【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
窓を閉め、話す内容が内容なので結界魔法を張る。
光属性魔法 ≪嵐の渦中に花の囁き≫
いかなる騒音も外部に漏れることはない。
今は国中が慌ただしいから、いつだれがどのような行動をするのか予想がつかない。
一つ。空を飛んでいる時に見た、黒焦げの塔。
何があったのかはなんとなく察した。
私様の魔力を感じたから予想は当たっているだろう。
そしてそれを行使したのは王子サマだ。
そこは塔が崩れかかっていて、調査がなかなか進まない様子だった。
お節介かもしれないが、少し魔法で補強してやった。
「起きそうか?」
「いえ……疲れてるんでしょうけど……」
王子サマも健闘したからな。
城中から王子サマの魔力の残痕を感じる。
父が兄を殺し。
兄と思ったら父親で。
父親は母親を生き還らせ。
自分と弟のことからはそっぽを向かれ。
王子サマとしてではなく、ただ一人の子どもとしても辛いものだったろう。
『王子』という役職がなければ、そればかりで潰されていたかもしれない。
幸ではない。
だが、不幸とも言い切れない。
「……っ」
「あ、起きた」
ぐしゃりと顔を歪ませ、うっすらと目が開く。
寝起きらしい締まりのない顔が、ぼーっと周囲を見渡す。
近くにいる弟子の顔を見て。
そのすぐ後ろに立つ私様を見て。
……苦い顔をされた。なぜだ。
「コウ殿下?」
「……」
「……ん?」
口をパクパクと動かす。
片目をこする。
なんだ。どうした。
「殿下……」
「……っ」
「喋れ、ます?」
その質問は、まさか、そういうことか?
ヒスイの肩をひき、王子サマを視る。
「……魔力は感じない。魔法をかけられたわけではない」
「コウ殿下。私の声は聞こえますか?」
うん、と頷く。
目が覚めてきたのか、冷や汗が垂れている。
本人も身に覚えがないのだろう。
弟子が来るまでは話せていたんだ。
弟子がいなくなった間に何かされた?
いや、それなら魔力の残痕があるはずだ。
「私がいなくなってから誰かに会いましたか?」
弟子の質問に対して首を振る。
「体のどこかに痛み、痺れ、違和感は?」
喉。そして左目をさす。
喉は声が出なくなったことか。
左目は、まさか見えていないのか。
「失礼します」
弟子が王子サマの右目を隠す。
すると、王子サマの左の眼球は私様たちを見ていない。
右目を露にして、はっとしたようにヒスイのことを見た。
「喉触ります」
男にしては少し細めの喉に指を押し当てる。
これは弟子の知識による検査の方法かと勝手に思う。
冷静に情報を集めていく姿。
私様が生きている時に知りたかったな。
「「んー」と、「あー」と言ってみてください」
王子サマは口を閉じる。
ただ口を閉じているだけのように見える。
そして口を開く。
それも、ただ口を開いているだけのように見える。
数秒の後、弟子は手を下ろしかけて、再度触る。
「……もう一つ。唾液を飲み込んでください」
ごくっ、と音がした。
私様でもわかる。
それはできる。
弟子がゆっくりと手を下ろし、目を閉じて頭を下ろす。
落ち込んでいるというより、何かを考えている。
自分の中に得られた情報を整理するためだろう。
入ってくる情報を制限し、内部で考えをまとめる。
頭が上がった時、結論が出される。
「……えっとですね」
上がった。
「喉の筋肉の動きはあります。飲み込みは出来ている。けれど、声を出す『声帯』の動きがありません」
「つまり?」
「声を出すことができない。食事は可能。ということです」
「原因は?」
「私にはなんとも……魔力は感じなかったんですよね?」
「ああ」
「でしたら……外傷もないですし……私が離れるまでは話せていて今は話せない。急に現れた症状。考えられるのは……精神的なもの」
「ほう。あれか。心の怪我、か」
「コウ殿下の現状を考えればありえるかと」
「そうだな」
一言で言えば『家族を殺した』。
不本意とはいえ、状況だけ見ればそう言えるし、本人もそう思うだろう。
そう思ったからこそ今の状況なのだと考えられる。
見た目に差異はない。
周りがフォローすればどのような状況だということは伝わらない。
伝わらないからなんだという話だが。
見た目以上のダメージを追っているというのは確かだ。
「コウ殿下の症状は一先ず様子を見るしかないと思います」
「期間は」
「それはわかりません。コウ殿下次第です。これもリハビリが介入する案件です」
「お。じゃあお前の専門」
「そうなります」
弟子は意を決した顔で王子サマを見る。
王子サマも、右目が開いていれば把握は可能だし、耳には異常がない。
私様たちの会話を聞いていて、自分の状況を少し理解したのだろう。
強張った顔で上塗りされ、隠れてたそうにしている不安の色の瞳。
弟子はその瞳を見つめる。
「コウ殿下」
声が出ないが、口が動く。
「なんだ」、と。
「焦る必要はないし、責任を自分で重くする必要もありません。貴方は王族ですが、貴方以外にも王族はいます。頼っていいんです。背負い込みすぎなくていいんです。……頑張り過ぎです。今度は、私が支えますから」
見開かれた目に光が反射した。
何を想ったのかは本人のみぞ知る。
―――――……
私様たちが王妃の部屋で話をしていた頃。
黒焦げの塔からは一人の遺体が見つかった。
しかし判別がつかない程に黒焦げで、見た目で判断がつかなければ『誰』と判断することはできない。
故に、身元不明の遺体として無縁仏となった。
もちろん、王様の遺体ではないかという声は上がった。
しかし証拠がない上になぜそのような事態になったのかの説明がつかない。
本当に王様の遺体ならなぜこうなったのかを明確にしなければならない。
明らかに自殺ではない。
他殺。もしくは事故。
試用したのは私様の≪
というか、これは何の魔法なのかというところさえわからないだろう。
不確定な情報が多いまま『王様が死んだ・殺された』という情報を流すわけにはいけない。
もしかしたら戦争になるかもしれない。
そんな安易な判断は下されるはずもなかった。
なので、王様は一時行方不明となった。
となると代理の王が必要となるわけだが。
代理の王が必要だと暗黙の了解がされた日。
それはつまり、大戦前夜から数日が経った日のこと。
夕日に照らされながら優雅に空で寝そべっている私様。
視界を飛ばした先では、見知った顔が着飾ったおっさん方に囲まれている。
「こちらにお目通り願います!」
「いえ! こちらの方が緊急です!」
「サインだけで結構ですので!」
「全部そこ置いとけ! 気軽にサインなんかしねぇ! これ資料足らんから追加!」
てんやわんやな状況は見てて楽しい。
近くにいたら絶対なんか言われるだろうからこうして遠めに見ているのが一番だ。
第三王子改め、シオン国王代理。
まさかまさかの第三王子は今やこの国のトップとなっていた。
といっても『代理』。
本人は続ける気はなく、周囲には「コウ兄上が戻られるまでだ」と明言している。
そこに『ブラコン』という感情はあってもほんの少しだろう。
大半は『信頼』と『自覚』。
国王によりふさわしいのは誰か、という客観的視点から来る判断と明言だと、私様は思う。
そしてその秘書となっているのが問題児・
コイツは洗脳によって戦に混ざったのではなく、純粋に王族の座を狙っていた、いわば危険人物。
しかし国民はもれなく洗脳されていたため、
つまり裁くこともできない。
ではどうするか。
シオン国王代理となった瞬間、そいつが言った。
「ロアを俺のそばに置いて監視する」
コイツにそんな器用な真似ができるのかと不安になったのは言わずもがな。
そこは思ったよりもうまくやっていて、傍若無人な物言いがいい味を出していた。
変に下手に出るよりいいだろうと評価する。
ロアも忙しさに飲まれてすぐには悪だくみはできない状況のようだ。
少なくともロアはまだ子ども。
貴族と言えど当主は他にいるし、ロア自身が持つ権力は少ない。
今はちょうどいい小間使い程度だ。
そこまで考えて、もしかしたら王族という立場を見せつけるためとかだったら性格悪いなあと、面白がっている私様である。
ではでは。
国王代理が絶大なる信頼を置くオニイサマはというと。
視界を切り替える。
そこは戦いの渦中となった国・レルギオ。
廃墟とは言わないものの人気の少なさが目立つ城の一角で、王子サマ改めコウは体を動かしていた。
シンプルに体操。
最近は室内で体操して、城で雑務をこなして、メイドや執事はいないから家事をして、と。
王子サマらしからぬ生活をしている。
けれどコウはコウでこういう奴だと実感するのが、その表情。
生き生きしている。
文句を垂れるでも不満げというわけでもなく、日々の仕事を着実にこなしている。
これが
ちなみに左目は見えない。
声も出ない。
『治っている』とはいいがたい。
だが、弟子に言わせれば「これでいい」のだと。
「何も直そうと一生懸命になる必要はないんです。コウ殿下は非日常に身を置きすぎました。だから、まずは日常を取り戻すんです。『生きている感覚』を思い出す。それが大事」
だと。
私様にはそういう知識がないから「そんなもんか」と返した気がする。
結果は火を見るよりも、だった。
自分に与えられたことをしなければと機械、いや、人形の様に仕事に追われていたコウはどこへやら。
それはまるで人間のように活動している。
見えなくとも。
声が出なくとも。
『障害』を抱えているように見えなくとも。
一つの『障害』を降り超えようと奮起する姿は、『生き物』そのものだ。
なぜか。本当になぜか。
私様が満ち足りている。
これに関しては私様はほぼほぼノータッチ。
だけど。けれど。
弟子のやっていることの成果が出るのが嬉しい。
成長を感じている時とはまた違った悦び。
ああ、気分がいいな。
宙がえりでもするか。
「おぉっと……おっも」
誰も見ていないところで悠々とごろごろしていたら、腹に乗せていた魔石を落としかけた。
いかんいかん。
これはこの後すぐ使うんだ。
この数日間、ために貯めた魔力が無駄になってしまうところだった。
「……ふむ。もう十分か」
魔力は堪り切った。
これで数百年、数千年は持つだろうか。
ではでは。
これをレルギオの城の地下に眠る王妃様にお届けするとしよう。