【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
一度、熱い抱擁を交わし、シクさんは静かに離れた。
別れを惜しんでいた頃よりもとても雰囲気は穏やか。
それだけ、スグサさんのやっていたことは安心できたんだろうなと。
「ウー、ロロ」
「う?」
「なぁに?」
私の両腕が抱える二人の子どもは、もうぱっちりと目を開けている。
両手で二人の頭を撫で、気持ちよさそうに目を細める。
時折聞こえる小さい笑いが、少しだけ、私の心を締め付ける。
「石、持ってるか?」
「あるー!」
二人は同時に、首元から石を取り出す。
スグサさんが二人のために渡した魔石。
二人がスグサさんを待つために持たせたもの。
スグサさんはその石に指で触れ、小さく唱えた。
「≪帰路への導き≫」
さっきも見た淡い光。
石に吸い込まれるようにして消えた。
「お前たちは『もうずっと寝たい』と思ったときにまた石に入れ。そうしたら、次起きた時には私様がいてやる」
「……すー、どこかいくの?」
「ああ。一人でふらっとな」
「いっしょにいっちゃだめなの?」
「私様だけが呼ばれてるからな。家と、仲間たちを頼む」
「……うー……」
聞き分けのいい子、とまではいかないらしい。
ウーも、そしてロロも、眼に雫を溜める。
我慢している姿がいじらしく、我慢しているせいで体が震え、眼からボロボロと落ちたソレが衣服を濡らす。
「やだぁ……」
「やだよぉ」
「やだあぁぁぁっ」
静かな夜に蛇の鳴き声が木霊する。
森の中。
生き物はほとんど寝ていただろう。
けれど、二つの子どもの声に、森の気配が一瞬揺らぐ。
なにごとか、と。
姿が見えたわけではないけれど、何かが蠢いた気がした。
怪しいわけでもなく、なんなら、何かは予想がつく。
だから誰も身構えない。
スグサさんは眉を下げて笑うし。
シクさんも泣きそうになってるし。
周りは様子を窺ってるし。
「まいったなあ」
頭をガシガシと掻いて、天下の最高位魔術師が困り果てている。
こんなふうに悩む姿を私は見たことがない。
見ていたのは考えていただけ。
最期の間際になって新たな一面を見れて、私だけが喜んでいる。
「何笑ってんだ」
「すみません」
見られた。
ため息を吐かれた。
「ウー、ロロ」
「……ぅあ゛い」
「私様はお前たちが大好きだ」
「……う?」
「スグサっ」
「もちろんシクも大好きだ」
「スグサぁ!!」
「なぁーわかったわかった。よしよし苦しい苦しい」
「ふふ」
「そして、ヒスイのことも大好きだ」
「ぅお」
びっくり。
「お前たちは?」
また、びっくり。
でもそう聞かれたら。
「だいすきだよっ」
「だいすきだいすき!」
「愛してる」
「私も、大好きですよ」
答えなんて決まってる。
『迷う』なんて言葉も思いつく前に口から滑り落ちるぐらい。
一と言ったら次は二が出るぐらい。
当然の返答だった。
「おう。さんきゅ」
いつものようにニヤッと笑って。
スグサさんは片手をあげた。
「じゃ、いくわ」
……なにが「じゃ」なのかは突っ込んじゃダメなのかな。
「なにが「じゃ」よ」
「なはは」
シクさんが聞いてた。
そして答える気はなさそうだ。
「すー」
ウーが呼ぶ。
「ばいばい?」
ロロが聞く。
スグサさんは首を振り、両手で二人の頭をぐしぐしと掻きまわす。
「またな、だ。お前たちを置いていくんじゃない。私様はお前たちがいつ来てもいいように環境を整えておく。楽しみにしてろよ。またみんなで暮らそう」
……引っかかる言葉だった。
けれど水を差すことはしたくなくて、思ったことは心の内に収めた。
撫でられてぽかんとしている。
けど、まあ、なんというか。
二人は子どもだけど、スグサさんとは長い付き合いだから。
「……しょうがないね」
「すーだもんね」
「おい、どういうことだ」
「ねー」
「ねー」
「お前らな……」
大人な対応だった。
またガシガシと。
さっきよりも粗雑に。
なんとなく照れ隠しをしているようにも見える。
また文句を言われないように笑いをかみ殺す。
……睨まれた。
「けっ」
もはや何も言うまい、ということだろう。
スグサさんは私の目の前に来て、私の頭に手を置いた。
「巻き込んですまなかったな」
……。
「スグサさんが謝ることじゃありません。むしろお礼が言いたいぐらいです。私を助けてくれて、ありがとうございました」
「私様はお前を観察してただけだ。お前の成長を。この世界の人間とは違う知識と価値観を持つお前の生き様を」
「スグサさんが支えてくれたからこそ、生きようと思えました。『人形』のような私が『人間』に戻れました」
「『人形』のように生きる道もあったが、それを選ばなかったのはお前自身だ。そして、『人間』になったお前に、後始末……聞こえが悪いな。仕上げを頼もう」
「仕上げ?」
「お前の鈴で、私様を消してくれ」
寝耳に水だった。
でも、一応理解はできる。
スグサさんが『記憶』としてこの場に存在できているのは、詳細は知らないけれどなんらかの『魔法』を使っているから。
それはスグサさんによって解かれる魔法なのだろうけど、あえて頼む意図はなんなのだろう。
「スグサさんが、じゃ、ダメなのですか?」
「できなかないが、疲れる」
「えー……」
「『記憶』を残したのは私様の本体だが、どれだけの余裕を持たせたのか、強固に組まれた魔法だ。私様が嫌がるように組まれてる。だから疲れる」
「さすがスグサさん」
「……どっちの意味だ?」
んんっ、と咳払いを一つ。
スグサさんは自分のことをよくわかった上で魔法を組んだ。
そして今、もう自分は必要がないと判断したスグサさんは、手っ取り早く私に消してくれと頼んでいる。
私が鈴を作らなければ自分でやっただろうに、もっと便利なものがあるから頼んでる。
嬉しいような、なんか納得いかないような。
言わないけれど、その分心の内で文句を並べさせてもらおう。
「失うのは一瞬だ」
物寂しそうに言ったスグサさんを見たら、並べようと思った文句を忘れてしまった。
寂しいんですね、スグサさんも。
結構あっさりしているスグサさんだけど、寂しいと思ってくれるのは私としては嬉しい。
寂しいけれど決心したのなら、それでいて私を頼ってくれたのなら。
私も片棒を担ぎましょう。
「わかりました」
「さんきゅ」
首の後ろに手を回し、服に隠れていたものが視界に映る。
石。魔石だ。
「私様の魂が入ってる」
わぁお。
「ここにあったから、アイツらの実験では私様を蘇らせることはできない。そもそも私様の魂を狙ったわけではなかったがな。むしろ私様を狙ってくれればよかったのに」
「どっちの意味で?」
「他を巻き込まないようにと、私様が直々に荒らしてやるため」
「だからじゃないかなぁ」
絶対そう。
スグサさんもわかって言っていたから、「だよなー」と悪戯に笑った。
「まずこれに鈴を。シク。私様の魂が飛んでいくのを確認してくれ」
「……うん」
「その後に私様……、あ、違う、お前だ」
目で指される。
「私ですか?」
「ああ。ヒスイにかけてる魔法を解かなきゃ。忘れてた」
「何がかかってるんですか?」
思い当たる節はない。
体には異常も特変もない。
いつでも、いつも通りに普段通りだ。
「いつも同じ調子である魔法」
……魔法の効果だった?
「その体は私様が生前使っていた体。もっといえば、自分のコピー体を作る前の体、『オリジナル』だ。いつ使うか、いつまで使うか未定だったから、永久保存版として魔法をかけてたんだ」
「私、風邪ひきましたよね? 海でヤビクニの討伐をしていた時」
「あの時の体はまた別だろ。あっちにはこの魔法はかけてない」
「ああ、なるほど……要するに、今の体は」
「そのまま生きてれば不老不死だな」
「…………うわぁ」
軽々と言ってのけたよこの人。
呆れて脱力してしまった私をよそに、スグサさんは腕を組んで自分の凄さを全面的に主張する。
「私様だからな。凡人の考える研究なんぞ、屁でもない」
ちょっと同情します、ベローズさん。
「んで、どうする? そのまま不老不死でいるか?」
挑戦的な目線を向けられる。
私様はそれでも構わんぞ? と。
お前なら気が変わった時に解けるだろう、と。
またかけることはできないがな、と。
目で語りかけてくる。
答えは考える間も無く。
「私は『人間』なので」
老けず死なない『人形』ではない。
右手に鈴のついた針を出す。
鈴を私の額に軽く打ちつける。
リィン
小さく高い音が鼓膜を揺らす。
たったそれだけのこと。
たったこれだけのことで、私は
自分の魔法を消されたというのに、当の本人は満足そうに笑ってる。
「これでお前は正真正銘の人間だ。誕生日おめでとう」
「あはは、今日が誕生日かぁ」
「ああ、私様と一緒」
「えっ、本当に?」
「いや嘘」
「む」
「なはは」
悪気無く笑う姿を見て思う。
この人は、堅苦しく送ってほしくないのだろう。
いつも通りに、何気ないことで笑って、悲しまずに笑顔でいて欲しい。
自分のためにいつまでも悲しんでいるな。
前を向いて、笑って生きろと。
「じゃ、改めて頼むわ」
魔石を突き出される。
鈴を突き出し、打ち鳴らす。
魔石にヒビが入り、光が弱まる。
シクさんの顔が少しずつ上へ向く。
潤んだ瞳がきらりと光った。
瞬きをしない。
涙を零さないようにしているようにも見える。
けれど、勝手な私の妄想かもしれないけれど。
スグサさんの魂をしっかり見届けているのではないかと思う。
「……ばいばい」
シクさんが小さく呟いた。
スグサさんはもう光を灯さない魔石を握って、首にかけ直した。
「シク」
「ん」
「ウー」
「うー!」
「ロロ」
「ろろ!」
「ヒスイ」
「はい、師匠」
「ちゃんと生きてから死んで来い。待ってる」
リーーーーーン
―――――……