【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
遡ること一時間ほど前。
始まりは私の部屋だった。
「今日の講義ですが、以前お話ししていた、武器庫の見学に行きましょう」
「……ん?」
部屋に入ったところで立ったまま向き合い、さあやりましょうというところ。
講師はロタエさん。
武術の講義は屋外で行うということは聞いていたが、その日に武器庫の見学に行くことは聞いておらず、思わず聞き返してしまった。
「知りませんでしたか?」
「知りませんでした……」
「また忘れてましたね」
はあ、と一つのため息。
また、と言ったので、誰のことかはすぐにわかった。
カミルさんのおっちょこちょいだろう。
この日に武器庫の見学ができるとわかったのは二日以上前。
カミルさんから私に連絡が行くはずが、まあ例の如くということか。
「突然のことになってしまってすみませんが、このまま行けますか?」
いつもクールでキリっとしている人が、申し訳なさそうに眉をやや下げている。
珍しい。
「私は大丈夫です。ぜひお願いします」
「よかった。では行きましょう」
さながら、社会科見学と言ったところか。
わくわくしている自分がいる。
この世界では初めてなことも多かったが、武器と言うのは≪回想の香≫を使っても出てきたことはないので、とても楽しみ。
今は朝と昼の間の時間。
人の活動時間なので、いつも通りローブとフードを被って移動する。
暖かくなってきたので薄手の冬物でも十分過ごせる。
お城での生活も長くなってきたし、医術師としてのクザ先生と活動することもある。
なので私を見る目線はだいぶ柔らかくなったものだ。
顔を隠すためのフードは外せないが、この世界に来た時と比べると大分堂々としたものだと我ながら思う。
武器庫は訓練場の近くにあるそうで、そこまでは知っている道のりだった。
知らないのは、訓練場から先。
「この先は初めてです」
「もう突き当りが目的地ですよ」
突き当り、と言っても、訓練場は一部屋ごとにそれぞれ大きいので、突き当たるまでに五分は歩いたと思う。
やはり武器だからだろう、重厚な扉が目の前に立ちはだかる。
そのさらに手前には門番が二名いる。
「魔術師団、副団長のロタエです。騎士団長の許可を得てこちらに伺いました」
「団長から伺っております。お二人とも、どうぞお入りください」
インテリアのように頭から足の先まで甲冑を着た人たちにより、通路と扉が開かれる。
重い音を立てながら左右の扉の間隔が広がり、その隙間から光が差し込んで中を照らす。
ロタエさんが先に進み、置いて行かれないようにくっついて歩いた。
そして、中に入ってロタエさんが一言。
「こっちは忘れていなくて幸いでした」
「ですね」
門番さんにも言うのを忘れていたら、足止めされていただろうなあ。
確認自体は魔法を使えばすぐだろうけど、あらかじめ伝えておいてもらったほうがスムーズなのは間違いない。
気兼ねなく武器庫に入ることができてよかった。
「わ……広」
武器庫の中は訓練場の広さの倍ぐらいだろうか。
とにかく広かった。空気はひんやりしていて、大声を出したら声が反響してきそう。
壁全域に武器がずらりと並べられている。
壁以外にもスタンドに立てかけられていたりと一体いくつあるのか。
わかるところでは、片手剣、両手剣、斧、槍、弓、棍棒とかか。
それ以外はなんて言うのかわからない。
「全体的に見て回りましょう。手に持ってみたければ一声かけてください」
ロタエさんとは別々に見て回る。
道順みたいなものはないので、端っこから見ていくことにした。
遠目からわかったもの以外にも、モーニングスターや鎖鎌などの投げて使えるものもあるようだ。
武器の種類って結構あるんだな。
一つ一つじっくり見ていたが、これだっと直感が働くものはなく、一周してロタエさんに聞かれた。
「気になるものはありませんでしたか」
「すみません……」
「いいんですよ。武器はここにあるものだけではないですし」
「そういえば、ロタエさんが使っている大鎌はここにはないんですね」
「あれは私の個人のものです。魔石器で作ったものですよ」
じゃあ、私ももらった石を使って武器を作れば、ロタエさんのような武器にもできるってことなのか。
……あんまり癖がないのがいいなあ。
「もう少し見ていきますか? もしくは、外で講義の続きを行いますか?」
「うーん、武器庫は大丈夫そうです」
「では、行きましょう」
門番さんに一礼をして、訓練場も通り過ぎて外に出て行く。
そして行き着いたのが森だった。
城の中に森って。
「あの。ここで何をするんですか?」
「追いかけっこしましょう」
「……え?」
ロタエさんが服の下に隠れていたネックレスを取り出す。
うっすら水色がかった石を握り、魔力を込めたのがわかると、瞬きしている間に見覚えのある大鎌になっていた。
「えーっと……?」
「訂正します。鬼ごっこですね」
鬼って。
「開始の合図の後、私がヒスイさんを追いかけます。逃げ切ってください」
鎌を持った鬼が追いかけてくるまで、あと三十秒。
「逃げるためならば魔法を使っても構いませんよ。ひとーつ、ふたーつ」
唐突に数え始めたロタエさんを少々恨めしく思いまながら、ひとまず背を向けて森の中へ走った。
方向感間隔なんてもの、正直森でなくともないけど、お城の敷地内だということで遭難はしにくいだろう。
勝手に安心感を抱いて森の奥へ奥へとひたすらに走る。
「……っ、っは……はあぁぁ」
無我夢中で止まらずに走ったので、ある程度の所で限界がきて立ち止まる。
上を見上げると木々の隙間から見える小さめの青空、呼吸を整えながら見ていると、キラキラをまき散らしながらひらひらと浮遊する、白と金の蝶。
「こんな所にも、いるんだ……っ」
よく見るなあ、と思ったのも束の間。
走ってきた方角から、風が吹いてきた。
おそらくは鎌を持った鬼が動くという合図だろうか。
「逃げなきゃ……」
風下の方へ、再び足を進める。
油断しているわけではないけれど、スタートダッシュで体力を使ったので駆け足程度でしか走れなくなってしまった。
止まるよりかはましだろうと思っていたけれど……。
限界想像よりも近くて、五分経たずにまた止まってしまった。
「っ、はぁ……はぁ、ふう……」
―― いいじゃんいいじゃん。楽しくなってきたなあ。
人が大変な思いをしているのに対し、楽しそうな声が頭の中に響く。
「全然楽しくない……。今までで一番怖いですよ」
―― あいつは迫力あるよなぁ。どれ、少しお前らに協力してやろう。
えっ。
と、思った時には時すでに遅く。
って、こんな事前にもあったなあ。
既視感とすでに慣れた感覚と同時に、視界は遠のいて行った。
―――――……
「さて」
弟子には悪いが、なかなか面白そうなことには首を突っ込みたくなってしまう、しょうがない
事後で申し訳ないとは思っていない。
メンバー交代となったところで、風の魔法を使って木の頂上付近まで登る。
魔力をを持っている奴の気配を探せば、もうすでに姿が見えそうだったぐらいの距離にそいつはいた。
風の魔法で声をそいつに伝えよう。
「スグサ様、ですね」
向こうから話しかけられた。気付いてたか。
「おう。メンバー交代した。お前に提案があってな」
「なんでしょう」
「弟子の奴、ただ走るだけで魔法なんて使う気配もないんだ。お前が近くにいることもわかってなかったと思うし」
「最初からやるとは思っていなかったので想定内ではありましたが」
「そーかい。そこで私様から提案だ。意識は弟子に、体は私様が動かす。だから本気で追いかけてみな」
最後は少し煽りを入れてみた。
見た目より沸点の低い女魔術師は魔力を少し揺らがせ、つまりそれは感情も揺らいだということ。
挑発に乗りやすい奴は扱いやすいな。
いや、私様だからかもしれないが。
「……よろしいのですね?」
「ああ。前言ったしな」
また
風の魔法で直接双方に届く声は、感情も素直に届けてくる。
向こうからは苛立ちが、向こうには愉悦が届いていることだろう。
「じゃ、今から交代すっから、十秒後に来い」
一方的に告げて、ふわりと地面に降り立つ。
降り立ったと同時に、弟子と意識を交代。
「す、スグサさんっ、どうするんですかっ」
珍しく慌てているようだが、私様が負けるわけないだろうに。
そして真顔だけど慌てているのがわかるというのはなかなか変な感じだ。
―― お前は体の感覚と使い方に気をつけてろ。
「え、わ、うわっ」
体を動かすのは私様なので問答無用だ。
風の魔法を使って推進力を上げる。
水平移動だけではなく、垂直移動も含ませる。
気の上を伝って、飛んで、回って行く。
「酔いそう……っ」
―― んなこと言ってないで、後ろに気を付けろよ。
「え……うわっ」
首を回して後ろを見せてやって、ようやく気付いたようだ。
目と刃を光らせて静かに付け狙う、鬼、もとい死神に。
「
鬼は片手に持った鎌を大きく横に振り、風邪の斬撃を飛ばしてきた。
進む方向を直角に曲げ、木を障害にして斬撃を切り抜ける。
鬼ごっこじゃなかったか?
―― 本気だねぇ。
「こっわ……」
―― 行くぞ。
もう少し早くするか。
木の幹が凹む程に推進力を上げ、一気に距離を上げる。
手を枝に引っ掛け、小刻みに方向を変えながらより遠くへ逃げる。
「……こんな感じのスポーツがあったなあ」
―― なんだそれ。
「なんて言うのかは……思い出せないですけど、街の中を走ったり跳んだり回ったりして移動していくんです」
―― へー。お前それやってたの?
「やって……ないと思います」
忙しなく移動しているつもりだが、淡々と話せるお前も大概だな。
女魔術師が追ってきている気配はあるが、距離が開いてきたな。
そろそろいいか。
―― 弟子。今度はお前の番だ。
「えっ」
―― お前が風の魔法を使って、逃げ切ってみろ。
「えっ」
何度も言うが、問答無用だ。
―――――……