【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第12話

 白くて四角い物の上の部分に乗る。

 見た目の白さと雪が積もった部分の白い部分の差がわかりにくくて少し滑った。

 この魔法を張った本人であり、魔法の特性上は中に入ることは任意で可能だという。

 様子見のため、頭だけ入れてみた。

 高さは十分に作ったため、頭を入れた瞬間に目と目がばっちり合うということはなかった。

 ウロロスたちの頭頂部が確認でき、こちらには気付かれていない。

 が、中はまさに魑魅魍魎(ちみもうりょう)跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)するといった状況。

 この言葉を使う時が来るとは思わなかった。

 水属性魔法が使われたようで底には水が溜まっている。

 このまま同士討ちで疲れてしまうのではないかとも思っていたけれど、水が溜まってしまう方が早いかもしれない。

 それに、なるべく傷つかないで済むならその方がいい。

 ので、状況を確認したらぬるっと腕を中に入れた。

 中に向けて腕を突き出し、得意ではないので慎重にイメージを作る。

 火属性の魔力を練る。発動する。

 

 

(アム)初級魔法(トゥワン)

 

 

 派手なエフェクトはない。だから気付かれにくい。

 火属性魔法が空気を熱し、また底に溜まる水のおかげで湿度も上がる。

 通常のウロロスは暑い日は活動できる。

 しかし、暑すぎると、体内の水分も熱せられたり、蒸発したりしていわゆる脱水状態になりやすい。

 脱水にならないために体内の水分を操作したり、日陰で休んだりする習性があるようだ。私の知っている変温動物とちょっと似てるかな。

 ということで、直前にスグサさんから聞いた保温の魔法の要領で、箱の中の温度と湿度を上げる。

 

 

「あっつ……」

 

 

 思い出すのは真夏日の炎天下、コンクリートの上。ガンガンに照っている太陽と、照り返しでじわじわ焼かれたような感覚の地面。

 遮るものがない中で過ごしているよう。

 熱中症になりそう。

 だらだらと汗が垂れてきて、時々口の中に入るとしょっぱい。

 滴り落ちる汗なんて拭う余裕はなく、魔法を使い続ける。

 暴れまくっていたウロロスたちは次第に魔法を使わなくなり、動きが鈍くなる。

 頭が垂れ下がっていき、尻尾も水面を叩かなくなる。

 鳴き声なんていつの間にか消え、静かな空間が広がっていった。

 七匹がすべて、底に溜まった水に体を浸している。

 

 

 ―― もういいだろう。

 

「はい……」

 

 ―― 一回頭冷やせ。

 

 

 箱に突っ込んでいた頭と腕を引き抜く。

 頭がぼーっとする。

 中が白くて明るかった分、雪が吹き荒れるの外界はやたらと暗く見える。

 突然暑い所から冷たい所に移るのは危険なのだが、自身にかかっていた保温の魔法の効果か、寒さは感じにくい。

 次第に暑さが温かさに変わり、頭がはっきりしてきた。

 

 よし。大丈夫。

 

 再び頭と腕を箱の中に入れて、様子を確認。

 まだまだ蒸し暑い中で、ウロロスたちは変わらず水に浸っている。

 争う様子はなく、しかし水中を揺蕩っているようで快適……なのかな?

 死んでしまってはいないようだ。

 あとは再度氷の中で眠れるようにするだけ。

 この場で魔法を解いて、自身で氷を作ってもらうこともできるだろうが、また刺激してしまうし、この場で凍ってしまうと人間と鉢合わせてしまう可能性もある。

 なので魔法で氷漬けにして、山の奥に運ぶ。

 氷を作るための水はあるし、皆使ってくれているのは都合がいい。

 直接触れられればさらにいいのだけど、そこまで接近するのはやめておこう。

 氷は水属性の上位互換。

 まだまだ不得意なのだが……。

 

 

 スグサさん、やってくれませんか?

 

 ―― 断る。せっかくの実践なんだからまずはお前がやれ。

 

 …………失敗したら、助けてくれますか?

 

 ―― そん時はやってやるよ。

 

 

 もしもの時の保険をかけて、氷の魔法を使うべく魔力を練る。

 

 

(イズ)上級魔法(ゼヴェニィ)

 

 

 小声で属性文を唱え、詠唱を紡ぐ。

 長くて覚えるのは大変なはずだったのだが、すらすらと言葉が出てくる。

 あ、スグサさんも唱えてくれてるんだ。

 だからだ。

 伸ばした腕、その指先を、水面に向けて突き出す。

 

 

「…………。≪水面(みなも)の華は末枯(うらが)れず≫」

 

 

 水の底から氷へと変質し、水に浸かっていないウロロスたちは抵抗の間もなく巻き込まれる。

 暴れているうちに全身に水を浴びていたのだろう、浸かっていない背の部分も氷っていく。

 上から見たその光景は、魔法の名前の通り枯れることを知らない花が咲いたかの様で。

 まるで蓮を思わせる模様の華が幾多も見える。

 そこからの冷気と上部に溜まっている熱気で、もう暑いのか寒いのかもわからない。

 とりあえず魔法が成功してウロロスたちが大人しくなったようなので、箱からは脱出。

 雪の上に降りて、休憩。

 

 

「っはー……」

 

 ―― お疲れ。できたじゃん。

 

「うまくいって良かったですけど、緊張したー」

 

 ―― 上出来だ。さすが私様が直接教えただけはあるな。

 

 

 スグサさんのいつも通りの自信満々な様子に、緊張も少し解れたと感じる。

 まだ凍ったウロロスたちを山奥まで運ばなければならないので、ずっと落ち着いているわけにもいかないのだが。

 

 

 ―― この後はどうするんだ?

 

「どうする、って……ウロロスたちを山奥まで……」

 

 ―― 違う。その後だ。

 

「後、ですか?」

 

 ―― 城から脱走できるぞ?

 

 

 言われて気が付いた。

 今は、誰にも見張られず、外にいるのか。

 自由なのか。

 吹雪の中、立ち尽くして、思案。

 目の前の≪玩具箱≫が風除けになってくれているおかげで、視界は比較的クリアだ。

 クリア。いや。真っ白だ。

 ≪玩具箱≫も雪も真っ白。

 浮かび上がるのは真っ白とは言えない程度の両手。

 ああ、私の手だ。

 手枷がない、素朴な手だ。

 今この場で知らない場所に逃げれる。

 逃げた先で、どうやって生きれる。

 目立った行動はできない。

 スグサさんの有名すぎる顔は国中の人が知っているだろう。

 たとえ当人じゃないと言い張っても、似ているというだけで通報されてしまう可能性は高い。

 ではひっそりと暮らすか。

 どうやって?

 自給自足?

 いくらか学んだとはいえ、植物の知識や育て方、気候は素人に毛が生えた程度だ。

 実践するにはハードルが高すぎる。

 何より。

 今までお世話になった人たちに何も言わず、黙って出ていくのか。

 訓練に来てくれている人たちも、前を向いてきている人もいる。

 向けていない人も、だからと言って投げ出してしまうのか。

 頭は冴えわたっている。冷えて冷えて、保温の効果はいつの間にか消えてしまっていたのだろうかと思うぐらいクールだ。

 

 

「……行きません。帰ります」

 

 ―― ……理由は?

 

「殿下たちへの恩と、訓練中の人たちへの義理、あとは一人になってやっていける自信はないです」

 

 ―― まあ。やっていけるかと言われたら難しいだろうな。

 

「それに、研究員の人たちが逃がしてくれるとも思えないですし」

 

 

 一番の懸念はこれ。

 研究員の人たちは全員は知らないし、一部の人たちでもどういう人なのか、知っていることは浅い。

 だけど、あの人たちが研究にどれだけ熱心なのかは少しわかっている。

 そんな人たちが、私を一人で現地に送って、逃げられることを考えないはずがない、と思う。

 何か裏がある。

 

 

 ―― いいね。正解だ。

 

「正解?」

 

 ―― 強制転移が実行されたとき、あいつの魔力でマーキングを付けられた。逃げればバレるし、逃げた先も筒抜け。

 

「うわあ……やっぱり」

 

 

 ていうか、スグサさんは知ってて聞いたんだ。

 逃げると言えばマーキングも消してくれたかもしてないな。

 スグサさんは私の判断を楽しんでいる気がする。

 逃げると判断すればその先の行動を見るために、面白くなるならそのための努力をしてくれそう。

 それに、自分の体に嫌いな人の魔力が付いたままなの、嫌がりそう。

 転移させられた時の魔力への反応、すごかったし……。

 拒否というか拒絶というか。

 

 

 ―― んーじゃ。さっさと荷運びでもしようかね。

 

 

 すでに中身は氷漬けなので、≪玩具箱≫を解除したとしても氷が残るだけ。

 大きすぎて壁と見違う氷塊に、転送の魔法陣を描く。

 空間移動系の魔法はまだできない。

 教わっていない。

 なぜなら、どこかへ逃げるという可能性を作らないため。

 なので少しずるいが、その場でスグサさんに教わることになった。

 魔法は練習しないと発動できないし、失敗もありうる。

 だが魔法陣ならば、陣さえ間違わずに書ければ、あとは魔力を流すのみで失敗の可能性は低い。

 転送先はスグサさんが指定した場所。

 そもそもセンリの山というのはウロロスの住処で有名な場所らしく、ウロロスが凍るのに最適な場所もあるのだという。

 

 

 ―― あれ? 間違ったかも。

 

「えっ」

 

 ―― いや、大丈夫大丈夫。あってる。はず。

 

「えぇ……」

 

 

 ……低い、はず。

 魔法陣なんて使わずとも自由自在に使っていた最高位魔術師のスグサ・ロッドさんに教わって描いた魔法陣は、とても達成感の得られる大作となった。

 

 

「魔力はどれくらい流せばいいんですか?」

 

 ―― 髪の毛一本分。

 

 

 なんだろう、その例え。

 頭頂から毛先まで、大体身長と同じぐらい。

 なんかよくわからないけど、とりあえず一本分の指先で魔法陣に触れる。

 触れている位置から魔力を糸のように流し込む。

 魔法陣全体に魔力が行き渡り、満ち足りたところで陣が光った。

 

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

 

「『五番』。お前はよく働いてくれた。これからもこの国のために尽力するんだぞ」

 

 

 こんなに嬉しくない賛辞や、薄気味悪く感じる笑顔ってあるんだな。

 というのがまず初めに感じた感想。

 白衣を着てぼさぼさの頭をして眼鏡をかけて、最初と変わらない格好のベローズ所長は諸手を挙げて讃えてくれた。

 

 昨日、ウロロスたちを所定の位置に移し、怪我人を抱えてお城に帰ってきた。

 止む無くスグサさんに転移を使用してもらい、お城の前についたのはことが起こった同日。

 雪山では厚い雲のせいで時刻もわからなかったが、雲一つない空に大量の星が瞬く真夜中になっていた。

 城の周辺はそこかしこに兵が待機していた。

 体に雪を纏わせながらいつもと同じ格好をしている私を見つけた一人の兵が、慌てながら城に入っていくのが見え、すぐに殿下といつもの三人、ベローズ所長と数人のお付きの人たちが出迎えてくれた。

 その表情に余裕はなく、私の名前を呼びながら間近に顔を寄せてくる。

 「無事か」「怪我は」「体は」「意識は」と口々に次々と問われ、答える隙がない。

 ベローズさんがいるので、一言「問題なく完了してきました」とだけ返答し、いつものウロロスは氷の中で眠り、雪崩の心配もないことも追加した。

 ただ、怪我をした人は意識がないため、事情を聞くためにもお城で一時預かってくれることに。

 夜分も過ぎていたし、急を要する必要がないということでその時は解散となった。

 そして、再度集まった時に言われたのが、不気味な笑顔で発せられる賛辞である。

 

 

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