【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
掛け声の直後、予想通り踏み込んだのは騎士サマ。
と、私様。
「!」
両足に風魔法。低く低く体を屈め、ガタイも身長もある騎士サマの懐に入り込む。
向こうは考えていた行動と違ったのか、口をうっすらと開けて、目では私様を追っている。
肘を引いて今にも伸ばしてきそうな腕と反対側に体をずらし。
跳ねた。
「っ!?」
「肩借りるぞ」
騎士サマの肩は厚みがあって頼もしいな。
と思いながら、距離を開ける。
スタート時よりも距離を開けて、駆けださないと届かないほどの間隔が空けば、見極めの時間も稼げる。
「よっと」
背中を向けて着地したから、くるっと正面に向き直る。
見れば騎士サマもこちらに向いていて、じっと見ているようだ。
「どうした?」
腰に手を当て、首を傾げて問う。
油断ととられるような格好も、癖なのでしょうがない。
「いえ……なにか刺されたような」
「ああ、これな」
腕を上げれば袖が落ち、掌と手首が露になる。
そこに重なって、例の武器。
「針を刺されたのですか」
「そうだ。毒とか仕込んでないから安心しろ」
全く仕込んでいないわけではないが。
違和感の正体がわかって気を取り直したのか、再び構えた。
それに合わせて私様も身を屈め、いつでも動けるようにする。
再び、一時の静寂。
動き出したのは、向こうから。
地響きが聞こえて来るほどの踏み込みが私様に迫ってくる。
自分の中では何度目かだが、私様は組み合うつもりはない。
また同じように飛び越えよう、と考えた。
が。
最初の踏み込みの倍以上の距離を一気に詰められ、動作が遅れてしまった。
「おっ」
「失礼」
「っ!」
動き出す寸前を狙われ、腹に一発食らった。
体勢は崩すことはなかったが、人二人分は位置をずらされた。
手を添えることしかできず、腹に魔力をためて勢いを相殺……したと思ったのだが、一発の重さは緩和されたんだかされてないんだか。
たぶん、これは本気ではない、と思う。
弟子に対して優しすぎるからな、こいつらは。
「ぐっ、こっわー」
全く食らってないわけではないので、腹の表面と、呼吸のたびに痛みを感じる。
まともな一発を食らったのはいつぶりかな。
ちらりと痛みの原因を見れば、向こうも自分の手を見つめている。
「どした?」
「また、ですか?」
「おう」
また針を刺した。
だが、痛みを感じ取るか。私様も下手くそになったもんだ。
私様もリハビリが必要だな。
向かっていっては刺し、距離を開け、向かっていく。
というやり取りを何度も繰り返していた時、ついに膝をついた。
息を荒らげ、苦しそうに、可哀そうな……騎士サマ。
「ダイ、ジョブかー?」
「……っ、は……」
私様も動き回ったから息が上がってはいるのだが、膝をつくほどではないかな。
普通の組手なら私様の余裕負けだったろう。
騎士サマが私様より体力ないなんて考えられんし。
今回はもちろん。私様のせいだ。
「そ、の……武器は」
「うん?」
「魔力も、体力も、奪う……?」
「お、正解」
この針の特性は、『吸収』。
刺した対象の『力』を吸い取るという物。
騎士サマには何十回とちくちく刺したから、膝をつくまで吸い取らせてもらったというわけ。
「刺すことで牽制にもなる。武器を隠しながら刺せば警戒度もあげられる。向こうが警戒すれば、距離が空きやすい。距離が開けば、逃げやすい」
魔法が得意で、魔法を主体に戦う私様としてはこれ以上ない武器だ。
弟子がこれを作ったのは何の因果かわからんが、これ幸い。
弟子には私様の戦い方をそのまま教えよう。
魔法も使えるようになっているし、なにより『逃げる』ことに特化した戦い方なのだから、弟子にはぴったりだ。
「カミル。どうだ?」
「……降参です」
王子サマが近づいても立てないほどのよう。
「おっつかれーいっと」
うーーーん、動き回って疲れた。
こりゃ今日も即寝だな。弟子が。
一つ気になることは、この鈴。
針は私様の記憶にある通りの物だったが、やはりというか、鈴についてはよくわからん。
魔石器で作った武器の特性は、作り主が魔力を流すことで発現する。
発現してしまえば、他の奴が使っても行使できる。
と言うことから考えると、この鈴の作り主は弟子。
この体に宿る魔力は一種類。
しかし二種類の人格。
魔石器は一種類の魔力から二種類の人格を読み取ったのか。
「ふふっ」
「!?」
いやあ。
魔石器、不思議だなあ。
研究したいなあ……。
「スグサ殿……大丈夫か?」
「ん? 顔色が悪いですよ王子サマ。体調でも悪いんで?」
「いや、俺は大丈夫だが……」
「私様も大丈夫ですよ。何もおかしなところはありません」
「そ、そうか」
「はっはっは」
王子サマが近寄ってくるとか思ってたら心配された。
わかってるわかってる。
私様が笑ったからだろう。
今でも笑ってる。
満面の笑みだ。
ただ笑っているだけのに顔色を変えるのはいくら王子サマでも失礼だと思う。
そうやって距離を開けるのもどうかと思う。
それで、なんでこうなったんだっけ。
「武器の方は確認はよろしいか?」
「ん? ああそっか。大丈夫です」
そんな怪訝な顔で見つめられてもときめきません。
鈴の方は……弟子に試させてからだな。
試させるまでは王子サマたちにも内容は伏せておいていいだろう。
そんな広めるものでもないし。
どんな特性なのか、予想がつかないな。
騎士サマが立ち上がれるぐらいまでは回復したところで、ぱちんと指を鳴らして≪
今はまだ午前中。
一日はまだまだありそうだ。
「カミルは今日はもう終えたらどうだ?」
「いえ、このあと昼休憩をとったら仕事に戻ります」
「そうか。無理するなよ」
「ありがとうございます。では、殿下、スグサ・ロッド殿、お先に失礼致します」
「お疲れさんでーす」
普段より動きにキレはないが、さすがに騎士団長サマ。ストイックだ。
殿下の部屋を出る背中を見送って、王子サマに向き直る。
王子サマはもう少し仕事するのか、机に向かって座っている。
「じゃ、私様も失礼しますよ」
「ああ。また」
「また」
今更なんだが、王子サマとはどういった口調で話したらいいんだろう。
と考えながら目を閉じた。
―――――……
目を開けるとそこには、金髪が輝かしい王子様がいました。
「よう」
「こ、こんにちは……」
「さっきぶり」
輝かしいのは金髪だけではなかった。
朗らかに笑う顔も何やらエフェクトが見える気がする。
王子様ってみんなこうなのかな……。
「ヒスイはどうする? 戻るか?」
「あ、っと、そうですね。戻ってお昼ご飯を食べようかと」
「お、じゃあ一緒にどうだ?」
「……殿下がよろしいのでしたら」
「よし、一緒に食べよう。伝えて来るから待っててくれ」
机から立ち上がり、早々に出て行った。
待ちぼうけ状態になってしまった私はどうしようかと。
数秒考えた結果、書類の置いてある机から離れて、ソファーで座っていることにした。
本棚の本も気になるけど、触れていい物かわからないし。
ふと、左手に握られていた武器に気付いた。
スグサさんがもともと使っていた物と酷似しているという針の部分はいいとして、問題は鈴の部分。
スグサさんも知らない物。
スグサさんは、この鈴の部分が私の武器だというけれど、どうなんだろう。
―― ちょうどいい。鈴に魔力流してみろよ。
「今ですか?」
―― 誰もいないしいいだろ。ただし、少しだけだぞ。
「……わかりました」
鈴の部分に触れながら、魔力をほんのちょっとだけ流す。
「っ」
瞬間、頭の中に言葉と言うか、イメージと言うか、何かが流れてきて。
それは鈴の部分の『特性』なのだろう。
―― どうだった?
あ、これはスグサさんには伝わっていないのか。
口頭で、流れてきたイメージを伝える。
スグサさんの顔は見えないけれど……驚いているよう。
―― ……それ、本当に?
「はい……」
―― ふーん……。
実用的ではないと思う。
けれど、たぶん、すごく、重要。
―― ちょっと考え事すっからしばらく静かにさせてくれ。その特性のことは「まだ知らない」で通しとけ。
「わ、わかりました」
頭の中のスグサさんの気配はすーっと消えて、部屋の中でも一人になった感じ。
自分の部屋なら特に何もないのだけど、ここは殿下の部屋だ。
ここで誰か来たら何をしてるか怪しまれそう。
こういう時は大人しくしているに限る。
ということで、ソファーに座って目を閉じて、ゆっくりすること数分後。
コンコン、コン
「待たせたな」
「あ、お帰りなさい」
部屋の主が返ってきた。これで怪しまれない。
「メイドに伝えてきたから、この部屋で待っててくれ」
「わかりました。……あの、これ、どうしたらいいですか?」
「ん。ああ、それか」
見た目も本質も武器なので、できればこのままにしておきたくはないなぁと。
「無属性の魔力を流せば、小ぶりな石になるぞ。俺もそうして持ち歩いてる」
「へぇー。無属性なんですね」
早速魔力を流してみる。
少しの輝きを放って、元の拳ほどの質量はどこへやら、小石程度の大きさになった。
色は武器の色から、銀と言うか光る灰色になった。
掌の上に乗せて、感動。
魔法はいろいろと不思議な現象を見せてくれる。
「持ち歩くのにそのままじゃ不便だろ。アクセサリーに加工することが一般的だ」
「加工できるんですね。でもお金かかりそうですね……」
「そこは餞別で俺が持つ」
「え……」
殿下には貰ってばっかりだ。
部屋も、服も、役割も、学校も、武器も。
寮の生活に必要な物や、教科書代や制服代も用意してくれるらしい。
本当に、もらってばかりだ。
私の向かい側に殿下が座った瞬間に、意を決して聞いてみよう。
「殿下」
「ん? どうした?」
「私、仕事もしたいです」
「しごと……?」
「はい。お金を稼ぎたいです」
殿下はこういう時、茶化したりはしない。
意表をついてしまったようだが、真面目な顔で、あごに手を当てて考え込む。
きっと私にあった稼ぎ方を考えてくれているんだ。
「……ヒスイができるやり方は、今は二つ案がある」
「はい」
「一つはギルド。ヒスイは魔法の腕が大分上達しているから、討伐系も採取系もできるだろう。だが、もちろん危険もあるから、やるにしてもすぐに、かつ一人ではまださせられない」
「そう、ですね。私も、それ以外がいいです」
「となるともう一つの案だが、これは承諾さえ得られればすぐにでもって感じだ」
そんなものが……?
「近いうちに確認してくる。少し待っていてくれ」
「はい。ありがとうございます」
ギルドでやるなら、以前のウロロスの大群ほどではないにしろ、戦ったりするものもあるんだろうな。
採取系は地道にやれそうだけど、国内も国外も詳しくは知らないから、そういう意味でもすぐには出来なさそう。
殿下の言うもう一つのものが何かはわからないけど、それで行けそうなら、それでもやってみよう。
アルバイトだ。
ふん。と気合を入れる。
くす、っと笑う声が聞こえて、
「金を稼ぐ理由は察しが付くし、止めるつもりはないが、本当に無理しすぎるなよ」
「大丈夫です。もともとは働いていた身ですから」
「そうだとしても、だ。環境がまるっきり変わって、知り合いもいなくて、何もかも初めてで辛い扱いを受けることだってあるんだ。頼ってくれた方が、俺としては安心する」
まるで親が子を、兄が妹を見ているような目をしている。気がする。
優しさに頼りすぎてはいけない、と思っているが、頼ってほしいと言われてしまう。
甘さに溺れてしまいそうで、失礼かもしれないけど息苦しさを感じる。
この優しさが、世界が違うからこそ得られるものだと思うと、やはり、気のせいではなく、苦しい。
「……ありがとう、ございます」
自分なりに精一杯笑ったつもりだが、笑えただろうか。
武器の石はこっそりポケットに入れた。
殿下の顔は、見れなかった。