【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第4話

 一瞬だけ強張った顔を見せた。

 失礼だなあ。

 私は悲しい中でも笑顔を作ったのに。

 強者らしく顔を引き締めた敵を見て、私は逆にリラックス。

 私が緊張したところで動きが硬くなるだけだ。

 力を抜いて、相手を見据えて、心の中で構えて。

 距離……どれくらいだろう。

 わかんない。

 とりあえずわかるのは、近くても遠くても、ビー・フォーさんなら一瞬で詰めてしまう距離。

 あるようでない程度。

 だから――

 

 

「……む」

 

 

 ――いつものように、一歩を踏み出す。

 一歩。

 また一歩。

 ただ歩いているだけ。

 いつもどおり。

 自室から、コウ殿下の部屋へ行くように。

 寮から学校へ行くように。

 何度も何度も、同じことを繰り返していた時のように、ただ歩く。

 そこに感情は――ない。

 

 

   ≪(アム)身体強化(サーズ)

 

 

 床を踏みしめる。

 強化した足では床が凹んでしまった。

 が、そのまま踏み込み、低空状態でビー・フォーさんのもとへ距離を詰める。

 

 

「ぬ!?」

 

 

 左手を顔の前に持ってきて防御の構え。

 私の膝の高さが防御の位置。

 タイミングを早めに蹴った。

 もちろん当たらず、空気を斬る音が聞こえる。

 

 

「フン……むぅっ!?」

 

 

 振り上げた右足とは逆の足をビー・フォーさんの肩に乗せ、右足を振り下ろした。

 足の裏で背中を叩く様にぶつけ、飛び上る。

 肋骨、肺。

 衝撃を受けたら一時呼吸が苦しくなる。

 咳き込んでいる様子を冷静に見て、次はどうしようかと考える。

 まずは右腕一本を無力化している。

 となると……今度は足か。

 下腿三頭筋を弱めれば踏み込みが弱くなる。

 大腿四頭筋も弱体化したいな。

 体幹の筋力をそげば、四肢の力も出しにくい。

 呼吸筋を弱めれば呼吸苦で動きが鈍るかな。

 倒れさせさえできれば、手首・足首を拘束して、首に足を添えて圧をかけて……。

 

 ……。

 

 

「ふー……」

 

 

 違う。

 私の知識は、こういう使い方をするものじゃない。

 考え方を変えよう。

 私は生活するために必要な心身機能について知っている。

 逆に、問題になる状況についてもわかる。

 生きにくい状況ってなんだ。

 

 

「ぬんっ!!!」

「っ!?」

 

 

 無意識に目を閉じて考え込んでいた。

 その間に回し蹴りを食らう。

 骨のない、内臓が詰まっているところ。

 胃の中の物が沸き上がってくる。

 

 

「うっ……」

 

 

 飛ばされた場所で吐き気を催す。

 痛みで耐えきれるはずもなく、抵抗すらもできないまま出し切った。

 

 

「さすがに吐いている奴に追い打ちはかけないでおいてやるわ」

 

 

 そりゃどうも。

 ここぞとばかりにというわけではないが吐き切って、水の魔法でさっぱりする。

 頭に上った血が下がった。

 ふらつきはしないものの、頭の中がひんやりする。

 

 

「……一応聞きたいんですけど」

「なんだ」

「やめませんか?」

 

 

 ダメ元。

 もっと早くから聞いておけばよかったという後悔もある。

 さっき、イオラさんに「このまま行かせないか」と言われたとき、やってみればよかった。

 やらないより、やってダメだった現実の方がよかった。

 もしかしたら私たちに構わず行ってくれたかもしれない。

 そうだったら、イオラさんはまだ息をしていたかもしれない。

 

 

「なんだ。そんなことか。やめる理由がない」

「理由?」

「強者を前にして戦わない理由よ! 強者は正義! 強者が正しい! 対抗する意思のあるやつとは真正面からぶつかり! そして勝った方が主張を通せるのだ!!」

 

 

 握り拳を作りながら一人、喧々囂々(けんけんごうごう)と叫ぶ。

 背後には同じ思想を持つ人たちの幻影すら見えそう。

 でも、そうか。

 勝たないとだめなのか。

 

 

「貴様も通したい主義があるのなら戦え! そして勝ってみせろ! 儂から戦う力を奪ってみろ!!」

 

 

 気持ちが引っ張られる。

 この人の中には、敵に塩を送るという言葉はないのだろうな。

 それで相手が強くなるのなら本望とか思ってそう。

 引っ張られて、灯る。

 

 

「……力を」

「なんだ!」

「戦う力を奪えば、いいのですね?」

 

 

 力を奪う。

 力をなくす。

 力が入らないようにする。

 『力を入れろ』と命じるのは、脳だ。

 

 

「頭をどうにかしてしまえばいいだけ。難しく考えすぎてたな」

「……貴様!!」

 

 

 ビー・フォーさんは身構える。

 近づかないのは、何が来るかわかったからだろう。

 両手を広げる。

 両手を纏わり付く、黒い(もや)

 闇の属性魔法。

 

 

   ≪回想の香≫

 

 

 発動と同時に広がる香り。

 部屋全体に広がった、安心してしまうそれ。

 例え近づいてこなくても関係ない。

 香りは、空気のある所では遠くにも行こうとする。

 そして、風属性を持っているこの人なら、空気の流れを操って≪香≫がこないようにするだろう。

 

 

「関係ありませんね」

 

 

 人間、息をしないと生きていけないものですよ。

 ねえ、生き還った人間さん。

 闇属性と同時に、別の魔法も発動する。

 

 

「≪(ナル)初級魔法(トゥワン)≫」

 

 

 ビー・フォーさんの周囲の空気を奪い、開いた空間に≪香≫を注ぎ込む。

 

 

「くっ……! ぐぬぅ!!!」

「得手不得手はあります。私は武術は得意ではないけれど、魔法はまあ使えます。貴方も魔法を使えるようですが、風の魔法は自身を飛ばしたり、簡単なモノが多かったですよね」

 

 

 体感で分かる。

 私の操る風が、空気が、ビー・フォーさんの周囲を囲い始めている。

 

 

「私はスグサさん……最高位魔術師である師匠から教わったものです。いくら私が別世界から来た素人だとしても、魔法のやりあいで、負けることは許されません。特に……風と闇は、あの人が元から持っていた魔法でしたから」

 

 

 声を上げることはもうなかった。

 魔法を使うので必死なのだろう。

 全身から汗を拭きだして、瞼を半開きにしている。

 

 

「ただでさえ、貴方は傷ついている。万全の状態じゃないんです。そのような状態では、アーマタスで≪香≫を使った時よりも断然、効きやすい」

 

 

 何とか両足で立ち続けさせるのも酷だろう。

 嫌なことをやれと言わせているこちらも、少々痛むものがある。

 なので、操っている風を少し、私の背後に回す。

 右手に針を持って。

 

 

「無理はよくありませんよ」

 

 

 身体を浮かせて、風で押し込まれる。

 あっという間にビー・フォーさんの元へ届く。

 私とビー・フォーさんの間には、彼の操る微かな空気の層。

 それに、針についた鈴を近づける。

 

 

 リリーーーーーン

 

 

「っ……」

 

 

 空気の層が消え、≪香≫を含んだ風が流れ込む。

 もうギリギリだったビー・フォーさんは、声もなく膝をつき、腹から倒れこんだ。

 

 

「おやすみなさい」

 

 

 目が覚めた時、きっと世界は変わっていることでしょう。

 

 

「……」

 

 

 寝かしつけてしまった大柄な男の人を見て、しばらく立ち尽くす。

 こんなのでいいのか。

 寝かせるだけでいいのか。

 私がされたのは、この程度なのか。

 私は殺したいわけではない。

 この人を殺すことが目的ではない。

 そもそも私は殺せない。

 痛めつけることもしたくない。

 それなら、これが精いっぱいだ。

 無力化する。

 抵抗されないように。

 邪魔されないように。

 それだけで十分だ。

 そのはず。

 なのに。

 胸元を握る。

 服を鷲掴む。

 指が皮膚に食い込む。

 ……痛い。

 

 

「いたいなぁ……」

 

 

 何だろうか。

 この虚無感は。

 このやりきれなさは。

 これでいい。

 これで十分。

 傷つけず、殺さず、寝かせた。

 拘束してしまえば、あとはもう、終わりだ。

 鐘も鳴らしたし、鐘自体の効果もなくなった、はず。

 

 

「……イオラさん」

 

 

 鉛でも引きずっているように重く、棒のような足。

 太腿が持ち上がらない。

 靴の底を床に擦りつけながら歩く。

 なんとなく既視感がある。

 ……そうだ。

 この世界で、初めて目が覚めた時と似た感覚だ。

 懐かしくない。

 もう、一年近く経っても、昨日のことのように思い出す。

 いくら思い出を積んだとしても、その記憶は鮮明なまま。

 それだけ、私には衝撃的だった。

 噛みしめる。

 踏みしめて、へたり込む。

 目を閉じたままのイオラさん。

 もともとこの人は白かった。さらに青白くなった気もする。

 傷がない。

 あればもっと現実味があったかもしれない。

 けど、やっぱり傷はなくてよかった。

 あったらあったで痛々しい。

 現実味がないから、今でも信じられないけど。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 私がわがままを言って、協力してかからなかったから。

 イオラさん一人に任せてしまった。

 折角助けに来てくれたのに。

 涙すらも出ない。

 

 

「ねぇ」

「っ!?」

 

 

 俯いていて、すぐ上から突然声がした。

 私の真横に見える細い裸足。

 見上げれば、知っている顔がある。

 

 

「シク、さん」

「これ、もう一区切りついてるのよね?」

「はい……」

 

 

 すまし顔の彼女は私を見て、イオラさんを見て、ビー・フォーさんを見る。

 そしてまた別の方向を見て、イオラさんを見た。

 何かを話すではなく、ただ見続ける。

 

 

「……そ。貴方は、そういう選択をしたのね」

「え?」

「すごいわ。()には……まだ、出来そうもない」

「あの……?」

「貴方、あっちの大男を拘束してきて。壁沿いにいるローブは放置ね」

「ローブ……あっ」

 

 

 そういえばいたなあ。何にもしてこなかったけど。

 シクさんが不自然に目を向けた方を見れば、確かに壁沿いに佇んでいる。

 微かな気配でいるのは消しているのか元から薄いのか。

 言われたとおりに、ビー・フォーさんは手足を拘束する。

 黒いローブの人はそのままに、シクさんの元へ戻る。

 シクさんは、イオラさんを壁にもたれかかる様に座らせていた。

 

 

「どうしました?」

「今回は特別よ。文字通り、命を張ったんだから」

「え?」

「貴方に話があるんですってよ。この男から」

 

 

 この男。

 イオラさんのことだろう。

 上半身が倒れないように支えるシクさんは、何の変哲もない手をイオラさんに添える。

 

 

「……ぃ」

「え……えっ、え、まっ、え?」

「落ち着きなさい。短時間なんだから」

 

 

 『短時間』という言葉に、身が引き締まる。

 微かに聞こえた音の方を、真剣に見る。

 真剣に聞く。

 一言一句、聞き漏らさないように。

 

 

「……ヒ、ゥィ……サ……」

「イオラさん。私です。ヒスイです」

「ゥ、ジ、デ……ヨ……ッタ」

「はい。私は無事です。何とか、役目を達成することが出来ました」

 

 

 目は開かない。

 微かに口元だけ動いて、掠れた声が出るだけ。

 それでも、本当に本当に少しだけ、口角が上がったような気がした。

 

 

「イオラさんのおかげです。ありがとうございます」

 

 

 私の声の方が震えが大きく感じる。

 震えさせないように喉に力を入れて、なるべく明るく、伝えたいことを先に言わなければ。

 

 

「ォ、ン……カエ、セ、タ」

「おん……恩? なんの……?」

「ル、タ……ノ、オン」

「ルタさん……え、ルタさん?」

 

 

 ここでその人の名前が出てきて来るなんて。

 熱くなりかけた目頭にさらに熱が籠る。

 抑えていた声量が、大きくなっていく。

 

 

「まさか、え? ルタさん? 貴方はルタさんなんですか?」

「……ワカ、ナイ……ガ……ソノ、キ、オク……アル」

 

 

 記憶があるということは、ルタさんもイオラさんの誕生に関わっていたということ……。

 つまり混ぜられているということ。

 行方不明になっていたルタさん。

 やっぱり、実験に巻き込まれていたんだ。

 

 

「そう、ですか……」

「……」

「ルタさんも、助けてくれていたんですね。ありがとうございます」

 

 

 力の入らない手を握る。

 握り返されないけれど、構わず両手で握って、感謝の意をこれでもかと込めた。

 まだ、泣かない。

 

 

「……ゥ」

「はい」

「モウ、少シ……ダ。ツラ……ィ、ダ、ロウ、ガ……逃ゲルナ」

「……はい」

 

 

 また、口角が上がる。

 面白いからではなく、満足や納得の意味を込めた笑みだと勝手に解釈する。

 

 

「……もう、いいのね?」

 

 

 真横で、シクさんが訪ねる。

 私もイオラさんも無言のまま。けれど、シクさんは「そう」と冷静に言った。

 添えられた手が離れて、イオラさんの口元は緩んだ。

 

 

「……っ」

 

 

 私はイオラさんの手を握ったまま、顔を伏せて、自分を殺した。

 

 

「……この体には、魂が八十以上入っていたのよ」

 

 

 シクさんが語る。

 誰に?

 私に?

 顔を上げて見るも、私の方は見ていない。

 本人に聞かせているようだった。

 

 

「魂は死ぬごとに一つの魂が抜けていく。つまり、単純計算でこいつは八十回以上死んだということ」

「はちじゅう……」

()は一度死んでいるから……それが八十回なんて想像したくない」

 

 

 そう言って自分の腕を掴む手は震えてている。

 死んだことが……ないとは言えない。

 けど私の場合はイレギュラーにもほどがある。

 ……例えば、事故とか、苦しんだうえでの病死とか。

 殺人とか。恐

 怖や苦痛にさいなまれながらなら、そもそも体験したくない。

 シクさんやイオラさんは、それを経験しているんだ。

 

 

「十回や二十回でも相当な苦痛だったでしょうね。相手はあの男だもの。力でねじ伏せられて、苦しんで、でも死にきれない。これを八十回。そこまでしてでもやりたかったことがあるのよ」

 

 

 私を見つめる灰色の目が、鋭く光る。

 この人の目をこうも近くで見て、視線を合わせるのは初めてだ。

 

 

「別にコイツに義理はないし、遣ったのはコイツが決めたことだけど……ここまでさせたのだから、弱音ばっか吐いてないでやることやりなさい」

 

 

 叱咤激励、だろう。

 イオラさんから。シクさんから。

 うじうじグダグダ悩んでいた私に対する。

 私が進める道がいくつあるのかを挙げる。

 進むための条件を考える。

 進めない制限を知る。

 何をしたいかを自分に問う。

 

 

「……私、は」

 

 

 何がしたい?

 

 

「まだ、決まってない」

 

 

 なら、どうする?

 

 

「知る」

 

 

 何を?

 どうやって?

 

 

「知っている人に聞く」

 

 

 ……なら?

 

 

「戻ります」

 

 

 ベローズさん(私を召喚した人)の元に。

 

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

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