【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
大分振り回されていると思う。
けど慣れてきたので、驚きはしても慌てることは少なく……なったかなあ。
代わってくれたのは木の太めの枝の上。
比較的安定した場所を選んでくれたようだ。
―― 目を閉じて、空気の震えを知覚しろ。
「空気、ですか」
―― 風の属性を持ってる奴なら幾分やりやすいはずだ。
言われたとおりに目を閉じて、知覚……目は閉じろと言われたので、触覚と聴覚を意識してみる。
肌を撫で、鼓膜を震わす空気が、見えていないはずの遠くの景色を瞼の裏に映す。
どれくらい離れているのか、私の方に一直線に向かってくるロタエさんが見えた。
「っ」
―― 見えたか。
「はい」
―― どんな顔してた?
「……言えません」
―― そうか。鬼の形相か。
鬼だもんな、と。面白くないですよ。
―― じゃあ、行くか。まずは風の魔力を足裏に。
また、言われたとおりに。足裏に風の魔力を集める。
魔力は薄く均一にするのがコツらしい。
厚すぎると威力が付きすぎてしまうのだとか。
―― 移動したい方向に向いて、あとは枝を蹴るだけ。
目の前は木。枝がたくさん
気持ち弱めに、ひとつ前の枝を飛び越えて、その先の枝に飛び乗るイメージで。
蹴る。
「よっ……いしょおおおっ」
―― うっさ。
跳ねれました。
飛び越えてかつ飛び乗れたことには乗れたけど、乗った枝からずり落ちそうだった。
なんとか幹に抱き着いて事なきを得たけど、これは怖い。
「あっぶなかった……」
―― ほら、そんなことやってるから。
来てるぞ。
と言われたときには目の端に光るものが見えていた。
「っあ」
驚いて足を滑らせて、落ちた。
「いっ、……たくない?」
立った状態で落ちて、立った状態で着地していた。
頭の中から呆れたような声が聞こえるので、たぶんだけどスグサさんがやってくれたのかも。
ありがとうございます。
「ヒスイさんに戻ったのですね」
「あ、はいっ」
「では、また十秒後に再開しましょう。もう少し逃げてください」
木の上から見下げるロタエさんは息もあげておらず、余裕そう。
普段から鍛えているんだろうなあ。
私なんか緊張と運動で体力削って、肩で息してるのに。
胸元から取り出した時計を見ながら継続を示されたけど、もう少しということなので何とか逃げ切ろうと思う。
数えだしたのと同時に足裏に魔力を集め、地面を蹴る。
いつもより、それこそ鬼ごっこが始まった時よりも早く移動できる。これすごい。
枝を伝って逃げるよりも走りやすく、移動しやすい。
このまま逃げ切れたらいいなとは思うけど。
―― いい感じだ。コントロールはだいぶ良くなったな。
「よか、た、ですけどっ」
―― 体力はこれからつけろ。これはそういう理由だろ。
「体力、づくり、が、目的?」
―― おそらくな。私様が焚きつけなきゃな
「スグサさんっ」
―― はっはっは!
中の人にも恨みがましく思いながらでも、足の魔力を維持して逃げ続けているのだから、私は本当にコントロールが上手くなったと思う。
森の奥へ奥へと、景色を楽しむ間もなく移動していく。
差し込む光がオレンジ色になってきていてるから、もう夕刻だ。
終わり時間を具体的に言われているわけではないけど、もう少し。
―― 来たぞ。
振り返るが、視線の先には誰もいない。
―― ほぅら、きた。
跳べ、と。
咄嗟に斜め後方へ、魔法のおかげもあって人一人分は飛び上った。
十秒があっという間だったのか、追いついたのがあっという間だったのか。
目の前にいるのはまさしく『鬼』だ。いや違う違う。間違えた。
私がいた場所の辺りには、一つにまとめた髪を
スグサさんの一言がなければ、目の前に降りてきた人に驚いて尻もちをついていた。
「追いつきました」
「……追いつかれましたね」
今の状態からロタエさんから逃げるのは無理だろうな、と諦めモード。
逃げる気はありませんと両手を上げる。
伝わったのかそもそもそのつもりか、ロタエさんも追う気はないようで、大鎌はぎゅんっと小さな石に戻った。
「お疲れさまでした」
疲れました。本当に。
大鎌があるのとないのとでこうも印象が変わるんだなぁと、いつものロタエさんに安心する。
お互いに歩み寄って、一礼
「お疲れさまでした。スグサさんが突然参加してしまってすみません」
「いえ。想定内です。魔法の使い方を教わったようですね」
保護者か、と突っ込まれたけど、予想通りだったようですよ。
「……あのー」
「なんでしょう」
「スグサさんが、伝えろって言っているんですが」
「はい、どうぞ」
「わかっていた割には挑発にも軽く乗ってたな、って」
「ああ」
にっこり。
「乗っておかないと、ムキになってしまわれるかと思って」
……挑発は私を挟まないでもらいたい。
夕飯時。
こうして私の部屋に四人が集まって食事することも数えるほど、かもしれない。
一回一回の食事を内心噛みしめながら、今日の講義のことを肴にする。
「スグサさんが、「これは体力づくりが目的だ」って言ってました」
「それもありますが、まずは逃げることに慣れていただこうかと」
逃げることに慣れる、とは。
私はまず、戦うことに直面しないように、とのこと。
戦うことに直面する可能性があるということからまず逃げたいのだが、戦わなくとも何かに巻き込まれる可能性は大いにあるということ。
それはもちろん、ベローズさんとの件。
何かあれば研究所に報告することになっているから、捕らえられたり傷を負わされたりすれば、報告は避けられない。
そうならないために、まずは逃げる。
無傷で逃げられればどうにでもなるから、ということ。
「今日は地上の移動がメインの様でしたので、次回からはもっと立体的にも移動できるようにしましょう。カミル団長と時間があるときは、交戦する場合になった時の組手を」
これからもハードそうだ。
「それで、武器は決まったか?」
ほっぺたをリスのように膨らませながら、自らが渡した魔石器について聞いてくる。
「まだ、ですね。武器庫は見せてもらったんですが、これっていうのはわからなくて……」
「そうか。まあ急ぐことはないからな。決まったら教えてくれ」
何にしようかな、とは考えるものの、武器を持っている自分がイメージできなくて手詰まりしている。
いっそのこと、今まで見ていないものを武器にしてみるか?
となると……なんだろう。
「食事が止まってるよ」
「はっ」
クスクスと笑うアオイさんの武器は何だろう。
殿下は片手剣を使っていたし、ロタエさんは大鎌だ。
これを機に聞いてみよう。
「アオイさんはどんな武器を使ってるんですか?」
「えーっとね、内緒」
「ないしょ……」
ウインクが変に様になっていて複雑な気持ちだ。
「ロタエ、やめさせろ」
「何度も言ってるんですけどね……」
「あれ? 不評?」
今日も食事は美味しい。
敵対するわけではないけど、その人の武器は聞くものじゃないのかもしれないな。
失礼なことをしちゃったかな。
「ごめんなさい」
「何が!? このタイミングで謝られちゃうのはなんか傷つくよ!?」
ウインクのことではないけれど、そう勘違いされている。そのままでもいいかな。
―――――……
さあ、いつも通りに復習の時間だ。
今日はひたすらに走り回っていたから、なるべく早めに済ましてやろう。
例の如く≪嘘つきな鏡≫は使っている。
以前使った時に若干の表情の変化はあったが、さてさて今日はどうだろうか。
「ひとまず、今日はお疲れ」
「ありがとう、ございます」
うん、もう眠そうだな。
器用なことに、正座したまま頭で舟をこいでいる。
想定よりも早く終わらせてやった方がいいかもしれない。
「さっさと済ませよう。今日の風の魔法を使った移動は練習しとけ。便利だから」
「はい……」
「あと女魔術師も言ってたが、立体的にも移動できるようにしとけ。体力づくりにもなるが、逃げ方には幅があった方が良い」
「わかりました……」
「……ロタエは鬼」
「言っておきます」
やめろ。
眠そうにしているがまだ辛うじて起きているらしい。
今日の復習についてはもう一方的に伝えるだけにしてしまおう。
あとは武器についてだが、これも少しだけ話しておくか。
「武器についてだがな、必ずしも戦うための物じゃなくてもいいんだぞ」
「……え?」
お、顔上げた。
瞼は半分閉じていて我ながら目つき悪いが、意識と興味はあるらしい。
これ幸いと話を続けよう。
「武器と聞くと戦う、刃を交えるとか考えがちだが、別に決まってはいない。なんだったら自分の得意な場に導くためのものでいいんだ」
「自分の得意な場、ですか」
「お前が得意なものは何だ?」
「……強いて言えば、魔法?」
「そうだろう。ならば必ずしも、戦うための武器ではなくてもいいんだ」
半開きの目が、過半開き程度にまでなった。
鱗とともに腑にも落ちたような顔に見える。まあ瞼以外の表情筋は寝ているようだが。
ここからはこいつに任せるとするかな。
よっこらせと掛け声とともに立ち上がり、立ち止まった船に近づいて手を当てる。
「今日は≪香≫を使わずにちゃんと寝ろ。明日もあるからな」
「は、い……」
「おやすみ」
目元を隠してやれば不思議なもので、すーっと寝息が聞こえてくる。
足を崩して横たえてやれば、すでに深い眠りなのか身じろぎもしない。
「さて」
私様はもう一仕事。
目を開ける。もちろん、意識の目ではなく、現実の、体の目。
正しくは瞼を開ける。
いつも通りソファーで座ってから意識下に入っていたから、体もベッドに移動させておかなければならない。
だがその前に、言っておかなければいけないことがある。
机の下のスペースを覗き込むと、かごの中にタオルを詰め、その上で寝息を立てる二匹の蛇。ウーとロロ。
寝てるところ悪いが、ヒスイが寝ているときというのはそうそうないだろうからな。
「ウー、ロロ。起きろ」
「んあ」
「ぅー」
こっちも寝ぼけ眼だが、なんとか起きた。さすが敏感な生き物だ。
「悪いな。言っておくことがある」
「すー……?」
「すーだぁ」
「はいはいよしよし」
二匹とも、かごの縁に頭を乗せてふにゃふにゃと。
頭を指で撫で……たら寝るかと思ったが、まあいいか。
「今日、シクがいた」
「……し」
「く……」
「ああ。だがあいつから接してくることはまだないだろう。来たとしてもヒスイには害はないと思う。が、見つけても構うなよ。あいつのタイミングを待て」
「……うん」
「……わかったあ」
半分寝ているが、まあいいか。
二匹の名前を再度撫で、タオルの方に頭をずらしてやる。
大半は寝ていたのだろう、こっちもすぐに寝た。
よっこらせ、と立ち上がる。屈みこむのは腰に来るな。
「私様も寝よう」
―――――……