【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
結界を出た。
気持ちはモヤモヤとして言い表せない。
そのおかげで表情もぱっとしていないだろう。
眩しい光の中に出てきても変わらない。
「おかえり」
アオイさんが向かえてくれる。
座っているすぐそこにシオンが寝ている。
あー、いいなあ。私も寝たい。
頷きだけ返して、安らかに眠るシオンの近くに座る。
「こんにゃろ」
頬をつねる。
少し呻いた……でも起きない。
そのままふにふにと摘むけれど、鬱陶しそうな顔をするだけ。
「ヒスイちゃん?」
「すみません。見なかったことにしてください」
八つ当たりだ。
手を離して、立ち上がる。
気持ちを切り替えるためにも別の所に行こう。
「シオンをお願いします。ロアさんはまだ行動しようとしているので結界はこのままで。私は別の場所へ行って、また来ます」
「わかった。気を付けてね」
また頷きで返す。
ふわりと風を纏って、空高く上がる。
方向はフローレンタム……の前に。
空の高い所。
雲しかない。雲だけの空間。
誰もいないことを念い入りに確認して。
雲の上に寝るように、地面と水平になって。
「ばーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーかっ!!!!!!!!!!」
叫んだ。
「なああああーーーーーーーーーーもう!!!!!!」
言葉に表せない感情と、語彙力不足。
その二つのせいで単純な言葉で深い意味もなく叫ぶしかできない。
誰かにぶつけるのも疲れる。
反論されるのもめんどくさい。
受け入れてくれるのも申し訳ない。
何もない所に叫んで、解決はしなくても吐き出すのが一番気楽。
「……わっかんないなあ」
わからない。
魔法がある世界に来て一年。
『魔法』という奇跡の力がある。
それだけならすごく魅力的。
私の居た世界になかった力。
無から有を生み出せるといっても過言ではない力。
夢のような力。
『無いもの』から『有るもの』に。
『無かったもの』を『ここに有る』と。
『無くしたもの』でも『もとに戻す』と。
リハビリを行う者として、無くした機能や持って無かった機能、無かったほうがいいものを全て『無かったこと』にできるなら……どんなにいいか。
無かった方が良いものもある。それは否めない。
けれど、同時に『何も無くさない』なんてことはできない。
いずれ無くなる。
世の中、全て有限なんだから。
「……よし」
もう弱音は吐かないようにしよう。
いや、吐くかもしれないけど、吐くなら吐くでいっぱい貯めてからにしよう。
魔法があれば、一人きりの空間なんていつでも作れるんだから。
色々なものを置き去りにして全てを吹っ切る様に。
風の魔法を最大限に使ってフローレンタムまで一直線に飛んだ。
「あ!!」
「んぉあ!? どうした!?」
「ヒスイだー!」
学校の広場に三人の姿が見える。
周辺には何人かいるが、それぞれで別のことをしている様子。
ライラさんは両手を大きく振って、ヒイラギ先生は声に驚いたようで胸に手を当てている。
一歩引いたところで、ナオさんが暗い顔をしている……ように見える。
厳密には前髪で目が見えない。雰囲気がという話。
空中で魔法を切って、三人の目の前に降り立つ。
ライラさんが駆け寄ってきて熱めの抱擁を交わした。
「ヒスイー! よかったよー! 魔法消せたんだね!」
「みなさん、お怪我は?」
「大丈夫! ヒスイは?」
「大丈夫です」
いつも通りの元気な姿に少し安心する。
これだけでも日常に戻ってきた感じがする。
頬が少し緩んだ自覚がある。
「よ」
「先生……ありがとうございます」
「おう」
この中で一番汚れているヒイラギ先生は、いつもの気怠さにプラスした疲労感を隠そうともせずにいる。
うん。普段通り。
大きな怪我はなさそう。
「ナオさん」
「っ」
声をかければびくりと体を揺らす。
前髪で目が合わないけど、確実にこちらを見ていないと思う。
「じじさんが亡くなったのは、悲しいですよね」
「……」
「じじさんは生き残ることを望んでいたのか、ということ。病気のない新しい体になって、じじさんは喜ぶのかということ。ナオさんは……それでじじさんと笑っていられるのか。考えてみましたか?」
「……うぅん……考えてない。ただ、じじに生き還ってほしかった。支えてほしかった。もう会えないのが、不安だった」
「ですよね。大事な人がなくなったのならそう思ってもしょうがないです。魔法はそれだけすごい力ですからね」
「うん……」
「生き還ること自体が『良くない』と思うのは私の意見で、『悪いこと』とは断言……いえ、なぜ『悪い』とは言いきれません。望む人が多いのも事実でしょうし、なにより、怪我や病気がなければやりたいことがある人もまた事実です。生き還る前にできることを、もしくは、生き還るならば方法をもう一度考えてもいいかと。誰かが死ぬことで他の人が死ぬという状況は、誰かが作っていい状況ではないと思います」
「……うん」
涙が流れ落ちる。
地面にシミを作る。
消える前に、いくつも落ちて、広がって、濃くなる。
思い出もこうやって色濃く残っていくんだろう。
「……あのね、ヒスイ」
「はい」
「あの……セン、がね」
ライラさんから聞いた、センの話。
悲しいなんて言葉は安っぽいとさえ感じるほどに、友人としては枠が残っている。
開いてしまった椅子。今後も埋まらないだろう。
『その人が』というよりは、『今回の戦いで』という理由が大きすぎて。
願いを叶えるために命を懸ける。
無謀だけど、信念ゆえだろう。
本人にはそれだけの価値があった。
馬鹿にはできない。
だから、真っ向からぶつかった。
その結果だ。
私も、背負うものは一つや二つじゃない。
「じゃあ、私は城に行きます」
「あたしたちは学校にいるね」
一次は拘束されていた三人だけど、人類の洗脳が解けたことで開放された。
その後は乱暴されることもなく、事態の収拾に動こうとしているらしい。
私か誰かが来るだろうということで一時的に学校前にいてくれたようだ。
三人と別れ、私は次の目的地に向かう。
城。
正直、あまりいい思い出があるわけではない。
ただでさえ近寄りたくない場所で、かつ、人がわらわらと溢れかえっている。
城の内外で争った形跡があって、そのせいだと思われる。
王様はどうしているだろう。
カミルさんも……どうしたのだろう。
二人を探せばわかるか。
コウ殿下とクザ先生は、フェーに乗って移動したはず。
もうどこかに降り立ったか、それともまだ飛んでいるのか。
もう追手がくることはないと思うけれど、まだ警戒しているのかもしれない。
まずは空から探そう。
城よりも高く飛んで、周辺を見回す。
一見どこにも何の姿も見えず、やはり中や地上かと思う。
けれど、一応、周囲の気配を探る。
≪風の便り≫
……あ。
いた。
魔力に気付いたのか、向こうから私の方に近づいてくる。
その方向。真上を見上げれば、豆粒のような黒い影。
「っ!」
急降下。
直前でストップ。
フェーの作り出す風で体勢を崩しそうになるのを必死に耐えた。
「ヒスイさん!」
「すー!」
「クザ先生。ご無事ですか」
「ええ。ええ。わたくしは大丈夫です。コウくんはまだ目を覚まさないですけど……あの、どうなったの……?」
額に汗を滲ませ、雫が顎先から垂れ落ちる。
もう魔力もギリギリなのだろうか。
魔獣の召喚というのは、召喚している間、魔力を消費し続けるから。
複数召喚できるクザ先生だが、一体だけでも長時間召喚しっぱなし、かつ追われていたのだとしたら、負担は大きいだろう。
疲労の色しか見えないクザ先生と対照的に、ウーが小さな両手を振ってくる。
「手短に言うと、洗脳は解除され、主犯は……消えました。今は事後処理です」
「消え……? いいえ、とりあえず、終えたなら一先ずは安心しました。降りても大丈夫かしら……?」
「森か、人気のない場所に降りましょう。コウ殿下のこともありますし」
「わかりました。フェー、お願い」
フェーの首を撫で、小さい鳴き声を上げて旋回する。
人目のない場所。お城は注目を浴びるだろうから、学校側の木々が茂った場所にしよう。
フェーは目立つので、上空で送還してから私の風魔法で静かに降り立つ。
「先生も少し休んでください」
「ええ……ありがとう」
「すーだっこー」
肩で息をして、明らかに疲労困憊だ。
気に背中を預けて呼吸を整えようとするのを横目に、ウーを肩に乗せ、コウ殿下の背中に手を回す。
まるで眠っているかのような表情。
さっきもみたな、この顔。
さすが兄弟。
……不謹慎だけど、頬をつねらずにはいられなかった。
「……ん」
「あ、コウ殿下?」
弟とは違って、瞼を開くという反応を見せた。
微睡んだ瞳が地面、周辺、そして私を捕らえる。
「…………ヒスイ?」
「はい、ヒスイです」
「……無事か?」
「私は大丈夫です。コウ殿下の方が……」
服が擦り切れ、血が滲んでいる。
大出血や骨折しているような箇所は服の上からはわからない。
けれど、見た目は私よりも満身創痍だ。
締まりのない顔の口角が上がる。
「俺も平気だ。もう動ける」
背中を支えていた腕が軽くなる。
コウ殿下が自力で胡坐をかいて、前屈みになった。
猫のように伸びをして、首を回して。元気なように見せつけてくる。
「俺としたことがぐっすり寝てしまったみたいだな。すまない。……クザ先生が助けてくれましたよね」
「あら、覚えてたのですね」
「微かに。俺に声をかけてくれたところだけですが」
周囲を確認し、礼儀を忘れないところはいつも通り。
掛け声とともに立ち上がったコウ殿下は、引き締まった顔で私を見下ろす。
「ヒスイの髪。そして今その表情ということは、察するに、終わったんだな」
「……ええ。一先ずは。今は皆の無事を確認しに回っています」
「そうか。皆はどうしてる?」
「学校の方でライラさん、ナオさん、ヒイラギ先生がいます。センが……戦いの末、亡くなりました」
「同級生か……」
「はい。アーマタスの方では、シオンとアオイさんが一緒にいます。ロアさんを結界内で拘束中。自身に洗脳をかけて意識がないマリーさんを、ロタエさんが連れて待機してます」
「自身に洗脳、ね」
「レルギオではスグサさんが後処理をしています。……ベローズさんは、亡くなりました。イオラさんも……」
「そうか」
これが、戦いの代償。
怪我をした人。命を落とした人。すべてを拒絶した人。
何かを手にした人は……いない。
「カミルと城の内部を確認しに行きたい。一緒に行ってくれるか?」
コウの顔に影が射す。
なにかあったのだと察するのは容易だった。
答えはもちろん、イエス。
カミルさんのこととなればクザ先生も行くだろうと、そちらを見ればもうすでに立ち上がっていた。
クザ先生の顔もどこか暗い。
「行きましょう」
地面を踏みしめる。
お城に向かって足を向けて、生い茂った木々の隙間から射す光が多くなっていく。
二人の表情の影が濃くなっていくのと比例して。