれる」

 

 

 私は私の意思を持つ。

 「やれ」と言われてやる『人形』じゃない。

 「魔法を使え」と言われても『使わない』。

 「殺せ」と言われても『殺さない』。

 「やるな」と言われても、『やる』。

 

 

 半開きになっていた口を結ぶ。

 唇を噛んだ。

 痛い。

 

 

「あ」

 

 

 王城の鐘のあったはずの塔に、コウ殿下とクザさんがいる。

 コウ殿下……動かないけど、無事かな……。

 クザ先生が近くにいてくれてよかった。

 でも塔の下には兵がいる。

 あ、フェーに乗って距離をとるんだ。

 そのまま逃げ切ってほしい。

 

 

「学校は……おお、粉々」

 

 

 学校にあった鐘は見るも無残だった。

 何をどうしたらこうなるの?

 え、ライラさんがこれやったの?

 気になる。

 ライラさんとヒイラギ先生の姿が見えないのが心残りだけど……すぐに殺されるってことはない……よね。

 冷汗が垂れる。

 状況が状況であって、姿が見えないのは不安すぎる……。

 

 

「早く、行かなきゃ」

 

 

 こっちを投げ出すことはできない。

 早く。

 早く。

 こっちを終わらせて……みんなのところに行かなきゃ……。

 アーマタスは。

 

 

「……あ、ロタエさん……と、青い炎は、アオイさんかな」

 

 

 大きくても両手で抱える程度の火がいくつか散らばっている。

 その様子を見ているのか眠っているのか、柱に横たわるロタエさんがいる。

 なぜロタエさんがそこにいるのかわからないけど、誰かが連れてきたのだろう。

 アオイさんであってほしい。

 アオイさんも、シオンも、どこにいるのだろう。

 作戦では国内には転移していないはず。

 国外はさすがに今は探せない。

 こちらも早くいかなきゃ。

 

 

「全部、破壊できてる」

 

 

 そしたら、もう。

 私がやるだけだ。

 

 

「……ふー……」

 

 

 呼吸が重い。

 さっきよりはやることは簡単だ。

 ただ、鈴を鳴らす。

 鳴らして、届かせる。

 みんなに。

 音は波。

 波は重なって、大きくなって、魔法の効果を徐々に大きくしていく。

 

 私にしかできない魔法。

『元に戻す』魔法。

 

 

「……ふー……」

 

 

 上を向いて、息を吹く。

 人一人の域程度じゃびくともしない、大きな鐘。

 少し錆びてそのせいで重厚な印象を受ける。

 この鐘は壊す必要はない。

 強い力も、大きい魔力も必要ない。

 

 武器を。針を持つ。

 鈴の音が鳴る。

 きれいな音。

 

 

「……ふー……っ」

 

 

 息を止めた。

 上を向いて、鐘の側面を見つめて。

 腕を少し開いて。

 

 鈴を、鐘に打ち付けた。

 

 

 

 

 リーーーーーーーーーーーン

 

 

 

 

 

 

 リーーーーーーーーン

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーーーーーン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーーーン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーーン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

 

「ママー。いつまでこうしてるの?」

「わからない……わからないのよ……」

「ママ……?」

「大丈夫。パパがなんとかしてくるからな」

「パパ? どこか行っちゃうの?」

「っ! いや! 行かないで! 家族を守ってよ!」

「大丈夫だ。俺に何かあっても、へっちゃらだ。国王様が言ってただろ? 生き還れるって」

「う……うぅ……っ」

「パパっ、行かないで!」

 

 

「お願い……助けて、スグサ・ロッド様……!」

 

 

「……あれ?」

「パパ?」

「スグサ、ロッド……様って、どうしたんだっけ?」

「え……何を言ってるの?」

「いや……なんか突然、思、て……」

「スグサ・ロッド様は生き還って……でも、どこかに行ってしまって……あら?」

「ママ? どうしたの? パパ? 行っちゃうの……?」

 

 

「いや……スグサ・ロッド様は……確か、何十年も前に……」

 

 

「そう、そうよ……私たちが生まれるよりも前……」

 

 

「ああ。そうだ」

 

 

 

 

 生き還りなんかしない。

 

 

 

 

 

 魔術師は、死んでいた。

 

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

 鈴の音が幾重にも重なって、空気を震わせる。

 一回鳴らしただけじゃ小さすぎる音。

 けれど風の魔法も合わせて使えば、大きく、遠くまで響き渡らせる。

 本来のあるべき状態に戻す(・・・・・・・・・・・・)

 そんなリハビリのような魔法。

 私らしいと言えば私らしい。

 鳴らしただけじゃあ効果があったのかわからない。

 だが確認しようがない。

 やることはやったし、目の前の大きな鐘は≪洗脳≫の効果は失った。

 はず。

 スグサさんは鈴の効果を理解したうえで「鐘に打ち付けて鳴らせばいい」と言った。

 だから……いいと思うのだけど。

 

 私から念話は使えない。

 確認するなら実際に現場に行かなければならない。

 となると、真下の戦いを終えなければならない。

 

 

「行かなきゃ」

 

 

 他に選択肢はない。

 ゆっくり深呼吸をして。

 ……もう一回、いや、二回。

 風の魔法を使って、周囲の模様が目で追える程度の速さで降りる。

 下から何かが向かってきても対処できるように。

 でも。今更。

 降り始めてから。

 なんだか、変に静かだと感じた。

 

 

「あ、結界……」

 

 

 ≪悪魔の玩具箱≫。

 イオラさん、使ったんだ。

 だから静かだったのか。

 ……よかった。

 安心した瞬間。

 結界にヒビが入る。

 

 なんで?

 スグサさんが込めた魔法だよ?

 魔力は髪の毛一本で数日は保つって言ってたのに。

 強度に全振りしたとしても半日は保つって……あれ?

 

 

「……イオラさん……?」

 

 

 中にいるであろう片方の名を呼ぶ。

 音もなくヒビが広がり、弾ける頃にようやくガラスが割れるような音が耳に届いた。

 重ねられた怒声がとても耳障りだった。

 

 

「ダァらあああああああああああ!!!」

 

 

 意味のない雄叫び。

 片腕を垂らし、片腕を掲げ、全身傷だらけの満身創痍。

 やり切った、達成感を全身で表現している。

 じゃあ、なにを達成したのか。

 掲げられた腕が物語っていた。

 

 

「イオ」

 

 

 私の声は遮られた。

 突然目の前が暗くなり、顔も体も全面に衝撃を受けて、後ろへ引っ張られる。

 そして叩きつけられた。

 

 

「っぁ……!」

 

 

 痛すぎて声が出ない。

 息も一瞬止まった。肋骨や肺に受けた衝撃で、空気を受け付けられなかった。

 立っていられず、ずるずると床にずり落ちる。

 何が起こったのか、わからない。

 

 

「ぁはぁぁぁああああぁぁぁぁぁあああああ」

 

 

 腹の底から押し出されたような、低い声。

 それはさっきまで私がいたところから聞こえて来る。

 ビー・フォーさんは首を鳴らし、腕を回しながらクマのように近づいて来る。

 

 

「そいつはなんだ? 殺しても死んでも何度も動く。根性は大したものだが、力量さを把握せず諦めない阿呆は強者とはなれんぞ」

 

 

 ……。

 耳が。

 変に、なったかな。

 

 

「しん?」

「あ?」

「死ん?」

「死んでおるだろう」

 

 

 ほれ、と。

 顎で私を示す。

 いや。

 私の、投げ出された足の上に乗る、重いもの。

 

 

 

「…………ぁ」

 

 

 白い。耳。

 猫のような、人間のものではない耳。

 少し透けてる。

 水に濡れると半透明になる花があったな。

 とか。

 場違いなことを考える。

 現実を、見たくない。

 

 

「…………いおら、さん」

 

 

 ひんやりと冷たい。

 明らかな外傷のない体。

 私に乗っかった重さが、脱力し切っていることを伝えて来る。

 意識があれば、少なからず身じろいだり、力が入ったり、少し軽かったりするはずなのに。

 重くて、力が入らなくて。

 動かせなくて、動けない。

 

 

「ああ、そいつはあれか。多数の人間とキャストを混ぜた廃棄物か。だからか」

「だから、って……何ですか」

「キャストは魂を溜め込む幽体の魔獣。幽体ゆえに物理的な影響を受けにくく、怪我をしにくい利点がある。魂を複数、つまり死ににくい。討伐には厄介な魔獣だ。試し切って廃棄したと聞いていたが、貴様ら、盗んだな?」

 

 

 はいき?

 ぬすんだ?

 いや。

 いやいや。

 何を言っているの。

 この人は。

 イオラさんは。

 

 

 

 ヒト(・・)、だ。

 

 

 

「……あー」

 

 

 頭が働かない。

 目の前で透ける耳が、二重に見える。

 重なった部分が濃くなって、透けなくなる。

 変だな。

 ……透けているのが変なのか、変じゃないのかすら、わからなくなってきた。

 でも。

 もっと変なのは。

 

 

 

 身近な人を殺されたとしても感情の揺れ動きが少ない、私なのか。

 

 

 

「……んーと」

「ぬ?」

「えーっと」

「なんだ?」

「…………えーっと」

「んん?」

 

 

 言葉が出なくて適当なことを言っていると、合いの手を入れてくるビー・フォーさん。

 特に反応はしていないのに逐一入れてくる。

 鬱陶しいわけではないが、反応しようとも思わない。

 平然と。

 ただ考える。

 

 

「……あー、そうだ」

「む」

「理不尽、だ」

 

 

 そうそう。理不尽。

 言葉が思い出せなかった。

 最近思った言葉だが、今になってなかなか出てこなかった。

 うん。

 頭が止まってるな。

 

 

「ひどいですねぇ。貴方方の勝手な実験に同意もなく巻き込んで、使い捨てたらハイ処分とは」

「なんだ突然。実験とはそういうもので、発明した人間のことを逐一考えずに使うだろう。同意もなく、というのは一方的ではないか?」

「あー……言われてみれば、そうか。携帯もテレビも電子レンジも冷蔵庫も追い炊き機能もインターフォンも、そういえば最初に考え付いたの誰なんだろう。勝手ながら使わせていただいてありがとうございましたー。もう使うことはないけれど」

 

 

 頭の上にはてなを乗せているおじさんを他所にして、イオラさんを壁沿いに寝かせる。

 目は閉じられている。

 静かに、両手を添えて。

 祈るのは後にして。

 立ち上がり、離れた場所に佇む()を見やる。

 

 

「続き、やりましょうか」

 

 

 至って、冷静に。

 至って、笑顔で。

 そう告げた。

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