【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
教室、実験室、多目的室、更衣室、体育館、音楽室、調理室、木工室。
異世界の学校だが、普通科がある分、私の知っている学校と同じ部分も多々あった。
魔術科に関してはクラス人数が少ないが、普通科は多い。
武術科は魔術科と同じぐらい。
そのため学校としての規模は大きく、想像をはるかに上回った。
「随分広いですね。迷いそう」
「国の内外から同じ年の奴らが集まるからな」
各国には学校が一つずつしかなく、その分人数も多くなるそうだ。
校舎は科によってわけられている。
魔術科や武術科にしかない教室があれば、普通科の校舎にしかない教室もあるようで、場合によっては移動に時間を要するから注意が必要だと言われた。
授業に遅れるととんでもない罰があるのだそう。
経験者は語る。
廊下のど真ん中で「よしっ」と意気込んだ声を上げて、目の前の殿下が振り返る。
「校内はこんなもんか。何か気になっていることはあるか」
「殿下は寮なんですよね。寮はどちらにあるんですか?」
「寮か。あっちの方角だな」
廊下の窓を開け、長い腕と指を伸ばす。
方角としては城と反対側に位置し、おそらく洋館のような雰囲気がする建物がそれだろう。
学校が広すぎて距離があるように見えるが、場所としては隣接している。
「あっちは学年別だ。中で女子寮と男子寮に分かれている」
「寮に入る人は多いんですか?」
「多い。自宅から通う奴はほとんどいないな。俺はともかく、これだけ近ければ寮を選ぶだろう」
意地の悪そうな顔で、どこか皮肉めいたことを言っている。
以前、殿下は「お城から出たいから」と言っていたから、距離を理由にしている人からしたら殿下が寮にいる意味は分からないのだろう。
実際、寮とお城も十分近かったし。
「寮はさすがに人が多いから、今日は案内してやれないな」
「大丈夫です。学校だけでもすごく満足してます」
「そうか」
今度はすっきりした顔で笑った。
殿下は表情豊かだなあ。
学校を案内しきったところでお開きかと思いきや、最後に連れていきたいところがあるとのこと。
黙ってついて行けば、そこは『訓練場②』と書かれたプレートがかけられた扉。
まさか実技かと驚いて立ち止まったところで殿下が振り向く。
「そろそろ体を動かしたいかと思ってな」
どこかで聞いたことがあるようなセリフを、どこかで見たことがあるような意地悪な笑みで言ってのけた。
心の準備ができてませんよ……。
「もう一度言ってみろ!!」
殿下が扉のノブに手をかけたところで、肩を竦めるほどの声が響き渡った。
別の理由で脱力してたところに大声なんて聞いたから体が思いっきり反応してしまった。
殿下には「大丈夫か?」なんて心配されてしまったので、慌てて取り繕う。
「だ、大丈夫ですっ。何があったんでしょう」
「①の方からだったな」
訓練室は廊下を挟んで両サイドに位置しており、私たちが入ろうとした訓練室②の向かい側が、声のした訓練室①だ。
扉が閉められているため中の様子はわからず、しばし扉を見つめる。
さっきまでの大きい声はしなかったが、何か話している声が聞こえ、扉が開かれた。
「私、先生呼んでくるから……ってあれ! 兄殿下!」
薄紫色の、ウェーブのかかったショートヘアをした少女が出てきて、こちら……正しくは殿下を見て、驚きの声を上げる。
紺地に白のライン、膝までのプリーツスカートを着て、首元には赤いネクタイ。
私はなるほど女子生徒の制服はこんな感じなのか、とやや場違いなことを考えていた。
殿下を見上げれば、知り合いが出てきて少し驚いたようだ。
「ライラか。何かあっ」
「ご無沙汰してます! すみません、先生を呼びにいかないとっ」
ぴゅーっと走り抜けて行った、ライラと呼ばれた少女。
事情を聴こうとした殿下の声を遮って行ってしまったから、そそっかしいタイプなのかもしれない。
殿下はぼそっと「……まあいいか」と。
その一言で終わらせられるほど、殿下と見知った中なのか寛容なのか……。
少女の姿が見えなくなって、殿下は気を取り直して訓練室①の扉に手をかける。
「開けるんですか?」
「今の少女……ライラがいたということは、おそらくは俺の知っている顔がいる、と思う」
不確かな内容だが、どこか確信があるようだ。
殿下が良いのなら私は構わないので、それ以上は口を挟まなかった。
そして、扉が開けられる。
「もう二度とそんなこと言えないようにしてやる!」
「どうぞやってみてたらいいじゃないですか! 成績は僕の方が上ですけどね!」
「座学での成績なんか、実技であてになるものか!」
扉を開けた先は言うなれば観客席。目の前に通路がまっすぐ伸び、左方向には下がり傾斜で座席が何列か。
そして座席よりも少し下がった位置に、広いスペースがある。
そこにはお互いに向けて叫びあう、少年たちが幾人か。
「やっぱり」
「お知合いですか?」
「まあな。双方言い合っている奴らはわかる」
広場の少年たちは見るからに二極化している。
白い髪の男の子を先頭にした二人組と、青い髪の男の子を先頭にした四人組だ。
先頭の二人が言い合っているが、周囲は一人をなだめているか、便乗する形のようだ。
言い合っている子たちが中心人物なのだろう。
そして、殿下はその中心人物たちを知っていると。
私たちが部屋に入ってきたことにも気付かずに言い合っていて、さてどうしたものかと思っていると。
殿下が通路の階段を降りだして、先頭座席の目の前の手摺から身を乗り出す。
「双方! 落ち着け!」
ことのはじめに聞いた声以上の叫び声を部屋に響き渡らせ、殿下は注目を集める。
何事かと慌てた広場の少年たちは、言い合うことを忘れて殿下の方を向く。
白い髪の少年は口を「あ」の形に開けていた。
たぶん実際発音していた。
「兄上!」
なるほど。あの子が殿下の弟だったのか。
髪色とか目の色とかの遺伝はこの世界ではどうなっているのだろう。
殿下の金髪に対して弟殿下は白。
殿下の緑色の眼に対して、弟殿下は金の眼だ。
よくわからない。
でも兄弟仲は良いのだろう。
弟殿下は驚きの表情をぱっと明るくさせた。
「よう。ここで会うとは思わなかったな」
「第二王子殿下……」
逆に、青髪青眼の少年は恨めしそうな、間違っても正直に王族に向けてはいけないような目つきをしている。
よく見れば青髪さんの周りの子たちもあまり良いとは言えない表情だ。
知ってか知らずか、殿下はお構いなしに青髪さんにも声をかける。
「そちらはウ・ドロー家の子息だな」
「……はい。ロアと申します」
ロアと名乗ったその男の子は、貴族の上位に位置する家系のようだ。
『ウ』は同じ貴族のであるロタエさんの『ドゥ』よりも上。
貴族らしく姿勢を整え、殿下に向かって一礼する。
不満そうな表情は隠そうともしていないが。
なんだったら同じ王族の弟殿下にも、王族相手とは思えない言い合いをしていたようだが……同級生ならむしろいいことなのか?
「今、ライラが教師を呼びに行ったようだが、君たちの論争は教師の介入が必要なほどか?」
詳細は聞かず、程度を確認するつもりの様子。
学校では一生徒である殿下も、当人たちの言い争いにはなるべく首を突っ込まない姿勢なのか。
一生徒でもない私は口を出さずに静観しておくとする。
「兄上。私たちは双方の主張を通すため、決闘をしようと合意したんです」
決闘。
「そのために、立会人として教師を?」
「そうです」
肯定したのはロアと名乗った青髪さん。
お互いに了承したうえでの決闘で、公平な判断を必要とするために第三者が必要ということだった。
少女が慌てて飛び出していったのは、決闘を行うと決定しても結局は言い争いが止まらなかったからかもしれない。
「承知した。ならば教師が来るまでお互い距離をとることを推奨する。声が外まで響いて周囲に迷惑だ」
この中では年長者で上級生である殿下が、冷静に告げる。
二人組と四人組は声を交わさず、部屋の端と端へ移動していった。
そして、先程の喧騒はどこへやら、訓練室は静けさに包まれる。
座席に座った私たちも自然と声が小さくなる。
「座っちゃいましたけど、このあとどうするんですか?」
「教師が来るまでは待機しておく。そのあと何も言われなければ見学でもしようか」
意図せずして同級生候補の戦いを見ることになりそうだ。
スグサさんが殿下たちと戦ったとき以来の、見学。
ことが起こるまでは私が見られる立場だったかも知れないことを考えても、是非とも見学したい。
教師が来るまでのしばしの時間。
弟殿下はもう一人の子と何やら話している。
表情を見るにもう落ち着いたようだ。
逆に青髪さんは、厳しい目つきのまま、周囲の三人といる。
時折こちらに目線を向けられているような気がしてならないが、気のせいと思いたい。
…………思いたかった。
「第二王子殿下」
青髪さんが、殿下に声をかける。
隣で殿下が立ち上がった。
「なんだ」
「殿下は、見学なさるおつもりですか」
あくまで目上の人に対する言葉遣いをしているが、目つきも口調も、やはりどこかトゲを感じる。
意に介していないような殿下は淡々と答える。
「そのつもりだ。なにか不都合があるならば聞こう」
「いえ……。殿下にはありませんが、あまり自分の力を見知らぬものに見せたくはないもので」
思ったより慎重派だった。
さっきの成績を比べる口振りからは、自分が優秀だと広めたいタイプかと思っていたが。
「俺の客人だ。どうしてもというのなら退席させるが?」
殿下はどこまで狙って言っているのだろうか。
国の王太子の客人だけを退席させるなんて、いくら上位の貴族でも不敬に当たるのではなかろうか。
青髪さんは顔を歪め、舌打ちでもしそうな表情だ。
しかし、渋々頷いた。
「…………わかりました。ではせめてお名前をお伺いしたいのですが」
「だ、そうだが」
ここで私に振りますか。
振られては行動しないのも変なので、立ち上がる。
フードを取るのは流石に今はできないので、そのまま。
「ヒスイ、と申します」
「……家名は」
「ありません」
ないものはないので、淡々と告げる。
すると青髪さんは不快そうに、侮蔑の表情で言った。
「『間抜け』どころでもないくせに、王族の客人だと……」