【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第10話

 実は一部の神経というのは再生する可能性がある。

 腕の筋肉を動かすための神経はその一部に該当し、もしかしたら再生するかもしれない。

 これも、本当ならば怪我をしてすぐにでも再生に向けて介入すべきだった話。

 だからといって諦めるならば、この場が在る意味はない。

 

 

「筋肉が全く反応を示さなかった時と比べれば、進歩している部分はあります」

「……そう、だな」

 

 

 表情は暗いままだが、進歩を感じ、認めることはできている。

 この人はまだ諦めないだろう。

 僅かだが回復の兆しが見えているし、諦めさせる言葉はまだ必要ない。

 

 

「じゃあいつも通り、家でもやってみてください」

「わかった」

 

 

 この人も、今日やることは終わった。

 首からバンドを下げて、慣れた手つきで垂れた腕に巻き付ける。

 神経断裂の人は、扉に近い壁際で一人ストレッチをしていた切断の人の方へ向かう。

 そして言葉を交わし、二人で柔軟体操を始めた。

 これもいつも通りで。

 その間に私は、最後の一人と訓練場の真ん中に立つ。

 

 

「こんにちは」

「こんにちは」

「今日の体調を十段階で言うとどれくらいでしょう」

「……六、ですね」

「高くもなく低くもなく、ですね。理由はありますか?」

「……特に」

「そうですか。わかりました。ではいつも通り、体操からやりましょう」

 

 

 ここまでの間、私は相手を見るが、相手は私を見ていない。

 目線は斜め下。

 上を見上げることはなく、耳と声だけが私を認識している。

 だがこれも、いつも通り。

 両手を広げてもお互いがぶつからない程度まで間隔をとる。

 体を揺するように跳ねる。

 手足を振る。

 首を回す。

 体を前に倒す。後ろに反らす。

 片腕を上げて、体を横に倒す。

 反対も。

 

 

「よし。では今日は何周行きましょうか。先週は三周でしたね」

「…………」

「体調は可もなく不可もなくといったところでしたね」

「……二周」

「わかりました。じゃあ二周、頑張りましょう」

 

 

 訓練場の中心から、扉の前まで移動して、はい、スタート。

 走りとしてはかなり遅く、早歩きの方が早そうな程度のゆっくりペースで、二人で進む。

 狭い歩幅で、着実に進む。

 この間の会話は特になく、動作に集中している。

 なるべく壁側を辿るようにすることだけが、ひとまずの決まり事。

 殿下の前は軽く一礼して通り、まず一周。

 休まず流れで二周目も達成。

 

 

「目標の二周、お疲れさまでした」

「……はい」

 

 

 さすがにこれぐらいならば息切れというのはあまりない。

 目の前のこの人も平然としている。

 目線はあわないが、それも普段と変わらず。

 

 

「体力的にはいかがですか?」

「…………まだ、大丈夫そうです」

「じゃあどうしましょうか」

「……もう一周、行きます」

「わかりました。行きましょう」

 

 

 ということで、一周追加。

 ペースもコースも動作も変わらず、無難に一周達成。

 息はもちろん上がらない。

 

 

「ふう。三周ですね」

「……」

「この後はどうしましょうか」

「……今日は、もう止めておきます」

「わかりました。そうしましょう。じゃあ柔軟しましょう」

 

 

 壁際で休んでいた二人に声をかけ、柔軟体操の相手をお願いした。

 三人はもともと仲がいいわけではなく、私がこの訓練を担当するようになって少しずつ打ち解けていったようだ。

 何かを無くした者同士と一言で言ってしまえるが、そんな簡単に言い終えていいものではない。

 それは三人ともが身をもって知っていて、同じような体験をしたとしても同じ気持ちを持つ相手はなかなか出会えない、複雑な関係。

 でも、だからこそ、お互いが踏み込んでほしくないところを察しあえるのではないだろうか。

 そう、私は殿下と横並びになって考える。

 腕を組んで壁に寄りかかっている殿下は、三人を見つめたまま、問いかける。

 

 

「最後の奴はどういった目的なんだ? 体を動かしているだけにも見えたが」

「端的に言ってしまえば、そうです。あの人に目に見える怪我はありません。ですが、心に大きな傷を負っています」

 

 

 向こうの世界ならば『精神疾患』といった名称がある。

 しかしこの世界では『心の病』と言われている。

 この世界で『病』を治す魔法はない。

 特に『心の病』に対しては治療法もない。

 安定剤のような薬もない。

 一種類ぐらい作られててもいいとは思うのだが、調べた所『心の病』と診断して、そこで終わり。

 安静が治療という感じ。

 元の世界でも完治はなかったが、対処法や寛解はあったのに。

 魔法という便利な手段がある。

 だけど医療についての知識はとても少なく感じる。

 魔法があるからこそ、少しの怪我なら問題なく生活できる。

 便利な手段があるからこそ、不便になったときのことは見て見ぬふりをしている。

 

 

「言うなれば、あの人は『心の怪我』を負っています。目に見えない傷なので、薬を塗ったりすることはできません。薬以外の方法で治療……訓練をしていくんです」

「病ではなく『心の怪我』か。体を動かすことがその怪我を治療することになるのか?」

「そうです。ものすごく簡単に言ってしまえば」

 

 

 『心の怪我』を負った人は、もちろんだがいろんな理由がある。

 この三人については戦いがきっかけだ。

 その怪我を克服することは……私個人としては難しいと思う。

 無くしたものを補うのとはまた違う。

 正解なんてない。

 経過を見ていくしかない。

 それでも、「できた」と思えること、言えることを積み重ねていくことが、必要なこと。

 「治らない」なんて最初から決めつけるのは、納得がいかない。

 ちらっと殿下を盗み見る。

 瞳は参加者たちを見つめており、盗み見ていることに気付いているのかいないのか。

 その顔は哀愁、と言うのだろうか。

 少し寂しそうに見える。

 

 

「ヒスイのいた世界では医療が進んでいたのだな」

「私のいた世界ではそもそも魔法がなかったので、文化や技術の発展の方向性が大きく違うのだと思います」

 

 

 参加者同士の体操が終えたところで、今日は終了。

 殿下を除く四人で訓練場を片付け、次回の予定を確認。

 最後に殿下と言葉を交わして解散となった。

 訓練場の鍵を閉め、医術室までの道程の道中、殿下は私に尋ねてくる。

 

 

「いつもはどのくらいの人数がいるんだ?」

「十人行かないぐらいでしょうか」

「今日はだいぶ少なかったんだな」

「そうですね。強制参加ではないので、たまたまだと思います」

 

 

 本当はたまたまではないだろうと考えている。

 怪我をした参加者の望み。それは「体を取り戻したい」ということ。

 その目標のために、一人ひとりの体を評価し、運動メニューを組み、実施、確認、再評価をしている。

 それは私が元の世界でもやっている仕事、リハビリテーションだ。

 そしてリハビリを受けている人の大部分は、人と会うことを避ける傾向があった。

 親しかった人、懐かしい人、知らない人。

 他人との接点を避け、一人の世界に閉じこもってしまうことは少なくない。

 この国の人たちも同様で、人目を避けたがっている人は多い。

 だからこその奥まった訓練場でやっている。

 そして殿下は、リハビリに来ている人たちからしたら『会いたくない人』に分類されている。

 怪我や病気をする前の自分を知っている人と会うのは、勇気がいるのだと誰かが言っていた。

 比較されることと、比較してしまう自分が嫌なのだ、と。

 殿下が廊下の途中で立ち止まる。

 少し進んだところで振り返ると、真剣な表情をしと殿下が、言う。

 

 

「もし、俺がいたことが負担になってしまったのなら、謝る。そのような奴がいたら教えてくれ。どうしたらいいのかも」

 

 

 ……この人は、自分が見に行くと言うことがどういうことかを、理解しているのだろう。

 理解した上で、見に行きたいと言ったのかも知れない。

 プレッシャーをかけることも。

 だが、発起人という立場上、どういうことをしているのかを把握しなければならない。

 そうでないと、責任など持てない。

 患者……城に仕えていた人たちに、真摯に向き合おうとしている。

 

 私は一つ頷いて返し、笑みを返される。

 殿下が近づいてきて、また、廊下を進む。

 

 その時。

 

 

「殿下!!」

 

 

 バタバタと慌ただしい音が廊下の奥から響き、血相を変えたカミルさんと数人の騎士が駆けてくる。

 ただ事ではない、なんて、言わずもがな。

 

 

「どうした」

 

 

 私より数歩前に出た殿下は落ち着いて対応する。

 見学していた頃の柔らかくも真面目な雰囲気とはまた別の、緊張感漂う雰囲気が辺りを包む。

 

 

「緊急事態です。センリの山でウロロスの群れが暴れていると、ギルドより報告がありました」

「大群? ウロロスは今の時期は冬眠しているはずだろう。なぜそんなことになったのだ」

「詳細はまだ不明です。ギルドの方で原因を調査中ですが、国の方で急ぎ討伐に向かって欲しいと要請がありました」

「わかった。アオイにも声をかけて、順にが整い次第出るぞ」

 

 

 聞いていて良い内容なのかわからないが、何も言われなかったので聞いてしまった。

 スグサさんが以前説明してくれたが、ウロロスは冬になると身体が凍り、暖かくなるまで眠るのだという。

 つまりは冬眠するらしい。

 しかし冬眠していないのか目が覚めたのか、複数のウロロスがどこかの山で大暴れ中、と。

 大変そう。

 

 

「すまん、ヒスイ。部屋に戻っててくれ」

「何を仰います、殿下」

 

 

 私は「はい」と言おうとしたのだけれど。

 真後ろから聞こえた苦手な人の声が、私の声を奪った。

 

 

「……何か意見があるのか? ベローズ所長」

 

 

 白衣を着て、ニヤニヤと親しみのない笑顔を浮かべているのではないかと思う。

 振り向けないので実際はわからないが。

 そう思わせるような声色で、ベローズさんの声が廊下に響き渡る。

 

 

「魔物の討伐など、ここにいる『五番』で十分ですよ。コレを飛ばせば、早急にことが済みます。それだけのことをコレはできることを、まさか忘れているわけではないでしょう」

 

 

 『五番』って久々に呼ばれたな。

 モノ扱いされるのも久々に感じる。

 それだけ会う人たちは私を人間扱いしてくれたのだと実感した。皮肉だ。

 

 

「ヒスイにさせなくても、俺たちでなんとかできる。それが答えだ」

「いけませんよ殿下。ことは一刻を争う。ウロロスの大群が雪崩を起こしたり、近くの町や村を襲ったらしいどうするおつもりですか」

 

 

 目線の先にいる殿下が顔を歪める。

 その奥にいるカミルさんも眉間にしわを寄せているのがわかる。

 さらにその後ろには、騎士さんたちが小さい声で狼狽えているようだ。

 地理的には、センリの山はこの国の端の方に位置していたと思う。

 山の麓には小さくも栄えた街があったはず。

 ウロロスであるウーとロロでもスポーツができそうな空間を埋め尽くしたのだから、その大きさが複数いるのだとしたら、確かに危なそう。

 身体が動かせない代わりに、頭は聞こえた言葉を理解できている。

 すぐ後ろに人の気配。

 そして、嫌な予感。

 

 

「考えている時間も論じている時間も、ましては人を集めている時間もありませんよ」

 

 

 気持ち悪い何かが体を撫でた。

 その瞬間。

 景色がぶれて、白い空間が視界を埋め尽くした。

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