【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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魔術師は死んでいた
第1話――ヒスイ視点


 ―――――……

 

 

 

 

 

 大戦前夜の夜が明け、戦いの幕は下りた。

 いや。それは一部の人間が思うだけで、ほとんどの人は『戦いの幕は開かれることがなかった』と思っているだろう。

 

 濃密な時間がったのに、実際はそうでも何とも不思議な状況。

 スグサさんの家を出たのが未明。

 今は明るくはなったものの、お昼にはなっていないだろう。

 行動を開始したのが早いというのもあるが、そんなものだったなんて。

 

 

「はぁ」

 

 

 ため息が漏れる。

 疲れとか、緊張とか、驚きとか、良くも悪くも達成感とか。

 色々なものが混ざってて、一言では言い表せない重いものが漏れ出る。

 

 

「お疲れ」

 

 

 複雑なものもその一言で吹き飛ばそうとする、スグサさん。

 決して飛ぶわけではないけど、労わりは有難い。

 

 

「ありがとうございます。スグサさんも、お疲れ様です」

「おーう。久々に魔力使いまくったなあ」

 

 

 首を捻る。

 スグサさんが魔力を使いまくるなんて状況、そんな何度もあってほしくない。

 それこそ髪の毛を切断するぐらいなんて。

 

 床にまで付きそうな長い髪の毛一本で、一人分の人生以上の魔力が詰まっていたはず。

 それが、スグサさんは半分程まで切られている。

 ついでに私は肩の高さまでにしかない。

 軽くなったのは決して気のせいではないだろう。

 

 

「私様はマルスの体をどうにかして、この中を見回ってくる。ヒスイはシクたちを追って、こっちに呼んでくれ。そのあと他の奴らの所にも行ってくれるか」

「わかりました」

 

 

 日の光に照らされているマルスさん、だったもの(・・・・・)

 おおよそ人間とは言えないその姿だが、もう(おぞ)ましさは感じない。

 慣れたわけじゃない。

 ただ、何も感じないだけ。

 

 魂は別の世界へ旅立っていった。

 私の体に向けて。

 向こうでどうなっているかの確認はできないけど、どっちにしろ、なにもできない。

 魔力がないのだから。

 魔力がない人間の魂を呼び出して、最終的には自分たちの所業によって魂の抜けた魔力のない体にいわば封印される。

 因果応報というべきか。

 当人としては……表現できない。複雑な気分。

 

 

 耳に乾いた音が響く。

 スグサさんが指を弾いて、魔法を使った。

 ≪炎熱の太陽は我が灼熱に焼かれる≫。

 マルスさんの体と。

 『道筋』となった、私が最初に宿った体。

 そして帰るための魔法陣。

 それらが蒼い炎に包まれる。

 熱くはない。

 火は揺れるが、感情は揺れ動かない。

 ……すんっ、って感じ。

 

 

「シクはおそらく私様の家に行ったと思う。そこにいなきゃ一度戻ってきてくれ」

「はい。行ってきます」

「おう」

 

 

 燃え尽きるのを見届けることはせず、ふわりと体を浮かせる。

 風の魔法も慣れたものだ。

 皆が教えてくれたから、私はこの世界でこうして生きていけている。

 適応できている。

 私は運がよかった。

 

 爪先が視界に入る。

 

 

「そう思わなきゃ、やっていけない」

 

 

 一人になった広い空間で、言い聞かせるように呟く。

 運が悪いと考えれば事故にあったようなもの。

 運がいいと考えれば宝籤(たからくじ)にあたったようなもの。

 どう考えるか次第。

 どっちも『なんで私が』という事態には変わりない。

 

 

「……ふんっ!」

 

 

 よし、行こう。

 もう終わり。

 終わり終わり終わり!

 

 スグサさんの家の方に飛ぶ。

 迷いもなく飛ぶ。

 一人ではまた考えてしまう。

 だから、頭の中は魔法でいっぱいにして、一秒でも早く到着を目指す。

 

 そうすれば、ほら。

 あっという間。

 

 

「すーだ!」

 

 

 家の庭でシクさんと空を見上げ、小さい手が私を指さす。

 

 

「お待たせ、ロロ」

「すー……すー!」

 

 

 一瞬戸惑った。

 私がスグサさんじゃないからだろうか。

 それでも一拍空けて、足に抱き着いてくる。

 

 

「スグサは?」

 

 

 シクさんが腕組をしながら見つめてくる。

 その目は私というより、少し後ろを……あ、髪か。

 

 

「レルギオで後処理をしてくれています。シクさんに来て欲しいと」

「……わかったわ。ロロ。行くわよ」

「う?」

 

 

 シクさんがロロを抱え、宙に飛ぶ。

 そのまま行くのかと思いきや、振り向いた。

 

 

「イオラは部屋で寝かせてるわ」

「……ありがとうございます」

 

 

 簡潔な報告を追えて、今度こそレルギオに向かって飛んで行った。

 

 それを見届けて、さて、私はというと。

 イオラさんの部屋の方を見て、爪先を向けて、戻した。

 まずは皆の安否確認。

 そのあとに、改めて。

 

 頬を叩く。

 しっかりしろと喝を入れる。

 

 

「最初はどこに行こうか」

 

 

 鐘を鳴らしてから確認した感じだと、回るのは全部で四つ。

 一、フローレンタム城。

 二、フォリウム学院。

 三、アーマタスの内部。

 四、アーマタスの外部。

 

 レルギオの城を足元に、風を一身に受けて、冷静に考える。

 今は安否も含めて状況を確認しなければならない。

 と、すれば。

 

 行先に目を向ける。

 浮いてるからこそ遠くまで見える。方角は感覚じゃわからないけど、見えるから向かえる。

 

 魔法を操る。

 スピードは出せなかった。

 怖さもあり、内心では受け止められるかが心配だったから。

 とは言っても。

 信号も渋滞もない空の移動ではすぐに到着してしまう。

 

 到着した先で、地面に足を付けた。

 私を見つめる男女と、その向かいに一人の女性。

 

 

「あ……ヒスイさん」

「ヒスイちゃん!? どうしたのその髪!」

 

 

 アオイさんとロタエさんがいた。

 おそろいと魔術師団の服を着て、所々汚れていて、二人が戦ったのがわかる。

 それはそれで置いといて。

 今最も気になるのは、二人の目の前にいる、ヒト。

 

 

「……マリー、さん?」

「っ、ひ……ぁ……」

 

 

 綺麗な金髪が振り乱されたようにぐしゃぐしゃ。

 動きやすそうでかっこいい女性をイメージする服が二人以上に汚れ、マリーさんも戦ったのだとわかる。

 けれど表情はわからない。

 たぶん、泣き腫らしている。今も、泣いている。

 

 地面に四つ這いになって、服も肌も汚れることを気にもせず。

 近くにしゃがむと、顔を挙げて訴える。

 

 

「なん……で……? なんで、邪魔をするんですの……? マリーは、ただ……お母様と、お父様に……会いたかっただけなのに……!」

 

 

 泣きながらの恨み節が心に刺さる。

 マリーさんは純粋に、ご両親に会いたかった。

 文脈と考えから、ご両親はもう亡くなったのだろう。

 亡くなった相手に会いたかった。

 会える手段があった。

 だから努力した。

 

 ……だとしても。

 

 

「私も、両親に会いたいです」

 

 

 亡くなった人にはもう会えない。

 亡くなった人も、もう認識してもらえない。

 お互いの立場は逆だけど、会えない立場は一緒。

 

 

「会えない気持ちがわかるなら……会いたい気持ちもわかりますでしょう……? お願い……お願いです……。わたくしの願いを……叶えて、くださいっ……。わたくしを、悪い夢から……覚まして……」

 

 

 私に縋る。

 敵であった私に。

 

 私はマリーさんにとってどういう立場だったのだろう。

 『死者蘇生』の象徴? 成功者? ……希望?

 私という『亡くなったはずの人が生活している』存在を、ご両親に重ねている?

 だとしたら、そんな私が先だって計画を崩そうとしているのは……辛かったのだろうか。

 

 わからないけど。

 知らないけど。

 

 

「私にはできません」

「っ」

 

 

 これだけは、はっきり伝えなければならない。

 

 

「私は人を蘇らせることを阻止したかった。それは、私がされて嫌だったからです。マリーさんたちは特定の人を蘇らせたいかもしれませんが、必ずそうでもないでしょう」

「……え?」

「そもそもの研究の内容は『治療魔法』。そのあとは『英雄の力の再現』。『英雄の力の再現』というのは、スグサさんのような蘇りたくない人も、召喚者の都合で都合よくつかわれる。私の様に『殺戮人形』と呼ばれるんですよ。マリーさんは、人殺しをさせられていいんですか?」

「それは……」

「今回の実験では、失敗した人も多かったですよね。そういう方々を『処分』として大きい戦いを作ろうとしましたよね。大きい戦いに戦わされる人が、いずれは勝手に蘇らせられた人になるかもしれませんね。一度死んだら関係ないって」

「そんなことっ」

「ないでしょうか。私という存在がいるのに?」

「……っ」

 

 

 ないとは言わせない。

 巻き込まれたのが私なのだから。

 

 怒ってない。

 怒ってはないけど、自分勝手を許せと言うのは許さない。

 

 

「……ぅ……」

 

 

 顔を伏せる。

 地面に這い蹲って、蹲って、声を押し殺す。

 気持ちは痛いほどにわかる。

 わかるからこそ。

 

 

「失礼します」

 

 

 謝らない。

 謝るぐらいならするなと思うから。

 

 マリーさんを背に、アオイさんとロタエさんに近寄る。

 

 

「お二人は無事ですか?」

「うん、大丈夫」

「私も異変ありません」

「そうですか。よかったです」

 

 

 二人は悲し気に応答し、何も言わずにいてくれる。

 後ろからすすり泣く声が聞こえる。

 

 

「シオンは……?」

 

 

 アオイさんはシオンと転移したはず。

 でも、どこにも姿がない。

 

 

「シオンは少し離れたところで、敵に回った同級生を相手にしたんだ」

「同級生?」

「ロア・ウ・ドローだよ」

「ロアさんが……」

「そう。僕がマリーを相手している間、ロアを引き付けてくれたんだけど……」

 

 

 目線が私の後ろに向く。

 それはつまり、マリーのことがあって離れられなかったということか。

 

 

「私が≪瞼の距離≫を使った時、スグサさんが持たせてくれた結界の横にシオンがいました。そこから動いてないんですね」

「あ、そうだったんだね……! じゃあ無事ではあるかな」

 

 

 よかったと胸を撫でおろす。

 王子であることもそうだが、敵味方関係なく無事であったことが大事。

 ……イオラさんのこと、いつ伝えるべきか。

 

 

 

 

   カラ  ン

 

 

 

 

 高い音が響く。

 私じゃない。

 私の鈴じゃない。

 鐘の音でもない。

 なんだ?

 胸がざわつく。

 音のした方を見る。

 

 私の真後ろだった。

 

 

「覚めない夢なら……より、ふか……く」

 

 

 マリーさんの手に握られたハンドベルが、彼女の顔の横にあった。

 そして、ゆっくりと瞼が閉じられる。

 四つ這いから起こされた体は、再び、ゆっくりと地面に倒れこんだ。

 

 

「ま、りー……さん」

 

 

 ばたん、と倒れこんだ音と同時に、私以外の二人が駆け寄る。

 

 

「……寝てる」

「というより、この方の武器の性能から考えると……」

「そうだね。もう、起きないかもしれない」

 

 

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