【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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社会復帰
第1話


 積もった雪が溶け始め、日に当たるところならば春の陽気を感じるようになった今日この頃。

 寒がりな私は未だに冬の装いに身を包み、ついでに頭部もフードで覆って訓練室⑧に訪れていた。

 

 

「それじゃあ、約束通り五セット作っておいたので、傷んできたら連絡ください」

「本当にありがとう。仕事が決まったら、また顔を出します」

「嬉しいです。お元気で」

 

 

 力の入らない右腕を吊り下げたその人は、以前よりも明るさを取り戻した笑顔で手を振り、訓練室から去っていった。

 年が明ける前の雪の時期にも、特に熱心に訓練に励んでいたその人とは、今日で終了。

 結局右腕は若干の機能を回復したものの、実用的とも補助的とも呼べる域には達成せず、廃用的な状態だった。

 「やれることはやった。諦めがついた」。

 そう言ってくれたその人の後ろ姿は、初めてここに来た時よりも背筋を伸ばしているように思う。

 これで、この訓練の終了者は二人目だ。

 一人目は義肢を提供して早々に卒業していった。

 最近では自分で作ったという農作物を差し入れしてくれる。

 

 

 ―― 終わったか?

 

「はい。丁度」

 

 ―― よし。じゃあお前の訓練だ。

 

 

 内から話しかけてきたスグサさんとの訓練も、今日で三十日目。

 学校でうまく溶け込めるよう、一般レベルに調整するコントロール力をひたすらに鍛えていた。

 教官が体の中から指示を出してくるというのは不思議な状況で、誤魔化しのきかない状況に緊張感を覚えた。

 それと同時に、的確にアドバイスをくれることに安心感と信頼も覚える。

 文字通り、身の内を全てさらけ出しているような。

 無属性を除く五種類の中級魔法を順番に、何種類か発動する。

 

 

 ―― 火が一番下手。

 

「やっぱり恐怖心がありますね」

 

 ―― 怖いと思うからダメなんだって何度も言ってるだろ。反対の水だって殺す可能性は大いにあるし。

 

「水は少しなら濡れるだけだし、火は燃えたり二次災害もあるじゃないですか」

 

 ―― 溺死とか窒息って言葉、知ってるか?

 

「う……」

 

 

 風と闇は得意。

 苦手は火と水。

 光と土と無は普通。

 緻密なコントロールを使うほど、得意と苦手が明確になっていた。

 

 

 ―― それでも学習は早い方だがな。

 

「そうなんですか」

 

 ―― ああ。スポンジみたいな。……違うな、写し書きか。

 

「写し書き?」

 

 ―― 私様のおかげだな。

 

 

 体はスグサさん自身である。

 スグサさんは最高位魔術師であり、全部の属性を使い、スグサさんにしか使えない威力と難度の魔法を使っていた。

 その体で魔法を学んでいるのだから、すぐに使えていくのは『体が思い出していく』ようなものなのではないか、とスグサさんは言う。

 今会話しているスグサさんも、本人の意識というか『記憶』なのだから。

『記憶』が言うことを『体』が使う。

 習得は早いはずだろう、と。

 火の扱いに慣れるため、火の初級魔法をリボンのように長細くゆらゆらと操る。

 

 

 ―― そうだ。お前、なんか武術経験ある?

 

「……たぶんですけど、ないと思います」

 

 ―― ふーん……。

 

 

 なぜそんなことを聞くのかというと、学校が始まってからのことに関係する。

 編入後、四年生となれば魔法の基礎はもう学び終わった状態。

 なので発展的な内容を学ぶのだが、それは魔法だけに留まらない。

 遠距離から戦うことができるのが魔法戦の長所だが、必ずしもその状況ができるわけではない。

 近距離で戦わなければならないこともあるのが現実だ。

 なので、魔法が使えない・使いにくい場合に備えた授業もあるのだそうだ。

 学校なのにそこまでやるのかと疑問に思って聞いてみた。

 そしたら、魔法科に入るということは、城に仕えたり護衛やギルドなどの戦闘が必要なことを職業を目指す場合が多いのだそう。

 

 

「私は、おそらくは学校を卒業まで入れたらまたお城でしょうね」

 

 ―― ……王子サマが何とかしてくれるかもしれないぞ?

 

「あー、殿下ならそうかもしれないですね」

 

 

 優しくて、気遣いができて、頼りになる。

 そんな人が私の担当になってくれたから、今でも比較的自由にさせてくれる。

 あの人とその周りの人たちは、ずっと私を『人間』扱いしてくれている。

 重荷になっているのではないか。

 お城の人たちから嫌なことを言われていないか。

 何かされていないか。そう不安になることも多いけど、嫌がらせをされていたとしても察しさせてはくれないから、優しさに付け込んで甘えに甘えまくってしまっている。

 いつか役に立てる時が来たら、笑顔で引き受けようと決めている。

 恩返しとして、そうしたいから。

 

 

 ―― もう一つ、候補があるぞ。

 

「え、なんですか?」

 

 ―― 元の世界に帰る。

 

 

 はっとした。

 確かに候補の一つだ。

 だけど。

 

 

「ないですね」

 

 ―― 理由は?

 

「私がこの世界に召喚されてから、一年の半分で三百日近く経っています。向こうの世界の時間がどうなっているかわからない以上、今すぐに向こうに帰ったとしても体は生きているのかわかりません。むしろ低いと思いますし」

 

 ―― 今の体のまま帰ればいいだろ。

 

「この体はスグサさんの体です。本来ならば私が使っていいものではありません。それに、この姿で帰っても苦労するのは目に見えてますし」

 

 

 顔はだいぶ違うし、元の私の生死がどうであろうと戸籍も使えない。

 記憶でさえ曖昧な状態で向こうで一からやり直すのはなかなかに骨が折れることは想像に容易い。

 この世界で生活するのも嫌いではないし、候補であっても選択肢ではないかな。

 

 

 ―― 本人がいいって言ってんのになー。

 

「そういうわけにはいきませんよ」

 

 

 端から見れば、火の初級魔法を使いながら、ずっと一人で喋っている痛い人。

 アオイさんがこっそり訓練室に入ってくるまでの何十分。

 指摘されるまでずっとそうしていた。

 

 学校が始まるまであと七十日。

 入学のために試験を受けるのがあと二十日と迫ってきている。

 試験の内容は筆記と魔法実技。

 魔力量測定も同日にあるそう。

 魔法実技は魔術科希望者が受ける。

 私は四年生に編入希望なので、今年四年生になる生徒の平均以上の成績を出さなければならない。

 試験方法は、対人ではなく的を狙って魔法を使用する。

 スグサさんと訓練していた『一般レベルを知る』という内容はここで活かされる予定だ。

 魔力量測定も行うからには、一定以上の魔力量が必要。

 魔力が少なすぎて短期でしか戦えませんじゃ、戦闘の幅が範囲が狭まってしまううからだとのこと。

 そちらに関しても、魔術師団のトップの人からすでにお墨付きをもらっているので心配はしていない。

 

 

「火の精と戯れている様だったよ」

「恥ずかしいのでやめてください……」

 

 

 人さまには言いにくい状況をばっちり見られてしまい、顔から火の精が出てしまうかと思った。

 訓練室⑧で今はアオイさんと二人で壁沿いに並んでいる。

 今日アオイさんに来てもらったのは、魔法実技の試験のために予行練習をさせてもらうためだ。

 

 

「形式は、指定された的に自分の得意な魔法を当てるってだけ。ただし指定以外の的に当てたら減点になるから気を付けてね」

「じゃあ範囲系の魔法は使えないんですね」

「そうそう。一定以上の威力がないと判定にならないから、威力とコントロールのどちらも見てるんだよ」

 

 

 範囲魔法で一括ドカンとじゃ、威力は見れてもコントロールはわからない。

 コントロールができなければ連携も難しくなる。

 

 

「ヒスイちゃんの場合は、使える属性も選ぶ必要があるんだよね。考えた?」

「はい。風と火と闇にしようと思います」

「理由を聞いてもいい?」

「風と闇は得意なので。火は逆に苦手なので、ですね」

 

 

 苦手意識のある火属性を使った方が、学生らしいかな、って思っただけだが。

 試験にも火属性で挑むつもりだ。

 今の的当てという試験方法を聞いて決めた。

 入学のためにはミスは許されないし、風属性を使った方が確実ではあるのだが、学生らしい成績を収めるためにもその方がいいかなと思った。

 スグサさんにも相談のうえで決めたので、苦手だとしても大丈夫じゃないかと言われている。

 

 

「じゃ、今から的当て練習だね」

「お忙しいのにすみません。ありがとうございます」

「いいよいいよ」

 

 

 壁沿いから訓練場の中心付近に移動して、距離を開ける。

 アオイさんに向かって火の属性を放ち、威力とコントロールについて意見を貰う。

 掌をアオイさんに向け、おおよその距離を目算。魔力の量を計算し、唱える。

 

 

(アム)初級魔法(トゥワン)

 

 

 ある程度の魔力を短時間だけ込めれば、それはまるで火の玉となって浮遊し、放たれた。

 スピードとしては……広い草原を犬が走っているような物だろうか。

 全速力ではなく、目で追える程度の早さ。

 火属性を持っているアオイさんは、自分の火属性をあてていとも簡単に相殺した。

 

 

「狙いは良いと思う。早さはもう少しあったほうが確実かな」

「もう一度やってみます」

 

 

 頷いたのを見て、再度魔力を込める。

 ここでふと、思いついた。

 的当てなのだから、的当てらしい体勢でやってみようと。

 右手を伸ばし、手を握る。

 人差し指と親指は伸ばして、銃のように。

 人差し指の先端に魔力を集めて。

 

 

(アム)初級魔法(トゥワン)

 

 

 放った。

 イメージしたものが射的の銃なので、弾丸のようなスピードで発射された。

 それはもちろん、発射したと思ったらすでに的の方に当たっている状況。

 

 

「ぐふっ」

「あ」

 

 

 案の定。

 褒められたコントロールで、アオイさんの腹部にヒットしてしまった。

 

 

「ご、ごめんなさいっ」

「だい、じょうぶ……! ローブの防御魔法があるからね……」

 

 

 尻餅をついたところに慌てて駆け寄った。

 ぶつかったであろう腹部をさすりながら、苦笑いで答えてくれた。

 防御魔法のおかげか、服も焦げてはいないようだ。

 

 

「本当にすみません」

「平気平気。初級魔法だし、威力は抑えてたでしょ」

「一応は、そうですけど」

「スグサ殿の一発の方が強かったなあ」

 

 

 笑ってくれたので、強張っていた体が少しほぐれた。

 スグサさんの一発ってどっちのことだろう。

 立ち上がる時も体を庇ったり、表情を歪めたりはしていなかったので、本当に大丈夫そうだ。

 よかった。

 

 

「今のだと少し速すぎるかな。反応できなかったよ」

 

 

 魔術師団長が反応できないものじゃあ早すぎる。

 イメージとしてはやりやすかったので、おもちゃの銃で考えてみよう。

 それからも何度か繰り返し、同一の力加減を覚えた頃。

 片付け前の休息を壁側でとっていると、それぞれで考えておくように言われた話題になった。

 

 

「前髪を編み込んで片目を隠そうかと思います。後ろ髪は下ろしてると少し邪魔なので、緩く結ぼうかと。あとは……個人的にマフラーが欲しいです」

「本人の写真は髪を下ろしているのが多かったから、結ぶのがいいね。顔も少し出したほうが怪しまれないだろうし」

 

 

 スグサさんの顔をどうするかという問題。

 化粧だけじゃ誤魔化しきれない可能性があり、それならばいっそ、一部隠そうと決まった。

 ただ眼帯とかマスクとかだといい印象が与えられないので、他の手段をと考えていた。

 

 

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