【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
クザ先生の話によると、カミルさんとは城の前で争い、カミルさん自身を氷漬けにしたのだという。
私に肩車をされてご満悦のウーと協力したようで、クザ先生はウーに感謝していた。
ぱたぱた動かす足が可愛らしい。同時に痛い。
「殿下! ご無事でしたか!」
兵の一人が声を上げる。
それに反応した周囲の塀が、まるで波紋の様に「殿下!」と呼び、人が中心に集まってくる。
城はどういう状態なのだろう。
戦いの前は、王様の命令で大戦に備えていたはず。
クザ先生やライラさんの動きで、反逆者の拘束のために動いていたというところまではわかる。
洗脳が解けた今、兵たちは陛下か殿下か、どちらについているのだろう。
コウ殿下の後ろで控え、話を盗み聞く。
「状況は?」
「はっ。大変不甲斐ないのですが……我々はどうして戦いに備えていたのかわからず……大戦の準備は一時中断しています。なにやら思い違いをしていたような……」
「戦の準備はなしだ。すぐに片づけてくれ。民にも伝達するように」
「しかし! これは王命です! 国王陛下となられた第一王子による命は……」
「いいんだ」
慌てる兵に対して、冷たく、重い一言がその場を支配した。
揺れ動いていないような外気の中、耳の奥でコウ殿下の声が木霊する。
特に何の変哲もない一言。
魔力を含んでいない、ただの言葉。
それに込められた魔力ではない
全員がそれを感じ取ったのだろう。
固い空気の中、誰も何も動かず、ただただコウ殿下を見つめていた。
ウーでさえも変化を感じ取っていた、そんなとき。
何も知らない兵が駆け寄ってきた。
「コウ殿下! カミル団長が……!」
「今行く。こちらは頼んだ。責任は俺が持つ」
「……承知、しました」
苦し紛れの返事は、コウ殿下に届いただろうか。
振り回してしまったことに少しの罪悪感を感じながら、駆けて離れていくコウ殿下を追う。
「こちらです!」
追った先には、聞いていた通りに氷漬けのカミルさん。
「カミルくん……」
「全身が氷漬けで、しかも相当強い魔力でどうしても溶けません。下手に砕こうとするとカミル団長のお体に支障が出る可能性があり……」
「この魔法は」
言葉の途中で振り返るコウ殿下。
目線の先はクザ先生。
だが、クザ先生からも視線を感じる。
隣を見れば、少し違った。
私ではなく、私の上を見ている。
「……ウー?」
「う?」
覗き込んでくる顔は「なぁに?」と何もわかっていなさそうな顔。
隣を見れば、「うん」と頷くクザ先生。
前を見れば、「うーん」と難しい顔をしているコウ殿下。
「ウーの魔力で凍らされた……子供ならではの力加減なしか? 今でも何十人が動いているのに、それでも溶けないとなっては打つ手が……しかし早くしないとカミルの体が……」
「あの」
「あの」
「ん?」
二つの声が重なる。
お互い見合ってどうぞどうぞと譲り合い、私が物理的に一歩引くことで順番づける。
「クザ先生、なにか?」
「ウーくんが、≪保温≫と≪眠り≫の魔法が込められた石を渡したと言っていて」
「石……これか」
カミルさんの氷像をよくよく観察すれば、肩の辺りに確かに見える、赤く光る石。
私も見覚えがある。
ウーとロロがそれぞれ首から下げていた石だ。
同時に、ウーとロロが、スグサさんが目覚めるまで中で眠っていた石。
「ならばカミルが凍え死んでいることはないということだな」
「はい」
「安心した。それならまだ時間はある」
「そのことで、コウ殿下」
「どうしたヒスイ」
今度は私がクザ先生より前に出る。
カミルさんの元まで来て、観察する。
これは魔力で作られた氷。
魔力で、ならば。
「私はこの氷を消せます」
「ほう」
「いつでもできます。今やれと言うなら今でも。時間を置くのであれば、その時に」
「……今やってくれ。クザ先生の言っていたことから、カミルは眠っているだろう。寝ている間に拘束。一応医務室で寝かせてやりたい」
「わかりました」
武器を取り出す。
掌程度の長さの針の、糸を通しそうな穴についた鈴が高い音を奏でる。
軽い力で氷に打ち付ければ、溶けたアイスクリームのように形を崩していく。
「団長!」
「拘束後、すぐに医務室へ」
「な、なぜなのですか! カミル団長が何か」
「訳は後で話す。悪いようにはしない」
「……かしこまりました」
兵の一人が、腰から拘束具を取り出す。
私はとっさに立ち位置を変え、クザ先生を隠した。
黒く光るそれは、周囲の光と視線を集めながら、カミルさんの手首に収まった。
「丁重に頼む。目を覚ましたら教えてくれ。城にいるから」
「はっ」
抱えられていく姿が想像よりも小さくて、なぜだか寒気がした。
両手で自分を抱きしめると、クザ先生が私の横を通り過ぎた。
「コウくん、わたくしは医務室に」
「……お願いします」
医術師である本来のお仕事。
もちろんそれだけではないが、クザ先生は振り返らずに旦那さんの後を追った。
「では、俺たちも行こう」
「はい」
今度は、お城の中へ。
慌ただしく、文字通りてんやわんやな状況は外も中も同じだった。
戦の準備のための準備は取り消され、それはなぜか、一体どうするのかとそこかしこから声が飛んでくる。
そんな中、私とコウ殿下は一直線に進んでいる。
コウ殿下が足取りに迷いなく進むから。
話しかけられても「あとで」とあしらう。
コウ殿下は父、というのか、兄というのか。
亡くなった兄の体に入った父と戦ったという。
何も言わないが、その戦いの場へ向かうのだろう。
今の事態は身内が巻き起こしたもの。
そして身内二人が亡くなって、なんなら自分が殺したようなもの。
無言で早足で歩くコウ殿下の心情は計り知れない。
「なんなのだ、この魔法は!」
突如として怒声が響いた。
誰に当てるでもない行き場のない怒声は、一際大きく聳え立つ真四角の結界に向けられているようだった。
それに向かって、さらにスピードを上げて近寄っていく。
「すまない、開けてくれ」
「コウ殿下! ご無事でしたか!」
「お下がりください殿下。得体の知れない魔法です。どうぞ安全な場所へ」
「ヒスイ」
周囲の人たちの声を無視して、私を呼ぶ。
何人、何十人もの視線が、コウ殿下が見つめる私に集まる。
尻込みしそう。
だが、見覚えのある結界と、身に覚えのある魔力。
結界に触れながら今にも泣きそうな顔をしているコウ殿下が、後に引かせてくれない。
「頼む」
何を、なんて聞かなくてもわかった。
この魔力をどうにかしてくれということ。
この大衆の中……いや、それはさっきもそうか。
この中に泣いてしまいそうになるほどの何かがある。
それをこの場で、と。
「わかりました」
少し思案したが、断るつもりはなかった。
人払いはしなくていいのだろうかと思ったが、そんなことはもう今更なのだろう。
武器を出す。
周囲がどよめく。
人によっては武器を構え、魔力を練ろうとする人も。
コウ殿下の手元だけを見つめて気にしないようにした。
横に並び、鈴を打ちつける。
「おお!」
「なんということだ……」
一瞬にして霧散した結界。
中には
驚愕の声は、魔法が消えたからか、女性がいたからか。
誰よりも早く動き出したコウ殿下。
女性の上半身を抱き上げる。
じっと顔を見つめる。
なんとなく女性に既視感と違和感があって、自然と足が向かった。
「……どう思う?」
唐突に投げられた疑問。
果たして何についてか。
聞き返さず、わかることだけを言ってみる。
「呼吸はしてますが、眠り……とは違うかな。気絶? 外傷はないので一時的なものでしょうか。もしかしたら心因性のもの。そして……」
「そして?」
「……似てますね」
「……母だ」
おや。
『親』じゃなくて「おや」。
「事情があって、な」
「そうなんですね」
ここでは話せないのだろう。
戦関連を知っている私たちは落ち着いて理解できても、他の方たちはそうではないかもしれない。
話せない、というだけでわかることもある。
『コウ殿下のお母さんは、生き還った』。
そもそも、私はお母さんが亡くなっていたことを知らなかったのだけど。
「運ぶ。道を開けてくれ」
お母さんを丁重に横抱きにして、有無を言わさない声色で周囲に伝う。
驚嘆と、得体のしれない畏怖。
この国の人なら
その人がなぜここにいるのか。
亡くなったはずの人を、なぜそんなに普通に扱えるのか。
二人に向けられる視線の濃さは、開けられる距離と比例する。
無言で進むコウ殿下に、ただただついて行く。
何度目かのこの状況。
思うことはその都度違うけど。
一つの部屋についた。
私は入ったことのない部屋。
両開きの扉。一つずつに絵画が飾られている。
遠慮なしに扉が開けられて、少し迷って入った。
なんだかいい匂いのする、ベージュ基調のお洒落な部屋。
けれど生活感はない。
お城という時点で生活感はなさそうなものだけど。
コウ殿下はベッドにお母さんを寝かせた。
「人間は思い込みで死ねるそうです」
扉付近からなんとなく動く気がせず、なんとなく思ったことを言ってみる。
「お母さんがいらした場所。天井が何階分も開いていました。上から落ちてきたにしては怪我がないというのが不思議ですが、そこは置いておきます。ただ、落ちてきたとしたら、「死んでしまう」と強く思ったのかもしれません。もしくは落ちるショックで「既に死んでいた」と思い出した可能性も」
「……それだけで?」
「はい。実際に死んでしまう場合もあります。お母さんが亡くなっていないのは、それに至るほど強くは思わなかった。どれだけかはわからないですけど……長い長い眠りに入ってしまったのかもしれません」
私の世界では『植物状態』という。
この世界にその言葉があるのかはわからないけど、言うのは
確証はないし、私にはその判断を下せるだけの立場にいないから。
「……陛下が言っていたのだが」