【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第2話

 起きない。

 その言葉で、目に見えている景色の認識が変わる。

 映像を見ている感覚から現実に引き戻された。

 起きないというのはどういうことか。

 寝ているんじゃないのか。

 寝ていると言ったじゃないか。

 

 マリーさんを横抱きにして、アオイさんは私に向き直る。

 抵抗も力もなく抱えられるがままの姿。

 確かに寝ている。

 胸も上下している。

 

 マリーさんの手から、ハンドベルが落ちた。

 ロタエさんが拾い上げる。

 

 

「この子が洗脳の元凶だよ」

 

 

 言葉を追うのにも時間がかかったが、意味は理解した。

 洗脳。私が解除した洗脳。

 あの大きな鐘に込められた魔法は、マリーさんがやったものだった?

 

 

「あの大きな鐘も、もしかしたら一つの魔武器かもしれない。ヒスイちゃんとスグサ様が同じ形状の武器を作り上げたように、この子も複数の武器を作った。作り手が同じなら、効果も同じ」

「あんなに大きい武器が可能なんですか?」

「おそらくはね。武器として使いにくいからやるよしもなかったけど、魔石が大きければできる余地はある」

 

 

 武器を作るのに込める魔力はそう多くはない。

 けれど、魔法なのだから当然、鳴らすたびに魔力は消費していたのだろう。

 国中に響き渡る鐘を、四箇所で。一日に何度も。

 それを成し遂げていたというのは、意志の強さもそれだけ。

 

 

「この子は自分に洗脳をかけた。どういう内容かはわからないけど、もしかしたら『目覚めない』とかけたのかもしれない」

「現実を見たくないから」

「そうだね。背けた。伏した。蓋をした。これがこの子の選択だ」

 

 

 私の持つ鈴を使えば、もう一度目を覚まさせることができるかもしれない。

 もう一度と言わず何度でも。

 その度に現実を突きつける。

「両親は死んだ」

「二度と会えない」

「死んだように生きるしかない」

 それをわかってて鈴を鳴らす気力は、私にはない。

 

 

「夢の中に、ご両親がいることを願います」

 

 

 目を伏せた。本心から願った。

 夢も一つの異世界だと聞いたことがある。

 私が異世界に来たようにマリーさんも異世界に旅立った。

 そう思うことにしよう。

 

 

「ロタエ。マリーをお願い。僕はヒスイちゃんとロアの様子を見に行くから」

「はい」

「よろしくお願いします、ロタエさん」

「お気をつけて」

 

 

 ロタエさんはマリーさんを軽々と横抱きで受け取り、アオイさんの転移によって姿を消した。

 

 

「さて。行こうか」

「はい。スグサさんの魔力は向こうから感じます」

「そっか。体が同じなら魔力も同じなのか」

「みたいですね」

 

 

 体がそのままセンサーになる便利体験を駆使し、一直線に進む。

 他愛のない話を進むこと数十分。

 スグサさんの魔力で発動されたであろう《悪魔の玩具箱》が見えてきた。

 

 

「……アオイさん」

「ん?」

「結界の横……倒れてる人が」

「っ!?」

 

 

 アオイさんと、一瞬遅れて私も走る。

 大の字になって仰向けになっているその人の(かたわら)に寄れば、安らかな顔。

 

 

「なんて安らかな」

「寝顔」

 

 

 考えることは同じだったので共犯。

 

 大きく呼吸を繰り返す。

 生きてる。無事だった。

 よかった。

 

 となれば、《玩具箱》の中には……。

 

 

「シオンをお願いします」

 

 

 一歩ずつ結界に近づく。

 この魔法はスグサさんの魔力で作られた。

 なら、私は入れるはず。たぶん。

 入れなかったらその時だ。

 

 

「……気をつけて」

 

 

 アオイさんは入れないことをわかっているのだろう。

 少し不満げな声色だったが、見送ってくれる。

 

 結界に片手を添える。

 少し押し込めば、粘土を握ったような感覚で沈み込む。

 そのままゆっくりと押し進めば、白と黒が混ざりきらないマーブル模様が視界を覆う。

 躊躇わずに進む。

 そうして視界が晴れた。

 

 

「……貴様か」

 

 

 壁に背を預け、片膝を立てて座り込んでいた、ロアさん。

 下から睨み上げ、凄まれる。

 敵は敵だが、親の仇でも見ているかのような形相。

 すぐに飛びかかれる距離ではないにしろ、ちょっと尻込みする。

 

 

「こんにちは」

「愚図が」

 

 

 いきなりにも程がある。

 

 

「体調はいかがですか?」

「気安く話しかけるな」

 

 

 先に反応したのはそちらじゃないかな?

 

 

「戦いは終わりましたよ」

「……」

 

 

 ……無視。

 

 

「はぁ……子どもか」

「っ!!」

 

 

 ぼそっとつぶやいた言葉に、一番の大きい反応を見せた。

 立ち上がり、大股で近寄り、胸元を掴む。

 力任せに引き寄せられ、怒り以外の感情を全て取り払った顔が間近に迫る。

 

 

「何様だ貴様は!! 過去の栄光に乗り移っただけの奴が!! 寄生虫が!! 俺にそんな口を聞ける立場か!!?」

「私は人間です! 過去の栄光? それに縋ったのは貴方達でしょう。どの口が言ってるんですか!」

 

 

 歯軋り。

 耳障りな音がする。

 

 

「貴方は何を考えているんですか? 貴方だって、スグサさんのことを祀っていたようなものじゃないですか。矛盾というか、なんか、変ですよ」

「変だと? ふん。それすらもわからないか、愚図が。魔法を使えない人間など、底辺よりも低い地位にいるんだよ。魔法ありきの世界でお前のような奴が存在していることが虫唾が走る。その体は高位な人間が使うべきだ。そして貴族位を得る。優秀な人間だけの世界になる。お前のような寄生虫はいらないんだよ」

 

 

 ロア節は健全だった。

 

 服を握る拳が、込められた力に比例して震える。

 この人もこの人で確固たる意志があるんだろう。

 けど、なぜだろう。

 言ってしまえばマリーさんも自分の欲をさらけ出した願いだった。

 ロアさんも同じような願いなのに。

 

 すごく、嫌。

 

 

「……貴方は神にでもなったつもりですか?」

「何……?」

「貴方は人間です。ただ貴族に生まれただけの」

「そうだ。僕は貴族だ。お前のような『寄生虫』とは違う!」

「私を『寄生虫』にしたのは貴方たちです」

「いいや。お前はもとより『寄生虫』だったんだよ。人間は生まれながらに決まっているからな。この世界に『寄生虫』として生まれたお前はどこへ行っても『寄生虫』だ」

「以前の私を知らないで!!!」

 

 

 ……カッとなった。

 頭に血が登ったのは否めない。

 無心で叫んでした。

 

 勢いは止まらない。

 

 

「私は普通の人間だった!

 ただ別の……魔法のない世界で生きているだけの! ただただ普通に生きていただけだった!

 別の世界というだけで、魔法があるというだけで、あんたらの自分勝手な行いのせいで!

 私はすべてを失ってきた!

 やり直しならまだよかった!

 けど……けど!

 意思も自由もなく戦わされて、殺しをさせられて、利用されて……『寄生虫』にされて! 持って生まれなかっただけで、見ず知らずの願いに利用されなきゃいけないの!?」

 

 

 一言言ってしまえば二言目も三言目も関係ない。

 口が動かされるままに吐き出した。

 

 結界の中という閉じられた世界。

 ≪悪魔の玩具箱≫。悪戯に笑う何かがいそうだ。

 

 溜め込んだもやもやをぶちまけて、少しすっきりした気分。

 

 

「それも含めて、生まれの運だろう」

 

 

 ……冷水をかけられた気分だ。

 

 

「……そうね」

 

 

 そうですね。

 生まれの運は少なからずあるだろう。

 

 容姿。

 性格。

 体格。

 体質。

 家庭。

 才能。

 文化。

 信仰。

 ……魔力。

 

 生まれた時点で決まっている。

 

 

「……それでも」

「っ」

 

 

 服を掴み上げる腕を握る。

 握って、握り潰すほどに握って。

 服を離されても、腕は離さない。

 

 

「選べないことで差別するような人、キライ。私は貴方のために在るんじゃない」

 

 

 

 魔力を込めた。

 私の髪の毛はもう短い。

 私は私が使える魔力を使う。

 

 

「な、何だ!?」

「貴方は貴族とはいえまだ子ども。貴方方の親がどういう思考なのかはまだ把握していません。なので家自体をどうこうというのはできません。少なくとも私には。……私は貴方自身に、魔法をかけます」

「なにを……する、つもりだ」

「害はありませんよ、たぶん」

 

 

 

   ≪先払いされた傲慢な依頼≫

 

 

 

「ぐ……」

「『先払い』は……記憶」

 

 

 私が生きていた世界の記憶。

 この世界に来て思い出した、私の生前の記憶。

 

 

「貴方の知らない私です。貴方の知らない世界の様子。貴方の言うような貴族の居ない世界。どんな世界か、どうぜご覧ください」

「ぁ……っ、な……」

 

 

 掴んでいる腕から闇属性の魔法が注がれる。

 私の記憶は別に苦しいものではない。

 けれど、人の記憶の映像が流れる。

 それはどんな感覚なのだろうか。

 目を背けても追ってくる映像。

 頭を侵食する音声。

 あまり気持ちのいいものではないだろう。

 

 

「私の居た世界を知ってもらったからと言って、何かをしてほしいわけではありません。何かを変わってもらえることも期待しません。けれど、それが『私』……だった人間です」

 

 

 私も、生きていたんです。

 

 記憶に追われて話どころではない様子のロアさんの腕を、ゆっくりと離した。

 少しの間は立っていたが、目を開けたまま魘されるように声を漏らし、倒れた。

 受け身を取らないまま横に倒れるのを横目に見る。

 

 

「ああ……『依頼』、どうしようか」

 

 

 記憶を見せることだけを考えていたから、何をお願いするか忘れた。

 与えたのだから、貰わなきゃ。

 ……自分勝手な魔法だな、これ。

 

 

「そうだなぁ。『貴方の思考』を貰いましょう」

 

 

 傍らに片膝をつく。

 焦点の合わない目を手で覆う。

 

 

「貴方が考えることがわかる、という物ではありません。『あなたならこう考えるだろう』というのが浮かぶだけです。なので、何か作戦を練ってもその時点では私には伝わりません。貴方が行動しているのを知った瞬間、わかるだけです」

 

 

 聞こえていないだろう。

 手を外せば、汗を拭きだし、涎も垂れ流したロアさん。

 膝を立てて、結界の壁に手をついた。

 

 

「貴方は私のことを理解できないかもしれないです。けれど、私も貴方のことは到底理解できないでしょう。これはただの、私の欲。私が『貴方のような人はどのような行動をするのか』、知りたいだけです。いいですよね、別に。貴族のことを知ろうとしているのですから、貴方や貴族に対する理解が深まるだけです」

 

 

 触れた個所から手が沈む。

 通り抜ける。

 

 

「重ねて言いますが、知ったところで理解はできませんし、しません。貴方がそうであるように」

 

 

 ロアさんはもう少しこのままでいいだろう。

 もう、どうでも。

 

 

「さようなら」

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