【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第7話

「ありがとうございました」

「お疲れさん」

 

 

 互いに頭を下げ、汗を拭きながら木陰で一休み。

 天気が悪くなければ毎日のように来るようになったこの森の木々は、段々と暖かくなる日を浴びて新芽をつけ始めている。

 微かに感じる生き物の気配も、春の訪れを告げている。

 春の陽気に似つかわしくはない気がするが、ここでの組手は意外と楽しい。

 人目がない、空気が新鮮、日向は暖かく木陰は涼しい。

 つまり条件がいい。

 組手で一本取れたりしたらもっと気持ちいいだろうに。

 

 

「カミルさんって何歳から騎士団に入っているんですか?」

「卒業してすぐだから、十八からだな」

「じゃあもう二十年なんですね」

「そうなるな」

 

 

 学生時代も含めてなら二十五年以上か。

 そんな人にはなかなか敵わないのも無理はない。

 

 

「息子さんは十七歳ぐらいですか」

「……確か、それぐらいだな」

「元気にしてますかね」

「……どうだかな」

 

 

 息子さんは剣士になるべく、武の国・アーマタスの学校に通っているらしい。

 寮に入ってあまり帰ってはこないそうだ。

 口ではそっけないが、心配してはいるんじゃないかと思う。

 

 

 

「そろそろ戻ろう。殿下に呼ばれていたよな」

「あ、そうでした」

 

 

 木陰から、心地よい陽気の日の光の下に出た。

 春が近いのが身に染みてわかる。

 

 殿下には一つお願いしていることがった。

 機能回復訓練に来ていた一人が、しばらく来ていない。

 それが気になっていると夕飯時の雑談で話したら、調査してくれるということになったのだ。

 精神的な傷を負っている人だから、こっそり、ひとまず安否だけ分かればいいとだけ伝えて。

 私が学校に入学するかもしれないと言う件も伝えないといけないから、安否だけ分かればいずれ訪ねようと思っている。

 

 森を出たところからフードを被り、頭と顔を隠す。

 スグサさんの顔だからこれだけは外せない。

 それでも比較的堂々とお城の中を歩く。

 私もカミルさんも、一度着替えてからまた合流し、言われていた通り殿下の部屋に来た。

 カミルさんがドアを三回叩き、返事を頂いて中に入る。

 

 

「おう」

 

 

 少し険しい顔の殿下が、机で書類を見ていた。

 机の手前にはロタエさんもいる。

 公務中だろう、とは思っていたが、あまり良いタイミングではなさそう……?

 カミルさんは躊躇いなく部屋の中に入って行く。

 私も扉をしっかり閉めてからカミルさんを追って殿下の前に着く。

 

 

「殿下、私はこれで失礼いたします」

「ああ。よろしく」

「お二人も、失礼します」

 

 

 ロタエさんは入れ違いで退室した。

 仕事中ということもあるのだろうが、なんというか、いつものとは違う何かを感じた。

 緊張? 不穏? 重々しい?

 それを感じたのは私だけではないのだろう。

 さっきまで雑談していた声色とは違う、少し低い声で話し始めた。

 

 

「なにか、異常事態でも?」

「……まだわからん。調査中なのだが、ヒスイ」

「っ、はい」

「探していた人物、ルタという者、行方がわからないんだ」

 

 

 え、という言葉は、何故か出なかった。

 まさか私がお願いした内容が、殿下たちの取り巻く雰囲気を重くするとは思わなかった。

 まさかいなくなるとは思わなかった。

 単純に驚きすぎた。

 

 

「……ただ見つかっていないというか、どこかに出かけている、ということはないんです、よね?」

「家は特定したし、しばらく観察していたがどうにも動きがない。家を訪ねてみたが、鍵は開いたまま、家具や衣類はそのままでも抜けの空。国外への外出記録や近隣住民の目撃情報もない」

「それは……行方不明、ですね」

「だろ」

 

 

 『遁走(とんそう)』という行動がある。

 それは、記憶の一部もしくは全てを失い、全てを残して姿を眩ましてしまう行動。

 短期間のこともあれば長期間のこともある。

 ルタさんは確かに身体に目立った異常はなく、見た目は普通の健康的な人だった。

 精神を患ってしまったが見た目が普通故に、理解を得られにくく、さらに精神的な負担を背負うことになってしまっていた。

 機能訓練に来てくれて、同じように何かを患う人もいて、変化が出て来るかっていう時だった。

 前触れもなく、来なくなってしまった。

 前の日には「じゃあまた」と交わしたのに。

 この世界には携帯はない。

 代わりに念話はあるが、私が使えない。

 どこかへ行ってしまったのか、何かに巻き込まれてしまったのか、いつか戻ってくるのかも何もわからないけど、こんなことなら念話も教わっておくんだった。

 

 

「今、状況を調査中だ。だが明らかな事件性もないから、どこまでやっるかは分からん。それだけわかってくれ」

「わかり、ました……」

 

 

 険しい顔つきをしている殿下のことだ。

 きっと出来る限りのことはしてくれる。

 

 

「あいつは」

 

 

 ふと、隣から、落ち着いた声がした。

 いつの間にか俯いていた顔を上げ、髭の生えた人を見上げる。

 

 

「逃げるような奴じゃない。そうじゃないから、心に傷を負ったんだ」

「なにかあると、お前はそう思うのか」

「個人的な意見ですが」

 

 

 カミルさんはルタさんの上司だったから、私よりも、殿下よりも付き合いが長い。

 そしてこの中ではルタさんのことを一番知っているはず。

 

 

「ヒスイはどう思う?」

「私ですか……」

 

 

 最近のルタさんを知るのは私だから、と。

 私の知るルタさんは、感情の起伏が少ない。

 鬱状態に近かったと思う。

 鬱を患っている人の中には、意欲も気力も湧かずに動けなくなってしまった状態から、段々と回復して何かやってみようと意欲が湧いていく、といった風に回復していく。

 その『何かやってみよう』という気持ちが危ない。

 『何か』の中には、自ら命を絶つことも含まれるからだ。

 

 ではルタさんはどうだったか。

 少なくとも意欲が湧かずに動けない状態ではない。

 漠然と死にたくなるような『希死念慮(きしねんりょ)』状態でもなかったと思う。

 約束して、自分から来ることができて、交流もできる。

 一人暮らしでトラブルもなく生活ができていたのだろう。

 

 

「……可能性の話ですが、心の怪我が深くなってしまったら、最悪の事態もあるかもしれません」

「……そうか」

「ですが、私が見た限りではそのようには見えませんでした。私は診断がつけられるわけではないのですが……」

「大丈夫だ。ヒスイ個人の意見として、受け取っておく」

 

 

 根拠も責任も薄い話をして、期待させたり失望させたりはしてはいけない。

 だからあくまでここだけの話にしてほしい。

 それは、殿下もわかってくれていた。

 真摯に受け止め、心に置いていてくれると。

 

 

「騎士団の連中にも聞いてみます」

「頼む」

「よろしくお願いします」

 

 

 深々と頭を下げる。

 頭の上に優しく乗せられた硬い掌が頭を撫でた。

 不安な気持ちは拭えなかったけど、慰めてくれているのはわかった。

 私が、もっとしっかり気にかけておけば……。

 

 ぱちん、と手を叩いた音がして、視線を上げる。

 音の主は殿下らしい。

 

 

「暗い報告は以上だ。他にもあるから続けるぞ」

 

 

 そう言って、殿下は机の上の紙の束から一通の封筒を抜き取った。

 封蝋されていて、気品のある封筒。

 書いてある文字をみると、フォリウム学院と書いてある。

 

 

「合否通知だ」

 

 

 挑戦的な、「さあどっちでしょう」と言い出しそうな顔で、封筒を私に差し出す。

 両手で受け取って、躊躇いなく開けた。

 

 

「躊躇いなしか」

「気になっちゃって」

「潔くて大いに結構」

 

 

 持っていた感じは薄っぺらい。

 合格なら分厚く、不合格なら薄いなんてことはないと思いたい。

 二人の視線を手元に感じながら、中身を間違ってちぎらないように封筒だけを破く。

 中を除くと、思わず息を呑む一枚の紙きれ。

 出さずに、封筒の口だけを広げて覗き見る。

 

 

「開ける時は豪快だったのに」

 

 

 笑っているようだが気にしない。

 気にはなっても怖いものは怖い。

 

 

「あ」

 

 

 少し大きめなこの世界の文字を見て、冷静になった。

 肘を伸ばして封筒を下ろす。

 

 

「……って、なかっ……」

「えっ」

 

「『不』って、なかった……」

 

 

 受かってた。

 よかった。

 

 

「……まぎらわしいっ!」

 

 

 頭を抱えて少し怒鳴り気味の殿下には悪い伝え方をしてしまった。

 思ったより声が出なくてすみません。

 カミルさんも小さく息を吐いて胸を撫でおろしているように見える。

 

 

「よかったー、受かったー」

「はぁ……よかったな」

「おめでとう」

「ありがとうございます」

 

 

 受かったことを正直に喜び、お礼も正直に受け取って。

 これで、あと約四十日後には晴れて学生の身だ。

 寮から通えるようにも手配してくれているから、お城から出て寮で生活をする。

 カミルさんとアオイさんとロタエさんたちには会いにくくなってしまうけど、お城には定期的に顔を出すことになっているし、予定を合わせるのも不可能ではない。

 機能訓練はお城でやる予定だが、日数は減らさざるを得なくなってしまう。

 こちらの学校では通学三日、休日二日、通学三日、休日二日で十日間を(いち)クールとしている。

 だから連休のうちどちらかは機能訓練に充てるつもりだが、今は三日に一回程度でやっていたので頻度は減ってしまう。

 気にかかる人はまだいるし、会う機会が減ってしまうのは気がかりだ……。

 

 

「困ったことがあれば言えよ」

 

 

 考え込んでいると、不意に頼もしい言葉をかけられた。

 言った本人を見れば目がばっちり会い、笑わず、数分前にも見た真摯な表情で告げてくれた。

 頼もしい。

 

 

「……そうします」

「おう」

「ヒスイは気にしすぎる性格をしている。背負い込みすぎなくていいんだ」

「はい。気を付けます」

 

 

 カミルさんには以前にも同じ台詞を言われたな。

 あの時は自分の体調のことでそう言わせてしまったけど、今回は自分以外の人について背負い込もうとしているように見えたのかな。

 小声で「固いな」と言われたけど、そこは真面目に受け取っているとしてもらおう。

 

 

「殿下」

 

 

 このタイミングで、今度は私から話題を提供するために手を小さく上げる。

 

 

「どうした」

「魔石器の件でご報告があるのですが」

「お、決まったか」

「いえ、まだです」

 

 

 ぱっと上げた頭が、がくっと下に落ちた。

 首痛めそう。

 以前貰った魔石器を何にするかをここ最近ずっと考えていた。

 でも決まらなかった。

 決まらなかったけれど、組手をしながらカミルさんに、鬼ごっこをしながらロタエさんに、そして復習しながらスグサさんに相談して、決まったことがある。

 魔石器は、明確なイメージがあるならばその様に加工できる。

 それが鍛冶師の仕事だ。

 だがもう一つ、魔石器は魔力を吸って、吸った魔力の持ち主にあった形になる、という性質もあるようだ。

 

 

「自分じゃ決められないので、魔石器に任せようと思います」

 

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