【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
作るのは一体の複製体。
私様そっくりの目を閉じた私様。
ちなみに全裸。
服を着せ替え、シクから預かった石を首からかけさせる。
目が開かれる。
「よし」
目を閉じた方の体を肩に担ぐ。
反対の手でヒスイから預かった髪の束を握る。
開始前の準備は完了。
あとは始めるだけ。
なんか……さらに楽しくなってきた。
荷物を持って、一階の様子を見る。
「お」
「あ」
見事や見事。
マルスを氷で固めている。
身動きが取れなければ食われにくいということか。
氷という物質であることも食われにくさを増している。
口あけっぱなのが気になるけど。
「なかなか上出来じゃん。口は何やってんだ?」
「風を送ってます。咀嚼と嚥下で色々摂取してるみたいなので、風で口を塞ぐのを防いで咀嚼を妨害してます。唾液が乾けば飲み込めないし」
「おお……そんな発想が」
おもしれえええ!
「はっ」
「ん?」
「あははははははは!!」
「え?」
「ヒスイ! こっち来い!」
コイツの発想はいいな!
単純に止めるんじゃなく、体の機能を理解したうえで効率的にやってやがる。
この世界にはない知識!
この世界の人間にはしにくい発想!
それが魔法と合わさって、私様でもするかわからない。
『未知』な発想。
大好物!!!
「テンション上がっちゃったな!」
「はい?」
隣に来たヒスイが引く。
いやなんか、それすらも面白い。
「ふへへへへへ」
「ええ……」
ああ、やばい。
ちょっと落ち着こう。
「く、ふ……いや、ヒスイにいつ伝えようか考えてたことがあってな。今言っちゃうわ」
「な、何ですか?」
距離を取られたが、まあいい。
もうなんでも楽しい。
ツボが浅いどころか盛り上がってる。
髪の毛をマルス目掛けて放り投げる。
魔力を流した髪の毛は私様の意のままに浮く。
「これ、私様の体なんだがな」
「……ぜんらぁ……」
浮いて、留まる。
そして描く。
「今からやることは『導き』が必要。それにはお前の魂が召喚されたときにできた『道筋』が必要だった」
「……だから、
胸元を握るヒスイ。
自分がこれからのことに必要だと思っている故の行動。
必要。つまり『犠牲』。
その体を使ったら、どうなるかはわからない。
「召喚された体ってのはな、こっちだ」
担いだ体をふわりと浮かせる。
目を閉じて脱力したままの体。
それこそ『人形』。
「……え?」
「正しくはさっきまで私様が使っていた体な。今≪創造神≫で作った体が、私様が今喋っている体」
「え? え?」
「まあつまり何が言いたいかって言うと」
ヒスイの体は、私様が生きていた時に残していた、『生きている体』だ。
「……へ?」
「詳しくは後でな。言いたくてしょうがなかったんだ。あーすっきり!」
「ええぇぇえ」
「うっせー」
ああ愉快愉快!
私様は言えて満足!
さあ、次!
「ちょ、ちょっと待って」
「待たねえよ、アイツが」
マルスが氷を崩し始めた。
咀嚼こそできていないが、動きが出てきたのならば咀嚼もそのうちし始める。
ヒスイも集中力が途切れそうだし、いい加減始めよう。
髪の毛が彩った模様。
それはさっきも使った≪在りし場所へ還られ給へ≫の魔法陣。
魔法陣に組み込まれたマルスに向かって、
「ほい」
食われる前に使う。
もう後戻りも待ち時間もない。
「――≪この声を聞き届けよ≫」
さっきも唱えた同じ呪文。
今度の戻り先はひとつだけ。
それは、『ヒスイの元の体』
ヒスイが戻りたいと思った時の唯一の行先。
魂がこちらにきて、どうなっているかわからない体。
どれほどの時間が経過しているのかわからない世界。
わからないことが多い中で、それでもわかることがある。
「ヒスイの元の体には魂がない! つまり魂の受け皿として使える! もし体が無くなっていたとしても世界は辿れるし、ヒスイの世界に魔力がないなら魂だけでは何もできない!」
こいつらの実験が作った『召喚の道』を辿る!
それはヒスイが召喚された時に使っていた体で、かつ記憶を思い出した体。
『道』としての役割は十分果たせる!
「ウアアアァァアアア!! イヤダ! イキタクナイ! ツレテイカナイデ!! イキタイ!! イキタクナイ!! シニタクナイイイィィィイ!!」
氷を砕いて身を捩る。
喋れる程度には風も氷も攻略しやがった。
魔法陣を描く髪の毛が崩れ、魔力が吸われ始めた。
眉間に皺が寄る。
それと同時に、私様の隣に佇んでいた弟子が魔力を練る。
「私はこの世界で生きています。だから貴方も、向こうの世界で生きてください」
≪誘う泥沼≫
マルスの体が、マルスの影に沈む。
手足と腹が影という《泥沼》に沈み、せいぜい捩る程度でしか動けなくなった。
同時に、ヒスイは風を操ってマルスの声を封じる。
「大丈夫。私がいます。勝手にこの世界に連れてこられた私ですが、この通り人の体で生きています。安心してください」
めっちゃくちゃ満面の笑み。
屈託なく笑ってる、光と花の幻覚が見えそうな爽やかさ。
……ちょっと冷や汗が出た。
気を取り直して、魔力の主導権を握り直す。
「さあ、行ってこい!!」
この世界のために、異世界に!!
「イィィィャダアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
断末魔ともいう叫びが、やまびこの様に反響して小さくなっていく。
私様からしたら自業自得。
そこまで嫌がることをさせていたんだ。
『道筋』自体もあいつらの実験によって作られたもの。
もっと簡単に言えばあいつらが作った『道筋』。
皮肉だと笑いこそすれ、罪悪感などない。
私様、は。
「お元気で……」
ヒスイにとってはどうだろうか。
マルスや、食われたベローズ、ビー・フォー、イレンたちをこの世界から飛ばした。
自分が『された』ことを『した』。
果たしてこいつはそれを受け止めているのだろうか。
マルスが消えていった光の先を見つめるヒスイに、問いかける。
「……ヒスイ」
「はい?」
「元気か?」
「……え、はい」
何を聞いてんだコイツ。
という顔をされている。
思った以上に普通そうだ。
無理をしているようにも見えない。
じろじろと見つめる私様から距離をとる様に、上体を逸らせる。
少しの焦りを見せる。
「ほ、本当に元気ですよ? 元気というか、まあ、後悔はしてない、という言い方が正しいでしょうか」
「ほぉーう」
「私、ネガティブだけど一周回ってポジティブというか。『最悪、こうならなきゃいいな』と考えて、そうならないように行動することが多いんです」
「避けられたと?」
「そうですね。私の考える最悪なパターンは、変質したマルスさんやその魂が、もっと食い荒らしてしまうことでしたから。向こうの世界では活動出来ないでしょうし……いいや私としてはそれよりも」
「ん?」
「体……どういうことですか?」
んあーーー。そっか。
テンション上がって言ったんだった。
事が済んで忘れてた。
「よーく思い出してみろ」
「はい?」
「私様とヒスイが分離したときのことだ」
「はい」
「まず、分離する直前に見せた私様の体」
「ありましたね」
「そのあと昔話をして、分離する魔法を使った」
「そうですね」
「私様は、どっちの意識をどっちに移したと言った?」
……。
ぽく。
ぽく。
ぽく。
ちーーーーーん。
「言って…………ない」
「おう」
「え、言ってない。言ってない? え? スグサさんの意識が本体に戻ったんじゃ?」
「いや言ってない」
「え?」
「本体に入れたのは、ヒスイの魂だ」
わかりやすく説明すれば。
私様とヒスイが共存していた体。
あれは私様が≪創造神≫で作った『複製体』。
そこからヒスイの魂を『別の体』に移す。
私様は『複製体』に留まった。
ヒスイの魂を入れた『別の体』というのが『
さっき魔法陣に入れたのが『
今私様が喋ってるこの体は『
「え、じゃあこの髪は? 目は?」
短く肩口から見える髪を触る。
私様は背中の真ん中ぐらいまではあるから、正面からの見た目はそう変わらなかった。
髪の短い私様を見るのはいつぶりか。
死んでから七十年。
百年ぶりぐらい? いやもっとか?
「魔法でいくらでも変えられる」
「あ、ああ……そっか……」
心底驚いた顔をしている。
大丈夫かコイツ。
戦いで頭でも打ったか?
「……でも」
「ん?」
「スグサさんは、亡くなったんですよね? それならこの体も、もう生命活動は終えた体ということ――」
「あー、その体は終えてない」
まんまる。
目がまんまる。
間の抜けた声を出して、説明を求めるかのように口をパクパクと動かす。
「私様は研究者だ。研究者はみすみす『オリジナル』を使い切ることなどしない」
「……つまり?」
「おいおい。頭の回転が鈍ったか?」
「はい」
「潔い。まあいい。つまりだ。私様は初めに『複製体』を作った時点で、魂を移した。さらに『
「それ、って」
「ああ。不老不死の状態にしたんだ」
目だけでなく口も真ん丸に開けて、もはや声すら出ないという心情だろう。
顔を見ればわかる。そう言ってる。
フッと鼻で笑ってやった。
「私様、実は天才なんだ。知らなかったか?」
「あ、はい、知ってます。うん。そうでしたそうでした」
「なんか適当だな。師匠に対してそんな適当な態度とりやがって」
「ソンナコトナイデスヨシショー」
「下手くそ」
唾吐いてやりたくなるぐらい下手くそだ。
隠そうともしてないだろ。
はあ、と一つの息。
それを皮切りに二人とも口を開かず、ただ空を見上げる。
朝だ。
もはや昼かもしれない。
半日立たず、大戦を控えた戦いは終わった。
終わったのだ。
「…………実は」
余韻に浸っていると、ヒスイが天を見ながら話し出す。
顔を見ても視線を合わせようとしない。
気付いているのか、いないのか。
語りだした内容に耳を傾ける。
「スグサさんに賭けで勝った報酬で、お願いしようとしてたんです」
「……賭け? お願い?」
「賭けは、長期休み中に行ったお祭りで、「コウ殿下が買ってくる飲み物は何か」という勝負をした時のことです」
「ああ、あれな。私様の気分で始めた奴」
やっべすっかり忘れてた。
「んで、お願いは?」
「お願いは……この体を、私にください……と、お願いするつもりでした」
「なーるほどね」
ヒスイとしては、いつまで経っても体の持ち主は『スグサ・ロッド』であったというわけか。
まあ、私様が一緒に使ってたんだし、そう思うのも無理はない。
自分で言うのもなんだが、私様は自己主張激しいからな。
「それならもっといいもんやるよ」
「いいもの?」
「ま、それはまた今度な」
一先ず今は、後片付けでもしようじゃないか。
―――――……