【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
試験日もその格好で挑むつもりなので、それまでに支度を整えなければならない。
それは「任せといて」と意気揚々と宣言してくれたので、お言葉に甘えることにした。
好みを聞かれたけど、無地、ということしか答えられなかった。
色とかはわからない。
「期待して待っててね」
「ありがとうございます。楽しみにしてます」
「じゃあまたね。あ、二人にも話、よろしくね」
「試験前ですけど……」
「話さなくても大丈夫ではあるけど、いいプレッシャーになるんじゃないかな。二人のためにも、ね」
「……この後してきます」
試験を受けるのに必須なことではないことだが、学校に行くのに必要な話をしなければならない相手がいる。
最近ようやく慣れてくれたあの子たちだ。
私から話をしなければならないのだが、どういう反応をするだろうか。
行きたくないと言われたらどうしよう。
訓練室の片づけをして、鍵はアオイさんが持って行ってくれるということなので、また甘えてしまった。
手ぶらで我が物顔で、自室までの道のりを行く。
途中人とすれ違うも、ちらっと目線を向けるだけで向こうも慣れたもののようだ。
それもこれも、負傷兵の人たちの訓練をしたり、ウロロスの対処をしたりと、お城の人たちとのかかわりが増えた賜物だと思う。
そういう機会をくれた殿下たちには感謝してもしきれない。
フードを被っているとはいえ、やはり人目を気にすることが少ないというのは比較的過ごしやすい。
堂々と、といっては少し大袈裟だが、以前よりも軽い足取りで来た道は思いの外短く、あっという間に借りている自室に到着した。
扉を問答無用で開けると。
「すー!」
小柄な性別不明な二人が駆け寄ってきた。
「わわわっ」
「おかえり!」
「はやくはいって!」
そっくりな顔と左右対称な髪形、おそろいの服装に身を包んだウーとロロは、私の両手をそれぞれで引っ張って、ソファーまで誘導する。
腕をとられたまま座るように促された。
というより座らされた。
「ぎゅーっ」
「あったかーい……」
まるで美女を侍らす傲慢そうな人のような態勢にされてしまった。
小脇に入るのが好きなようで、度々この状況にされている。
美女ではないが、可愛らしい二人に引っ付かれるのは嫌じゃなくて、ついつい甘やかしてしまう。
「すー、もうでていかない?」
「今日はもう行かないよ」
「やったー!」
二人は私のことも「すー」と呼ぶ。
スグサさんのことも「すー」と呼ぶし、私は「ヒスイ」だから別の名前をと言ったのだが、「す」が入っていたので「すー」となった。
まあ外見は一緒だしある意味同一人物なので、いいのだが。
保管庫から部屋に移ってきて、もちろん初めのころは警戒された。
スグサさんとの違いが大きく戸惑っているんだと、スグサさん自身が言っていて、実際その通りだったんだと思う。
たまにスグサさんが二人の相手をしたり、外見が一緒のこともあって懐いてくれるまでそう時間はかからなかったが。
今日はこの体勢のまま、はてさて何分ぐらい過ごすだろう。
昨日は一時間は経ってたかな。
さすがにお尻と腰と肩が痛くなったのでそれまでには変えたい。
とか考えていても実行できるのは数十分後と思われるので、しばらくはこのままだ。
そういえば、ウーとロロにも話すことがあったんだった。
「……ウー? ロロ?」
「なあに? すー」
二人が声を合わせて、顔を覗き込んでくる。
綺麗な藍色の目が、私をさらに六人に増やしている。
「もう少ししたら、私はこの部屋からいなくなるの」
「……え……?」
「なんで……?」
大きな目がさらに見開かれ、爬虫類のように細かった瞳孔が丸くなる。
眉が垂れて、さらには声も小さくなって、近くにいるのに聞き取るのがやっとなほど。
罪悪感を感じつつも、話を続ける。
「違う所に行かなきゃならなくて、この部屋にはしばらく帰れないの」
ウーとロロがスグサさんと離れるのは少なくとも二度目だ。
再開した時の怒り様や、迎えてくれた時の喜び様から相当のショックを与えることは予想していた。
だから、すっかり伏せてしまっている様子を見るのは覚悟していたのだが、罪悪感は半端ない。
「それで、ね。一緒に来てくれないかなって」
「………………え?」
「ん?」
「い、っしょ?」
「うん。一緒に」
今日一大きくなった目は、水分を含んで輝やかしく、まるで宝石のように見えた。
顔を近づけてきて、吐いた息が当たる。申し訳ないけど体を退け反らせた。
「一人だと心細いし、二人を置いていくのは心配だし……姿は変えてもらうことになるけど、一緒に来てくれたら嬉しいなって思ってるんっっぐ」
首がっ……しまっ……って……。
「いくぅ……」
「いっしょぉぉお」
首を捩じってなんとか息がしやすいポジションを見つけた。
小脇から視界の横に位置を変えた小さな頭たちからは、冷たい温度と鼻を啜る音が聞こえてくる。
スグサさんのことが好きなんだなあ。
本人に代わって小さな頭を撫でていた。
当の本人は何も言わないし、姿も表情も見えないけど、何も言わないということは何かしら思うところがあるんだろうなと。
何十日……もう百日以上一緒にいる身は勝手に考えている。
試験の日。
この世界では、基礎学校を受験する生徒には保護者が同伴するそう。
私の保護者は殿下だ。
だが殿下も生徒だし、むしろ殿下の子供的な立ち位置になって騒ぎになりそうなのでナシ。
次の候補はクザ先生。
仮にも医術師見習いとして師匠と仰いでいるが、クザ先生もこの学校の先生なのでナシ。
カミルさんは治療期間を終えて仕事に復帰しているため、またついてきてもらうのは気が引ける。
となるとアオイさんかロタエさんだったのだが、二人が話し合って、結果アオイさんに同行してもらった。
受付を済ませて案内された場所は、殿下が連れてこようとしてくれていた訓練室①。
中には数人の生徒がいて、一人だけじゃないんだと安心したような、緊張したような。
広いスペースに整列された椅子がセッティングされていて、各々で固まって座っている。
いつものローブとは違って私服のアオイさんだが、魔術師団長というのは顔も広いようで、部屋に入った途端に静かだった部屋はざわつき始めた。
「ねぇ、あの人……」
「アオイ・ベイト様!?」
「魔術師団の団長じゃないか!」
かなり有名なようだ。男性にしてはすらっと細身で、背もある方だしモデルみたいだものね。
表情も柔らかいし。団長だし。
さすがに試験前だからか近づいてくる人はおらず、遠巻きに決して小さくはない声が聞こえている。
本人は全然気にせずどこに座ろうかと辺りを見回している。
声にも気付いてそうだけど。
室内には教壇っぽいものがあるがあり、そちらに向かうように椅子が十何脚と置かれている。
いても数人かと思っていたのだが、他国から引っ越してきた人たちや、長く家庭教師を雇っていて、実技は学校でという家庭も何組かいるようだ。
煌びやかな服装の人たちが多く、貴族的な人たちなのだろうとすぐわかる。
両親とも来ている人も、片親だけでも豪華な服だ。
試験の後はパーティーでもやるのかな。
どこに座るか。
提案された場所は扉から一番遠く、ただし前の方の席。
教壇っぽいものから話す人からは意外と死角になる場所だ。
前だから他の受験生も近くにはいない。
壁沿いに進み、なるべく人を避けるようにして移動する。
しかし、視線は刺すように届き、声は鼓膜を震わせる。
「一緒にいる人は誰なの?」
「ご兄弟がいるなんて話は聞いたことがないけれど……」
「辛気臭い上に怪しい恰好をしているな」
怪しい恰好に思われるかもしれないと思っていました。
宣言通りの前髪編み込みで片目を隠し、長すぎる後ろ髪も緩めに三つ編みしている。
裾が足首近くまであるローブを着て、フードも被っている。
顔どころか体型も頭も見えない格好だ。
本当はローブは着なくてもよかったんだけど、しばらく被っていたらすっかりこれがないと落ち着かない体になってしまった。
あったかいし、フードも好き。
角にアオイさん、とその後ろの椅子に腰を落ち着けた。
「緊張してる?」
周りには聞こえないように、口元に手を当てている。ので、同じようにした。
「少し」
「実技の方は僕が保証するよ。筆記の方は、最悪、頼りになる人がいるから」
「ああ、なるほどー」
「満点以外取れないよ」
もちろんやらないけども。
なんなら頭の中で「ぜってー助けてやらねー」と言っているけども。
アオイさんも本気ではないだろう。
アオイさんと話しながら、周囲には目を向けないようにして過ごしていた頃、書類の束を小脇に抱えた見覚えのある白い髪の人が入ってきた。
あの人は、殿下の弟さんが試合したときに駆け付けた先生だ。
「あーどうも、皆さん。この学院で講師をしているヒイラギと申します。これから試験の概要を説明しますので、ご着席ください」
あまりやる気のなさそうな脱力顔。
声も低めで間延びしそうな言い方だ。
貴族らしい人たちはどういう反応をしているのかと思ったが、そこは見ないでおいた。
試験前に変に気を散らしたくないし。
ガタガタと物を動かす音がしなくなって、ヒイラギ先生が読んでいた書類から目を話した。
「はい、どーもです。じゃあ説明しますねー」
これから試験を受ける十数人は、別室で筆記試験を受ける。
終わったら今の部屋に戻ってきて、休憩を挟んでから魔力測定と実技の試験。
終わった人はまた今の部屋に戻ってきて、最後に連絡事項を聞いて終了。
アオイさんたちはこの部屋でずっと待機していることになる。
「貴族たちはこういう時も情報交換を怠らないものなんだよ。僕はゆっくりするつもりだけど」
「交流のために着飾ってるんですね」
「あとは見栄だね」
「……まあ、貴族ですから、周囲の目を気にしますよね」
ちょっと芸能人みたいだなと思った。
着飾るのも仕事の内というか、期待の目とかもあるだろうし。
もちろんそういう意味での「見栄」と言ったわけではないだろうけど。
「じゃあ、いってらっしゃい。頑張ってね」
「行ってきます。頑張ります」
扉から遠い位置にいた私は、他の生徒たちについて行って最後に教室を出た。
後ろから黄色い声が知っている名前が聞こえて、ゆっくりは出来なさそうだな、と思った。