【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
紅茶に映った私と見つめあうこと数秒ほど。
廊下につながる扉がノックされる。
「ロタエです」
「今開ける」
この声は離席していた女性のものだ。
カミルさんが扉を開けると分厚い資料を持っているロタエさんがいる。
「彼女たちの資料が見つかりましたのでお持ちしました」
「ご苦労。さっそく見せてくれ」
ロタエさんは殿下に分厚い資料を渡し、私の目の前に座る。
ふと目が合って、
「紅茶はいかがですか?」
微笑まれた。
眼鏡の奥の黄色の瞳が優しく親しみを感じる。
きっちりした雰囲気は変わらないのに、まるで花が咲いたような。
「……あ、おいしい、です」
「それは良かった」
「この人が選んだんだよ」
アオイさんはカミルさんを見ながら言う。
紅茶はすでに飲み終わったらしいカミルさんは、ソファーに深く座って背もたれに寄りかかっている。
殿下の前だけど、ラフだな。
いいのかな。
「適当にそこら辺にあったやつを持ってきただけだ」
視線をそらしながらぶっきらぼうに言うが、粗雑な感じはしない。
騎士というだけあってガタイのいい体からは、紅茶を普段からたしなむようには見えないが。
短髪にひげだし、ビールのほうが似合う。
とか考えていたら騎士団長さんと目があった。
考えていた内容がちょっと失礼だったかと思ってやや緊張した。
実際、ビールのほうが好きなんだそうで。
奥さんが紅茶が好きで、少し知っている程度なんだとあとで教えてくれた。
既婚者。
「お前、名前は……、わからないのか?」
それは、思い出せないのかという意味だろうか。
「わかりません」
私個人については全く何もわからなかった。
名前も、年齢も、生まれた場所なんかも思い出せるようなことはなかった。
さすがに名前がないのは不便かな、と思った時。
「少しいいか」
殿下が書類から目を話し、誰ともなく声をかける。
「ロタエ。この書類の管理者は」
殿下の鋭くも決して恐怖を感じさせない目が、ロタエさんを見る。
ロタエさんは表情を変えず答える。
「研究員です。一度提出されたもののようですが、研究員のほうで管理しろと一声があったようです」
誰の、とは聞かない。提出する相手、管理を一任できる立場、殿下を通さずとも通ってしまう発言力となれば、一人だろう。
私にはわからないと言った人だと私でも察した。
「あの方は本当に……」
殿下は頭を抱え、大きなため息をついた。
見えなくなっていた目線が、私に向けられる。
表情は辛いものを耐えているような、苦しそうにも見える顔だ。
「今から俺は、君の存在について辛いことを言うと思う。聞けるか?」
「私の、存在について、ですか」
「そうだ」
思わず目線を下げ、ティーカップに入った紅茶を見て、自分と思われる顔を見つめる。
難しいことを言われて、返答に戸惑う。
戸惑う必要はないのかもしれないが、ベローズさんに人間ではないと言われたばかりだ。
この人たちが私をどういう風に思って、どういう風に見てくれているとしても、それらと事実は違うものだ。
聞くのは、勇気がいる。
けど。
「……聞きます」
殿下を見て、小さく告げた。
「聞いといてなんだが、いいんだな」
「聞かないままでは、私は私について何もわからないままだと思ったので。人間でないならないで結論を出したいですし、人間ならばそういう態度をとれます」
人間じゃなかったらどうしようか考えてないけど。
殿下がまっすぐ私のことを見つめる。
団長たちも声を出さず、私のことを見つめている。
「わかった。……では結論から言おう」
「はい」
「体はかつて存在した偉大な魔術師のものだ。偉大な功績を残した者や、特に珍しい体質を持つ者なんかは、時として遺体が特殊な術式によって保護、保管される。その中の一人だ」
「はい」
「しかし確かに死んだ人間だから、意識……心と言うのか、魂は消滅しているはずなんだ。つまり、君の意識は死した者のものではなく、新たに移植されたものということになる」
「心……魂を移植、ですか」
「そうだ。研究者の研究は魂と召喚魔法に関するものが多い。……君は、その体を媒体に、魂をどこかから召喚されてきたのだということが書いてある」
召喚、というのは聞き覚えがある。
覚えているということは、常識的な単語なのか。
また別の理由なのか。
それは置いといたとして、ひとまず私の心と、今のこの体は全く別の物なのだということが証言された。
決して良い内容ではないのだが、私の抱いていた違和感は正しいものということが分かった。
けれど、人間なのか人間でないのか、そこの証明はできてはいないので不安はぬぐいされてはいない。
「この研究の目的はやはり、兵器としてですか?」
「そうだ。まあ所長が言った通りだな。歴代の強者たちが一斉に揃ってしまえばこれ以上ない戦力だ。実際、凄まじかったんだろう」
なんのため、とカミルさんが問えば、殿下が答える。
殿下は戦争に直接の参加はしなかったそうだが、アオイさんたち団長格も評価する戦力が複数ならば、ベローズさんの研究は大成功と位置づけられたに違いない。
私は人を殺すために召喚されたと、再度、思い知る。
「私から言わせてもらえば」
おそらく何とも言えない、しいて言えば不安そうな顔をした私をまっすぐ見て、殿下が付け加える。
「君は人間の体に魂を移植された、言い方は悪いが、ただそれだけの人間だと思う。そして、こちらの事情に君の人生を巻き込んだこと、本当に申し訳ない」
―――――……
ということで、まとめると私は『どこかわからない、ここではない異世界から魂だけを召喚され、死んだ人の体に憑依させられた元人形』ということだ。
白髭を蓄えた王様への謁見の時も殿下からそう告げたが、案の定「あっそう」と片付けられてしまった。
私の斜め前に立っていた殿下の真剣な顔が、その時ばかりは眉根を寄せて青筋が浮いて見えた。一瞬だったけど。
研究所が用意した書類と、アオイさんと殿下がまとめた書類をまとめて提出して、あっけなく謁見は終わり。
私の管理、もとい世話は殿下に一任されることとなった。
それは置いといて。
初めてそれらの話をされてからしばらく経つが、生きているという実感は今のところ、微妙。
食欲や睡眠といった欲求は普通にあるし、生理現象もある。
心臓の鼓動も感じる。
それだけ言えば生きてはいるんだろうが、一度死んだ体であり、生き返ったとはまた違うものだろうから、なんとも不思議なことだ。
この数日で体も自分で何とか動かせるようになり、一日の過ごし方も決まってきた。
城の客室を借りて、部屋で過ごしていることが多い。
食事はいつも部屋まで持ってきてくれて、たまにアオイさんやロタエさんが来て一緒に食べる。
空いた時間は自由にしてていいと言われている。
もちろん、魔法や精神状況を確認したうえで、私が自由にしててもいいと判断したのだと聞いた。
字が読めることが分かってからは、図書室で本を借りて調べものをしている。
だがそれらの詳細を知ってか知らずか、見知った人以外の視線は痛い。
警戒、畏怖、疑心、興味などだと思う。
なので、基本は部屋と図書室の往復だ。
図書館でも視線を感じるので、読むのは専ら部屋か人気のない庭の片隅、といっても隅まで行くと時間がかかるのである程度の所でだ。
この世界のこと。
召喚魔法のこと。
この体の持ち主、『スグサさん』という、歴代最高の魔術師のこと。
今日は天気が良かったので庭に出てきた。
昼を過ぎてほのかに暖かい気候を感じ、心地のいい風を感じ、草原のにおいを感じ、さらにお腹の上に置いた本を目線の顔の上に持ってくる。
『スグサ・ロッドを語る』
いかにスグサさんがすごいかをひたすらに書き留めた本だ。
親か恋人かストーカーかと疑ったぐらいには熱心さが伝わってくる。
曰く、全七つの属性を扱った。
曰く、魔力量は過去の記録を塗り替えかつなおも上昇し続けた。
曰く、何種類もの魔法を新たに生み出した。
曰く、其の人の初級魔法は一般の最上級魔法と同等。
などなど、なかなかになかなかな才能を持った人のようだった。
ご丁寧に注釈があったが、人が使える属性は火・水・風・土・光・闇のうち一つか二つ。
そして全員使えるのが無属性。
魔法を生み出すなんて、それこそ研究者や実力者が一生に一つでも完成できればいいものらしい。
さらに注釈があり、この人の作った魔法は規模と消費する魔力が大きすぎて、使える人間はこの人ぐらいだったようだ。
それだけ常人とはかけ離れた魔力を持っていたということだと語られている。
なので、スグサさんによって生み出された『オリジナル魔法』のほとんどは、
そんな私はというと。
「
本を持つ手と反対の手を空に向けて、呪文を言えば私の周りのみ風が強くなる。
私にも魔法は使える。
つまり魔力を有している。
さらには全部の属性を使うことができる。
瓶から出てすぐにつけられた手錠は、間の鎖を外したままついたままだけど。
そのせいかそのおかげか、使える魔法は初級に限られる。
これは殿下やアオイさんたちがいる場で実験した結果だ。
教わった言葉を紡げば、ちゃんと魔法が発動する。
ただし魔力は制限されていたようで、限りなく弱い、発動したかしていないかがわかる程度のものだった。
というのも、アオイさんが最初に貸してくれたローブを着ながら行っていたのだが、そのローブに仕組みがあったようだ。
使用された魔法を吸収し、属性を持たない魔力として空気中に霧散してしまう物だとのこと。
初めにアオイさんが部屋に連れて行ったときに言っていた『保険』とはこれのことかと、一人納得した。
まあともあれ、魔法が使えるというのは当然と言えば当然である。
魔法を使うために生み出されたようなものだし。
知識をつけたらもっといろいろな魔法が使えるのかな。
と考えているとき。
身体を起こすと見知った人が近づいてくるのが見える。
「ヒスイ」
カミルさんだ。
「こんにちは。こんな所までどうしたんですか?」
「午後の訓練が終わった。お前の姿が見えたから様子を見に来た」
ヒスイ、とは私の呼び名だ。
名前と言われるような物がなく、研究者たちと同じように『五番』と呼ばれるのは味気ない。
かといってスグサさんの名前を使うことは憚られたため、とりあえずの思いついた名前だった。
よっこらせ、とおじさんくさいことを言いながら騎士のおじさんは隣に座る。
最初ほどの警戒心はなく、会えば少し雑談をして行く程度には気兼ねなく接することができる仲になった。
私の外見が十代後半で、カミルさんのお子さんがおおよそそれぐらいの歳らしい。
「なんか読んでたのか」
起き上がるときに足の上に置いた本は背表紙を上にしていた。
「『スグサ・ロッドを語る』という本です」
「ああ、それか。読んだことはないが見覚えはあるな」
「熱烈に語っている本でした」
「そうか」
興味はなさそう。
「アオイとロタエが、夕飯時に部屋に行くと言っていた」
「はい。わかりました。伝言ありがとうございます」
「じゃあ、先に戻る。ちゃんと被って来いよ」
その伝言のために来てくれたのかな。
ぞんざいな台詞が多いが、最近は少しばかり、カミルさんならではの優しさを感じる。
よっこらせと立ち上がり、背中を向けて颯爽と立ち去っていく姿が、傾いてオレンジがかった日に照らされる。
もう日も傾いてきたな。
私も戻ろう。
立ち上がって、言われた通りにローブを着て、フードを被る。
私の外見はスグサ・ロッドその人である。
本に記載されていたその人は、爽やかな青い髪と、薄い神秘的な金色の目をしていたそう。
対して私は、青みがかった緑色の髪と赤い目。
色は違うから大丈夫な気もするが、偉大なその人の顔写真はこの国では流通しているため、混乱を招かないよう念のためということらしい。
ローブにフードではそもそも怪しまれると思ったが、そこは殿下が周知していてくれたらしく、視線を向けられるだけで声をかけられたことはなかった。
外見の人のことについて問われても何も答えられないし、隠せるのはとてもありがたい。
中の人、つまり私についても、名前を呼んで『私』を認識してくれることが、実は少し嬉しいと感じている。