【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
温まった体に、シンプルなワンピースを着る。
さっきまでのローブ一枚の服装と比べるととても人らしい気がする。
「おかえり。温まったかい?」
シャワールームから出るとアオイさんが待っていた。
洗ってくれているメイドさんたちの表情はとても硬かったのに対し、アオイさんは友好的に接してくれる。
「はい」
「よかった。それじゃあ、時間まで何をしようか」
すぐに謁見なのかと思ったが、そうではないらしい。
王様と会うというからそれなりに緊張していたが、少し心の準備ができそうだ。
と思っていると、隣の部屋から大きい声がする。
ここから、私の今の状況を特に知る人物と対面することになる。
「どうしたんだろうね」
私たちが話をしていた部屋だ。
アオイさんは私にここにいるように言って、1人で続き部屋の扉に向かう。
だがアオイさんが開ける前に扉が開いた。
「ここにいたか! 返してもらうぞ!」
メガネをかけてボサボサの白髪を後ろで一つにまとめた白衣を着た人物が、鬼気迫る顔で私に寄って来た。
だが間にいたアオイさんに手を掴まれて歩みが止まる。
「ちょっと待ちなよ。なんのつもり?」
「魔術師団長か。手を放せ。貴様こそ私たちの研究成果に何してくれているんだ!」
研究成果とは言わずもがな、私のことだ。
二人は睨み合いっていて、特にアオイさんは今までの優しそうな雰囲気ではなくなっていた。
山なりに描かれていた眉が眉間にしわを作り、温厚そうな瞳は鋭く細められている。
「ちょうどいいから今この場で聞かせてよ。君たちはその子をどうしたの?」
「どうしただと? 何が言いたいんだ」
「研究成果だと言ったね? だけどその子は人間のようにしか見えない。以前まではまさしく人形のようだったのに。一体何をしていたんだい?」
「なんだそんなことか」
呆れた顔をして溜息を吐く白衣の男。
腕は掴まれているままだからこちらに来ることはなさそうだが、薬品だろうか、嗅ぎなれないキツイ臭いがしてくる。
白衣の男はこちらを見て自信満々に笑みを浮かべ、高らかに叫ぶ。
「この『五番』やその他の番号たちはなぁ! 私たちの研究である『英雄の力の再現』を実現させたんだよ!」
「……は、あ?」
『英雄の力の再現』。
これが、私がこの世界に来ることになったきっかけである。
「わからないか。これだから頭の足りないやつは」
肩をすくめ、やれやれと小馬鹿にしたような仕草をとっている。
しかしその顔は笑顔で、面倒くさそうにしていても舌はよく回っていた。
「『英雄の力の再現』とはなぁ、今は亡き優れた者たちの体に魔術を施し、その力を行使することを可能にしたんだ」
「っ、お前、死んだ人間に何てことをしているんだ……!」
続き部屋からカミルさんが顔を出す。
「騎士団長も興味があるのかね? いいだろう、聞かせてやる」
白衣の男は続ける。
「そうだな。『五番』について教えてやろう。こいつはかつてすべての魔術を極めたとされるスグサ・ロッドの再現だ! こいつの戦時中の魔術はすさまじかっただろう。魔術師団長は実際に目の当たりにしたのだろう? 『五番』はその力を私たちの意のままにするのだ!」
この時、この研究所長・ベローズさんは「私たちの意のまま」なのだとはっきり言った。
つまりは私は『殺戮人形』でありながら『操り人形』だったのだろう。
自分に酔いながら話す男はひどく上機嫌だ。
私のことを語ってくれているだろうに、当の私はやけに落ち着いていたと思う。
夢心地、他人事、現実逃避というか、やはりどこか、信じられない。
「じゃあ」
白衣の男がこちらを見る。
「私は、死んだ人間なの?」
ふっ、と白衣の男が笑い、
「人間? お前は作られたんだ、『五番』。死んだ人間に意識を定着させただけの人工物だ」
ジンコウブツ。
という言葉はやけに頭に残った。
今でもベローズさんの表情も、言い方も、耳に残っている。
その時と今の感情を表現しろと言われると難しいので、何を思っているのかは自分でも正直わからない。
でもやはり、しっかりと覚えているぐらいは衝撃的な言葉だったのだと思う。
「まあ体は確かに人間のものだがな。しかしそれも死んだ人間の体。生者の者ではない。そんなもの、人間とは言うまいよ」
白衣の男は饒舌に語る。
それを一応は耳を働かせて、どうにか脳で意味を理解していた、と思う。
「ベローズ所長」
殿下が続き部屋の奥から顔を出す。
扉付近にはカミルさん。
その横を通って殿下がベローズさんと向かい合う。
アオイさんはベローズさんの腕を放し、私とベローズの間に立った。
「殿下。騒ぎ立てして申し訳ございません。ただちにこの人形を回収し、今回のことにつきましてはまた改めてご報告に上がります」
さっきまでの興奮状態はどこへやら、姿勢を正して恭しく頭を下げる。
「戦の前、ベローズ所長はこの娘たちのことを陛下と私に報告に来ていたな」
「はい。これらの完成をご報告し、戦に活用くださいと献上いたしました」
「所長の話を聞いて思い出した。その時は娘たちと研究の詳細を話そうとしたところで、陛下に止められていたな」
「私が聞いてわかるものではないだろう」と頬杖を突きながら、つまらなそうに手を払いながら言い放ったそうだ。
この国の陛下が、そんな適当な態度でいいのか。
殿下といえど陛下にはそこまで強くは出られないらしい。
一度は食い下がったものの、「専門家が知っていて、私に害がなければいい」と。
良く言えば……良く良く言えば、陛下は研究職員を信頼していたというのか。
悪く言えば無責任、適当。
そしてこの時、私は殺戮人形となるべく「作られた」ということが確定した瞬間だった。
「戦が近く私も対応に追われていたし何より幼かった。娘たちの管理は研究所に一任されていた。結局今まで詳細について聞いていなかった」
「私たちの研究が役立てていただけたのですから、些細なことですよ」
二人の雰囲気は真逆だ。
殿下は終始神妙な顔つきで、ベローズさんは誇らしげにしている。
「陛下には私から話をする。その際にこの娘も陛下にお目通りさせようと考えている。ベローズ所長は書面でまとめてくれると助かる」
「ですが殿下」
「そのほうが陛下には良いと考える。謁見の間ではまた以前のように「私にはわからない」と仰るだろう」
「ふむ……」
「書面にまとめたほうが、陛下は確実に研究を知ってくださると私は思うが、いかがかな?」
ベローズ所長は食い下がるが、殿下の言葉に考え込む。
少しして、殿下の最後のダメ押しの言葉が聞いたのか、渋々ながら頷いた。
「承知いたしました。今回のこと、後ほど報告書を提出させていただきます。ですが今回の人形らしからぬ行動については調査をさせていただかないと、まとめられるものもまとめられません」
そりゃそうだ。
周りの反応を見るに私の今の状況はだいぶ『まさか』なことだろうし。
研究者という立場上、調べないといけないだろう。
調べられる側としては、というよりベローズさんへの印象から嫌だけど。
「それについてだが」
殿下がベローズさんとアオイさんの横を通り過ぎ、私の正面に立つ。
「報告書は戦争後の治療経過と、覚醒するまでの状況まででいい」
「と、言いますと?」
「なぜ覚醒したかまではひとまず調査は保留だ」
「何を仰いますか殿下!」
表情を変えたベローズ所長が近づいてきたが、アオイさんが体を割り込ませた。
殿下は私に体を向けたまま、振り向きながらベローズさんと話を続ける。
「この子のこの状況が、何か悪いということでもないでしょう?」
「魔術師団長は黙っていろ! 未知の出来事は調べないといけない! それが良い悪いは二の次だ!」
「確かにこの娘だけ意志を持ったことについては未知だ。しかし私はこの娘がどれだけの力を行使できるかが興味あるんだ」
「それは調査が終わってからでも……」
「研究者たちの探求は早々に尽きるものでもないだろう。それまでにまた人形のような状態になってしまってはつまらん。今が時だ」
「殿下……っ」
調査とやらをやらないでくれるなら私は嬉しいと思っているが、殿下の理由はなんとなく無理があるのでは……?
と思ったが、そこは殿下というか、自国の王太子の発言だからか、無理も無茶も言ってみるものなようで。
「……承知しました」
ベローズさんは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「ですが、もしこの人形に異変が起こった時には、私どもが直ちに回収し調査を行います」
「ああ。その時はよろしく頼む」
「はい」
私を一瞥し、嵐のようなベローズさんは大股で退出していった。
ふー、と、思わず息を吐く。
「大丈夫か?」
目の前の殿下が私の顔を覗き込む。
あまり見てなかったけど、一国の王子というのはこうも綺麗な顔をしているものなのか。
金髪の髪はセットしていないのだろうか、柔らかそうででもまとまっている。
緑色の目は同時に心配の色も見せていた。
……こんなときに何を考察していたんだか。
「あ、大丈夫です。すみません」
「謝る必要はない。今のベローズの話では謝るのはこちら側だ。聞いているのは辛かっただろう。すまなかった」
姿勢を正すと背も高いな。
「あー、まあ、内容は微かに衝撃を受けた、と思います」
「微かか?」
「何と言いますか、自分のことと思えていないんですよね。他人事です」
そこまで話して、はっとする。
「すみません。話し方がわからなくて。失礼なこと言ってますよね」
「いや、いい。話しやすいように話してくれ」
「あ、じゃあそうさせてもらいます」
なんと寛大なお心をお持ちなんだ、と感動したと思う。
今でも話しやすいように話させてもらっている。
ちなみに「どれくらい行使できるのか」というのはその場での言い訳で、特に実験されたり試されたことはない。
この時の気持ちとしては、正直さっきの話でいっぱいいっぱいだった。
話し方とかもう何かに意識を割くなんてしたくない。
「殿下。こちらで少し休みましょう」
「そうだな」
カミルさんが声をかけてくれて、私もアオイさんもシャワーのあった部屋から出る。
ロタエさんは私がシャワーを浴びている間に別の仕事をしに行っていて、今は殿下、アオイさん、カミルさん、それに私だ。
初めに座っていた場所に皆座り、アオイさんが入れてくれた紅茶をいただく。
口を付けた紅茶は波紋ができていて、私の顔を映している。
映った私の顔を、私は知らない。