【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
すっごくストレートに馬鹿にされた。
そんなに阿呆なこと言ってしまったかと、発言を振り返る。
だがその思考はすぐに、微かに巻き起こる風で途切れてしまった。
「俺の前でそのような言葉を使うとは、いい度胸だ」
隣に立つ、コウ殿下。
怒っている。
その顔は普段の笑みや爽やかな様子は全くないと言っていいほど、魔力とともに湧き出る感情に染まっている。
微かに起こる風は魔法かと思ったが、体感で魔力だと判断。
以前読んだ本の中に『感情と魔力を同一のものとして扱うことは未熟者の証』と書いてあったが、それは一概には言えないのではないかと思う。
魔力を身の内から放出するにしても、それがどれぐらいの勢いなのか、魔法に変換されているのか、特に乱れの程度にもよるのではないか。
なので私なりに言い換えるのならば『感情と魔力を同一して扱った場合、未熟と成熟の分別がつく』となる。
そして今回。殿下の場合。
巻き起こっている魔力の風は、無意識ならば吹き荒れる。
しかし今の風は、均一。何なら隣にいる私が恐れを感じないほどに整っている。
つまり、コントロールしている。
静かに怒っているのだ。
怒っていながらも、周囲を認識しているのかいないのか、影響が出ないように留めている。
「っ!」
青髪さんが息を飲む様子が離れた場所からでもわかる。
だが反対側からこちらの様子を見ている弟殿下は、一緒にいる子の前に立ちつつも平然としている。
焦りや戸惑いの様子は見えない。
慣れているのか、わかっているのか。
そして、青髪さんの力量がどれくらいの物かはわからない。
殿下の力量も、一般的に見て強いほうなのか弱いほうなのか、私は知らない。
それでも圧倒する雰囲気を纏う殿下は、周囲を黙らせる。
「言ったはずだ。俺の『客人』だと。それでもその言葉を口にしたということは、それ相応の覚悟があるということか」
「……失礼いたしました。『ウ』の名を頂戴するものとしてあるまじき発言をしたこと、ここに謝罪いたします。申し訳ございません」
「二度はない。ゆめゆめ忘れるな」
小さく「はい」と口を動かしたのを確認し、殿下は魔力を収め、元のように座った。つられて私も座席に座る。
「……殿下」
「すまん、ヒスイ。今のは流してはいけない内容だった。……いや、事前に対応するべき内容だ」
聞き取るのもやっとなほどに小さい声なのは、さっきまでの雰囲気が理由ではなく、姿勢の問題。
前かがみになって、両肘を両足に乗せ、うなだれる。
こんな姿もするんだなと、新たな一面を発見。
「聞いてもいいですか」
「『間抜け』についてか」
「はい」
気にしているわけではないが、気にはなるというのが本音。
私の少ない知識の中では人を罵るときに使う言葉だ。
言い換えれば『愚か者』とかそんな感じの。
今のがそういう意味だったとして、なぜあの話の中でその言葉が出てきたのか。
「『
間の名前がない。
だから『間抜け』か。納得。
由来は違くとも同じ音で同じ蔑称になるとは。
すごいなあと感心してしまった。
青髪さんは貴族としての誇りのようなものがあるのだろう。
ただ、それだけではない。
誇りだけなら王族に対する姿勢はまだ違う気がする。
誇り、矜持、優越感、自尊。
加えて、敵対心……いや、反感。
少なくとも殿下に対し、そしておそらくは弟殿下にも。
魔力に威圧されたのか、青髪さんは座席からは見えにくい死角に入ってしまったようだ。
「理解しました。『間抜け』どころか家名すらないのに殿下の『客人』と扱われていて、気に食わなかったと」
「そういうことだろう。その言葉は国としては禁止されている。しかし一部で使われているのは把握していた。そしてウ・ドロー家は貴族以外を見下していることは周知の事実だ。まさか、俺やシオンの前で使うほどとは思わなかった」
「シオン?」
「ああ、弟の名前だ」
弟殿下の話題となって、ようやく頭を上げた。
一緒に学校散策をしていた時よりも少々疲れが見える。
そんなことでもこの人は真面目でいい人なんだなあと再度実感。
殿下は体を起こし、弟殿下の方を向いて「白い髪の奴」と一言。
こちらに気付いていない弟殿下は、背中を向けている。
「弟殿下は何科を選ぶんですか?」
「決めているらしいが……それはいずれな」
勿体ぶられた。
まあでも、弟殿下の話題で少し気が晴れたようだ。
怒りの表情も疲れた表情も見えにくくなっている。
よかった。
「お待たせー!」
元気で明るい、重くなった空気を弾くような高めの声が訓練室に響き渡った。
教師……また見知らぬ男性教師を連れた、薄紫色の髪の少女、ライラだ。
少女がぴょこぴょこと駆けてきて、まさかの手摺を飛び越えて広場に着地。
そのまま元気に弟殿下の方へ駆けて行った。
飼い主を見つけたうさぎの様。
その後ろをボリボリと白い短髪を搔きながら、さらには大きな欠伸をしながらのそのそと追いかける、シャツとスラックスとループタイをした男性教師。
うさぎの後ろを追う姿は亀の様。
先程のクザ先生の印象があったせいか、同じ先生としては随分と頼りなさそう。
「ふあー……ぁあ。ったく、何度目だよ」
欠伸と不満を同時に漏らしつつ、通路の真ん中、一番後ろの座席に手をついて体重をかける。
ぐしゃぐしゃの髪には変な癖がついていて、寝てたのだろうかと推察。
「シオン、ロア。ライラから話は聞いてる。時間制限ありの一本勝負。魔法あり。武器の使用を許可。俺が危険な攻撃と判断すればそいつの負けで即終了」
「「はい」」
先生は決して大きくはない声を出し、一方的にルールを提示した。
「何度目」という呟きからして、この二人が決闘を行うことはよくあることなのだろうか。
慣れた様子で弟殿下と青髪さんは広場の中央から距離をとって見合う。
いつの間に手にしたのか、二人の腰には片手剣が備わっている。
「……はじめー」
やる気のない掛け声の後、一瞬で両者が中心に向かっており剣を交えていた。
ギリギリと金属を擦り合わせる音が響き、一見、力関係は互角のように見える。
――― 同級生か。
おや。スグサさん。
―― 面白そうだ。解説してやろうか。
その申し出はありがたい。
最初に渦中の二人が走り出した時、走っているところは見えていなかった。
スグサさんの方が目で追えるだろうか。
「殿下」
後ろの先生には気付かれないよう、決闘に視線を向けたまま小さく声をかける。
こちらを向いた殿下は目を合わせない私に何かを察したのか、すぐに視線を戻す。
「……どうした」
「スグサさんが解説してくれるそうなので、変わろうと思うのですが」
「わかった」
では。お願いします。
―――――……
王子サマや女魔術師たちと遊んで以来だな。
隣には王子サマ。
後ろには男教師。
正面の広場では小童の戯れ。
一応、お隣さんにはアイサツしとくか。
「変わりましたよ」
「久しぶりだな」
どーもどーも。
ということでヒスイもとい弟子のために解説しよう。
片手剣同士で鍔迫り合い状態だった
今は両者距離が開いており、競っていたところの足元が焦げている。
どちらかが火属性魔法を使ったのだろう。
序盤だしいきなりそんなので時間をとってはいられないと判断したか。
「
高らかと叫んだのは
拳大の水玉を操作し、不規則な動きで攻撃。
対する
「っらぁ!」
……力技過ぎませんかね?
剣で玉をぶった切ったよ。まあまあな早さだったと思うが。
よく見れば
見覚えがある。
「弟さんは兄のことがお好きなようで」
「まあ……仲は良いな」
王子サマがやっていた技そのものだった。
兄の方が魔力操作は上だけどな。
水玉をぶった切った
身体能力を上げているようでやたら早い。
慌てることなく
剣を肩の高さに構えているせいで口元が見えないが、詠唱を唱えたようだ。
「
落とし穴の魔法。
落とし穴と言っても大掛かりなものではなく、足が沈む程度のちょっとした穴程度の物だが、想定していなかった相手にはそれぐらいでも十分だろう。
魔力の消費も少ないし、効率的だ。
この使い方は上手い。
走り出していた
「なんのっ!」
前方へツンのめったところ、即座に反応してひっかけた方と逆の足を前に出して耐えた。
よく頑張った。
だが、視線は足元を向いてしまっている。
そしてスピードは殺されていて、姿勢を直した状態からコンマ数秒、止まる。
私様ならそこを狙う。
「…………! ≪地下からの怒号は天をも貫く≫!」
女魔術師も使った、水の上級魔法。噴き上げる水柱一本が、
勢いは広場よりも高い座席にいる私様も見上げるほどで、天井に届きそうなほどだ。
女魔術師は属性文のみの詠唱なし。
対して
そして
これがフルの魔法コンボか。
「……あいつら、強かったな」
独り言。
誰のことかは濁したし反応は求めていなかったが、お隣の王子サマは同情したように肩を落としたようだ。
これが学生の力量か。
となると、今弟子に教えてる魔法は……過剰か……?