【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
仮の採点結果もそうだけど、なんとなく気になることが聞こえた。
「スグサさんとアオイさんも編入だったんですか?」
「そうだよ。伝記によると、スグサ殿は編入したってわけではないけど、試験は受けたみたいだね。僕は家の手伝いで初めは学校に通えなかったんだよ」
アオイさんの名前を他の人が呼んで初めて聞いたが、フルネームは『アオイ・ベイト』と言うらしい。
名前と家名の間に貴族の証はない、ただの一般市民。
「勉強はしたかったけど、家のことも助けたかったからね。魔法や国学なんかは独学で頑張ったんだよ。努力の甲斐あって今は団長までなっちゃって、忙しいのなんのってね」
明るく話をするけれど、その努力は並大抵のものではないはず。
学業に集中できる環境のことは違う。
家の手伝いの少しの空いた時間で、学校に通っている子たちの何倍、何十倍もの密度の勉強をしていたのだと思う。
それこそ、私なんかよりも。
教えてくれる人がいたのかはわからないけど、いてもいなくても、個人の努力が相当なくては今の地位にいることはできないだろう。
そんな大変そうなことを、この人は目の前で、あっけらかんと易々と語っている。
「楽しかったね。色々なことを知れるのは」
突然、ぽっと頭の中に言葉が浮かんだ。
誰のかはわからないが、「自分のしていることに楽しみを見出すことが出来なければ、滅多に成功することはない」という言葉。
この人が語るそれは、まさにこの言葉があうと思う。
「好きこそものの上手なれ、ですね」
「そうだね。僕は魔法が大好きだ」
少年の様な笑顔はそれはもう眩しいものだ。
コンコン、コン。
いつものノック音が室内に響く。
待ち合わせをしていた人物たちだ。
「はいはーい、どうぞー」
「失礼する」
「こんにちは。殿下、ロタエさん、カミルさん」
殿下はまた休み期間に入っているので、お城で過ごすスタイルでマントを羽織っている。
ロタエさんとカミルさんもいつも通り。
ローブと動きやすそうな服。
殿下は誕生日席の一人掛けソファー。
アオイさんの隣にカミルさん、私の隣にロタエさんが座る。
もはや定着したともいえる席順。
「まずはヒスイ。試験お疲れさん。どうだった?」
「ありがとうございます。採点してもらったところ、合格ラインは固そうです」
「優秀で何より」
ニッとはにかみながら「わかってたけどな」と。少し照れる。
「アオイの方はどうだ」
「目星は付けてきましたよ」
そう言って、懐から四つに折られた一枚のメモを取り出した。
それには人の名前と特徴らしき言葉が書かれている。
「周囲と話をしなかったり、魔力が強そうだったり、単純に怪しそうだったり。気になった点と名前、特徴をまとめました」
「この中の誰かが、アイツの言う同行者なら話が早いんだが……」
「断言できるほどの根拠はありませんしね」
「警戒できるだけまだマシだな」
私が試験を受けている間、アオイさんは保護者や子どもの観察をしていた。
ベローズさんが言っていた『同行者』、元い『見張り』を見つけるため。
もちろん見つかるとは思っていないが、ベローズさんに情報が行きにくいように用心するためだ。
編入してくるのか、もともとの学校関係者なのか、大人なのか子どもなのか、人なのか、別なのか。
真面目に報告しているので、ご婦人たちにもみくちゃにされていたことは黙っておく。
「合格を前提に動くとしよう。ヒスイ」
「はい」
「この紙に書かれている奴らの特徴と名前、覚えておいてくれ。科、クラスが同じなら、そいつの周りでは特に注意して、危ういことはしないように」
「わかりました」
渡されたメモ用紙を受け取り、さらっと眺めてみる。
男性も女性もいるようだ。
しかしここに書かれているのは学生候補。
つまり子どもだ。
年端も行かない子どもが、国の研究に関わって密偵をさせられているなんて、考えたくはない。
せっかく学校に通っているのに。
「試験も終わったし、俺たちが教えることも一段落ってとこだな」
熱の入った雰囲気が殿下の一言で冷やされた。
この話の続きは、合否が発表されて、正式に入学するとなってからだ。
というか、じゃないと動けない。
「そうですねー。なんか名残惜しいなー」
「団長は通常業務に戻っても問題なさそうですね。魔法についてはスグサ様がいらっしゃいますし」
「いや! 僕が引き続きやるよ!」
「……「お前には無理だ」って言ってます」
「…………仕事つまんなーい」
駄々をこねるアオイさんは学校に通う学生よりも幼く見える。
それを慣れた手つきで落ち着かせるカミルさんは保護者だなあ。
となると、殿下とロタエさんは兄と姉だろうか。
……いいなあ。
「ロタエも仕事に戻るんでしょ?」
「いえ。私は入学まで続けたいと思います」
「え、なんで?」
「実技がありますから」
そうだった。
そう言えば、ロタエさんは私に教えてくれる内容として、魔法と武術も担当してくれていたんだった。
今までは魔法について教わることが多く、武術については軽くしか触れていない。
体力づくりや柔軟程度だったのだが。
そもそも、私に武術ができるのだろうかというところからなのだが。
「入学までの五十日間は、武術を実戦で行いたいと思います」
……急展開じゃないかな?
隣に座るロタエさんは至って冷静に、誕生日席の殿下に向かって進言する。
「ヒスイさんは魔法に関しても秘密が多いので、魔法を使わずともある程度の戦闘力は必要だと思います」
「そうだな。俺も同意見だ」
「なので、カミル団長にもご協力いただきたいと考えています」
「えっ」
思わず声を上げてしまった。悪気はありません。
ただ、騎士として現役のカミルさんはガタイがとてもよく、男というより漢と言った方があっているような、見るからに筋肉隆々なのだ。
訓練とはいえ、私のこの細腕でどうしろと。
殿下もやや目を見開いて、豆鉄砲を食らったような顔だ。
なのだけど、カミルさんに至ってはずっと微動だにしていない。
先に知っていたのかもしれない。
「どんなことをやるつもりだ?」
「変わったことは考えておりません。組手です」
「組手ならロタエでもできるだろう」
「相手は私に似た人物だけとは限りませんよ。それこそその密偵は子どもの可能性もありますし」
「子どもとカミルの体格を一緒にするな」
部長と主任が新入社員のために話をしているの図。
と言う感じだろうか。大事に育てられている。
正面に座る団長同士も口を出さず、静かに座っている。
かくいう私も意見を言ったりはしていないのだが。
驚きはしたが、カミルさんがお相手してくれることについての不安は多くはない。
だってカミルさんだし。
突然聞いたし、体格差が大きいというのが驚いた理由であって、決していやではない。むしろありがたい。
「カミルはいいのか?」
「はい。喜んでお相手する所存です」
「じゃあまあ。よろしく頼んだ」
「よろしくお願いします」
「そうだ。それで思い出した」
双方の了承が得られ、挨拶の一例で話が終わると思いきや。
殿下は言った言葉の通りの表情で、胸元の内ポケットから……石のようなものを取り出した。
拳大程の石は、深みのある、黒寄りの灰色をしている。
ゴツゴツとしているが尖ってはいない。
重そうに見えるが、片手で持てると言うことはそこまででもないのか。
椅子から立ち上がり、私の目の前に差し出した。
「ヒスイにやる。合格祝いだ」
「……まだわかりませんが」
「落ちてたら慰めの品ってことにしていいぞ」
「じゃあ、頂きます」
私が貰う以外の選択肢はないらしい。
座ったままなので、手だけは恭しく両手で下から受け取った。
両手で支えてもずっしりとした重みを感じる。
これを軽々と片手で持っていたということは、殿下もやはり鍛えているんだなあ。
ところでこれはなんだろう。
椅子に座り直した差出人に聞いてみよう。
「あの、これは何ですか?」
「魔石器という、武器を作るための石だ」
「武器、ですか」
スグサさんから「武術は習っていたのか」って聞かれたことがあったなあ。
あれは試験の前だったか。
それと関係があるのかな。
「四年生の最初は武器の使用訓練から始まるんだ」
「魔法科でもですか?」
「魔法科だから、だな。武術科はすでにやってる」
聞くところによると。
魔力というのは有限であり、当然のように使えている魔法も、もしかしたら使えない時があるかもしれない。
さらに言えば、魔法を使うよりも、武器を使うときの方が適した場面があるかもしれない。
以前スグサさんが言っていた、遠距離ではなく近距離で戦う場合も含む。
その時のために自分に適した武器を持ち、使いこなせるようになろうということだ。
魔法科ということで、最初はもちろんを魔法を学ぶのだが、基本ができれば次は武器。
それが四年生ということらしい。
スグサさんに入学前に聞かれたときは、なんとなく格闘技だと思っていたけれど。まさか武器とは。
騎士という職業があって、戦いに備える習慣があるのだから、当然か。
「武器は学校で作ることもできるんだが、持ち込みも許可されているんだ。ヒスイはどういうのが適しているか分からないから、素材をやろう。何にするか決まったら鍛冶師を紹介する」
「……ありがとうございます」
さて。困った。
武術についてこれといったものは浮かばず、経験があるかもわからない。
根拠のない勘だけど。
まだ思い出していないだけかもしれないが、いつ思い出すかもわからない。
となると、使いやすそうなものがいいのか。
「最初はイメージしにくいと思うから、武器庫でも見学に行ってみたらどうかな? ね、カミル」
「見るか?」
「……見たいです」
「わかった。日付はまた伝える」
使い方すらもわからないものだらけだろうけど、知らないよりはきっと良いはず。
提案してもらえてよかった。
―――――
数日後、私は森にいた。
いや、ただいるだけではない。
逃げている。
「っ、はぁ……はぁ、ふう……」
―― いいじゃんいいじゃん。楽しくなってきたなあ。
「全然楽しくない……。今までで一番怖いですよ」
大鎌を持ったロタエさんは、ウロロスの大群よりも怖い。