【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
「っ……はい!」
返事をするのに間隔が空いた。
課題が嫌なわけじゃない。
ただ、返事をするのが遅れてしまっただけ。
なぜか。
飲み込んだから。
何を?
息を。
『さいご』という響きが耳慣れなくて、体は受け入れてくれずに涙が流れる。
いや、受け入れているからこそ流れる。
この人は引き留めても留まらない。
むしろ死ぬことでさえ楽しみにしている人だ。
好物を前にして止まる人じゃない。
何がなんでも手に入れようとする人。
だから、私は私の頭を撫でるこの手を掴むことはできない。
しちゃいけない。
……しない。
「なあ、ヒスイ」
雨ではない水分と一緒に、言葉が降ってきた。
頭に置かれた重みを感じていたくて、目線は私の膝に向いたまま。
そんな心情を理解してくれたのか、手を置いたまま言葉を続ける。
「生き物はなぜ死ぬと思う?」
唐突だった。
「……なぜ、でしょうね」
「考えたことないか?」
「いえ、あります」
「聞かせてくれよ」
ぽん、ぽん、と。
小さい子どもをあやされるように、慰められる。
それに甘えながら私の言葉を整理して。
甘えたまま、ぽつりと呟く。
「他人のため」
「……ふぅん?」
「その人がどんな生き方をしたのか、どんな環境で、どんな人と出会って、何があって何をしたのか。そしてどんな死に方をするのか。その人の経験……『人生史』を伝えることで、聞いた人がどう生きたいか、どんな『人生史』を歩みたいかを選ばせるため、でしょうか」
「『人生史』。誰かのための『選択肢』ね」
「……今言ってみて思ったのですが、それは『進化』とも言えるのかもしれません。誰かが死ぬことで、それを踏まえて、新しい道が拓ける。今まで見えなかった道が見えるようになって、一歩が踏み出せる」
「ほう。『進化』ときたか。皮肉か?」
「そんなつもりは」
ない、と思う。
ベローズさんも人間の進化のため、研究を進めていた。
この世界にない治癒魔法を見つけるため。
治癒魔法を作るため。
けれど、治癒するというのは『元に戻す』ということ。
『元』を知らないと『元』にはならない。
知れないならば、『元』からあるものを使えばいい。
『元』からある『召喚魔法』『死体』、そして体に残る『知識』や『記憶』。
……やることはあまりにも自分勝手だったけど、ベローズさんも手詰まり状態だったのかも知れない。
手詰まり状態だったから、誰かに頼りたかった。
ベローズさんが序盤に助けを求めるほど優秀な『スグサ・ロッド』に、助けて欲しかったのかも知れない。
それは。
それは確実に、生き物が生きる、進化するための努力の一つでもあった。
「私様にも治癒魔法は作れなかった」
頭の重みが消えた。
名残惜しさを感じながら、けれど自立しろという内心の声を聞いて、頭を持ち上げる。
夜空に浮かび、青い髪を靡かせて。
月にも似た金色の目が私を捕らえる。
「私様に作れなかったのなら、今後もできる可能性は低いだろう」
「うわぁ」
「んだよ」
「いえ別に」
「なんたって最高位魔術師だからな。だから……」
「だから?」
「お前が持つお前の知識を広めてほしい」
………………。
「え?」
「お前の記憶が今私様にもあるんだが、これを広めてほしい。課題じゃなく依頼、まあオネガイだ」
「私の……リハビリの?」
「ああ、そうだ。実際の治療には人間の体を知る必要がある。それには『この世界の人間』の体を知らなければならない。それはできるか?」
「いえ……」
「なら、怪我や病気が起こることを前提として、起こってからどうすべきかを教えてやってくれ。治らなくとも生きていけると」
奇しくも。
いや、わざとかも知れない。
治らなくても生きていけるようにするのは、まさに生活に対する
生まれ変わったように。
新しい個性を持って。
生きていく。
生きていけると。
その援助をするのは、
「わかりました」
断る理由がない。
私の仕事だ。
前の世界、いや、前の人生の延長だ。
転生しても、人生と記憶は引き継がれている。
満足そうに微笑むスグサさんは、一言「よし」と呟く。
その瞬間、また目の前が揺れた。
水面を見ているかのように滲む。
瞬きができない。
しちゃいけない。
いけないことはないけど、したくない。
見せたくない。
「じゃあ、そろそろ」
「あのっ」
それは考えもしていなかった声、というか、叫びだった。
「ん?」と耳を傾ける。意識を向ける。気に掛ける。
言い淀んで、はてさてどうしようかと焦る。
テンパってしまって取り繕いもせずに焦っている。
それでも、スグサさんは急かさず、ただただ宙で待っていてくれている。
「……あの」
「なんだ?」
「……あ、の」
「おう」
「…………っ」
「茶ぁ飲むか?」
「もうないんじゃ」
「あ、そっか」
スグサさんなりの気遣いだろうか。
嬉しくて、悲しい。
たった一年。
だけど大きくて長い一年。
ずっと一緒に過ごした。過ごしてくれた。
……さみしい。
けど、もう、引き留められない。
「……あ――」
「いやよ!!」
誰かの声を遮った悲痛な声の主は、空中とも関わらず、勢い任せに抱き着いた。
「シク」
「いやよ……いやぁ……せっかくまた会えたのに……また、
スグサさんに抱えられた子ども二人が、何事かと目を覚ます。
珍しく何も言えなくなっているスグサさん。
私は両手を伸ばし、その意図を汲み取って、子どもが私の方へと寄ってきた。
両手が開いたスグサさんは、抱きついて、不規則に揺れる肩に触れる。
「……シク、悪い」
「嫌、聞きたくない」
「じゃあ勝手に言う」
より強い力で抱き着いた。
耳の近くに肩が寄って、まるで塞いでいる様。
「聞きたくない」と、まさに全身で表現している。
けれどスグサさんは、どこか遠くを見ながら話し始める。
「私様はもうすでに死んでいる。死んだ時にまた会えると期待を持たせた。すまなかった。けど、お前が待っていてくれたおかげでこうして一年間過ごせた。感謝してる」
「感謝しなくていい。許さないから、まだ逝かないで」
「逝くよ。私様本体はもうこの世にはいないが、『記憶』である私様も、この世にいたらいけない。本当はいない存在なんだから」
「そんなの知らない。許さない奴は
「だーめだって。そうだな。じゃあ待っててくれた礼に、お前にもプレゼントをやる」
「プレゼント……?」
抱きしめていた力が緩んで、二人が顔を見合う。
スグサさんが片手をシクさんの片目、そして反対の手で自分の手を覆う。
「『私様の眼をやる。お前が私様の頼みを達成した時、私様の元へ来い。それは魂、そして次の生へと受け継がれる。死んだあと、一緒に生きよう。私様はお前を待ってる』」
≪先払いされた傲慢な依頼≫
二か所で、手と目の間から光が放たれる。
夜が明けたと思ってしまうほどの輝きが放たれ、すぐに消えた。
スグサさんの両手が降りる。
隠されていた目の色は、以前とは違う物になっている。
「……二人の目が」
「ああ、交換だ。それが先払い」
思わず出た私の呟きを、スグサさんが拾う。
何が起こったのかわからなそうなシクさんは、露になった目の周りを触って戸惑っているように見える。
「え……交換……?」
「見てみろよ、私様の眼」
「……はいいろ……
「だ。お前の眼があった場所は、私様の眼がある」
スグサさんが言うように、シクさんの片目には月のような金色の瞳が輝いていた。
オッドアイ。
二人の眼は交換され、二色お揃いの瞳を持っている。
「そしてもう一つ。≪帰路への導き≫」
シクさんの金色の眼が淡く光る。
私は初めて聞いた魔法。
けれどその名前を聞く限り、なんとなくの予想はつく。
「シクが死んだ時、≪先払い≫と≪帰路≫の効果で眼は私様の元へ戻る。同時にシクの魂、もしくは次の生で私様と会うだろう」
「死んで、から……?」
「そうだ。少なくとも、お前が今から言う私様のオネガイを達成したら、だがな」
「オネガイ……? なに? スグサのオネガイ。
「レルギオの、声を出せない奴らの面倒を見てくれ。意思疎通が取れないのはストレスだろう。魂で意思を汲み取れる、そして同じ混ぜられた者であるお前にしかできない。それが、私様の頼みだ」
「意思……」
シクさんは言葉を詰まらせた。
いい返事も悪い返事もなく。
眼に涙をためて、スグサさんを見つめる。
「今いる奴らの分だけでいい。コミュニケーション手段を確立出来たらそれでもいい。達成して、シクが満足のいく結果を私様に報告できると思った時が、私様のオネガイ達成の合図だ」
「……じゃあ、
「そうだ。シクが『これでいい』と思わない限りは継続だ。だが『これでいい』と思えた瞬間、お前はすぐ死ぬ。苦しまない。その日、シクが寝ようと思った時に安らかに死ぬ」
聞こえはいい。
やり切って死ねる、そういうことだろう。
だが、それは他にやりたいことがあっても、スグサさんのオネガイが優先されるということ。
そのお願いを忘れて寝てしまった場合、『明日は何をしようか』と考えながら寝て、死んでしまう。
これはつまり、悪魔との契約でもあるように思う。
……けど、シクさんなら。
「いいわ」
だと思った。
「
まるで。
まるで恋をしている様な言葉を並べる。
甘ったるくはない。
むしろ刺激は比較的強い。
けれど、なんだろう。
あたたかいなにか感じる。
これがこの二人の信頼の証なんだろうか。
「どこまでも、死んでも一緒にいるから」
「ああ。話し相手になってくれて助かるよ」