【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
第1話
―――――……
後日。
フォリウム学院で学校が再開された。
国王代理となったシオンも出席していて、となるとロアさんも出席している。
始業式みたいなものなのでこれといった授業はなく、ただ連絡事項だけ。
あの戦いの後も特に変わった様子のないヒイラギ先生は、気だるげに連絡事項だけを告げて欠伸をしながら教室を出た。
なんてことのない、いつも通り。
「ヒスイ」
「はい、なんでしょう」
少し疲れた顔のシオンから話しかけられた。
「この後、城に来れるか?」
「予定はないですが」
「アオイが会いたいんだそうだ」
「アオイさん……! え、私も会いたいです。どうしたらいいですか?」
「俺も寮に寄ってから城に行んだが、準備が出来たらすぐ行けるか?」
「行けます」
「じゃあこの後、校門に来てくれ」
「わかりました」
早足のつもりが駆け足に、駆け足のつもりが本気のダッシュに。
途中、先生の制止の声が聞こえた気がしたけど、気のせいと言うことにして寮まで戻ってきた。
荷物を置いて、制服から私服に着替えて、髪をならして。
……息を整えて。
部屋の鍵を閉めてから校門までまたダッシュした。
「は……はぁ……」
「俺まだ部屋に戻ってないから。息整えとけよ。そんな荒らげてたら怪しまれるぞ」
「はい……」
寮の入り口で会ったシオンに釘を刺された。
ちょっと座れる場所で、言われたとおりにしておく。
深呼吸、深呼吸。
実は、戦いの後。というよりスグサさんを見送った後。
アオイさんに会うのは初めてだ。
事後処理で追われていたり、私もレルギオやスグサさんの家で活動していたりとそれぞれで忙しかったから。
アオイさんはどういうわけかロタエさんと結婚するというし。
ちょっとそこんとこ詳しく聞きたいと思っている。
「待たせた」
シオン登場。
「……あー……」
「なんだ?」
「ちょっと、コウみたいだな、と思いました」
「そ、うか」
テレ顔。
つんつんしてるシオンのテレ顔。
あからさまに顔を背けられるから覗き込んだ。
顔面抑えられた。
「ごめんて」
「ふん。お前もスグサ・ロッドに似てるぞ」
「え、そうですか?」
「ああ」
どこが、とかは言われないけど。
確かにこういうおちょくるようなこと、スグサさんならやっていそう。
スグサさんから移ったのか、私の元々の性格か。
私の前の記憶は戻ってはいるけど、正直どんな性格だったかは語れるほどではない。
ただあったことを思い出せるだけ。
『私』と言う人間は新しくなったのだと思うことにしてる。
合流してから、自然と足はお城に向かって行った。
話題は私たちの周囲のこと。
「ライラさんとナオさんも新しいクラスですね」
「ライラはともかく、ナオはどうだかな」
「……うーん」
「ま、あいつは慣れあうのが目的じゃないからな。一人ならそれはそれで集中できるだろ」
「それもそうですが」
「ライラのお墨付きだ。お互いにべったりだった二人が離れたんだ。そう
「……そう、ですね」
寂しいと思うのは私だけではない、と思う。
けれどそれは口にしない。してはいけない。
覚悟を決めた人たちに対して、それを言ってしまうのは少しばかり失礼に感じるからだ。
足を引っ張りたくはない。
がんばってもらいたい。
見守っていたい。
でも、近くにはいるから、もしもの時は頼ってほしい。
程よい距離感が難しい。
「カミル元団長は正式に引退して、今は隠居生活だと」
「そうなんですね。今日はクザ先生も出席されてて、表情が明るかったです」
「そうか。よかった」
「あの二人も、穏やかに過ごしてもらいたいです」
「だなー」
カミルさんはさすがに無傷とはいかなかった。
全身を氷漬けにされ、保温の効果で大怪我は免れたものの、指先は凍傷となってしまった。
麻痺のように痺れ、繊細な作業は難しい。
剣を振るうことに関しても握りが甘くなってしまって、とても現役続行はできないということだそうだ。
クザ先生は悔いていたけど、夫婦で話し合う時間が作れて、お互いに納得した形になったのだろう。
でなければ人前と言えど笑えていなかったと思う。
「アオイは――」
「だめ!」
「は?」
声で声を制した。
その先はシオンからではなく、本人たちから聞きたいのだ。
そう目で訴えた。
「はいはい」
めんどくさそうにだが、収めてくれた。
話しをとぎったお詫びに、今度は私から話題を提供しよう。
「コウ、少し声が出ましたよ」
「本当か!?」
「はい。話ができるほどではないですが、音にはなってます」
「そうか……」
日常を送ること、そして発声練習を繰り返し、最近は「あー」「んー」と音をなせるようになった。
片目はまだ見えないそうだけど、全く回復していないわけではなくて安心した。
私も、コウも、シオンも。
コウを待つ皆が、安心したと言えるだろう。
「そうか」
一人、言葉を重ねるのを隣で静かに聞いた。
椅子を温めて待つと宣言したこの人には、想像もしえない重荷が圧し掛かっていたのだろう。
王族として中途半端な位置にいたのに、いきなり最前線へ出る。
引っ張り出されたのではなくて、自分の意志で。
誰のせいにもできない。
いや、自分のせいでしかない。
重圧は二倍どころか二乗、三乗にも感じるかもしれない。
真横にいるせいで死角にある握り拳は、微かに震えている。
お城の門が開門される。
シオンが来るとわかっていたのだろう、門番は私たちの歩く速さと門が開き切るタイミング合わせていた。
「そう言えば、国王なのにお供を一人も付けないで平気だったんですか?」
「お前がいるからな」
「私?」
「『ロッド』の名を継いだお前がいるんだから、他なんていらねーだろ」
「む、む……」
「何その反応」
なんか照れる。
照れた顔を隠したくて、両手で頭のフードを引っ張った。
スグサさんが旅立った次の日、私は早々にそのことをコウ、そしてシオンに伝えた。
家名は住民票のようなものに登録され、学校にも知らされ、『ロッド』という偉大な名前は人の噂となってこの世界に広まった。
それは少し覚悟の上ではあった。
なんせ、歴史に名を遺す人だったのだから。
けれどそれがどんな人物かと探る人が多く、結局フードを被る生活は変わらない。
「フード被ってると落ち着きます」
「顔が隠れるわけではないから、怪しさは控えめだな。城ではもう知られてるし」
「ありがたいことです」
久しぶりのお城の中は特に真新しい様子もない。
話しながら向かった先は、シオンの部屋。
当然のことだが問答無用で入ると、机の上には大量の書類が……。
「くっ……」
悔しそうな声を上げ、一直線に机に向かう。
強い敵を倒した後に裏ボスが出てきたような気分だろうか。
回復なしで連荘バトル。
「紅茶でも入れましょうか?」
「くれ……」
学業と仕事の兼業は並大抵の努力じゃないだろう。
労わる気持ちを最大限に振り絞り、紅茶を丁寧に入れた。
シオンの部屋で静かに過ごすこと数十分。
コンコン、コン。
耳慣れたリズムが、紙とペンの擦れる音を止めた。
「どーぞ」
「失礼しまーす。アオイですよー」
「……なんかムカつくから帰っていいぞ」
「あはは! ひどいなぁ」
「失礼します」
「こいつの管理が甘いぞ、嫁」
「この人の管理ができるといつから思われていたのでしょうか」
「……無理を言ってすまん」
「いえ」
「失礼いたします」
「……ます」
「あれ、先生がた?」
「こんにちは、ヒスイさん」
「なんで俺が来てるんだろうな?」
「ヒイラギ先生もいるんですから……まあ、十中八九」
戦いの後のことを聞いてもらう、と言うことだろう。
もちろんそのつもりで来たが、まさかこんなにも人が来るとは。
あの戦いに参加した大人たちが勢ぞろい。
「アオイさん、ロタエさん、お久しぶりです」
「久しぶり、ヒスイちゃん」
「お久しぶりです。お元気そうですね」
「はい。変わりなく。……おめでとうございます、でいいんですか?」
聞くと、二人は対照的だった。
満面の笑みと、真顔。
まさか嫌そうな顔をするとは思ってなかったけど、まさか真顔とは……。
……反応に困る。
それに気づいたアオイさんが、ロタエさんを覗き込む。
「ロータエっ。照れすぎだよ?」
「っ」
え、照れてるんだ。
と思ったのは部屋の全員だろう。
まさかとは思ったが、言われた瞬間のロタエさんの様子を見ると一目瞭然だった。
顔や耳や首が赤いし。
指を組んでわきわきと落ち着かないし。
視線は横にずれるし。
なにより、言い返さないし。
えぇー……ギャップ。
「照れると強張っちゃうんだよねー」
るんるんと楽しそうに。
アオイさんって、結構人のことを見ているのかなとか。
それともロタエさんのことに限り見ていたのかな、とか。
ちょっとわくわくしてきた。
もっと聞きたい、そう思った時。
コンコン、コン。
今度は窓が叩かれる。
カーテンが引かれ、誰かが浮いているのがわかる。
誰だろう。
誰もが思って、身構えた中で、一人だけ、迷いなく窓に近寄っていく。
「来れてよかったです、兄上」
宙に浮いたコウの姿が暴かれる。
片目に眼帯をして、片手を小さく上げる。
私も驚いた。
来るとは思ってなかった。
口ぶりから、シオンが連絡を取っていたのだろう。
ここまで魔法を使った……?
「コウ」
入ってきたコウに駆け足で寄る。
何の気もない顔をする。
急くようにして、早口に問いかける。
「魔法、言えたの?」
こくり、と。
変わらぬ笑顔で頷き、私も嬉しくて笑った。
国を超える移動。
魔法を使う精神力。
例え
最初は使えても途中で使えなくなってしまったら。
私の不安を見透かしたように、コウは紙に文字を書いた。
「『魔法名は一人の時には言えていた。人前だと声がほぼ出ない』。え、知らなかった……」
「ヒスイが思ってるより回復してるってことか?」
「そうかも……です」
言葉の通りの嬉しい誤算。
『意味のある言葉』が話せるようになってきているということだろう。
心の中で、「よかった」と呟いた。
実際に声に出して言えるのは、まだ先のこと。
―――――……
「そっか。そういう最期だったんだね」
皆が集まったところで、私はスグサさんの最期について話した。
そして、スグサさんの家で眠っていたマリーさんも、眠りについたこと。
イオラさんのお墓を建てたこと。
レルギオではシクさんとウーとロロが、混ぜられた人たちのサポートをしていること。
戦いの影響は引き摺る人もいれば引き摺らない人もいる。
それは当然のこと。
今では覚えている人と覚えていない人がいる。
忘れてもいいのだろうか。
……少なくとも、当事者の私たちは忘れてはいけないと思う。
「僕も調べてきたよ。ベローズ所長のこと」