【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第7話

 殿下と会ってから、また数日後。

 今度は殿下と、お城の中で顔を合わせている。

 自室のソファーで優雅なティータイムという、なんとも優雅な時間。

 対面で紅茶を飲む姿も様になっている殿下は、突然訪れては「話そうぜ!」と小学生のノリでやってきた。

 外はいい天気。

 殿下がここにいるということは、今日は学校も休みなのだろう。

 仕事、というわけではないのだろうか。

 ……いや、私に関することは仕事のうちか。

 仕事だとしても、こうして紅茶を頂く時間は大事だよね。

 うん。カミルさんがくれた紅茶はやっぱり美味しい。

 温かい飲み物が好きだ。

 

 

「美味いな」

「そうですね」

 

 

 おいしいなあ。

 

 

「田舎のおじいさんとおばあさんですか」

 

 

 ロタエさんの厳しいお言葉がグサッとどこかに刺さった。

 湯気の立つ紅茶を飲んでいるはずなのに、冷ややかな目で紅茶が冷めそう。

 ……大丈夫、温かかった。気のせい気のせい。

 

 

「お話は済んだのですか?」

「い、いや……」

 

 

 実は殿下とロタエさんは一緒に来室していたので、お話が済んでいないことは知っていると思うのだが。

 涼しいというよりも寒気を感じる視線から逃げるように紅茶を一気飲みし、殿下はもっともらしい顔で口を開く。

 

 

「カミルの手首の件は聞いた。骨は大丈夫だったのだな」

「はい。折れてませんでした」

「よかった。それで聞いた話だが、ヒスイにはそういう、医療的な知識があるということで間違いないか」

「はい。少しですが、思い出してきた中には」

「そうか。それは、今後も増えそうか?」

「……わかりませんが、もしかしたら」

 

 

 質問に答えて、殿下は黙ってしまった。

 口元に手を当てて考え込んでいる。

 ロタエさんも特に何を言うでも、急かすような仕草をするでもなく、静かに殿下を見つめている。

 

 

「…………もし」

 

 

 もし。

 

 

「カミルと同じように怪我をした奴が来れば、診れるか?」

 

 

 診れるか。

 診れる、だろうか。

 私の知識がどれくらいあって、この世界にも通用するのか、わからない。

 が、それは殿下も知った上での提案なのだと思う。

 今回はたまたま、この世界の人と向こうの世界の人の『骨格』が一緒だったから、何とかなったのかもしれない。

 でも。

 だとしても。

 

 

「個人的には」

「ん」

「やりたいです」

 

 

 やりたい。本心だ。

 「ありがとう」と言われたことは、やはり大きい。

 この世界にいること、私にもできることがあること、力になれたということ。

 この世界で生きていくということを承知の上で強いられている身としては、何か自分に『役割』が欲しかった。

 私で役に立てるのなら、なるべく応えたい。

 

 

「でも、どうやってですか?」

「それはもちろん、これで」

 

 

 懐から取り出されたのは、あの眼鏡。

 ≪透視≫の魔法だ。

 犯罪と言われていたが……。

 

 

「ヒスイに頼みたいのは、あくまで『意見』だ。公には『医術師見習い』として説明する。眼鏡を使用して状態を診て、推奨する処置をこっそり伝達してもらいたい」

「私は、構いませんが、医術師さんや診せに来る人……患者さんは、いいのでしょうか」

 

 

 私なら、突然現れた人物に怪我を診てもらって、診断を付けられても信用できるのだろうか。

 医術師さんの立場だったとしても、ぽっと出の私が『意見』を出しても、素直に聞き入れられるだろうか。

 

 

「患者はまあ、人によるだろう。そこは甘くないな。だが医術師については問題ない」

「なぜですか?」

「この城の医術師は一人に専任されている。さて、誰でしょう」

「……っ」

 

 

 その聞き方は、知っている。

 

 

「え、クザ先生ですか?」

「そうだ。ああでも、カミルの包帯が雑だったのはクザ先生じゃないぞ」

 

 

 クザ先生が雑に包帯を巻く人には思えない。

 でも医術師に診せて巻いてもらったところまでは事実らしい。

 つまりは、雨の中の作業を終えて後片付け兼帰宅中に騎士の一人が転倒。

 その際にカミルさんが手首を捻挫。すぐに医術師に診せて包帯処置。

 問題はその後。

 カミルさんはそのまま帰宅せず、仕事に戻ったのだという。

 雨の中、怪我をした手首も使いながら片付けに参加して頑なに帰らないカミルさんと、休ませたい騎士団の人たちとで押し問答となり、そのうち騎士の一人が魔法師団長のアオイさんを呼んできて、どうにか説得した、と。

 騎士の人曰く、怪我したのにやってもらっては医術師の先生に怒られる。

 アオイさん曰く、あいつは人に任せて休むことができないタイプ。

 だから負担の少ない仕事を与えたほうが説得するより早い。

 そして仕事に戻ったカミルさん曰く。

 

 

「「痛くなかったから」だと」

「捻挫自体が軽かったのと、包帯で固定されたからですかね……」

 

 

 それでも使えば悪化することもある。

 クザ先生が心配しているのはこういうところもあるのかもしれない。

 でも、これでわかったことがある。

 アオイさんがびしょ濡れで部屋に来たのは、カミルさんを説得していたから。

 講師が直前に変わったのは、アオイさんがカミルさんに『負担の少ない仕事』を与えたから。

 クザ先生があんなにも感謝してくれたのは、きっと、カミルさんの家族であり、主治医でもある。二つの立場から、カミルさんのことを心配していたのだろう。

 カミルさんは休むのが苦手な人なのかな。

 それとも気負いすぎる人なのかな。

 そういう気質もあって、クザ先生は私に「気にかけてあげて」って言ってきたのかな。

 うん。気にします。

 手首のことはしっかり休めてくれるだろうけど、それ以外のところも気にしよう。

 

 

「まあカミルのことはいいとしてだ」

 

 

 一つの咳払いで、脱線しかけた話を元に戻す。

 私の肩書は『医術師の見習い』。

 設定は、国の片隅の名もない村で身寄りがないまま暮らしていた。

 両親は医術師だったが他界し、小さな家と教え込まれた知識だけが残っていた。

 そんな中、医術師の後任が欲しいと考えていたクザ先生が、私の話をどこからか聞いた。

 そして私の後見人、つまりは弟子として面倒を見ることにした。

 

 

「その事情を聞いた殿下が、一旦は私を客人としてお城に住まわせて、時を見てクザ先生のもとで働くことになった……?」

「そういうことだ」

 

 

 ……はてさて。

 この設定が通用するのかしないのかは判断がつかないが、おそらく発案者の殿下は得意気だ。

 突然部屋が与えられたのも、図書室に通っていたのも、これから患者さんを診る予定だから勉強していた、とすれば説明はつく……と思う。

 不安。

 これでいいのか。

 これで、これから人と関わっていけるのか。

 自信満々で何かブツブツと呟いている殿下。

 その隣で、奇麗な所作で紅茶を飲むロタエさん。

 見ていたら、目が合った。

 目が合った相手は、にこりと優しく微笑む。

 

 

「……ロタエさんの表情を信じます」

「ん? ちょっと待て。どういう意味だ」

「信頼していただきありがとうございます」

「……つまり俺のことは信頼されていないということになるな」

「私は何も言っておりませんが」

「暗に言っているだろう! 傷つくぞ!」

 

 

 決して馬鹿にはしていないですよ。

 信じられるものがあったから、信じようと思う。

 ロタエさんの表情と、殿下の人柄を。

 いつものといえばいつもの光景で、立ち位置としては上なはずの殿下が、部下である人たちにイジられて、ツッコミを入れる。

 ここでは何気ない光景。

 私はそれをいつも見ているだけなのが多かった。

 私はこの世界の人間ではない。

 私はこのお城の人間じゃない。

 私はここでは、何もできない。

 ないないずくしだった私が。

 もらってばかりだった私が。

 また与えられている。

 けど、返せる。

 

 

「私、頑張ります。みなさんの怪我、みます」

「……おう。任せた。ま、わかんなければわかんないでいいからな。気負いすぎるなよ」

「はい」

 

 

 その言葉が与えてくれる、安心感。

 

 

「よし。じゃあロタエ、手回し行くか」

「承知しました」

「手回し……? 何かやるんですか?」

 

 

 響きとしてはいい表現ではないように思うが。

 ソファーからゆらりと立ち上がった殿下は颯爽とマントを翻し、まるでこれから晴れ舞台に行くかのように凛とした佇まいで扉に向かう。

 扉の前でくるっと回転。

 仁王立ちで雄々しく宣言する。

 

 

「これから、研究員の奴らに見習いの件と学校の件。双方の話をつけてくる。頭の中では完璧だ」

「え……え? 今からですか?」

「今からだ。自論だが、決めた日に行動した方が勢いで行ける」

 

 

 思い立ったが……なんて言葉があった気がするが、殿下はそれを座右の銘にしているのか。

 遠足にでも行きそうなほどウキウキわくわくしている殿下はやはり小学生の様で、さらに不安度上昇。

 私も行った方がいいんだろうか……。

 

 

「ヒスイさんはこちらでお待ちください」

「ロタエさん……」

 

 

 心を読まれたのかと思うほど、的確な指示を頂いてしまった。

 いつもの通りのポーカーフェイスで、やや不安度減少。

 ロタエさんが殿下と一緒に説得に行ってくれるようだ。

 紅茶を飲み切って、「ごちそうさまでした」と丁寧にティーカップとソーサをテーブルに置いて、やはり凛々しくマントが煽られ、扉に向かって、殿下と並んで。

 扉を開ける前に、振り向いて。

 

 

「ここで、良い知らせをお待ちください」

「いつも通り過ごしてろよ」

 

 

 二人の見惚れるほどにかっこいい笑顔を頂いてしまった。

 

 

「…………はい。待っています」

 

 

 この後の言葉はない。

 目を見て、扉と靴音を聞いて。

 『(ヒスイ)』ができることへの、第一歩の、ご助力を賜った。

 

 

 

 

 

 

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