【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
魔法陣が光り出す。
灰色に発光したそれは鈍く、空まで届かずに建物内で不自然に歪む。
陣の中にいる三人は怯えるでもなく佇み続ける。
抵抗の力もなく、しかしどこか安心したかのように脱力する。
灰色に光り続け、照らし続け。
ローブの一人が弱く光ったのと同時に、陣の光が大きく揺れる。
「帰りなさい」
シクが言う。
≪帰路への導き≫が発動し、帰りたい場所へ、糸のように細く白い光が導く。
まるで蜃気楼。
その場にあるようでない。いるようでいない。
姿を霞ませるほどの光量に目を閉じたくなった。
意地でも閉じなかった。
「……いったな」
魔法は成功したと思いたい。
確認しようがなく、これほどまでに不安になるのは初めてだ。
三人の魂が入っていた
特殊な魔法を使ったのだろう。
おかしな腐敗もなく、本当に寝ているだけのような
ぱちん、と指を鳴らす。
青い炎が
この魔法を発動するのに必要な魔力はひと一人では到底足りない。
それは魂を呼び寄せるにも同じこと。
それをやってのけた研究だ。
陣を残して置いたら同じようなことをしだす奴が現れるかもしれない。
こんなことを考える奴、二度といてほしくないが。
「帰れたでしょうか」
弟子が呟いた。
「さあな」
それしか言えない。
わかっているだろうに。
それでも、弟子も言うしかなかったのだろう。
そうであってほしいという気持ちが強いほど、言わずにはいれなかった。
軽くなった頭を強く掻く。
「弟子」
「はい?」
「この魔法を作り上げたのは誰だ?」
きょとんとしたアホ面を拝ませてくれる。
やめろその顔を私様に見せるな。
鳥肌がたつ。
「スグサさん、です」
「魔法を発動したのは?」
「スグサさんです」
「スグサ・ロッドとは?」
また拝ませてくれやがる。
数秒で、私様の質問の意図が分かったのだろう。
少しだけ引き締めた顔になった。
「この世界の、最高位魔術師です」
「だ。私様が念には念を入れて魔法を発動したんだ。成功しないわけがない」
用心した私様に不可能も失敗もない。
そうだ。私様はそういう奴だ。
うん。
「よし。この話はこれでいったん終わり」
陣も
弟子がいて。
ベローズがいて。
シクとロロがいて。
ラッピングの刑のマルスとビー・フォー。
その間にイレン。
うん。
全員いる。
「どうよ。こんな魔法を作ってたった一人で発動するのは、スグサ・ロッドその人だろう?」
驚きすぎて顔に締まりのないベローズに問う。
もう何も言えないのか、コイツもアホ面になっていた。
「お前……私が苦労して作り上げた魔法を……こうも簡単に」
「それが私様だ。お前らは長い年月と大量の人間の魔力を使って、発動にこぎつけたんだろうがな」
こんなこと言われたらたまったもんではないだろう。
それでも言う。
もう二度と、『他人』という大量の犠牲者を量産させないように。
一度しか間違えてないのだから、とは言うに値しない。
それだけの人数を殺してきたのだから。
「さ、私様のことを証明したということで。弟子はまだあるか?」
私様が割り込んだ形で、弟子の質問を途切らせてしまった。
弟子を見れば、うーんと上を向いて考える。
「あの人たちが帰れたのならよかったなあと思うんですけど。他に聞きたいこと……」
「別になきゃいいんだぞ。それか、今までの鬱憤でも晴らしとくか?」
「あー、じゃあ、私が最近思ったことを言ってもいいですか?」
「いんじゃね?」
知らんけど。
弟子はベローズの目の前に座る。
後ろ向きに。
「正面切って言うのはなんとなくできないので、独り言として聞いてください」
なんか変な奴だな。
私様から見たら、ベローズの顔も弟子の顔も見えている。
困惑と、真剣な顔。
真剣な顔が言う。
「私がいた世界でも、リハビリを受けている人の中には「人生をやり直したい」とか、「いっそのこと死にたい」とか、言ってる人はいましたよ。病気や事故で今までと違ってしまった、生まれつきで周りと違うとか、いろんな理由で。納得のいかないことを『戻る』というボタン一つでやり直しできたら、どんなにいいことでしょうか。……でも……、さぁ」
真剣な顔のまま、音を出して息を大きく吸う。
「っ誰!! っが!! 協力すると言った!!」
予想外の大声だった。
「私は普通に生きてた!!
家族もいた!
友達もいた!
仕事もしてた!
私は私の生活があった!
全て奪われた!!
なんで!?
なんで!!?
私は貴方の研究のために生きていたんじゃない!
私は! 私たちは!
自分のために生きてたんだ!!
魔力がない? だからなんだよ!
それで上だの下だの決めんな!!
こっちは魔力がなくても発展した科学も医学もある!
自分の得意な場所でマウントとってえばってんなよ!!
マウントで有利だからって私たちの人生を好き勝手していいわけないだろばーーーか!!!」
……。
「ぶはっはっはっはっは!!!」
「っはー! もう! ほんっとふざけないでほしい!」
「なっはっはっはっは!! ようやく弟子の本音を聞けたなぁ! あー愉快!」
溜め込んでたなあ!
いやーよかったよかった。
思ったことを言えずに堪え続けるなんてストレス以外の何物でもないだろうな。
……たぶん。
「聞いたかベローズ。「救う」と言ったお前の研究で救われた奴はいるか?」
「……っ」
だんまり。
ま、そうだろう。
研究が成功したらーだの言うほど馬鹿ではないようだ。
成功するまでの屍が多すぎることを言っているのだから。
弟子はすっきりした顔で頬を緩ませる。
アホ面を見た時よりも鳥肌の勢いが――
「ギ、ィ、ヤァア、アアアァァ、ァ、ァアアア!!!」
弟子の叫びよりも酷く聞いていられない叫びが響いた。
まさに絶叫と呼ぶにふさわしいそれは、この空間を最も簡単に掌握した。
絶叫はどこから、と、視線を一斉に同じ方向に移す。
「…………ぁ」
「うわ」
見た方向には、男が三人いた。
いや、いたはずだった。
一人は下半身を残し、一人はいなかった。
一人は当人とは思えない姿だった。
何があった。
何かがあった。
『何か』を知らなくても、目の前に映る非現実が物語っている。
「食ったのね」
シクの声が、状況を的確に表した。
そう、食ったのだ。
語弊があるとすれば、『今まさに食っている』状況だった。
何を? 人を。
誰が? 人が。
なぜ? さあ。
「シク。解説できるか」
私様たちの目の前の光景を。
現実にしては現実らしくない、変わり果てた惨状を。
見たくはないだろう。
それでも眉間に皺を寄せ、凝視する。
シクは魂が見れる。
たとえ人が変わっても魂はそう変わらない。
魂が変わらなければ、シクには変装は効かない。
シクに頼まなければならないほど、見た目がわからなくなっている奴がいた。
「叫び声をあげたのは教祖代理。今食われてる奴ね。下半身が残ってる奴は……魂が残ってない、けど、状況的にアーマタスの王でしょう」
「んじゃ、あの異物は」
「
「マルスな」
今でもひどい言われようだが、それ以上にひどい姿をしている。
白目は黒く塗り潰され、口からは上向きと下向きの牙が左右一対ずつ。
皮膚は青く、時々赤く艶やかに光る。
模様?
いや、鱗か。
丸かった体格は平たく、また長くなった。
長くなった方を追って見れば、短かった足が体格に対してより短く見える。
もう使わないのか、ふわふわと浮かせている。
そう、浮いているのだ。
両手だけで体を支えている。
両手? いや、多腕だ。
人を食っている腕。
体を支えている腕。
上半身不在の下半身に手を伸ばす腕。
確実に大きくなった体。
長くなった体幹。
体幹の端は、ひらひらとまるで水の中にいるようにゆっくり扇がれている。
「…………やびくに?」
弟子の呟きが聴こえて、合点が入った。
そうだ。
怪鱗のヤビクニだ。
マルスが食うって言ってた奴。
「おい、ベローズ」
どういうことか、と。
視線で言った。
ビクッと体を震わせ、もっと震える口で震えた声を絞り出す。
「ま、マルス殿が食していたヤビクニは……一定以上成長すると共食いの習性が見つかったんだ。共食いした個体は推定寿命が伸びることがわかって……」
「ヤビクニを食った人間も、人間を食って寿命を食らうってか」
ふむ。
じゃあ、アイツは今何年生きるのだろうな。
少なくとも今二人分の人生を食べた。
過去にもヤビクニを繰り返して食していた。
マルスの場合、ヤビクニでも人間でも、どちらも共食いとなる可能性がある。
「ヤビクニの寿命は……いや、聞いても意味がないな」
アイツは今すぐになんとかしないといけない。
やばい奴だ。
「スグサ」
「なんだ」
「アイツ、魂も食ってるわ」
「……つまり?」
「すっごくうるさいの」
声がする。
耳障りだ。
そう顔で言っている。
私様には聞こえないが、どちらかというとシクにしか聞こえていない。
魂をも食らう。
というのはどういうことか。
「今食べた奴の魂をも食べてごちゃごちゃしてる。うるさいし、気持ち悪い。魂が魂を喰ってる」
体は体を。
魂は、魂を。
精々人間を食べるだけならまだ人間だった。
存在が人間というだけで人間のやることではない気もするが。
魂がそんな状態では……もう人間ではなさそうではある。
だが。
なぁ。
「可能性でもいいからはっきり言え。お前はなんでそんなに焦ってる?」
「っ!」
魂は魂だ。
どれだけ変質してもそれは変わりようもない。
はず。
それをよく知っているのはシクだ。
この場の誰よりも知っている。
息を飲んで、空気を吸い込む。
「……あの」
「うん」
「あの、魂……体から出て言った瞬間、他の魂を貪り食うつもりよ……浮遊しているものも……
「……ああ、それは」
容認できるものではないな。
「対処方法は?」
「わからない……あんな凶暴そうな魂、
「となると封印か? いずれは解けること前提だが」
封印するぐらいは余裕。
だが、封印というのはいずれ解けるし、そう長くは持たないだろう。
私様はすでに大量の髪を使ってしまった。
つまり込める魔力でしか時間が稼げないということ。
髪の毛による
封印が溶けるときにタイミングよく私様以上の魔術師が産まれていればいいが……はてさてどうだかな。
それなら弟子の髪の毛を拝借するか。
より長い間封印が可能。
結局解けることには変わらないが。
やらないよりかはいい。
「弟子」
「はい」
「お前の髪の毛を使って、アイツを封印することにした。協力してもらう」
「構いません。この体はもとはスグサさんのものですし」
話しが早くてとても助かる。
ではどうしようかと、未だに貪り続けている元マルスを見て考える。
「ワタ、クしッ! イきルンデス! シヌナんテ、モッタイナい!」
くちゃ、くちゃ、くちゃ。
シクとは違った理由で耳障りだ。
文字通り生を貪る様子がこんなにも気味が悪い物とは。
「……マダ、たリナイ」
ゴクリ。
目が、一人を捕らえる。